そして白赤な夜
今夜、密かに部屋へ来るように。
夕方の打ち合わせの後、一人呼び止められるようにしてゴルドーに命じられたとき、カミューは来るべき日が来たな、と思った。
先日来より、愛する青騎士団長は、マチルダの最高指導者であるゴルドーの栄誉ある腰揉み隊長に任命されてしまっている。
体力的な問題はさておいて、何より精神的な痛手を被っているため、マイクロトフは日に日にやつれていくようだ。自然、握力だって弱まるだろうし、ゴルドーを満足させられない夜もある。
次はわたしの番だな、とカミューはうんざり予想していた。
自分の白魚のような(と部下たちが噂する)指が、あの男の肉に減り込む様子を想像すれば、それは溜め息の一つも出ようというもの。けれどマイクロトフだけに苦しみを背負わせるには、彼はあまりにいじらしい恋心に燃えていた。
騎士たちが詰め所や兵舎に引き上げて、そろそろ城が静まり返ったった頃、足取りも重くゴルドーの自室へ向かう。
「……失礼致します」
声を掛けて扉を開くと、話に聞いていた通りゴルドーは、でっぷりした身体をローブに包んだ色気もへったくれもない格好でベッドに寝そべっていた。
「待っていたぞ、カミュー。さ、こちらへ来い」
気づかれないように小さな溜め息を吐くと、命令どおりベッド脇まで進み、『これも忍耐の訓練だ。どれ、いくか』 とばかりに身を屈めようとした。
ところがゴルドーはいっこうにうつ伏せる様子がない。怪訝に思ってカミューが動きを止めると、彼はニヤリと陰湿な笑みを浮かべた。
「素直だな、カミュー………………」
伸ばした腕を掴まれて、ベッドに引き擦り込まれそうになる。慌てて足に力を込めて、一旦は逃れた。
「な、何をなさいます!」
「何を、だと? わかっておるだろう、カミュー……」
ゴルドーは彼をがっしと抱き寄せた。すでに興奮で鼻息は荒く、カミューをきつく拘束しながらその手が忌まわしく蠢いている。
「ふふ……ずっとこうしてやろうと思っておったのだ。おまえは美しいな、カミュー……」
腰揉みではないのかと改めて納得し、それから自分の危機に愕然とする。
そういえば、この男はいつも自分を舐めまわすような目で見ていたのだ。マイクロトフの一件ですっかりそのあたりを失念し、のこのこ来てしまった自分を猛省する。
しかし取り敢えず問題は、如何にこの危機を乗り越えるかだ。
彼には最愛の恋人以外の男に抱かれる趣味などないし、かといって相手は逆らうことを許されない上官である。いつもなら反射の速度で回る機転が、身体を撫で回すいやらしい掌と、押し付けられそうになる分厚い唇のせいで働かない。
「お、おやめください、ゴルドー様。わたしはそんな…………あっ」
「ふふ、恥じらう顔もなかなかのものだぞ」
(誰が恥じらっている! 嫌なんだよ、わたしは〜〜〜)
「悪いようにはせん、たっぷりと可愛がってやる」
(もうすでに悪い〜〜〜)
「……こんなに身体が熱くなっておるではないか。おまえも欲しいのであろう?」
(息を止めていれば体温だって上がる!!)
頬のあたりに受けるゴルドーの鼻息がおぞましく、必死に顔を背けて息を止めているのである。
「嫌です、離してください!」
「抗ってわしを煽ろうというのか? ますますそそるぞ、カミュー……」
「あ……煽っているのではなくて、本ッ当に嫌なのです!」
「男とはどういうものか、おまえのその白い身体に念入りに教え込んでやろう」
「ゴルドー様!!」
人の話をあまり聞かないのは恋人も同様である。だが、どうしてこんなにも違うのだろう。
マイクロトフに抱き寄せられれば即座に身体が溶けそうになる。ゴルドーには嫌悪と吐き気しか感じない。執拗に身体を這い回る手に、次第に目の前が暗くなってきた。足元がおぼつかず、よろめきそうになる。
「どうだ、感じてきたのであろう……?」
「………………………………………」
「そのように歯を食い縛っていないで、素直に声を上げたらどうだ、カミュー」
「………………………………………」
「……おまえも知っているだろう。わしがマイクロトフを快く思っていないことを」
ぴく、とカミューの身体が強張った。
もがいていたのが嘘のように、途端に身じろぎ一つしなくなった彼を、ゴルドーはにんまり眺める。
「ふん……それほどまでに、あやつが大切か。ならばカミュー、マイクロトフのためにわしのものになることだ。そうすれば、あいつの将来も安泰というもの」
「……………………………………き」
