幻想的 童話の世界


「演劇鑑賞会?」
耳慣れない言葉に愁眉を寄せて、軍師シュウは首を傾げた。居並ぶ乙女たちが満面の笑顔で頷く。
「戦いも長くなってきていますし、このへんで兵士の息抜きも必要ではないかと……」
理知的な美人・エミリアが言うと、微かな逡巡の後にシュウも頷き返した。
「確かに、このところ兵士の疲弊は大きいが……」
「ですわよね? それに、こうした催しが仲間の団結を強めると思うんです。許可していただけますわね?」
妖艶なリィナに微笑まれると、断るだけの理由を見つけられず、シュウは首を傾げたまま尋ねた。
「あなた方の一座が芝居もするとは知らなかったが」
「演技なさるのはわたしたちじゃありませんわ」
「そうそう。ビクトールさんとかフリックさんとか、絶対そういうのやらないような人たちが芝居する、それが面白いんだよね」
はきはきした口調でアイリが断言する。確かに、それは可笑しいかもしれないとシュウは思った。
何よりも、彼女らの提案に、傍らにいる同盟軍の若き指導者がすっかり魅せられているのだから、彼に拒み通すことなどできはしない。
「彼らに演技が出来るかわからないが……まあ、いいだろう。ただし、あまり用意に時間は……」
「かけませんとも!」
実はもう、すっかり根回しが済んでいて、シュウへの報告が最後なのだ、などとは言わないニナだ。
「それでね、シュウさん。あなたにも役が振ってあるんです」
「な、何?」
はい、と押し付けられた一冊の本に、たちまちシュウの顔が険しくなる。
「このわたしに芝居……だと?」
「この役はシュウさんにしか出来ないんです!」
二ナは仲間の乙女たちに同意を求める。ついでに指導者の少年にも。
「やってよ、シュウ。ぼくも観たいな」
少年に微笑まれてはシュウに勝ち目はなかった。一同が部屋を出ていってから、渋々と脚本に目を通し、やがて苦い表情になった。
「……何なんだ、これは……」

 

 

「あーあ、何でこんなことになっちまったんだ??」
城の一室に集められた男たちが、頭を付き合わせてぼやいている。いずれの手にも、二ナたちが用意した脚本が握られているが、開いて読んでいるのは生真面目な青騎士団長だけである。
「戦ってる方がよほど楽だぜ。よくまあ、シュウが許したな」
「し、しかもシュウのこの役……」
しみじみしたフリックの溜め息に、ビクトールの笑いが重なった。
「実際、あいつが一番適役だぜ。なあ、カミュー」
「はあ……」
どう答えたものか複雑な表情の赤騎士団長は、一度だけ目を通した脚本をぺらぺらと捲った。
「しかしこの脚本……流れはわかりますが、あちこち台詞が空白ですね……」
「アドリブで頼む、とさ。その方が臨場感が盛り上がっていいんだと。本当のところ、面倒だったと見てるんだが」
言うことを聞かなければ夜這いを掛けるとニナに脅され、仕方なく協力することになったフリックの顔は暗い。一方、お祭り好きなビクトールは大ハッスルだ。
「よー、カミュー。主演の気分はどうだ? おまえもよく承知したなあ」
カミューは肩を落とした。
「……この城のレディ方に、誰が勝てますか?」
「わっはっは、違いねえ! おまえはどうだよ、マイクロトフ。いい役貰ったじゃねえか」
「……………………………………」
真剣そのもので脚本を読みふけっている男に、一同は応えを諦めた。
「しかし、時間がないとかってわりには本格的だな。セットがジュド、美術が……カーンってのはどうしてだ?」
「それはナナミがな、ネクロード戦のときの結界の模様が綺麗だったからって」
「……あれは、ぺインティングではないのでは……」
もっともなカミューの疑問だが、大雑把なビクトールやナナミには意味のないことのようだ。
「衣装はどうするんだ? 今から作ってる時間はないだろう?」
「いつもの格好でいいんだと。用意できるものはするそうだ。エミリアに言わせると、演技さえちゃんとしていれば、客には役柄通りの衣装が見えてくるそうだ」
ふーむと一同は考え込んだ。どこぞの演劇マンガでもあるまいし、自分たちにそれを要求するのが間違いのような気がするのだが。
「おまえたち! 何をやっている、稽古の時間だ!!」
不意に、尖ったシュウの声が叫んだ。一同が振り向くと、脚本を握り締めた軍師が拳を震わせている。
「シュウ……」
「そんなところに座り込んでないで、早く立て! 時間がないのだぞ、もたもたするな!!」
パンパンと手を打って、シュウは室内に入ってきた。
「シュウ……どうしたんだ、あんたがそんなに……」
一番気乗りしていないだろうと思われた男の熱血に、フリックが思わず尋ねると、シュウは血走った目で答えた。
「仕方がないだろう、あの方が楽しみにしているんだ。これも同盟軍の士気を高めるため、団結を強めるため。勝利のためなら、おれは何でもやる!!」
結局は可愛い指導者に丸め込まれたのだ、と一同は嘆かわしい気分になったのだが、そんな感傷はシュウの鋭い叱責に弾け飛んだ。
「さあっ、やるぞ! まずは第一幕だ、準備しろっっっ!!」

