”仲間との約束を破ってまで足立の所へ1人で向かい、説得できると思っていたのはただのおこがましい自己満足にしか過ぎない”そんな事は分かっていた。

それでも行きたいという衝動にかられたのは、自分の中に残っている足立という人物像を壊したくなかったからなのだと気づかされた。 もう自分が知っている足立はいない――いや、初めからそんな人物は存在しなかったのだ。

透馬は無理やりにでもそう思うことにした。その方がまだ、自分の心が壊れないような気がしたからだ。

足立に銃を向けられたときは震えなかった体が、今になってカタカタと情けなく震えだす。重い体を引きずるように、現実世界への出口へと向かった。



「おかえり」

そう声を掛けてくれた陽介に、別段驚くこともなかった。陽介が透馬は1人で行くと思っていたと言っていたように、透馬もまたも陽介が外の世界で待っているような気がしたからだ。
それでも後ろめたい気持ちから、顔を背ける。陽介はそれを責めるわけでもなくただ一言「――帰ろうぜ」と、淡々と言った。



2人で歩く帰り道は言葉少なだった。
透馬が先ほどの足立とのことを話そうかと思った時、その思いを見透かしたように陽介の方から口を開いた。


「――言っただろ。今は足立さんの事はきかねぇって」

「――うん」

「それにしても。無事に帰ってきてくれてマジで良かったぜ。お前に何かあったら、俺――」

どうにかなっちまう。そう続けた。陽介の横顔を見つめながら、再び後悔の波が押し寄せてくる。
仲間からの信頼を裏切り、大切な人を不安にさせてまで、一体何がしたかったのだろう。

透馬が自分自身に苛立ちを感じていると、陽介はそれを見透かすしたように「なぁ。ちっとさみぃけど、あそこ寄ってこうぜ」と指差した先には、小さな公園があった。
他に人がいる様子はなく、公園内にあるライトがベンチを淡く照らしている。
陽介の提案に同意しベンチに腰掛けようとした時、暖かい飲み物を投げ渡された。


「ありがとう」

「いいって。なんか・・・このまま帰したくないって思っちまったんだよ。だからこんな寒い中引き留めたお詫びとして」

「安いけどな」

憎まれ口を叩くと、すかさず「うっせーよ」と返事が返ってきた。
そんなやり取りをしているといつしか先ほどの恐怖心は消えていき、陽介が隣に座ったことでさらに安心感も増していった。


「――足立さんに今更会いに行ったところで、何も変わらないことは分かってた」

「・・・」

透馬の言葉を陽介は責め出す事もなく、ただ黙って聞いている。

「足立さんに言われた。俺が会いに来たのは、勝手に自分が信じて作り上げていた足立という人物像を壊されたくないからだって。返す言葉もなかったよ。あの人の言うとおりだったから。 俺はそんな事の為にお前や仲間を裏切った・・・最低だよ」


足立との思い出が脳裏を過る。
彼の言葉通りだとしたら、出会った時から全てがただの虚像で、時折見せた寂しさも優しさも全てが偽りでしかなかったのか。
そう思い返したところで、足立の人を不快にさせるような笑い声が、思い出に覆い被さる様にして聞こえてくる。

“いつまでそうやっていい人ぶって、現実から逃げ続けるつもり?”

―――そう言われてる気さえしてくる。


「俺は――お前がどう思ってようと、足立を許すつもりはねぇよ。アイツは人殺しだ。それもゲーム感覚で楽しんでる異常者――けど」

陽介は真っ直ぐな目で透馬を見つめた。

「・・・お前が今まで見てきた足立さんも、アイツの本心の一部で偽りなんかじゃなかったと思うぜ。―――アイツは絶対に否定しそうだけどな」


そう言うと、いつもの明るい笑みを見せた。誰もが安心できるような、暖かい微笑みだ。
この笑顔、大好きだ――そんな事を思っていると、不意に陽介は透馬を抱きしめた。


「信じてた人間に裏切られるなんて、辛いに決まってんだ。それを乗り越えるために、俺やアイツらが居るって事・・・忘れるなよ、月森」

「――ああ。そう・・・だったな。――ごめん」

「謝んなって」


透馬は陽介の背に両手をまわした。暖かい――まるでとても暖かい光に包まれているようだった。
足立は人が持つ暖かさに気づかなかったのだろうか、それともあえて気づかないふりをしていたのだろうか。

そしてふと、気がつく。足立は透馬たちや世の中に対して散々批判を繰り返していたが、叔父に対しての暴言は一切口にしなかったことを。

淡い想いが胸にこみ上げた。

闇に落ちるのが人間なのだとしたら、そこから這い上がるきっかけを作る事が出来るのもまた、人間が持てる力なのではないだろうか。
足立からしてみれば、立場を弁えない烏滸がましい行動だと鼻で笑うのかもしれない。けれどもそんな事は重々承知の上だった。


「・・・明日、足立さんの所へ行く――今度はみんな一緒に」

「おうよ。アイツにキツイお灸の1つでも据えてやろうぜ!」


陽介の言葉に笑みがこぼれた。仲間がいれば、きっと大丈夫。彼の言葉にはそう思わせてくれる力強さがある。
陽介の温もりをより一層感じたくて、両手に力が入った。それは陽介も同じようだった。


しばらくするとその空気を壊すように、陽介の携帯が軽快な着信音を鳴らした。
陽介は渋々と電話に出る。電話口から聞こえてきたのはクマの陽気な声だった。


『陽介、イマ何処に居るクマか〜?中々帰ってこないから、クマは陽介のベットの上でおっとっと食べながら心配してますクマ』

「ぜってー心配してねぇだろ、ソレ!てか、ベットの上で菓子を食うなって前から言ってんだろ!!」

『ムッフフ・・・。ベットがこれ以上おっとっとで汚されたくなかったら、さっさと帰ってくるクマよ〜』

「おまっ・・・って、切りやがった・・・っ」


のんきな言いぐさからは想像しにくいが、クマなりに帰りが遅いことを心配しているらしい。
陽介は透馬の方に向き直り「ホントはもっとお前と居たいけど、これ以上クマがしでかす前に帰るわ」と、苦笑いを浮かべた。


「ああ。―――また、明日」

「おう。――明日、な」

そう言葉を交わす2人の顔に、不安の影は見られなかった。
自分たちが今出来る事を精一杯やる、それだけできっと誰の心にもある影を払いのけ、希望を見出していける。そう信じているから―――。




サイトアップ日・・・・2012.10.21