寒中水泳・後編

まだまだ、お子様なのか。

原田の目の色が少し変わったのをは見逃してしまった。



「なあ、知ってるか?風邪を早く治す方法」

「・・・・・・石田散薬、とか言わないですよね」

「まあ・・・・・・それはそれで斎藤には効き目バツグンだな」

「え、じゃあ、なんだろ」

「こうすんだよ」

「――――――っっ!!」

急に腕をひかれる。
それは病人とは思えない力で、はバランスを崩して寝ている原田の腕にどさりと倒れこんだ。
原田に抱きしめられるような格好になり、慌てて起き上がろうとするも、の体に巻きついた腕はなかなか緩んではくれない。
どうしようともがいて首を上げると、息がかかるほど近くに原田の顔。
誘うような表情で、うっすら笑みを浮かべて、視線でを縛る。
どうしよう。動けない。
金縛りにかかったように動けない。
そのうちに頬に触れる手のぬくもり。
原田の顔がもっと近づいてきても、は動けないままだった。
がぎゅっと目を閉じた時だった。
ふと、腕の力が緩む。

「おっと・・・・・やめとくわ。うつったらかわいそうだ」

「いや、今度は俺が看病したらいいのか。じゃあいただきます」

「いやいや、そんなおいしい状態、俺ひとり独占できるわけねェな。邪魔者にチャンスをくれてやる必要はねえ。やっぱりやめとこう」

(やっぱり、熱のせい!?)

次々と、ひとりごと、とは思えないようなひとりごとをひとしきり喋っている。
そして、に視線を移すと、魅惑的に微笑ってぐんと顔を近づけた。

「つうわけで、この続きは今度な」

頬にちゅ、と軽く口づけすると、原田はそのままぱたんと寝ついてしまった。

(ええええーーーーーーーー!!!!???)

は、どんだけ飛ぶのかすごい勢いで飛びのいた。
心臓がばくばく鳴って、口から飛び出そうだ。
こんなにドキドキさせて、このまま放置されてどうしろと言うのか。
多分、熱のせい。
いつもなら、こんな強引なことは絶対にしない。
熱のせいだとわかっていても、こんなことされたら意識しないわけがない。

は、原田が触れた頬に触れた。








うつった、かも。








だって、熱が、出そう―――










* * *










次の朝。原田の熱はすっかりひいていた。
ぐーんと伸びをしてみる。
ああ、すがすがしい気分だ。
横には、変わらずが居る。
これもまた気分がいい理由のひとつだ。

が看病してくれたおかげですっかり良くなったぜ。ありがとな、

「いえ」

は、妙に言葉少なで何だか様子がおかしい。
よそよそしいというか何と言うか。
これがきっかけでもっと絆が深まってもいいものだと思うが、逆に一歩も二歩も遠ざかったような。

「・・・・・・もしかして、俺、なんか変なことした、か?」

「ど、どうしてですか?」

その言葉に、みるみるの顔が真っ赤に染まる。
どうして赤くなるんだろう、と原田は少し気になったが話を続けた。

「おまえに看病してもらって運がいいと思ったとこまではぼんやりと覚えてるんだが・・・・・・まあ、その後は、すげェいい夢見たなーーくらいで」

引き寄せたの髪の感触、香りまで覚えてるような気がするくらい現実味のある夢だった。
夢だったのがもったいない。
原田は、思い返そうとするが、どうしても霞がかかって思い出せない。

「大人しく寝てたんならいいんだけどさ。もしかして・・・・・・」

「―――し、知りませんっ!」

に後ろを向かれ、原田は驚いて飛び跳ねた。
永倉だったらともかく、自分がこんなにそっぽ向かれたことなどなかったからだ。

「え、うそ。なんかした?俺。なんかしたの!?」

「あーあ、左之さん嫌われたーーーー!!」

「何したんだよ、左之」

その様子を、永倉と藤堂が、離れたところでニヤニヤ笑って見ていた。
いつものことながら、他人事だと容赦ないふたりである。

「さっぱり覚えがねえ・・・・・・なあ、怒ってる理由聞かせてくれないか」

そうまっすぐに見つめられても。
優しく尋ねられても、言えるわけがない。
ますます顔が火照ってしまうだけだ。
あんなこと、生まれてはじめてだったのだ。
恥ずかしくて、口にだって出せない。
は、原田の顔をまっすぐ見れずに、真っ赤な顔を両手で覆う。

?」

「やめてくださいっっっ!それ以上近づかないでください!!」

すぱーんとが発した断固たる拒否の言葉に、永倉と藤堂の笑顔が消えた。
近づかないで、とは、相当手痛い台詞だ。

「・・・・・・あーあ、ありゃ完璧だ」

「左之さん、相当ひどいことしたんだ」

「してない!!・・・・多分。してないから!!」

こんな様子じゃ、否定も説得力がない。
原田自身でさえも自信がないのだから。
何かしてない、とは思う。
でも、確かな記憶がない。
この時ばかりは、軽い脳みその自分を恨んだ。

「しばらく原田さんの顔は見たくありません!!!」

がーーーーーーーーーーーーーん!!!
こんな絶縁宣言とも取れる言葉を面と向かって言われると、キツイ。
と目も合わせてもらえないなんて、明日からどう生きればいいの、俺!!!

「待って、ちゃん!?俺、何かしたの?したんだったら教えて!!あやまりますからーー!!」

パタパタと駆け足で広間を出て行ったの後を、原田は追いかけていった。
しかし、天岩戸にこもったアマテラスのように、は一向に出てこない。
いや、アマテラス以上か。
踊っても、なだめても、何しても出てこないのだから。






その後、原田がに普通に話してもらえるまで、一週間かかったという。


2008.12.4