懲りない男


ここは、暗い、狭い穴の中。

「いたた・・・・・・ちゃん、大丈夫?」

「は、はいぃ・・・だ、大丈夫です」

沖田さんと私は揃いも揃って、経年からか自然にできた木の根本の穴におちてしまった。
突然の事態にぼおっとしている私だったが、次の沖田さんのひとことに目が覚めることとなる。

「そろそろ僕の上からどけてくれないかな」

「 ! ! ! ! ! 

 こ う な っ た の は 、 誰 の せ い で す か 。

私の心の奥から怒りの火が燃え上がった。
いつも、いつも、い ・ つ ・ も !!
沖田さんに付き合うと、こういう風にろくな目に合わない。
そう。そうだ。半ば諦めてたはずなのに。

「少し太ったんじゃない?」



 こ の 野 郎 ・ ・ ・ ・ ・ っ ! !




めらっと再燃してしまうのは、しょうがないことではないだろうか。




こんなことになったのは、数刻前のことだった。























「あけびが食べたい」

「は? あけび?」

「なんか今無性に食べたい。 絶対食べたい」

「とってきましょうか? たしか、裏の木になってましたから」

「いーーーや。 僕さ、おいしいあけびのなってる場所知ってて、そこのじゃないと嫌」

出た・・・・・お得意の我儘だ。

「でも、沖田さんは出歩かないほういいですし、裏のあけびで我慢・・・・」

で ・ き ・ な ・ い ! 近いし、一緒に行こう」

「えーーーー!!!」















そして、引きづられるように連れられて行ったそのあけびの木の根本に、誰が穴が開いているかと思うだろうか。




私は、すとんと悲鳴をあげる間もなく穴に吸い込まれた。




それを助けようとした沖田さんまでが穴の中へ。
















そして、こういうことになっているのだが。

「すいません・・・・・・」

「枯れ葉がつもってたとはいえ、穴に落ちたのはきみの不注意だと思うけど」

言い返す言葉もなくて、ただ私は首をすくめる。

「それを支えきれなかった僕も僕だよね。 女性一人さえ支え切れないとは情けないな」

少し不本意そうな表情を隠さず、沖田さんは間髪入れず話を繋げた。

「それに、キミの手を取ってしまったばかりに、僕まで一緒に落ちたのはまずかったよね。 僕が落ちてなければ、上から縄を投げたりできたし、それに助けを呼びにも行けない」

「ということは・・・・・・」

「まずいことになってるってこと」

私は、さあっと青ざめた。
今日は、また急に連れられてきてしまったので、誰にも行き先を言ってきていない。
ということは、私たちの場所は、誰にもわからない。
それに、沖田さんとこんなすし詰め状態でいるなんてことは誰にもわからない。

「さてと。 うーん・・・・・・どうしようか?」

沖田さんの言いぶりは、事態の重さが感じられないくらいあっさりしていて、なんとかなるんじゃないかと思ってしまう。

「いくらなんでも上れませんよね」

「僕は無理。ちゃんを肩車しても届かない高さだし・・・・・・お手上げ! まあ、大丈夫でしょ。僕はともかくキミがいなかったらおかしいってことになって、誰か探しに来てくれるんじゃない?」

「私なんかいなくたって誰も不審に思いません。 沖田さんこそいなかったら・・・・・・」

「あれ? 気づいてない? 君って結構過保護にされてるんだよ」

「そ、そうでしょうか」

「あ、脱走したって思うかなあ」

「こ、怖いこと言わないでくださいよ」

「アハハ。僕が一緒だから弁解してあげるよ」










そう最初は、軽口を叩き合っていた。
しかし、無情にも時間は過ぎ、とっぷり日が落ちてしまった今、せまる闇に軽口さえももはやネタ切れだ。
かすかな月の光が射し込み、沖田さんの表情がかろうじて見える。
青白く見えるのは、月光のせいだろうか。
風が吹き込まない穴の中も、さすがにひんやりしはじめて、沖田さんの体も心配になってきた。

