最強のあなた
(ああ、今日も一日よく戦った)
本拠地の自室のベッドの上、でかい図体を投げ出して、青騎士団長マイクロトフは心地良い疲労を貪っていた。ふと、その目が隣室へと繋がる壁に向かう。
(カミューは大丈夫だろうか………………)
昼間の戦闘で大ダメージを受けていた愛しい恋人を思い出し、精悍な表情が曇った。すぐにでも部屋に駆け込んで、様子を窺ってみたいのが本音なのだが、何しろ綺麗な恋人の顔を見ると途端に下半身が暴走してしまうので、ひたすら我慢の男になっているのである。
(回復魔法を受けたし、ここまで自力で戻ったのだからな。大丈夫、心配することもないだろう)
そう自らを納得させながらも、いつのまにか身体はベッドから抜け出して、壁に耳を当てているのだから、困ったものである。
(……物音がしないな、もう眠ってしまったのか……そうだな、傷はともかく疲れているだろうし……)
しかし、静まり返った隣室の気配に次第に不安になる。この夜半、普通は何処の部屋も静かだということは、この際頭に浮かばない。
それから、ふと眉を寄せた。
(いや、待て……。回復魔法をかけたのは確かシーナ殿、よもやカミューが男であるという理由で手を抜いてはいないだろうな…………うおおおおっ、有り得る、有り得るぞ!!)
苛々と室内を歩き始めたマイクロトフは、すでに真剣であった。別にシーナが手を抜いたと決まったわけでもないのに、本気で怒り出しているところが彼である。
(くそっっ、シーナ殿! 確かにカミューは男だが、城のどの女性よりもずっと綺麗で可愛いんだぞ! 肌だって、物凄く白くてなめらかなんだ! あの綺麗な身体に傷でも残ったら、どうしてくれるッ)
『白くて綺麗な肌』を思い出し、自然ニヤついてしまうのを両頬を叩くことで諌めた。
(うおおおっ、こんなときに何を考えているんだ、おれは! それどころではないだろう!! そ、そうだ。夜食に食べたタコスフライが一つ残っている。こいつは回復アイテムだし……カミューに食べさせてやろう!)
テーブルに散乱している包みの中から、タコスフライを摘み上げた。
(馬鹿だな、おれは……。どうしてもっと早く気づかなかったんだ! 信用ならないシーナ殿の回復魔法の不足分を埋めることが出来るではないか。よし、待っていろカミュー。今行くぞ!)
そこで、はたと考える。
(カミューの奴……、あれで結構辛いものが苦手だったりするんだよな……。戦闘中に食べるときも半泣きになっていることが多いし……。嫌なものを無理に口にするときのカミューときたら、それはもう……。たまに、たまーーーにおれの(自主規制)を咥えてくれるときだって……うおおっ)
鼻血が出そうになり、慌てて仰向いて首筋を叩いた。
(いかん、いかん。不埒な想像をしている場合か。そう、タコスフライだ。だが、もし…………、もしも……、だぞ? こいつを食べて、『ほかほか』になったりしたら……! あの白い肌がほんのり紅くなって、吐く息が熱くなって、目元なんぞ潤んだりして…………ああっっっ! そんなことになったら、おれは、おれは〜〜〜!!)
妄想だけですでに臨戦体勢に入り掛けている、困った青騎士団長であった。
そのとき、忍びやかなノックが彼を現実に引き戻した。
「マイクロトフ、起きているかい……?」
「カッ、カミュー!!」
(一応は)案じていた恋人の声に、彼は椅子を蹴倒して扉に突進した。階下の住人には、まったく迷惑な夜の騒音である。
「よ、よく来たな。今、おれも行こうと思っていたところだった。さ、入ってくれ」
満面の笑顔で誘う彼に、カミューは微かに頬を染めて従った。恋人が部屋に入るなり、マイクロトフは扉にしっかり鍵を掛けた。別に、やましい下心があってのことではない。万一ラッキーな展開になったときのことを想定して、常に準備に余念がないだけである。
「怪我は大丈夫なのか?」
「……シーナ殿が回復魔法をかけてくれたじゃないか」
「あ、ああ。そうだな、そう……………………」
(ああっ、シーナ殿! 疑ったりしてすまなかった!! 君もカミューの素晴らしさをちゃんと理解してくれていたのだな!!)