 

同盟軍・親睦アンド壮行演劇鑑賞会の日がやってきた。
城のステージではセットが組めないので、即席の野外ステージを組み立ててのイベントである。開演時間を待たず、すでに立ち見の客まで一杯だ。その人の波を見つめ、二ナが感動に咽び泣いた。
「す、凄い……お客さんがこんなに……、100ポッチといわず、もっと吹っ掛ければ良かった……」
「これで次の同人誌の印刷代もたっぷりよ。本誌もオールカラーでいけそうねえ」
そう、ちゃっかり者の二ナは、シュウには内緒でこっそり観衆から金を取っているのである。だが、この催しを楽しみにしていた兵士たちは、おくすり代程度の出費を惜しもうとはしなかった。
開演ベルが鳴り、アンネリーバンドが物悲しいBGMを演奏し始めた。ざわめいていた客席が静まり返る。設えられたステージにスポットが当たった。ちなみに照明担当は、ボルガン・ガンテツ・ロンチャンチャンのヒカリ攻撃軍団である。
中央に、白皙の青年が座り込んでいた。本日の主演、赤騎士団長カミューである。しかし彼はいつものマントと肩当てを取り、代わりに白くよれたエプロンをしていた。これは、ヒルダが捨てようとしていたものを二ナが拾ってきたという、数少ない舞台衣装の一つだった。
赤い騎士服の上にエプロンをつけたカミューは、袖を捲り上げ、たらいで洗濯をしている。無論、これはヨシノから借りてきたたらいである。しばらく布を擦ったあと、疲れたようにほうっと息を吐く。
観衆の一部から溜め息が洩れた。
「カ…カミュー団長……、白いエプロンが何てお似合いに……」
「素敵だ……。ああ、こんなお嫁さんが欲しい……」
「……清楚だ……理想がここにある……」
赤騎士団は、すでに感動に震えている。
「ちょいと、カミュー! あたしのパンツの洗濯は済んだのかい?!」
濁声で登場したのはビクトールである。その姿に観衆はげッと息を詰めた。彼はいつもの服の上にどこかで見たようなドレスを着込んでいる。バーバラの服だ、と気づいて観衆は目眩を起こした。
大柄なビクトールにかろうじて合う服を見つけたのはいいが、さすがに身長の関係で、膝丈のスカートになっているのだ。一同は出来るだけ彼を見ないように舞台に集中した。
「ビクトールお義姉様……すみません、今すぐ……」
「ったく……トロいわね、おまえは!!」

 

 