「・・・・・・来ませんね」

「その言葉、聞き飽きたから言わないでくれる?」

「すいません・・・・・・」

ほうほうと鳥の鳴き声が、不気味に響く。
私は、怖くなって、沖田さんに話しかけた。

「さ、寒くないですか?」

ちゃんの方こそ」

「私のことはいいんです。 沖田さんの体が心配なんです」

「僕は君の体の方が心配だよ。 女の子なんだから」

「こんな時だけ女の子扱いしないでください」

「僕はいつもちゃんのことは特別だけど? ・・・・・・じゃあさ、寒いって言ったら、どうする?」

私は、一瞬悩んでしまった。
ここには、当然毛布一枚さえもない。

「え? えーと、私の上着を貸します」

「それじゃ、ちゃんに風邪ひかせちゃうでしょ。 こっち、来て」

薄暗闇の中、沖田さんの手は的確に私の手をつかみ、引き寄せた。
一分の隙もないくらい、沖田さんにすっぽりと抱きしめられる。

「え、お、沖田さん!?」

「はい、ワタワタしないの。 大人しくしてて」

離れようとじたばたしたけど、男の人の力には敵わない。
無駄な抵抗をやめると、やがて布越しに沖田さんのぬくもりが伝わってくる。

「あったかい?」

「・・・・・・はい」

「僕もあったかい。 湯たんぽみたい」

「“湯たんぽ” ですか」

「そう。 僕専用ね。 誰にも触れさせない」

なんだか、“君は僕のもの” と言われてるみたい ――――――
沖田さんにとっては、いつもの軽口かも知れないけど。

それでも。

ドキドキする。

私は、ドキドキを悟られないように、話し出した。

「お、沖田さんがいてくれてよかったです。 ひとりだったら多分耐えられなかったから」

「・・・・・・・そんなかわいいこと言っていいの?」

「え?」

沖田さんは、私の顔を覗き込んだ。
目の前に、熱っぽい沖田さんの深緑色の瞳。
私の心臓は、大きく跳ねた。

「あーあ、珍しく我慢してたのに、僕の心に火をつけたのはキミだよ」

「沖田さ・・・・っ!」

沖田さんは、顔を傾けると、頬に軽く口付けた。
その感触に、私は身をよじる。
その様子も楽しむように、沖田さんの両腕は器用に私の身体をがんじがらめにしていく。

「・・・・・・・・・・っ!」

「抵抗しても火に油を注ぐだけ。 観念して」

沖田さんという人は、そういう人だ。
何にも執着ないような飄々とした態度なのに、誰よりも一本気。
そして、誰よりも強引で、誰よりも熱い。





沖田さんの顔が近くて。





まばたきの気配まで感じて。





吐息が触れて。






そして、唇も ―――――― 









ぎゅっと目を閉じた時だった。






「そこまでだ」

天から振って来た沖田さん以外の声に驚いて、目を開けると、目の前には縄。
私と沖田さんの顔の間には、縄がぶらさがっていた。

。 助けに来たぞ」

「斎藤さんっ!!!」

「無茶するねぇ、総司」

「永倉さん、原田さん!」

「・・・・・・いいところだったのに・・・・う ら む か ら ね 、 一 く ん 

私は、縄をのぼり穴から出ると、何時間ぶりの地上に出られたことに感謝した。
斎藤さんは、心配そうに着物の埃を払ってくれる。

「何もされてないか? 何かあったら俺の名を呼べといったはずだ。 なぜ呼ばなかった」

「僕がいるからでしょ。 ちゃんは僕の方が頼りになるんだってさ」

なんだか、ふたりの間に火花が見えるほどに、険悪な雰囲気だ。
穴から出れてよかったはずなのに、どうしてこんな雰囲気に・・・・。
これは、どうしたらいいのだろう。

「まあまあ、ふたりとも」

「何もなかったんだし、いーじゃないの! 総司も無事でよかったぜ。 でも、これからは行き先言ってから屯所出ろよ」

「はいはい。 ちゃん、今度続きしようね。 覚悟しといて」

「沖田さんっっっ!!!」













沖田さんの口車に乗せられないようにしよう ――――――






しかし、相手は懲りない男、沖田総司。






その道は、厳しい。



2010.1.18