白い夜


汗の引きかけた身体をふと身じろがせ、カミューは耳を澄ませた。
その気配に、心地良くまどろんでいたマイクロトフが即座に気づいて低く声を掛ける。
「……どうかしたか?」
問い掛けに答えずにいると、男の太い腕が強く彼を引き寄せた。
「カミュー……?」
「……雪だ」
抱き込まれた胸の中、カミューは夢見るように呟いた。マイクロトフは一瞬戸惑い、それから口元を綻ばせた。
「わかるのか?」
「聞こえないか? しんしんと音がする……」
言われてマイクロトフも耳を澄ませ、やがて微笑んだ。
「……本当だ。耳がいいな、おまえ……」
カミューは男の腕から逃れ出て、ベッドに身を起こすとカーテンを引いた。
いつから降り出したのだろうか、外は一面の銀世界だ。どうやら恋人たちが愛を確かめ合っているうちに、ロックアックスは冬将軍の到来を迎えたらしい。
「今年初めての雪だ……」
家々から洩れる僅かな明かりに反射しているのか、新雪は神々しいまでの輝きを放っている。
カミューはそのままガウンを引っ掛け、ベッドから抜け出した。
「おい、どうした? 何処へ……」
呼び掛けにも応えず、まっすぐに家の扉を目指している。慌てたマイクロトフが急いでガウンを取り上げた。
「待て、カミュー。そんな格好で……風邪を引くぞ、カミュー!」
何かに引かれたかのように扉から飛び出していくカミューに、マイクロトフは仰天して追い縋る。
思慮深く、常に自制と共に生きている恋人の、思いがけない無謀な行動に困惑しながら扉の外に出た彼は、新雪の上に立ち尽すカミューに言葉を失った。
真新しい雪を踏みしめる素足。その肌は雪に溶けるかのごとく白く淡い。夜の闇に立ったカミューは、冬将軍にさえ愛されているのではないかと思われるほど美しく儚かった。
薄茶の髪に降り積もる雪が、飾りのように見える。その唇から零れる吐息はなまめかしいほど彼の熱い体温を感じさせた。
「……好きなんだ」
カミューは微笑んでマイクロトフに向き直る。
「マチルダに来て、生まれて初めて雪を見て……こんなに美しいものがこの世にあるのかと思った。冷たいのに、どこか優しい。綺麗なのに厳しくて、人を凍えさせるほど強いのに……」
ゆっくりと上がった掌の上、舞い降りてきた雪がひっそりと溶けていく。
「……こんなにも儚い……」
「……まるで……おまえのようだ……」
マイクロトフはうっとりと呟いていた。
気高い純白、なにものにも染まらぬ威厳と誇り。それはまさしく彼の恋人そのものだった。ならば自分は、さしずめ美しく降り積もった雪を踏み荒らした傍若無人な狩人、といったところだろうか。
そんなことを考えてしまい、思わずマイクロトフは苦笑する。
「何だい……?」
笑っている男に、カミューは不思議そうに小首を傾げた。そんな仕草さえ、愛しくてならないマイクロトフだ。
彼は雪を荒らさないように歩み寄ると、恋人を腕に迎え入れた。
「確かに……心そそられる光景だけれどな、カミュー。身体を壊してはいけない。はしゃぐのは朝、ちゃんと衣服を着けてからにしてもらえないだろうか?」
はしゃぐ、と子供じみた表現を受けてカミューは僅かに眉を顰めてみせる。
けれど、すぐにしっかりと男の背中に腕を回した。
「寒くなどないさ、おまえがこうして抱き締めていてくれるなら」
マイクロトフは一気に顔を赤らめた。
「し、しかし。それでもやはり、よくない。おまえ……、もう身体が冷え始めているぞ?」
「ならば」
カミューは探るような眼差しで男を見上げた。
「……もう一度、暖めてくれるか?」
マイクロトフは驚いて、それから嬉しげに目を細めた。柔らかな髪にまとわりつく小さな雪片をそっと払いながら、その額に優しく口付ける。
「……おまえが望むなら、幾度でも」
寄り添い合いながら戸口に戻っていく二人を、勢いを増した雪が見送っていた。


ここ数日のあまりの暑さに血迷った真冬ネタ。
何でこう、メロウな世界なんだろう……(笑)
マイクロトフ、まんまとカミュー様の術中にはまっているような……。
きっと、満足してなかったんだろうなあ。
でも、何回やっても………………(爆死)
そういうのは関係ない話なんだってば。

 

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