壇上で足を踏み鳴らすビクトールに、騎士団から怒りのオーラが立ち上がった。
「ゆ……許さん、ビクトール殿」
「我らのカミュー様に何てことを……。今後、夜道では気をつけてもらわねばな……」
「カミュー、あたしのバンダナ洗ったの、あんた?」
続いて登場したのはフリックだ。ちょうどいい衣装がなかったのか、あるいは二ナの配慮か、彼はいつも通りの服装だ。それでいて女言葉なのだから、無気味なことこの上ない。しかも、彼は極度に演技が下手だった。グリンヒルでは、かなり見事に先生役をこなしたのだが、常識人なだけにさすがに意地悪な義姉役は難しいらしい。
「は、はい……フリックお義姉様」
「もう……洗うときには言ってくれ……よね! 探しちまった……じゃないの」
「すみません……」
しょんぼりと項垂れるカミューは、客席の涙と同情を一身に浴びた。殊に、騎士団の一群が陣取るあたりからの熱気が凄まじい。
「か……可憐だ、カミュー様……素晴らしい……」
「おれたちがここにいます! 泣かないで下さいッ」
「我らは何処までも団長についていきます!!!」
確かに、兵士たちの士気は向上しているようだ。
最後に現れたのが、シュウである。彼もいつもどおりの服装だが、顔つきがイッてしまっていた。舞台中央まで進み出て、ビクトールとフリックを押し退けると、仁王立ちになって叫んだ。
「おまえという奴は、何て役立たずなんだ。体力が低いのも打たれ弱いのも大目に見るが、戦のときの 『防+1』 ってのは何だ? 仮にも騎士団長なら、せめて 『攻+1』 くらいにならないのか? 本ッ当に使えない奴だ!!!」
この台詞、脚本は空欄だった。適当にカミューを苛める台詞を、とだけ指示があったのだ。どうやらこれがシュウの本音であるらしく、言われたカミューはぴくぴくと頬を引き攣らせている。当然のことながら、騎士団連中から激しいブーイングが上がった。
「ちょ、ちょっとまずいんじゃない?」
舞台袖で見守っていたエミリアが、おろおろとニナを窺った。が、二ナは動じない。
「大丈夫、カミューさんを信じましょう!!」
その信頼が通じたのか、カミューは上げかけていた左手を静かに下ろした。すんでのところで『烈火の紋章』を使われかけたビクトールたちは、冷や汗を飲み込み、慌ててシュウに詰め寄った。
「お、お母様ったら、少し言い過ぎじゃない?」
「何を言う。力馬鹿なおまえも、使えないのは同様だぞ。カスみたいな魔力も何とかしたらどうだ」
「シュウ、てめえ……」
「お、お姉様もお母様も、落ち着け! そ、そうだ、今夜はお城の舞踏会じゃないか。こんなことしてないで、さっさと用意しよう……じゃないの」
「そ、そうだわね。早くしないと、美味い食い物もなくなってしまうわね」
未だシュウを睨みつけながらも、ビクトールが演技に戻った。荒れた気分もあからさまに、たらいの横のカミューに無気味に微笑む。
「じゃあな、カミュー。しっかり働くのよ。洗濯が終わったら掃除も忘れないこと。あたしの夜食も作っておいてね」
「あたしのオデッサの手入れも頼む……わよ」
「お、お義母様、お義姉様……」
「おまえも舞踏会に行きたいのか。生憎、おまえにはドレスも靴もないだろう? おまえには、そのよれたエプロンが似合っている。キリキリ働け、サボるなよ」
でかい姉妹と、騎士団を一気に敵に回した継母が去っていくと、カミューはたらいから身を起こした。
ガンテツの青いスポットが彼を照らす。
「……ああ……。どうして彼らはわたしにつらくあたるのだろう? わたしがいったい何をしたというのか。わたしだって年頃の…………………………………………………………乙女。お城の舞踏会に行ってみたい。真面目で一本気だという王子様にだってお会いしてみたいのに……」
最後のひとことに肩が震えるのは無理ないことである。すべてを捨てて役に入り込むことにしたらしいカミューのモノローグに、赤騎士たちから啜り泣きが洩れた。
「……おいたわしい、カミュー団長……」
「いつかきっと、幸せがあなたに微笑みますとも!!!」
「おれが幸せにして差し上げたい……っっ」
たらいの横によよと崩れ落ちて肩を震わせるカミューの迫真の演技に、客席から盛んな歓声が送られた。
「……見事だわ、カミューさん……」
リィナが大きく頷いた。アイリが同意する。
「何か……こう、吹っ切れてるよね」
「それに比べて他の連中は……っ。特にシュウ軍師!! 何なの、あの台詞! 地のままで十分意地悪にいけると思ったのが間違いだったわっ」
脚本担当のエミリアが拳を震わせた。日頃おとなしげな女性なだけに、怒りの形相はとても怖い。
不意に、別のスポットが舞台を照らした。不機嫌そうに現れたのは、魔法のエキスパート・ルックだ。
「……何か用?」
いつもの台詞を吐いた彼に、カミューが小声で窘めた。