明日になったら謝ろうと本気で思っているマイクロトフだ。
「それより、マイクロトフ…………」
ふと、カミューがしどけなく目を伏せた。長いまつげに縁取られた涼しげな瞳に、微かな躊躇いが浮かんでいる。マイクロトフの体温が一気に上昇した。
(こ、この雰囲気!! これはひょっとして…………カミューからのお誘い、……なのだろうか???)
だが、恋人の言葉は実に現実的なものだった。
「今日は…………すまなかったな」
「何?」
「ずいぶん庇ってくれただろう……?」
(何だ、そっちか………………)
「当然だろう? そんなことを気にしていたのか?」
「わたしの代わりに大分怪我をしたのではないかと……。『騎士の紋章』を持つのもつらいことだな、マイクロトフ」
「なななな何を言っているんだ、カミュー! おれは別にこんな紋章などなくたって、おまえのこと(だけ)は庇うぞ!ああ、庇いまくってみせるとも!!!」
「マイクロトフ………………」
カミューは小さく微笑んで、それから続けた。
「それでも……礼を言わねばと思って……」
「水臭いぞ、おれとおまえの仲ではないか。礼なんぞ、考えなくていい」
(ど、どうせなら…………おれは別の形の『礼』がいいぞ、カミュー…………)
だが、張り飛ばされてはいけないので、そんなことは言わない。
「それに……、礼をするなら手ぶらでは、とも思ったんだが…………」
(おまえの身一つで十分だとも!!!)
「実はな、マイクロトフ。わたしは……その……」
(何だ? ああ……可愛いぞ、カミュー……。そうして口篭もるおまえはたまらないっ。早く、早く先を言ってくれ〜〜)
「………………現在…………文無し、なんだ………………」
「へっ?」
突然の展開に、マイクロトフは目を丸くした。
「だが、カミュー…………ここに来てから、おれたち随分モンスターと戦ったし…………結構おまえも貯め込んでいたじゃないか…………」
甘い雰囲気が途端に所帯臭くなるが、所詮は長い付き合いだ。互いの懐具合など把握しきっている。
「確かにそうなんだが」
カミューは苦笑混じりに頷いた。
「昼間、戦い終えて戻る途中で、ビクトール殿に色々と…………。それで、つい…………」
「ビクトール殿? 何か言われたのか?」
初めて心配そうな口調で尋ねたマイクロトフに、カミューは姿勢を正した。「『なーんだ、おまえ!! ったく、見かけ通りに打たれ弱いんだなァ。身代わりじぞうの一つでも装備しておいた方がいいんじゃねーかー? ああでも、おまえが倒れればマイクロトフの野郎がしこたま張り切るから、結果的には戦力倍増か、はっはっは!!!』」
マイクロトフは思わず一歩後退った。
あのダミ声は真似しきれないものの、カミューの演技はかなりの高得点をマークしていた。言い終えるなり、恥ずかしそうに俯くカミューを心から可憐だと思いながらも、抱き締めるのが少し怖くなるマイクロトフだった。
「……と、まあ……、そのような感じのことを………………」
ようやく我に返ったマイクロトフは、突き上げる怒りに素直に身を任せた。
「ゆっ……許すまじ、ビクトール殿!! おれのカミューに何てことを……打たれ弱いとは何だ! 確かにカミューは力も弱いし、HPもあまり高くはないし、直接攻撃には大きなダメージを食らうし、回復が間に合わないこともある! だが、誇り高き騎士に対して、面と向かって言う言葉か!!!」
ビクトールの三倍は失礼なことを並べ立てた男に、僅かにカミューの表情が険しくなる。だが、激昂している男には、そんな変化はまったく目に入らない。
「待っていろ、カミュー!! 今、おれがビクトール殿に直談判してきてやるっっっ!!」
