ANNIVERSARY


音もなく降りしきる雪。
ロックアックスの街は穏やかな静寂に包まれていた。
すべてを覆い隠して汚れなき純白に染める奇跡を、初めて目にしたときの感動は言葉に尽くせない。遠く離れた故国の地では四季を通して強い風が吹いていたが、降雪をみることは皆無だったのだ。
窓辺に佇み、見下ろせる中庭の緑がまったく見えなくなった頃、背後に密やかな足音がした。振り返らなくともわかる、誰よりも愛しい魂の伴侶。
「カミュー……」
囁きと同時に逞しい腕がすっぽりとカミューを包み込んだ。背中から温もりが広がり、その心地良さに目を閉じる。
「どうしたんだ? 冷え切っているぞ」
自室とは言え、湯上りの肌にローブ一枚羽織っただけで立ち尽くしていたのを怪訝に思っているのか、男の声は常よりもいっそう低かった。
「……雪を見ていたんだよ、マイクロトフ」
広い胸にもたれるようにして告げると、忍び笑いが返った。
「もう珍しくもないだろう? 見慣れたのではないか?」
この街に足を踏み入れて十数年、冬将軍の季節が訪れるたびに繰り返された遣り取りだ。
カミューは薄く笑って指先を窓硝子に伝わせた。暖炉の炎によって曇る硝子を擦り続けて雪景色を眺めていたが、曇りを払われた部分から流れ落ちる水滴は、硝子に映った琥珀の瞳から零れる涙のようだった。
「────今年は違う景色に見える」
「カミュー……?」
回された腕にそっと手を掛け、カミューは静かに言った。
「……雪は好きだ。あの白さを見ていると、生まれ変わるような気がする」
「……ああ」
「だが……今は別の理由でも好きだ」
彼は再び指先で窓を拭った。濡れて透き通る窓に、今度は背後の男も映っている。気づいた視線が硝子の中の琥珀と交わり、穏やかな笑みを浮かべた。
「覚えているかい、マイクロトフ……?」
その笑顔に向けてカミューは問うた。
「今夜は────」
「……一年、だ」
刹那、男の腕に力がこもった。きつく抱かれて洩れた吐息に、甘い響きが更に言う。
「おれたちが想いを確かめ合って……ちょうど今夜が一年だ、カミュー……」

 

 

気づいたときには横にいた。
誰よりも近しく時を過ごした。共に理想を追い、剣技を磨き、いつしか地位を駆け上がり────
今は赤騎士団の頂点にあるカミューと、青騎士団の精鋭部隊を与るマイクロトフ。二人の立場が並び、このマチルダ騎士団を支える礎となる日も遠くはないだろう。
良き友であった二人が心を溶かし、互いの想いを友情以上に広げるまで────
そこには様々な葛藤があった。
もっとも、その殆どはカミューの苦悩であり、心を決めてからのマイクロトフには一切の揺らぎはなかったが。
今から一年前の夜、カミューは己のすべてのわだかまりを捨て去ってマイクロトフを生涯の伴侶と受け入れたのだ。
彼が覚えていたことを意外に思って腕の中で身じろぐと、揺るんだ抱擁がカミューを向き直らせた。見詰める黒曜の瞳は何処までも温かい。
「……忘れるはずがなかろう? 騎士の叙位を受けた日と同様、おれの人生を決定づけた日のことを────」

 

 

そこに至るまでの多くの苦悩や痛み、それを埋めてあまりある、与えられる情熱と安堵。カミューはマイクロトフの肩に額を押し当て、くぐもった声で呟いた。
「────おまえに出会えてよかった……」
「…………おれもだ」
「おまえに選ばれてよかった」
「……おれもだ」
「おまえを────」

 

 

────愛せてよかった。

 

 

 

最後の告白は柔らかく唇で塞がれた。

 

これから巡り来る幾年の季節。
春に同じ花に心和ませ、夏に並んで夜空を見上げ、秋には風の匂いを味わい、そして────

 

「……雪が好きな別の理由とは何だ?」
頬に触れる大きな掌、額に落とされる唇の熱。
カミューは微笑んで、男の耳元にそっと告げた。

 

────冬には凍てつく冷気の中、愛しい魂の片割れの温もりに包まれ、眠りにつく。

 


久々に砂吐いちゃいました。
基本な筈の甘々、何故こんなに恥ずかしい……
まあ、折角一年ですから、
夢を見させてください……。

────で。
「ざけんな、ここで止めるかー!」
と仰る貴方様のために、
薄暗い場所に続きをご用意致しました(苦笑)
米粒ほどの期待もなさらず、
海のようなお心で覗いてやってください。

 

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