魂の存在する場所
1.カミュー
星の輝きに導かれて、マチルダ騎士団を捨てて数日が立つ。
元・赤騎士団長カミューは独り、本拠地である古城を散策していた。
無論、初めに丁寧な案内は受けている。だが、完璧主義者のカミューには、自分の尺度で確かめておきたい幾つかの点があったのだ。
防壁の薄くなっているところはないか、篭城戦となった場合、最終的に指導者を逃がす経路はあるか。あの軍師のことだ、そうそう抜かりはないだろうが、実際に動くのは寄せ集めの兵士たちである。
万一の場合、鍛錬された自団の騎士を回す必要もあるかもしれない。
それが彼を動かす理由の一つだった。
散策の結果は満足できるものだった。湖側の守りが少々弱い気もするが、船の軍勢を見落とすこともないだろう。集った仲間たちは、与えられた仕事を精一杯にこなしている。
ほっと息を抜いて友の待つ部屋へ戻ろうとしたときだった。
眼前の視界が開けて、一面の緑が目に飛び込んできた。一斉に風にたなびく草の絨毯、そこに聳え立つ一本の巨木。荒れ果てた故郷グラスランドでも、古い城下街ロックアックスでも見たことのない、のどかな風景である。
思わず見とれたカミューは、続いて草むらに蠢く小さな影に気づいた。
ふわふわとした茶色の塊が、せわしなく跳ね回っている。
それは一匹のリスだった。
野性のリスを見るのは初めてだったが、随分と小さな生き物だと思った。それに彼の認識では、この生き物は小さな群れを作って生息しているはずなのに、他に仲間の姿は見えない。
「おまえ……はぐれたのか?」
呟いて歩み寄ろうとしたが、リスは人の気配に驚いたように即座にピンと耳を立てた。
大きな黒い瞳がカミューを凝視する。リスは恐ろしい勢いで巨木に駆け上がっていった。
あまりの素早さに苦笑して、カミューは木の根元で足を止めた。
どうやらリスは巨木が落とす実を探していたらしい。だが彼の見たところでは、巨木の実の季節は終わっているようだ。足元に目を凝らしても、ほとんど木の実らしいものは見当たらない。
見上げると、手の届かないあたりまで逃げたリスが、それでも好奇心旺盛であるのか、枝の合い間からカミューを覗き下ろしていた。
「もう、この木におまえの食事はなさそうだぞ?」
カミューは微笑んでリスに語り掛けた。リスは耳を立てたまま動かない。
時折小さく首を傾げる仕草が、知っているよ、と答えているように見えた。仲間たちは早々とそれに気づいて移動を済ませたのだろう。
このリスは、あるいは親兄弟に死に別れたのかもしれない。
戻らぬ大切な相手を待って、ここに残っているのかもしれない。
もし、自分があの友を失ったなら、やはりこうして待ち続けるのかもしれない。
たとえそれがどれほど意味のない行為であったとしても。
ふとそんなことを考えてカミューは苦笑した。
彼はもう一度リスを見上げ、それから巨木を後にした。
翌日から、戦いの合い間をぬってその場に通うようになった青年を、誰も知ることはなかった。
2.マイクロトフ
おかしい。最初に感じたのはそんな違和感だった。
この城に来てから数週間、活気溢れる同盟軍で、彼は文字通り誇りを賭けた戦いに身を投じている。ついてきてくれた部下の士気も高まる一方であるし、仲間たちはみな、気持ちのいい連中ばかりだった。
すべてに満足しているマイクロトフだが、一つだけ気がかりなことがあった。
誰よりも大切な友である赤騎士団長のことである。
彼は最近、ふらりと部屋を出て行く。大抵はレストランのテラスを探せば見つけられた。
彼が自分の行動パターンを知っているように、自分もカミューのすべてを理解していると信じていた。
だが、最近どうにも自信がない。彼を見失うことが多くなった。
この同盟軍は、戦争をしている一団とは思えないほど女性が多い。カミューの女性への礼節ぶりを知っているだけに、心穏やかではいられないマイクロトフである。
戦いの合い間でも、心を通わせる相手を見つける連中もいるらしい。
よもやカミューがそうであるとは思いたくないが、自分に隠れて忍び逢う乙女が出来たのだとしたら、耐えがたい痛みを覚えることだろう。