「…………ああ、もういいよ。寝てるよ………………」
やれやれと肩を竦める恋人に、まだ怒りの収まらないマイクロトフも足を止めた。ビクトールにねじ込むよりも、恋人を慰めるのが先決だと思ったのだ。
しかし、抱き締めようと伸ばした手は、窓に向かって歩き出したカミューによって宙に取り残された。思わず空気を抱いてしまう。
「…………いいんだ、本当のことだからな。確かにわたしは、おまえやビクトール殿のように人間離れした馬鹿力ではないし、象が踏んでも壊れないような異常な体力も持ち合わせていない」
さりげない反撃に出たカミューだが、相手がマイクロトフでは話にならない。自分を謙虚に見つめているんだな、と感動に頷いている男がひとり。
「…………そこで、少々防具を新調することにしたんだ。装備に頼るのは気が進まなかったが、パーティーの足手纏いになるようではいけないと思って」
「そうか、そうだったのか…………。偉いぞ、カミュー」
二十七の成年男子をつかまえて『偉い』はないが、マイクロトフのボキャブラリーは常に大貧困なので、この際カミューも指摘するのは面倒らしい。
「それで、何を買ったんだ?」
マイクロトフも剣士だ。新しい装備というのには、やはり関心がある。
「……まず、『炎のフルヘルム』。先日ロウエン殿が手に入れられたものを、適価で譲って貰った。これには来週あたり、一日エスコートをするという条件がついているのだが……まあ、そのあたりは勘弁してくれ」
(な、何だと? くそっ、カミューの弱みに付け込んで……! ま、まあいい。おれも男だ。つまらん嫉妬でカミューの崇高な決意を汚してはならん。それが騎士のつとめ!!)
「それから『大地のよろい』。ミューズの掘り出し物だ。これは痛かったな……少々吹っ掛けられたような気がする。一晩付き合ったら半額にすると言われたんだが……。最近のレディは大胆だ」
(なっっ、何てことだ!! ちょっと目を離すと、カミューの周りは誘惑の魔の手で溢れている!!)
「そ、それで承諾しなかったのだろうなっ?!」
「当然だろう? もう、レディとのやり方を忘れ掛けているよ」
さらりと流すが、よくよく聞くと情けない台詞である。
「盾はティントで『こんとんの盾』を買ってきた。それから、久しぶりにロックアックスに行ってきたぞ。ゴールドレッドを手に入れた。これは昔のよしみで少しまけて貰った。後はスキルリングだ。攻撃を回避することも必要だからな。あとは武器レベルを十五まで上げた。まあ、ざっとこんなところか……全部揃えていたら、こんな時間になってしまった」
「カ、カミュー…………」
ものに動じないマイクロトフも、終いにはあんぐりと口をあけたたまま声が出なくなっていた。
「その…………何というか……、それを全部買ったのか…………?」
「そうだ。足手纏い扱いされて、黙っていられるか。おまえだってそう思ってくれるだろう?」
「う………………それは思う、思うが………………」
冷静沈着で通っているカミューであるが、さすがにマイクロトフとお付き合いしているだけあって、中身は相当熱い。普段穏やかに過ごしているだけに、燃えたときとの落差は激しいのだろう。
算数は苦手なマイクロトフだが、およその価格を暗算していき、スキルリングのあたりで倒れそうになった。かろうじて踏み止まれたのは騎士の誇りからである。
「しかし、それ……いったい、幾らに………………」
「これが本日の収支だ。一応、確認しておいてくれ」
ぴらりと渡された一枚の書面。そこには几帳面なカミューの文字で、目眩のするような桁の数字が並んでいた。
「カミュー、これはおまえの全財産の二倍近くあるぞ。ツケてきたのか?」
