寒中水泳・前編

原田・永倉・藤堂の組は全員、合同で訓練をするということで河原に集まっていた。
ずらりと並ぶ姿は、圧巻である。
彼らを前に、永倉はびりびりとしびれるような大きなかけ声をかける。

「ひとおつ!!!心頭滅却すれば火もまた涼し!!!!」

「『心頭滅却すれば火もまた涼し』!!!」

気持ちよく揃った声に、永倉はうんうんと満足そうにうなずく。

「ふたあつ!!!心頭滅却すれば火もまた涼し!!!!」

「『心頭滅却すれば火もまた涼し』!!!」

「みぃっつ!!!心頭滅却すれば火もまた涼し!!!!」

「『心頭滅却すれば火もまた涼し』!!!」

「おい、なんだよ、新八・・・・・・同じことばっかじゃねえか」

原田は、少し呆れたような目線を永倉に投げる。
そんな原田をまあまあと待て、とでも言いたげに手をひらひらさせると、拳を振り上げた。

「よっしゃあ!!!!てめえら!!!!寒中水泳だああぁ!!!」

「はあぁ?」

原田と藤堂が声を揃えて、勢いよく永倉に向き直ったのも無理はない。











□  □  □











原田や永倉だけならともかく、彼らが率いる組の皆までがぞろぞろと、さ、寒んみぃぃぃ!!!とガチガチ震えながら屯所になだれ込んだのを見て、が呆れて、揃いも揃って馬鹿じゃないんですかぁ、と叫んだのは、つい昨日のこと。

「本っっっっ当おぉぉぉぉ・・・・・・・に馬鹿ですね」

手ぬぐいを絞るのかたわらには、布団の中で原田が力なく微笑していた。
というのも、原田は熱を出して寝込んでいた。
この冬の最中、川に入ったりしたらこうなることなど当たり前といったら当たり前だ。
しかし、永倉曰く。

「鍛え方が足りねえ」

だそうで・・・・・・。

「新選組の組長たるものなんつうザマだ!鍛えぬかれた俺様を見ろ!!ぴんっぴんしてるぜ!これに懲りて、無駄に女をたぶらかすのはやめとくんだな」

「いや、たぶらかしてねえから」

「組長の中で熱出してんのおまえだけだぜ?あの平助ですら生きてるっつうのによ」

「『ですら』っての余計だから!つうか、左之さん、情けねえよ」

「おまえら・・・・・・病人の枕元でぎゃーぎゃーうるせェから」

永倉と藤堂は、原田の枕元でやいやいとはやしたてる。
この人たちは不死身なんだろうか・・・・・は思った。
原田だけではなく、隊士の三分の一は熱を出して寝込んでいる。
いくらいつも鍛錬してるとはいえ、今の季節は桶にはった水も凍る冬。
こんな訓練はさすがに無理だったのではないだろうか。

「こんなの普通の人間のやることだとは思えません!急に冷たい水に入ったら死んでもおかしくないんですよ!?」

「俺が死ぬと思うのか?」

「いえ、永倉さんは絶っっ対大丈夫です!」

「・・・・・ありがとう、と言うべきか・・・。いや、やっぱ少し心配して欲しい、かな・・・・」

は、原田に向き直って言った。

「お願いですから、無茶な真似やめてください」

「まあ、そう言うなって。男にゃ無理だとわかっててもやらなきゃならない時もあるのさ」

男だからと言われてしまえば、女のには何も言い返すことはできないが、そこは当然不満は募るわけで、ふうと大きなため息と共にそれを外に逃がす。
そんなの様子に苦笑する原田。

「まあ、いい機会だ。ゆっくりすることにするわ。おまえらは唯一得意な鍛錬でもしてろよ」

「・・・・・・なんか嫌な言い方だな、おい。ま、やわな左之助君は大人しく昇天しててちょうだい」

「今マジで昇天しそうだから、やめて。その言葉」

「お大事になーーーーーー!!!」

嵐は去って行った。
室内には、原田の傍にひとり。
ようやっと、原田を休ませることができる。
は、今朝赤い顔して“飲みすぎたーーー”とふらふら起きてきた原田をうまくつかまえて布団に叩き込んだ。
原田もそうなのだが、なんだかここの人たちは、自分の体調管理があまり上手ではない。
熱が出ていても気づかず(知らない振りかも)いつもと同じように任務をこなす。
今までだってほとんど“飲みすぎ”で過ごして来たに違いない。
今日だってが気づかなければ、原田はいつもどおりに任務をこなしていただろう。
今日、原田にはぬけられない任務もないということだったので、一日休んでもらうことにしたのだった。

「のど、かわきませんか?お水いかがですか」

「ああ、すまないな」

湯飲みに入れた水を一気に飲み干すと、原田は大人しくこてんと床につく。
朝は青白い顔色をしていたが、話をしたせいか熱が上がりきったのかわからないが、今は頬に朱がさして来ている。
赤みが戻ってきただけでも、回復の兆しが見えたようで、は少しほっとした。

「薬が効いてきたかな」

そっと原田の額に手をやった。
その様子をじっと原田は見ていた。

「でも、まだ熱高いですね。寒くないですか?」

「・・・・・俺、ついてるかもしれねえな」

「?」

風邪引いて寝込んでるのに運がいいだなんて、熱で浮かされているんだろうか。
は額の手ぬぐいを冷たくしぼって取り替えた。
きもちいー、と言うと、原田はに目線をうつして微笑んだ。

に看病してもらえるなんてさ。いいよな、こういうの。こうかいがいしく世話してくれるのって、なんか、嫁さんみたいでさ」

“嫁さん”の言葉に、は頬が熱くなった。
自分に言ったわけではないのはわかっているが、原田がこういうことをお嫁さんに望んでいることを知ったら、なんだか急にこうしているのが恥ずかしくなってしまった。

「一緒になると、こんななのかな。やっぱいいな。すげえほっとする。・・・・・・、ありがとな」

「いえ、夢、叶うといいですね」

は、原田に負けず劣らず頬を赤くして言った。
それを見て、原田は目を細めて微笑んだ。


2008.12.2