愛の駆け込み寺
ここは同盟軍本拠地、医師ホウアンの診察室。
ここで兵士たちの悩み相談室を始めて数週間が過ぎようとしている。
ことの始まりは軍師の一言だった。
戦いが長引くにつれて、兵士の精神的な疲労が蓄積し、それは戦闘の行方を左右しかねない問題になろうとしていた。目安箱には多くの苦悩や愚痴が寄せられ、それを案じた指導者の少年が、軍師に話を持ちかけたのだ。悩み相談室を設けたらどうか、と。
可愛い指導者のためなら即座に動く。軍師は直ちにホウアンに悩み相談室の設置を厳命した。
もともとホウアンもそうしたメンタル医療には興味があったし、人の話を聞くのが苦痛でない性格だったので、即座に受諾した。
実際、悩み相談室は盛況につぐ盛況で、話し終えた兵士たちは、来たときとは打って変わって明るくなって戻っていく。ホウアンはそのたびに己の役割を実感し、ますます任務に励む決意を新たにするのだった。さて、今日も一人の悩める子羊が彼の診察室を訪れた…………。
「大丈夫ですよ、ほら、衝立があるでしょう? わたしにはあなたがどなたなのか、分かりませんからね。安心して何でも話して下さい。秘密は厳守しますからね」
「……………………」
「ええと……、それでは年齢と性別を教えて下さいね」
「……二十七才、男性です」
(おや、この声。カミューさんじゃありませんか。嫌ですねえ、わたしったら変に鋭いから……)
「それではね、悩みを打ち明けて下さい。そう……、こういうものはね、他人に話すだけでも随分と違うものですよ」
「はあ……。実は……その、こ……恋人との夜の営み、についてなのですが……」
(あららら、困りましたねえ。わたしがカミューさんに教えられることがあるとは思えませんねえ。しかし興味がありますね、早く続きを話して下さい)
「ええ、そうした問題は難しいものですよね。では、一緒に解決していこうではありませんか」
「はい……あのう……、恋人との夜に満足出来なくて……。わたしは恋人を心から愛していますし、決して身体がすべてとは思いません。しかし、その……何と言うか、やはり、やるからには満足したいなと思いまして…………」
「ええ、ええ、分かりますとも」
(おやおや、驚きましたねえ。カミューさんと言えば恋愛に関しては百戦錬磨、と伺っていたのにねえ)
「それで……、満足出来ないというのはあなただけ? お相手の方は……?」
(おっと、これは失礼でしたかね)
「はっきり言って、恋人はいつでも大満足のようで…………」
「ならば問題ないのではないですか? あなたが満足するまで、なされば……。それとも、彼女が嫌がると仰るのでしょうか?」
「それが……その、ええと……」
(?? 珍しいですね、歯切れの悪いカミューさんなど初めてですねえ)
「………………なのです」
「はい? ああ、すみませんね。もう少し大きな声で……」
「……男……、なのです」
「ええ、それはもう、お声で分かりますが」
「いえ、そういうことではなく……わたしの恋人が、男、……なのです」
(ひゃーっ、驚きですねえ。噂は本当だったんですねえ。これはびっくり)
「まあ、良くあることですとも、このご時世ですからね。あのう……、訊きにくいことですけれど、あなたは女性よりも、男性の方がお好きで…………?」
(おや、わたしとしたことが。つい、興味本位な質問を)
「とんでもない! わたしはこれでも、女好き……いえ、女性にはかなりの実体験が……。ただ、彼だけは……」
「わかります、わかりますとも。本気の純愛なのですね」
「は……初めてなんです、こんな気持ち。彼といると、それだけで幸せで……。今までの経験など、これに比べたら恋といえるかどうか……。まったく違う、別物なのです」
「はー、素敵です、素晴らしいことですよ、ええ」
(ううーん、照れてしまいますねえ。しかし、するとこれはやはり、お相手は……)
「それで、その方は身近におられる……?」
「はい、……いつもすぐ傍に」
( 決定!! ですね。やはり火のないところに煙は何とやら、だったわけですか……。しかし、本当とはねえ……城で泣く女の子が大勢いそうですねえ……)
「それで、あなたはどう満足出来ないわけですか?」
「それは、その……」
「ここまできたら、腹を割って全部ぶちまけておしまいなさい。楽になりますよ」
「はあ……その、つまり……彼が……、下手……なのです……」
( 下手!! マイクロトフさん、下手なんですか〜〜)
「いえ……下手、というのとも違うのかな……。何しろわたしも男は初めてなものですから、比較の対象がないので……。とにかく、何と言うか……は、」
「は?」
「早い……んです」
(おやおやまあ、マイクロトフさん。そんなところまで突っ走っていらっしゃるとは……。本当に困った方ですねえ……)
「早い、というと……ええと、やはり挿入行為があるわけなんでしょうか?」
「え、いえ、あの」
「どうしました? 恥ずかしがらなくていいんですよ?」
「……………………………………あります……」
(ひゃっ、困りましたよ〜恥ずかしいです〜〜〜)