現在、軍師が王国軍との戦いの策を練っているため、一同には休息が与えられている。
今日という今日は何としても、カミューの行き先を突き止めねばならない。でなければこの先、とても冷静に戦いを進めることなど出来そうになかった。
「マイクロトフ、ちょっとそこらを散歩してくるよ」
いつものように笑って部屋を出て行くカミューを同じ笑顔で送り出し、さて、と重い腰を上げた。
3.カミュー
「そら、来いって。もういい加減に慣れただろう?」
草むらに屈み込んだカミューの指先に摘まれた木の実をじっと見つめ、リスは小首を傾げた。
そうしていると、妙に哲学者めいて見えるのが可笑しい。
野生の獣を餌付けする方法は知っていた。はじめは遠くに餌をばら撒いて、まず獣に食べさせる。それから次第に距離を詰めていく。餌に惹かれた獣は少しずつ警戒を解きながら、昨日よりも今日、今日よりも明日、と近寄ってくるのである。
先日、城の南側を探してみて、リスの好みそうな木を見つけた。案の定、そこにはリスの一団が暮らしていた。彼らは突然の侵入者である青年に驚いて、慌てて木上に逃げていった。
ごめんよ、と心で呟いて、彼は落ちた実を集めて持ち帰った。
その実を、はぐれたリスに与えて数週間。根気強いカミューに負けたのか、あるいは余程腹を空かせていたのか、リスはほとんど手の届くところまで近寄るようになっていた。
だが、あとほんの僅かというところで初めてリスは躊躇した。
白い手袋の摘んだ実を、直接受け取ることに怯えているのだ。
間近で深々と考え込んでいるリスは、相手が自分を苛めるだろうかと思案に暮れているらしい。
「おまえ、わたしに似ているな……。優しくしてくれる相手に警戒するところなど、昔のわたしにそっくりだ」
最初から無防備に傍らに寄ってきた男に、心惹かれながらも怯えていた。
いつか彼が自分にとって、あまりに大きな存在になってしまうのではないかと心の何処かで警戒していた。
「だが、心配するな。相手を信じるのも、結構いいものだぞ……?」
その相手が同じだけ自分を大切に思ってくれるなら。
カミューはじっとリスの目を見詰めた。その漆黒が、友の瞳と同じ色であると感じながら。
やがて、リスは動き出した。右に、左にとステップを踏みながら、着実にカミューに向かってくる。
カミューが息を詰めてじっとしていると、手元でもう一度迷うように首を傾げてから、引っ手繰るように実を取って走り出した。
少し離れたところで懸命に咀嚼すると、ほっとしたようにカミューを見る。彼は次の実を用意していた。今度はずっと早く寄ってきて、実を奪っていく。食べ始めた位置は前よりも近かった。
カミューの掌に握られた木の実が半分になる頃には、リスは逃げることを忘れた。
カミューが新しい実を摘むたびに、やや怯えたように身を引くが、差し出されるのを待ちきれないように受け取るようになった。
「……よし、いい子だ。今日はこれで終わりだよ。また明日来るからな?」
優しく声を掛けると、リスはしばらく首を傾げていたが、やがて軽やかに走り出し、木に登っていった。
軽く手を払って立ち上がったカミューは、いつものように何を考えているのか読めない深遠な笑みを浮かべた表情で歩き出した。
4.マイクロトフ
穏やかに笑っている顔が好きだった。
戦いの狭間に見せる、張り詰めた表情も綺麗だと思っていた。
自分にだけ見せてくれる、素直な感情に溢れた眼差しも、この上もなく慕わしかった。
だが、こんなにも友が可愛らしく見えたことはない。
しなやかな後ろ姿が人気のない城の裏手に向かうのを見て、焦燥を感じた。逢引にはもってこいの場所に思えたからだ。
城を囲む塀に身を隠しながら、マイクロトフは情けない気分でカミューを窺っていた。
そこに乙女が現れたら、どういう態度を取ってしまうか、自分でもわからない。
真っ直ぐに巨木へ進むカミューを見つめ、マイクロトフは唇を噛んでいた。
カミューの目が木の上を見上げるのに首を傾げる。よもや、木登りが趣味のレディなのだろうか?
