一瞬の              


ここのところ、赤騎士団長カミューは多忙な日々を送っていた。勤勉で事務処理能力の高い副官が突然の休暇を取っているからである。
細君の親族に慶事があったとかで、彼は現在ミューズにいる。本来なら休暇は先週で終了するはずだったのだが、何でもミューズは数日来より豪雨に見舞われているらしく、家族を連れての帰還がままならないらしい。
そんな訳で今日で三日、予定を超えた欠勤の状態が続いてしまっているわけだが、そこは鷹揚に構えているカミューだ。部下の生真面目な資質を知っているだけに、現状をどれほど苦悩しているかは容易に察することが出来る。むしろ、帰還後に滞った職務に忙殺されることのないよう、彼は進んで副長の責務代行を務めていた。
もっとも、カミューの副長職代行を知っているのは赤騎士団の要人に限られる。最高指導者ゴルドーは気紛れな男なので、理由の如何に関わらず、副長が欠勤を続けているのを知られるのは好ましくない。言えば多少の便宜を図ってくれる可能性もあったが、逆に副長の自己管理云々に言及される恐れもあるからだ。
副長職を勤めずに一足飛びに騎士団長に就任した友人マイクロトフとは異なり、カミューは第二位階の抱える雑務の多さを熟知している。一日つとめを放置しただけで、執務机に積まれる書類は小山を為す。
騎士団長として与えられた責務をこなす傍ら、彼は副長の分までも書類決裁に勤しんだ。疲労しないと言えば嘘になるが、常日頃の副官の誠実を思えば耐えられないことなどなかった。

 

 

その夜、カミューは自室の机に向かって部下が資料を持ってくるのを待っていた。
これは今日ゴルドーから直々に言いつけられたつとめであった。武具調達における来期の予算の具体案の呈示を義務づけられたのだ。通常ならば副長と二人で臨むべき作業であったが、とりあえず事情を知る部隊長らが手分けして過去3年間の武具購入価格票を作製してくれている。結果を一覧に纏めて価格動向を吟味し、それをもとに来期の見通しを立てるところからはカミュー独りの作業となる。
そうした訳で、部下らが尽力してくれている間に、残された決裁を済ませてしまおうとペンを走らせていたのだった。
「……カミュー、いいか?」
ふと掛けられた声は慕わしい存在のものだ。カミューは微笑んで青騎士団長の入室を許した。
約束はしていなかった。彼はマイクロトフにさえ現在置かれた状況を打ち明けていなかったのだ。普段なら互いの部屋を行き来して、グラスなど傾けながら静かなひとときを過ごす二人だったが、ここ数日はそうした逢瀬も失われている。久々に顔を合わせた男に情感は疼いたが、今は優先すべきつとめがあった。
「すまないね、今夜は付き合えそうにない」
軽く肩を竦めて書類の散乱した机を指すが、マイクロトフは僅かに目を細めただけで真っ直ぐに歩み寄ってきた。
「────これを待っていたのだろう?」
差し出されたのは部下たちが作っていた筈の資料である。怪訝に思いながら受け取ると、欲していた資料ばかりではなく、マイクロトフのやや乱暴な手蹟で記された来期予算案の草案が重ねられていた。
「これは……?」
驚いて瞬くカミューに、彼は困ったように微笑んだ。
「実は……このところおまえがやけに忙しそうなのでな、赤騎士隊長らに事情を聞き出したんだ。丁度おれも副長も手が開いていたことだし……出過ぎた真似かとも思ったのだが……」
つまり、マイクロトフはこれからカミューが為さねばならない作業を代わりに済ませてくれたのである。思いがけない助力の手に呆然としながらカミューは渡された草案に目を通した。
───完璧である。
カミューにしても、短い時間でこれほど完成された案を捻り出すことは至難だろう。改めてマイクロトフの日頃は目立たぬ才覚の鋭さに舌を巻き、感謝の眼差しを向けた。
「ありがとう……助かったよ」
「……良かった」
マイクロトフは照れたように頭を掻いた。
「余計なことをするな、と怒られるかと案じたが……あまり無理をして欲しくなかったのでな」
笑いながら首を振り、カミューは壁際のキャビネットに向かった。これはもう、秘蔵のワインを開けて感謝を示すしかあるまい。そう思いながら棚を漁っていると。

 

「実は……もう一枚、サインして欲しい書類がある」
背後から寄った男が書面を摘んで揺らす。窺い見ようとしたカミューの耳に、不意に触れた温かな唇。

 

「……ランド殿が復帰なさって落ち着いたら……一日でいい、休暇を申請してくれないか、カミュー。おまえは疲れている」
軽く噛まれた耳から全身に熱が伝い落ちていった。
「……休暇、ね……おまえと一緒に……かい?」
「明察、恐れ入る」
揶揄するように耳元で笑う男。再び甘やかに耳にくちづけられ、くしゃりと乱された髪の下の琥珀が苦笑した。

 

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「……ひょっとして、褒美を期待しているのかな?」
「それはおまえに任せよう」

 

───敵わないよ、まったく。

 

「おまえのお陰で時間が空いたからね。どうだろう、褒美の前払いというのは……?」
向き直って首筋に腕を回すカミューを、力強い温かな腕がしっかりと抱き返した。

 

 


まんまる騎士団・tiru様から頂戴した耳ちゅー絵v
実は一発書きに等しいんですが、
この感動は足掻いたところで
駄文じゃ無理無理、ってことで……。
どうもありがとうございました!

 

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