「台詞が違います、ルック殿」
「……こんな協力までさせられるなんて、レックナート様との約束にはないんだけどな」
「まあ……これもつとめと、諦めてください」
「しょうがないな……。何を泣いているんだい?」
渋々役に乗ったルックに、カミューは慌てて答えた。
「はい……。今夜はお城の舞踏会、わたしも行きたかったのですが……」
「行けばいいじゃないか」
「で、でも、ドレスも靴もないのです。このような格好では、お城に行くことなど出来ません」
「面倒臭いな……、ほら」
短い暗転。次に舞台が明るくなったとき、カミューはいつものマントに包まれた青年騎士となっていた。
「おおーっ、カミュー様! お、お美しい……」
「これでこそ、我らの赤騎士団長だっ」
「見事な脚線美ですな。わたしの芸術家魂が……」
最後の台詞はフィッチャーである。一方、二ナたちは頭を抱えていた。
「カミューさん……剣はいいのよ、剣は」
いつもの立ち姿でポーズを決めるカミューに、細かい注意を与えなかったことを反省する乙女たちだった。
「それでいいだろ。じゃ、ぼくは帰るからね」
「ま、待ってください。馬車も必要です」
「じゃ、さっさとカボチャを出してよ」
「カ……カボチャ??」
このあたり、手配が上手くいっていなかった。二ナが用意していたのは、トニーの畑で取れたキャベツである。困惑しているカミューに、ルックが大袈裟な息を吐いた。
「ないの? じゃ……ほら、似たような名前の奴がいたじゃない」
「似たような……」
カミューには探す必要がなかった。すでに観衆の目線が一人の元へ集中していたのだ。
「え……え??」
仲間たちから押し出されるように舞台に上がったのは、可愛いコボルト戦士である。
「ガ……ガボチャ君……ですか?」
「魔法を掛けることもないね。そいつに乗って、さっさとお城に行きなよ」
「しかし……」
客席からの声援にガボチャは奮い立った。
「カミューさん! ぼく、頑張ります!!」
「でも、君……潰れそうだよ……」
「大丈夫です。見ていて下さい、ゲンゲンさん!!」
「おう、ガボチャ頑張れ! ゲンゲン見てるぞ!」
やんやの大喝采に促され、カミューは仕方なく小さなコボルトの背中におぶさった。何だかとても違う気がするが、もはやあれこれ考えるのは面倒である。
「ありがとう、魔法使いの……………………お婆さん」
「……誰がお婆さんだい? 本当に失礼な脚本だね」
憮然とした少年が姿を消すと、ガボチャは右に左によろめきながら袖を目指して歩き出した。
「ガ、ガボチャ君、無理はするな」
「へっ……平気です……っ。お城まで、あと少し!!!」
袖に隠れるなり潰れてしまったガボチャに、客席から温かな拍手が送られていた。
さて、舞台は暗転し、アンネリーバンドがダンスミュージックを奏で始めた。舞台では適当に選ばれた端役の群れが、不格好なダンスを開始する。
中央の一段高くなった席にガチガチになって座っているのは、言わずと知れた青騎士団長である。舞台が明るくなる前から、彼は口の中でぶつぶつと最初の台詞を唱えていた。
お付役のフリード・Yが必死に緊張をほぐそうとしているが、彼自身もすっかり上がっているのであまり効果がない。このあたり、二ナたちの人選はまったく外していたと言える。
舞台に目映い照明が入った。途端に、青騎士たちから盛大な声援が飛んだ。
「マイクロトフ団長ーっ! 頑張ってくださーい!!」
「王子役とは、我ら青騎士団の誇りです!!」
「感動であります、マイクロトフ団長ッッッ」
部下の励ましが、ますますマイクロトフを強張らせる。客席が息を呑む中、注目の第一声が轟いた。
「どっどっどっど、どこかに、おれのっ、心に響くっ、素晴らしい、ひっひっひひひひ姫はいないものかっっっ!」
そのあまりの大音響に、観衆は耳を押さえてうめいた。今度の舞台に一番真面目に取り組んでいた男なのだが、何しろ不器用なので、台詞は棒読み、動作はガチガチ、歩くときには右手と右足が一緒に出そうな有り様である。
「はいっ、王子様! 今宵は国中の若い姫を招待しておりますッ。必ずや、王子様のお目に止まる姫がおられますとも、はい!」
緊張しながらも、まだフリード・Yは無難に台詞をこなしている。彼はぐるぐると踊り回るエキストラの皆さんを指した。
「さあっ、王子様! とくとご覧下さい。あちらの姫など、如何でしょうっ」
脚本通り、彼が指したのはフリックだ。マイクロトフは真っ赤になって怒鳴った。
「わっっ、悪くないが、おれの好みとは違うっっ」
男に好まれても仕方ないが、好みでない、と断言されるのもムッとするな、などと考えるフリックだ。
「ではっ、あちらの姫は如何でしょうっ」
「……ごつくて太った姫はっ、論外だっっ」
脚本通りとは言うものの、目を吊り上げ、あとでヤキを入れてやろうと誓うビクトールだった。