しかし、その疑念はすぐに別の意味での驚きに変わったのである。
見慣れぬ小さな茶色の生き物が、カミューを目指して駆け下りてくるのが見えた。
ふわふわした毛並みが、どこか友の髪の色に似ている。
リスだ、というのはすぐにわかった。大きな尻尾の丸いカーブが見えたからだ。
何故、リスがこんなところに?
それよりも、まるで旧知の仲であるように、野生のリスがカミューの身体を駆け上がり、腕にちょこんと腰掛けるのに驚いた。
カミューは懐から小さな包みを出している。指先で摘んで与えているのは、木の実らしい。
リスは無心で、両手にしっかり木の実を抱いている。咀嚼に忙しく、カミューを見ようともしないが、彼の指先に背中を撫でられても平気でいるところを見ると、すでに安心しきっているようだ。
カミューは常に冷静沈着な指揮官だった。
表情は穏やかであるが、自分にも他人にも厳しい男である。
マイクロトフの前でこそ、すべてのこだわりを捨てた人間臭い顔を見せもするが、今、彼の浮かべている表情は未だマイクロトフが見たことのないものだった。
慈しみに溢れる静かな眼差し。
小さく弱いものを守ろうとしている、それは母の笑みにも似ていた。やや伏せた目でリスを見つめるカミューは、それこそ風からもリスを守っているように優しげで美しかった。
赤味がかった髪が太陽に反射して眩しい。長いまつげに縁取られた涼しげな瞳は、マイクロトフに気づくことなくリスに注がれている。
愛しさだけを浮かべている視線。その先の生き物に嫉妬している自分に気づいて、マイクロトフは苦笑した。
あの赤騎士団長にして、本当に似合わない光景のような気もするのに、それでいて自分はこんな彼を知っていたような気がする。
自ら作り上げた誇りで武装して、戦い続ける青年騎士。取り澄ました笑顔の裏に、こんなにも暖かな顔を隠している。
それを心から愛しいとマイクロトフは思った。
彼はそっと踵を返した。友の束の間の安らぎを、邪魔することは出来なかったから。
5.ふたり
「……だから、大丈夫だと言っているだろう? おまえは大袈裟だよ、マイクロトフ」
ルカ・ブライトを巡る総力戦に勝利して、城には歓喜が渦巻いていた。そんな中、戦闘で傷ついたカミューをベッドに押し込み、マイクロトフが苛々と世話を焼いている。
「大袈裟なものか! 起き上がるな、カミュー。ちゃんと寝ていろ!」
「回復魔法もかけてもらったんだ、もう全然……」
「まだ、熱があるだろうが!」
心配は、度を越すと怒りになるらしい。半身をもたげたカミューを力任せにベッドに押し戻し、マイクロトフはピシリと指を突き付けた。
「いいか、起きてみろ。当て身を食らわせるぞ!!」
「そんな無茶苦茶な……」
苦笑しながらカミューは渋々枕に頭を乗せた。こういうときの友には逆らわない方が賢明なのだ。
確かに傷は魔法によって塞がれていたが、身体が熱っぽいのは事実である。甲斐甲斐しくタオルを額に当ててくれるマイクロトフの献身を、素直に受けることにした。彼の力で絞られたタオルは、ほとんど濡れていなかったのだが。
「……いいから、眠れ。朝になったら起こしてやるから……」
耳元に聞こえる優しい響きに、カミューは目を閉じた。この存在が近くにあるだけで、幾らでも安心出来る。
やがて静かな寝息が部屋に満ちた。マイクロトフは眠るカミューを見つめ続けた。
その眼差しが、リスを見つめていた友のそれに酷似しているのに気づかずに。
目覚めたとき、すでに日は高かった。視線を巡らせると男の姿がない。
ずっとついていてくれると信じていた自分を微かに恥じて、カミューは身体を起こした。
もう熱も引いている。むしろ久々にたっぷり眠った爽快感があった。
窓を開けて風を入れ、ふと彼は考えた。
引出しを開けて包みを取り出す。木の実は僅かしか残っていない。もうこんなに与えただろうかと自問しながらも、それほど深く考えることもなく、包みを掴んで衣服を整えた。
そろそろあのリスを仲間の傍に連れて行ってやろう。
もうカミューに触れられるのを厭わないので、それも可能だろう。
何ものも、孤独では生きられないのだ。群れに戻るのが一番幸せに違いない。