「つまり彼の方が男役、ということで……挿入からいくらももたない、ということですか?」
「は、はい。そのう、自分の過去の女性体験と比較して、相当かなり、猛スピードで達ってしまうとしか……」
「ほう。それで、具体的に何か解決するために試してみましたか?」
「それが……、一度始めたらもう、何も耳に入らないというか……」
(ふむふむ、マイクロトフさんらしいですねえ)
「わたしとしても、早いなどと感想を述べて彼を傷つけるようなことはしたくないし……」
(泣けてきますねえ、カミューさん。まさに恋人の鑑!! ですよ〜)
「かといって、あまりにさっさと達くものだからか、回復がこれまた恐ろしく早くて」
(ぷっ。すべてにおいて早いわけですね)
「数で言うなら、それはもう尋常ではないのです。全部の時間を合わせれば、まあ人並みかな、とも思うのですが……」
(それは言い過ぎですよ〜〜可笑し過ぎます〜〜〜〜)
「それではあなたが満足出来ない、というわけですね」
「……というか、身体がもたないのです。やはりその、不自然な行為をしているわけですし……」
「身体がおつらい?」
「……早いのはともかく、そのう……モ、モノは立派過ぎるほどなので……、そうそう何度も付き合ってやれない、というか……」
(ぷはっ、立派!! 立派なんですか〜。良かったですねえ、マイクロトフさん。早くてちっちゃかったら救いようがないですものね〜〜)
「つまり、肛門が痛くなる、と?」
「!!!! そ、そんなあからさまに仰らないで下さい!!」
「しかし、医学的見地から言うとそうなりますね?」
「……………………………………………………はい」
(何だか可愛い人ですねえ〜)
「つまり悩みの趣旨は、人並みな回数・人並みな時間で満足なさりたい、ということですね?」
「て、手っ取り早く言えば……その通りです……」
「ふーむ」
(これは困りましたねえ。わたしもその道には詳しくないですからねえ……。しかし、そうした困惑を相手に悟らせてはなりません。 それが我が医師のつとめ!! ……おや、何やらうつってしまいましたね)
「……縛ってみましたか?」
「し、縛るっ?! わ、わたしたちはそんなプレイを嗜んだことは……」
「いえいえ、別にSMプレイを言っているわけではなく、射精を遮るためにモノを縛ってしまうことです」
「……射っ…………せー、を…………ですか…………??」
(おやおや、ますます可愛いですねえ。これは意外な一面ですよ)
「よく使われる手法です。こう……勃起した際に根元をきつく縛ると、射精が遮られると。ああでもね、これには諸説がありまして。気分的には達ってしまうので、あまり効果がないとも言われてますが」
「…………………………………………」
「わたしとしてはむしろ、騎乗位をお勧めしますね」
「騎……乗位、ですか……?」
「おや、ご存じない? こう、女性役が上になってですね、馬に乗るように……」
「し、知っています、それくらい。ただ、そんな積極的なレディに出会ったことがないだけで……」
(……動揺してますね、カミューさん。レディ、なんて……それだけでも、誰だかバレバレですよ?)
「騎乗位ならば、あなたの思い通りに動けますし、相手の様子を見ながら調節も出来ますしね」
「し、しかし………………」
「何か問題が?」
「そ、そのう…………ええと……、は……恥ずかしい、し………………」
(か、可愛過ぎますよ、カミューさん〜〜。きっと、頬染めて俯いていらっしゃるんですね。それではマイクロトフさんが止まらないのも納得です〜〜)
「何を仰いますか。よろしいですか、セックスというものはですね、何を照れる必要もない厳粛な行為!なのですよ。やるからにはお互い、とことん気持ち良く楽しむ。それが本来あるべき姿です。恥ずかしいもクソもありませんとも! (おや、わたしとしたことが興奮してしまいました)二人の素晴らしい夜のため、頑張るのです!!」
「は、はい。そ、そうですね……そうですよね。わたしたちは愛し合っているのだし……」
「そうっ、愛し合う二人の間に、何を恥じることがあるでしょう?! さあ、お行きなさい。あなたと彼の素敵な夜を、わたしも陰ながら応援していますよ」
「あ、ありがとうございます。わたしは……やります、マイ……いえ、彼のため、我が誇りに賭けて!!」
「そうです、その意気ですよ!!」
(やれやれ、何とか納得してくれましたね。よかった、よかった。一件落着……ですね。…………しかし、今夜は騎乗位ですか……ぷぷっ、想像して顔が緩んでしまいそうですよ〜〜〜)
名だたる名医、ミューズ出身のホウアン医師。
悩める同盟軍兵士の駆け込み寺。
けれど彼が、周囲が思う以上に熱心に仕事をしている理由は誰も知らない……。
何か、えらく手間のかかった一編でした(笑)
そんなに凝る必要ないようなバカ話なのにねえ……。
ホウアン先生初書きです。ただの変人ですね、こりゃ。
カミュー様、騎乗位なさるんでしょうかねえ……。
照れてしまいますよ、ふう〜〜。(←ホウアンモードが切れない)