「な、ならばあのご婦人は……?少々きつい顔ですが」
かなりノッてきて脚本にはない一言を付け加えながらシュウを指したフリード・Yに、ぎらりとマイクロトフの目が光る。舞台裏でずっと芝居を見ていたのだ。カミューに対して吐いた台詞も一言一句逃さずに。
「……あのように陰険そうで自信家で可愛げがなく性格の悪い奴など、絶っっっっっ対に御免だ!!」
本心からの叫びに、台詞は絶好調になめらかだ。ぴくりと引き攣るシュウだったが、赤騎士団の客席からやんやの喝采が上がるのにいっそう険しい顔になる。
そこで、音楽が変わった。優雅に登場したのはカミューである。しなやかな動きでエキストラをぬってマイクロトフの座る壇上に近づく。マイクロトフはここが舞台の上であることを綺麗さっぱり忘れた。
「あ……、あの素晴らしい人は誰だ?」
お付の答えも待たず、マイクロトフは椅子から転げ落ちる勢いでカミューのもとへ詰め寄った。
「おまえほど、綺麗で可愛い奴はいない!! 頼む、おれと踊ってくれ!!!」
「……演技はどうした?」
小声で窘めるカミューだが、もはやマイクロトフの耳には入っていない。彼はカミューの細腰を抱き寄せると、不馴れなダンスを展開し始めた。
「このときだけを待っていたんだ。ああ……カミュー」
「やけに素直に役を受けたと思ったら、そういうことか。まったく……しょうがない奴だな」
「人目もはばからずにおまえを抱き締められるんだぞ。これを逃すは騎士の恥!!!」
「……わかった、止めんよ」
小さく言い合いながらステップを踏む二人に、意地悪三人組は与えられた台詞を渋々言った。
「まあ、何てお美しい姫なの。悔しいけど、お似合いね」
「御覧なさいな、あの優雅さ。何処の姫君かしら」
「……うっとりするな。でも、何処かで見た顔のような気がするが」
そこでクライマックスの十二時の鐘が鳴り始めた。はたとカミューは息を止めた。
「しまった……ルック殿、台詞を端折ったぞ。魔法が解ける注意を与えられていない」
「何っっ?! どうする、カミュー。おれはこのまま踊り続けても、いっこうに構わないし、嬉しいが」
袖口のニナたちも当然それに気づいていた。彼女らは息を殺して手を握り合っていた。
「お、お願いカミューさん! 何とか乗り切って!!」
「舞台の上では役者は孤独なの!!」
「仮面よ、仮面をかぶるのよ〜〜〜〜!!」
考えている間に鐘は鳴り終えてしまう。カミューはきっと唇を噛み、マイクロトフを突き飛ばした。
「……こうしてお会い出来たのも運命なら、お別れするのも運命です。わたしは日が変わる鐘と共に消える幻の存在。さようなら、王子様。一夜の夢を忘れません……」
突き飛ばされて尻餅をついているマイクロトフに向かって騎士の礼を取ると、彼は大慌てで走り出した。マイクロトフは必死に手を伸ばす。
「待て、待ってくれ、カミュー!!!」
名乗っていないことなどお構いなしだ。見入っている観衆もあまり気にしていない。
一瞬舞台が暗転し、ジュド渾身の作である長い階段が現れる。頂上から駆け下りてきたカミューが階段の中央で屈み込むのに、観衆ははっと息を詰めた。彼は必死に片方のブーツを脱いでいる。
「……あれって、ガラスの靴じゃなかったっけ??」
「実際作ってみたら、とてもじゃないけど歩けなかったそうだよ。いいところなんだから、つまらないこと気にするなよ」
ぼそぼそと客が話しているのが聞こえ、カミューは焦った。小声で自らを叱咤する。
「く、くそっ、焦るな、わたし! まだ鐘は三つ残っているっ」
「カ、カミュー様、しっかり!!!」
「ああっ、カミュー団長のお御足が…………っ」
「しっかりしろ! 鼻血を噴いている場合かっっ」
「まずい、マイクロトフ団長が追いついたぞ!」
そう。すでに脚本など吹っ飛んでいるマイクロトフが、凄い形相で追い掛けてきていた。
「カミュー〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!!」
馬鹿者、早過ぎると内心舌打ちするカミューだが、ブーツとの格闘に忙しく、振り返る暇もない。
何とかブーツを放り捨て、全力疾走で駆け出す頃には涙が滲みそうになっていた。
「な、何故わたしがこんな目に……」
ようやく舞台袖に飛び込んで、直情突進男を睨み付けるのだった。さすがにマイクロトフも、これ見よがしに階段に置かれたブーツに芝居を思い出した。へんにゃり変形したブーツを抱き締め、轟く大声で宣言する。
「このブーツの持ち主こそ、おれの運命の恋人! 国中に触れを出せ! 草の根を分けてでも、必ずカミューを捜し出すッ! おれの剣と誇りにかけて!!!!!」
……だから名乗ってないのだが、と追いついたフリード・Yがぼやいたが、燃える青騎士団長はスポットに照らされながら、すでに世界に浸っていた。