目覚めて真っ先にリスを案じてしまった自分を笑った。
どうやら、先に離れられなくなりそうなのは自分の方だ。所詮は野生の生き物、いつまでも人に餌を与えてもらっていては生き延びることは出来ないだろう。
たとえば明日、自分が命を落としたなら、リスはいつまでも腹をすかせて待っていることだろう。そうなる前に、仲間の元へ戻さなくてはならない。
これで終わりにしよう。餌をやり、その足で南の林に向かおう。微かな寂しさを感じながら、決意して城壁に向かった。
ふと、彼は目を見張った。見慣れた青い騎士服が巨木の下に立っている。その顔は木上を見上げ、真剣そのものだ。驚いたカミューは声を掛けるのも忘れ、その光景を見守った。
リスは降りてきていた。だが最後の枝に立ち止まり、深々と考え込んでいる。いつもの人間と違うのを、野性の本能が教えたようだ。
「おい、こっちまで来ないのか?」
マイクロトフが憮然と呟く。仕方ないといった顔で、差し出したのはいつもの木の実だ。
太い指が不器用そうに握る実を、それでもリスは凝視している。
「ほら、早く食え。いつもの食事だろう?」
出来る限りに穏やかな声を出そうとしているらしいのだが、マイクロトフの声は大きい。リスは怯えているようだ。彼は溜め息をついた。
「……仕方ないだろう? カミューは怪我をしているんだ。おれだって、あいつに付いていたいんだぞ? 頼むから、早く食ってくれ」
懇願するような響きにカミューはくすりと笑った。大柄な男が、身を屈めてリスに頭を下げている。
……とても部下には見られたくない姿だろう。
「くそっ、何が不満なんだ? ほら、食ってくれよ」
焦れたマイクロトフは木の実をぐいと突き出した。突然突き出された指に驚いたのだろう、リスは一瞬その手にしがみつき、即座に実を掴んで逃げていった。
残されたマイクロトフは呆然としていたが、やがて途方に暮れたような表情でうめいた。
「ああもう……何だと言うんだ、くそっ」
そして握っていた残りの実を草むらにばら撒く。
「いいか、ここだ。ここに置いたからな! ちゃんと食うんだぞ、わかったな?!」
大声でリスに命じると、項垂れてカミューの方へ向き直った。そこで、立ち尽くしていたカミューに気づき、一気に狼狽した顔になる。
彼が走り寄るよりも早く、カミューが足を進めた。木の根元でマイクロトフの横に立つ。
「カミュー…………寝てないと駄目じゃないか!」
「もう大丈夫さ、熱もない。心配掛けたな」
微笑みながら木を見上げる。リスの姿は見えない。
「マイクロトフ、どうしてここに……?」
尋ねると、マイクロトフは憮然と答えた。
「前におまえがいるのを……ぐ、偶然見掛けて……。おまえの代わりに餌をやろうとしたんだが、あいつ、おれを嫌っているらしい」
「知っていたのか」
カミューは照れたように苦笑した。道理で、木の実が急激に減ったわけである。
「別に……嫌っているというのではなかろう? 見慣れない人間に怯えただけさ。だが……、どうしておまえがわざわざそんなことを……」
マイクロトフはふと目を逸らせた。
「その……、おまえが目を覚ましたときに、リスが飢えて死んでいたら悲しむだろうと思って……」
カミューは瞬いた。
「馬鹿だな……野生の生き物が一日や二日食わなかったところで、そう簡単に死ぬわけがないだろう?」
「そうか……、そう言われれば…………そうだな」
困ったように笑うマイクロトフに、カミューは切ない思いで一杯になった。素直に嬉しいといえない自分が恨めしい。
「それに……もう、あいつを群れに戻そうと思っていたんだ……」
「群れ? 仲間がいるのか?」
「南の林にな。どうやら置いてきぼりを食ったらしい。懐いてきたのは事実だが、おまえの言うように、いつわたしが戻らなくなるかもしれないし……やはり仲間と一緒にいるのが一番……」
言葉は最後まで続かなかった。燃え上がるような男の目が、彼を射抜いていたからだ。
マイクロトフは真っ直ぐにカミューに指を突き付け、激しい口調で叫んだ。
「そんなことを言うな! そんなことが、あるはずないだろう?! おまえにはおれがいる。戻れなくなることなぞ、決して有り得ない!!!」