「うん? 何か言ったか? 言いたいことがあるなら言ってみよ、カミュー」
すでに獲物は網に捕われた。ゴルドーは満悦の表情で、いたぶるようにカミューを覗き込む。
ぐったりと項垂れた彼の表情は柔らかな髪が隠していたが、その全身は激しく震えていて、ゴルドーの嗜虐をいたく満足させた。
「…………き…………、き…………」
戦慄く唇が聞き取れない何事かを呟いているのに、ゴルドーは腕にいっそう力を込めて引き寄せることで探ろうとした。
刹那、カミューは自らの脳裏で理性の糸がぷつりと切れる音を聞いた。
「き………気色悪いんだよっっっっ、エロジジイ!!」
彼は全身をバネにしてゴルドーを振り解き、よろめいたところへすらりとした脚を叩き込んだ。綺麗な回し蹴りがヒットして、ゴルドーは床をすっ転んでいった。
カミューは両手を握り締め、肩で大きく息を吐き、仁王立ちになってゴルドーを睨みつける。すでにその形相は、いつもの赤騎士団長ではない。
「わたしはデブと不細工は許せないんだっっっ!!」
マチルダ騎士団一、優雅で上品な美青年。
だがその実体は、荒れ果てた大地で育った逞しき自衛本能の塊であった。
少女のような美貌に目をつけられて、変態オヤジたちに絡まれ続けた少年時代。彼はそのたびに相手を蹴倒して自分を守ってきたのである。
品格あるマチルダに来てからは、そんな自衛能力も必要なくなり忘れかけていたが、久しぶりに爆発した本能はカミュー自身にも手のつけられない代物だった。
ゴルドーは蹴り飛ばされたことに呆然としていたが、一応は最高権力者である。何とか威厳を保とうと、切れた唇を舐めながらカミューを睨みつけた。
「き、貴様! こんな真似をしてただで済むと…………」「ええい、黙れ白ブタ!! 傍に来るな!!!」
這いつくばりながら間近まで寄ってきたゴルドーに、今度は高々と脚を上げる。
騎士たちが『神秘のミニスカート』と呼んでいる、丈の短い上着の中身を拝む前に、ゴルドーは踵落としを食らってその場にうつ伏せにのびた。
カミューはそんな上官の背中を容赦なく踏みつける。「わたしに手を出そうなど、百年早い!! その前に顔を直して、
三百キロ(幾らなんでも、そこまでゴルドーは太っていない)減量してこい、肉布団!!!」
ぜーぜー息を吐きながら、カミューは憎々しげに男を睨み下ろした。
「だいたい、マイクロトフを引き合いに出して……………………………………」
わたしをモノにしようなど許せない、と続くはずの罵声だった。
ところが恋しい男の名を口に上らせた途端、憑き物が落ちたようにカミューの理性の糸が繋ぎ合わされたのである。
頭を冷やして見てみれば、自分は肉布団(ゴルドー)を踏んでいる。カエルのように無様に潰れた上官の背中から、カミューはそろそろと足を外した。
(これはまずい…………)
いくらなんでもまず過ぎる。最高権力者を蹴りつけた挙げ句、踏んだのだ。たとえ赤騎士団長でも、悪くいけば極刑にあたる不敬だろう。ただし、ゴルドーが彼にのされたという事実を公表する勇気があれば、の話だが。
運良く不問に付されても、今度こそおぞましいベッドのお相手をさせられかねない。これはもう、少し早い気もするが、計画中だったマチルダ脱出作戦を実行するしかない。
マイクロトフの準備が何処まで進んでいるかが怪しいが、さすがにカミューが凌辱されかかったことを知れば、即座に同意してくれるだろう。まずは何とか無事に城を出なければならない。
しかし、その前にゴルドーの安否を確かめる必要がある。好かぬ相手とは言え、踏み潰して殺したとしたら、やはり寝覚めが悪いというものだろう。
「あの…………、ゴルドー…………様?」
そろそろと声を掛けると、僅かに身じろぐ気配がある。
少なくとも、白ブタ圧縮致死犯にはならずに済んだようだ。彼はほっとして歩き出そうとした。
だが、そのとき。
「ま…………、待て、カミュー…………」
ゴルドーの低く掠れた声が彼を立ち止まらせた。振り向けば彼は跪いたまま、のたのたと身体を起こそうとしていた。
「あ………………」
警備の騎士でも呼ばれてはまずい。何とか上手く丸め込めないだろうか。カミューは自分のしたことを覆い隠して考え始めたのだが。
「……………………いい……」
ゴルドーは俯いたままぽそりと呟く。
「はい?」
「カミュー…………、いい、素晴らしい…………」
「ゴルドー様?」
おもむろにばっと顔を上げた上官は、歓喜に輝いていた。