「馬鹿な」
ふんと鼻先でカミューは笑った。
「誇り高き元・マチルダ赤騎士団長が、ツケで買い物など出来るか。おまえの金を使わせて貰った」
「おれの………………だって??!」
仰天して目を剥く。
あの金は、戦争が終わったら始めるラブラブ新婚生活の資金に充てようと思っていたのだとか、天蓋付きの巨大なベッドを買う予定だったのだとか、魅惑の白いエプロンを買いたかったのだとか、言いたいことは山のようにあるのだが、全部口に出せない。
「わたしは………………おまえのものだろう?」
ふと、なまめかしくカミューが擦り寄ってくるのに、思考が吹っ飛ぶ。胸のあたりを優しく撫でられて、マイクロトフはよろめいた。
「おまえも……わたしのもの、だよな…………?」
「もっっっ、勿論だ!! おれの心も身体も、すべてはおまえのためだけにある!!!」
「ならば…………、おまえの金も、わたしのものだな?」
セコい理屈に、だがマイクロトフはぶんぶんと頷いていた。
(そ、そうだ。どうせあの金はカミューのために使うつもりだったのだ。ならばどう使われようと、金も本望のはず!!!)
「勿論だ、カミュー。それでおまえが危険から回避できるなら…………幾らでも役立ててくれ!」
「ありがとう」
カミューはにっこり微笑んだ。その綺麗な笑みにくちづけようとしたマイクロトフだったが、またもカミューはするりと逃げた。
「おまえなら、そういってくれると信じていたよ。じゃ、おやすみ」
「えっ?」
すたすたと戸口に向かい掛けるのを、慌てて追い縋って腕を掴んだ。
「ち、ちょっと待て! それだけ……か?」
「……他に何かあるか?」
(それはないだろう? おれの金まで使い込んでおいて、『おやすみ』はあんまりだ。『これからは、怪我をしておまえに心配掛けなくて済みそうだよ』とか、『夜も遠慮しなくて平気だよ』とか……。何かあるだろう、カミュー!!!)
「その、せ、せっかくこうして一緒にいるんだぞ? な、なあ…………」
すでに赤らんで息を荒くしているので、何を望まれているのかカミューも承知しているだろう。なのに彼は、華やかな笑顔で首を振った。
「……今夜は駄目だ」
「なっ、何故だ?! いいじゃないか、怪我が痛むわけではないんだろう?」
「おまえの金を使ってしまったからな。ここで抱かれたら、おまえに身を売ったような気がする」
「そ、そんなことを考える必要は…………」
「わたしが嫌なんだ。おまえを……愛しているから、抱かれるときには常に対等でありたい」
(あ、愛してるっ?! おまえの口からそんな言葉を聞けるとは…………! 生きてて良かった!!)
「……そういう訳で、金をおまえに返すまで、しない。わたしもつらいんだ、おまえも耐えてくれ」
「カミュー……!! わかった、おまえの気持ちは良くわかったとも!!」
話を良く聞かずに感動している男は、にっこり笑ってカミューが出て行ってしまうまで、その場で拳を震わせていた。
やがて、ふと我に返る。
「…………って、それではいつまで我慢すればいいんだ? くっそー、計画犯だな、カミュー!!」
確かに長い付き合いである。けれど策謀家な恋人の真意を悟ったときにはすでに遅かった。沸き起こった情動の行き場を失い、悶絶する青騎士団長のフラストレーションの解消方法は二つだけ。
はた迷惑な早朝訓練の強化と、哀しき独り上手であった。
ちまたでは青の髪型がジャ○アンだと噂されてますが、
これでは赤の性格がジャ○アンですねえ……。
青のバカ度、3割増し。
奥江、本当にザルレベル……ポリシーも何もないですね(苦笑)
これで青赤至上主義者を名乗っていいのでしょうか……。