かくも白青な


いつものように就寝前の一杯を、と友人の部屋を訪ねたカミューは、その室内が空であることに眉を寄せた。
マイクロトフは常に規則正しい生活を信条としている。それを敢えて狂わせられるのは、こうして深夜の訪問をする自分くらいのものだ。
それでも彼はいつでも優しい笑顔でカミューを迎えてくれるし、時折はずみで手でも触れようものなら、真っ赤になって狼狽してくれるのである。
多分、彼はわたしを好いてくれている。
そのたびごとにカミューはほのかな幸福感で甘くときめく胸を覚えるのだった。
しかし、かといって彼の方から気持ちを切り出すことなど到底出来ない。
自分はひとつ年上だし、もうクリスマスケーキも過ぎてるし、などと考え悩んでいる彼は、周囲の評価とはまったく異なる、実にベタな青年なのだ。
しかし、マイクロトフはそれ以上にベタベタのコテコテだった。男に惚れてしまったなど、改めて自分の気持ちに向き合えば、途端に城の壁に頭を打ち付けて吼え叫ぶか、あるいは全力疾走にてロックアックス周遊の旅など始めかねない男なのである。
だから二人は、互いに十分相手にうっとりしながら手も握らないという、今時の子供もかくやとばかりな日々を過ごしているのであった。

本日、カミューは密かな決意を固めていた。
このままではいけない。すでに完璧に相思相愛のはずなのに、夜毎互いを見つめてにっこりしては、おやすみなさいと眠ってしまっていいわけがない。
相手はあのマイクロトフなのだし、ここは一発(笑)、自分が奮起しなければ二人の距離は埋まらない。
それが一歳お兄さんである自分のつとめ!! と拳を握って自らを激励し、ここまで来たのである。
なのに、部屋は空っぽ。出だしから早くも躓いてしまったカミューだったが、気を取り直して城内を探してみることにした。
うろうろと廊下を歩き回り、それでも目当ての男が見つからず、最後の最後に嫌な予感に襲われた。七割くらいは『まさか、ね』と思いつつ、恐る恐るある一室を訪ねた彼は、ちょうどそこから出てきた最愛の男に愕然とした。
「…………失礼致します」
やや青ざめた顔で、俯いて礼を取るマイクロトフ。出て来たのは白騎士団長ゴルドーの自室である。力なく扉を閉めた男が、立ち尽くしているカミューに気づき、僅かに表情を歪めた。
「マ、イクロトフ……?」
如何にも疲労を漂わせた全身。乱れた騎士服、苦しげに顰められた眉。
その身体が微かに傾いだのを見て、慌てて走り寄って支えようと手を差し伸べた。
マイクロトフは低く言った。
「触るな、カミュー」
「マイクロトフ?」
「……おれは汚れているから」

横殴りに張り飛ばされたような衝撃。カミューはマイクロトフの白くなった顔を見つめる瞳がみるみる熱を持ってくるのを感じた。
「とにかく……、部屋へ戻ろう。あ……歩けるかい?」
「……大丈夫だ、……すまない……」

どうしてこんなときに謝るのだ。
何故、わたしを気遣ったりするのだ。

カミューは目の前が暗くなる怒りと哀しみに押し潰されそうになりながら、やっとふらつく足を踏み出したマイクロトフに肩を貸そうと横に並んだ。
「……すまないな、カミュー……」
もう一度呟いたマイクロトフの疲れ切った、けれど穏やかな声に、カミューは今度こそ零れ落ちる涙を止められなかった。

 

 

ゴルドーに何をされたのか。
それを確かめる勇気はなかった。けれど生真面目で、自らに一片の乱れも歪みも許さない男がこれほどまでに疲弊し尽くし、よれよれになった衣服を纏っていれば、聡いカミューには瞭然である。

許せない。

『普通、手を出されるならわたしだろう』 とか、『何が楽しくて、こんなごつくてでかい男を』 とか、この際問題ではない。誰より大切な男を踏み躙られたカミューは、もはや怒りの権化だった。
部屋に戻るなりぐったりとベッドに倒れ伏したマイクロトフを見つめ、微かに躊躇する。
ひょっとして、手当てとかをした方がいいのではないか。だが、それをマイクロトフが許すだろうか。
「なあ……マイクロトフ……、その……、ど、何処か調子が悪いところはないか……?」
柄にもなくおずおずと問い掛けたカミューに、マイクロトフは頭だけベッドから上げた。
「大丈夫だ、少し休めば楽になるから……。気を使わせてすまないな、カミュー」
(そ、そんな……わたしにまで強がりを言う必要などないのに…………)
「少し……酷い目に遭って……疲れているだけなんだ……」
(おのれ、ゴルドー! わたしの……わたしの(ものになるはずだった)マイクロトフに、よくも……っ)
「それに……少しばかり気分が悪くてな……」
(……わかる、わかるよマイクロトフ……………………………………何となく、だけど)
「それにしても……ゴルドー様は人を何だと思っているんだ……」
「マイクロトフ………………」
思わず再び涙ぐんだカミューだったが、次の言葉には首を捻った。
「街にはちゃんと専門家もいるというのに……、おかしなところで節約主義なのだから、迷惑なことだ」
(専門家?? ああ、まあ……そういう生業をしている人間もいるだろうが…………意外と詳しいな)
マイクロトフはごろりとベッドで半回転して、天井を睨み上げた。
「マイクロトフ……その、いったい何が……? い、いや、言いたくないなら無論、言わなくても……。ただ、その……話しておまえが楽になるなら…………」