命にかけても、守り抜く。必死の思いを吐き出したマイクロトフだったが、相手は目を見開いたまま答えない。怪訝に思った彼は、呆然としているようなカミューを見つめ直した。
冷静な赤騎士団長が、こんなふうに驚いているのは珍しい。
どこか幼げにさえ見える表情は、またしてもマイクロトフの知らない顔だった。
見開かれた綺麗な目の行方を追うと、マイクロトフ自身の指があった。そこで初めて気づく。
カミューを指した人差し指、白い手袋の先端が赤く染まっている。
「……噛まれたのか?」
掠れた声で問い掛けたカミューに、マイクロトフは慌てて手を引こうとしたが、一瞬早く手首を掴まれ、諦めたように頷いた。
「見せてみろ」
「何ともない。かすり傷……とも言えないくらいの傷だ」
「いいから!」
強く言われて渋々といった調子で手袋を外す。余程怯えていたのだろう、木の実を掠め取りついでにリスが残していった噛み傷は、確かに小さかった。が、指先に僅かだが、こんもりと血が溜まってる。
「相当慌てもののようだな。木の実と間違って、おれの指を齧っていった。おまえのようには、上手く………………」
そこでマイクロトフは言葉を飲み込んだ。真摯な目で傷を見ていたカミューが、両手で彼の手首を握り直したのだ。
驚きに息を止めるマイクロトフの目前で、彼の指先はカミューの形良い唇へと吸い込まれた。
やや身を屈めるようにして指を含んだカミューが、優しく舌先で血を舐め取る。
いたわるようにそっと傷に触れるなめらかな感触に、マイクロトフは呆然と彼を見下ろした。
カミューは目を閉じ、男の傷を丹念に清めている。
伏せられた目が、もし今開かれたなら、あのリスに向けていた目をしているのだろうか。
そうであって欲しいとマイクロトフは心から思った。
やがて薄紅の唇が指を解放する。温かな口腔に含まれていたときよりも、もっと熱を持っている指先に男は狼狽えた。
「……獣の噛み傷を甘く見てはいけない。ちゃんと手当てしておいた方がいいぞ、マイクロトフ」
彼を見上げたカミューの目は、どこまでも静かだった。
庇護するものを見る眼差しとは少し違う。だが、他の誰にも向けないであろう眼差しでもあった。
その目はすぐに逸らされた。木上に向かった視線を、マイクロトフは急いで追い掛ける。
自分だけに与えられる目を、もっと見ていたかったから。
「……今は群れに戻すのは無理のようだな。すっかり怯えて、降りてこようとしない……」
カミューがぽつりと呟くのに、男はまたも口を開いた。
「まだそんなことを……大丈夫だ、おまえは……」
カミューはしかし、晴れやかな笑顔で首を振った。
「あいつが……わたしを唯一の味方と思うようになってはならないんだ。どんなに懐いてくれたとしても、わたしはいずれ、ここを去る人間なのだから」
それから小さく付け加える。
「……おまえと一緒に」
マイクロトフは一瞬言葉を失くし、すぐに目を細めて微笑んだ。
「カミュー……夕方、もう一度来ないか? そして、一緒にあいつを群れに戻そう。いつかおれたちがこの城を去っても、仲間と幸せに暮らしていけるように」
「ああ、そうだな……」
カミューは湖を渡る風に吹かれながら、幸福そうに頷いた。
出会いの数だけ、別れがある。だが、ふたりは生涯変わらず互いの傍らにあり続ける。
そう信じられる今日という日を、噛み締めながら歩き出した。
うおおおっ、メロウでリリカルな世界ですな……。
これは小田えみさんが没にしたネタをいただいたもの。
でも、「リスというだけでメルヘ〜ン」 と恥じらった小田さんは、
ちゃんと全部教えてくれなかったんですね。
「リスに餌をやってるカミューをマイクロトフが覗き見る」
「リスに齧られたマイクロトフの指をカミューが舐める」
の2シーンしか……。でも、確かにリスというだけで
メルヘンモードが炸裂しましたよ、小田さん……。
この二人、エッチはおろかチュウもしたことなさそうですねえ。
(小田さんには「肉体関係あると思った」と言われたけど)
でも「指を舐める」ってのは、ある意味凄くエッチくさ〜い(笑)