「素晴らしい、素晴らしいぞカミュー!! こんなのは初めてだ!」
うっとり陶酔した表情で躙リ寄ってくるゴルドーに、カミューは後退りかけた。
だが、膝立ちのブタは速かった。
「頼む、カミュー! わしを…………わしを打ってくれ!!!」
媚びるように見上げてくるので、遠慮なく往復ビンタを差し上げた。男は身を捩って絶句する。
「い、いい……! 気持ちがいいぞ、カミュー! 美しい男に殴られるのがこれほど快感とは、わしはついぞ知らなかった!! ああっ、もっと……もっとだ〜〜〜」
カミューは更に三往復ビンタをお見舞いし、おまけにケリもつけてあげた。ゴルドーはベッド脇まで跳ね飛んで、鼻血を噴きながら感涙に咽んでいる。
「あああ、カミュー、カミュー……何でも言うことを聞く! もっとわしをいぢめてくれ〜〜〜」
「…………………………………………………………」
カミューの名誉のために敢えて言うならば、彼は別に、男を殴って悦ぶ人種ではない。最初の二発は嫌悪からキレただけだし、その後のビンタとケリは頼まれたからである。騎士団の長たる男が、どうやら危ない世界の扉を開けてしまったらしいことに責任を感じ、なおかつ逃げるタイミングがわからなかっただけなのだ。
それでもさすがに、ここまでくると嫌気がさしてきた。懇願し続ける男に冷たく言い放つ。
「何でも言うことを聞くと仰いましたね。ならば、まずマイクロトフを腰揉みから解放してください」
「わ、わかった。わかったから、早くもう一度…………」
「……何事にも限度というものがあるのです。この続きは、ゴルドー様が良い子(笑)にしておられたら、叶えて差し上げましょう」
「う、うむ。本当か、本当だな……?」
「今宵はこれまでです。ああ、顔を冷やしておくのを忘れないこと……よろしいですね?」
「わかった……」
「では、わたしはこれで失礼します」
「ま、また来てくれ。頼む、きっとだぞ?!」
「…………それはあなた次第ですね」
鼻先で笑って見事な女王様を演じた彼は、くるりと背を向け歩き出す。
見送るゴルドーの、嬉しくもない熱い視線を感じながら。
重い扉を閉じてがっくりと溜め息をついたとき、廊下の向こうから血相を変えた恋人が走ってきた。
「カ、カミュー……!!!」
向かい合うなり、マイクロトフはカミューの身体を撫で擦った。
「無事か、何もされていないかっっっ?!」
「マイクロトフ、どうしてここに…………?」
最愛の男を見るなり、カミューは乙女モードに突入した。
縋りつくような目で見上げると、マイクロトフは汗びっしょりで息を切らせながら答えた。
「赤騎士が……、おまえがゴルドー様に呼ばれて部屋に入っていくのを見た、と連絡してくれた。おれはもう、心配で心配で………………」
自分のことには鈍いカミューとは異なり、マイクロトフはよもや彼が腰揉みに呼ばれたとは解釈しなかったらしい。
「大丈夫かっ? 何か……嫌なことをされていないか?!」
(嫌なことはしたけれど…………)
気が抜けたカミューは、マイクロトフの胸に飛び込んだ。
「何もされていないよ、マイクロトフ……でも…………」
「でもっ?! 『でも』 何だ、カミュー!!!!」
「……………………怖かった」
(うん、嘘じゃない。確かに怖かった。気味悪かったし、おぞましかったし、吐き気がしたんだよ〜〜)
マイクロトフは無事に戻ったカミューを感激したように見つめてから、しっかりと抱き締めた。
「もう、こんな思いはさせたくない……。早くロックアックスを出よう」
(その話だが……、何だか当分は(色々な意味で)安泰のような気がするよ……)
「大丈夫だよ……マイクロトフ。わたしはおまえさえいてくれたら、どんなことにでも耐えられる」
「カミュー…………おまえ、何て可愛いことを…………」
「それよりも、早く部屋へ戻って慰めてくれないか……?」
マイクロトフは真っ赤になって頷いた。
「も、勿論だ、勿論だとも!!!」
恋人に支えられるようにして歩き出しながら、やはりカミューは心で叫ぶことを忘れなかった。
(ゴルドーの大馬鹿野郎〜〜〜〜〜!!!!)
奥江の白赤。
気持ち悪さには自信があります。
白青の次は白赤〜〜、
でも、デブに乗られたら(爆)重いから可哀想〜〜〜。
……一応カミュー様を愛しているからこその結末です(笑)
しかし、色んな意味でアップするの恐ろしいわ、こりゃ。
見にくい画面でごめんなさい、白青と対にしようとしたから……。
それにしても、色物でんがな(笑)