出来るなら、聞きたくなどない。それは同時に自分をも激しく傷つけるだろうから。
しかし、マイクロトフが少しでも自分に寄り掛かってくれるなら、苦悩をこらえて精一杯に支えたい。
カミューは痛ましい決意を胸に、そう言った。
しかし。

その途端、ギラリと光ったマイクロトフの目が、彼を鋭く凝視した。勢いも荒く半身を起こして叫ぶ。
「聞いてくれるか、カミュー!!」
「あ、ああ、うん……」
「夕食を終えて、部屋に戻ろうとしたときだった。ゴルドー様から、『自室に来るように』と内密に命じられたんだ」
「……うん……」
「おまえも知っての通り、おれは最近ゴルドー様とあまり上手くいっていない。何事だろうと急いで命令に従った」
マイクロトフはなおもぎらぎらした目でカミューを見つめている。
「部屋に入ったら、ゴルドー様はベッドに入っておられて。傍に来いと命じられた」
(ひーーーーっ、もうそれ以上言わないでくれ〜〜)
「ゴルドー様は早々とガウン一枚になっておられて」
(嫌だ、マイクロトフ……聞きたくないよ……)
「おれがベッド脇に立ったら起き上がられて、おれの胸をぺったぺった触って、『おまえはいい身体をしているな』、と………………」
(ゴルドーめ、ありがち過ぎるぞ!!)
「さぞ、力も余っていることだろう、と」
(それは今夜、わたしに使われるはずだったのに〜〜〜)
「何と答えたらいいのかわからなくて黙っていたら、さっさとうつ伏せになられて」
(?? ………………………………………なのか??)
「おれは……おれは…………」
ついに激昂したようにマイクロトフは叫んだ。

 

「三時間も腰を揉まされたんだぞ!!!!!」

 

 

 

 

 

カミューはわなわなと拳を震わせている男を見つめ、ひたすら呆然とした。
「確かに……確かに忠誠の誓いは絶対だ。だが……だが、仮にも青騎士団の長たるおれが、何だって腰揉みに力を振るわねばならんのだ!! あんまりだと思わないか、カミュー?!」
「…………………………………………」
「三時間だぞ、三時間!! その上、あの方はぶよぶよ太っておられるから、ちょっとやそっとの力ではまるで効かないんだ!! あの方の汗で手は汚れるし、腕は痛むし、しまいにはもうくらくらしてくるし……言いたくはないが、『あっ、そこ、いい〜〜』などというお声を聞いていたら気分が悪くなってくるし、おれは、おれは、おれは〜〜〜〜〜〜!!!!!」
ご丁寧にもゴルドーの声色まで真似ての訴えに、カミューはよろよろとベッドの脇に座り込む。
「わかるかっ、カミュー? こう……押すたびに、おれの手がゴルドー様の腰の肉に全部埋まってしまうんだぞ? どんな感じか、わかるかっっっっっ?!」
「………………わかるけど………………わかりたくないよ………………」
「思い出しても寒気がする!! ああ、確かに騎士の誓いは立てたが、おれはもう、こんな生活、耐えられそうにない〜〜〜!!」
忠誠と生理的な嫌悪の板ばさみになって苦悩するマイクロトフ。
マイクロトフが犯りも犯られもしなかった、という喜びは沸いてこない。ただ、目の前で頭を抱えて唸っている男を放心して見守るばかりのカミューだった。
マヌケな想像をしてしまった自分は後ほど反省することにして、ひとつだけ気になったことがある。

ようやく自分を取り戻したカミューは、いまだにうめいてる男にそっと尋ねた。
「なあ……マイクロトフ。男に触れるのはそんなに嫌か……?」
言いながら、ゆっくり手を伸ばしてマイクロトフの頬に触れた。すると、いきり立っていたマイクロトフははたと瞬きして、即座に真っ赤になった。
「な、な、何故、そんなことを聞く???」
「わたしが……ゴルドー様と同じ台詞を口にしたら……、やはりおまえは気分が悪いかい……?」
一瞬固まったマイクロトフは、さっき自分が口にした言葉を再考しているのだろう。
しばらくして、彼は更にもう一段階赤くなった。
「カ、カ、カミュー……お、お、おれは、おれはっっっ」
「おまえがここでの生活に耐えられないなら、一緒に逃げよう」
「カ……ミュー……?」
「でも……、もう少し……何かまともな理由を見つけてから、な……?」
悪戯っぽく微笑みながら、カミューはベッドに乗り上げて、マイクロトフの胸に身を投げた。
「疲れているなら……そのままでいても構わないよ」
「カカカカカカミュー……!」

もう二度と、こんな不安は欲しくない。
誰かに取られる前に、さっさと貰ってしまおう。
カミューは忍びやかな笑みを浮かべながら、慌てふためくマイクロトフにくちづけた。
やがて男の両腕がしっかりと背中に回されるのを感じ、ほっと安堵する。
それでも最後にもう一度、心で叫ぶことは忘れなかった。

 

(ゴルドーの大馬鹿野郎〜〜〜〜〜〜!!!!!)

 

 


 

これは、ゴーストライトの岩橋有太様からメールをいただいた直後、
なぜか勢いで作ってしまった代物……。
別に、「白赤の」と枕詞をつけられてしまっておられる岩橋様(笑)を
お慰めしようとした……わけではないのだと思うのだけれど……。

同じセクハラでも、どうして白青は浪漫にならんのか、などと
考えたせいでしょう(爆) 
白青なんてさぶいもの、真剣に出来ますかい!!!

やっぱ次は白赤…………(笑)?
でもなんか、これって赤青にも取れるような…………気のせいですね。

  

 

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