 

さて、長くなったので場面は感動のラストシーンへと移る。
王子がブーツを持って登場した。本当はビクトールらをはじめとするエキストラの皆さんが、ブーツを試着するシーンがあるはずなのだが、マイクロトフはカミューのブーツが野郎共に蹂躙されるのを許さなかった。もともと勢いだけで進んでいる芝居なので、観客も細かいことなど期待していない。
動作の硬い王子の向かう先に、またもエプロンをつけて洗濯をしているカミューがいる。思わずときめくマイクロトフだが、暗転の合い間に二ナたちに散々叱られたので、一応芝居に集中しようと努力していた。
「もし……あなたは……」
だが、呼び掛けにカミューが振り向いた途端、マイクロトフの理性が四散した。
「う……おおおおっ、おまえだ! おまえがおれのただ一人の恋人だ!! カミュー、好きだああっ、おれと幸せになろう〜〜〜!!」
がばと抱きつかれ、思い切り舞台に倒されたカミューは後頭部を強打した。可哀想に、気絶した彼をきつく抱き締めたまま、マイクロトフは吠え続けている。
「白いエプロン……うおおっ、何て似合うんだ! 凄いぞ、カミュー! おまえは最高に綺麗だぞっっ」
「…………やっぱりこの配役、間違ったんじゃないか?」
舞台の一番端っこで、ぽつりとフリックが呟いた。
「まーなー、こうなることは見えていたような気がするな。ま、いいんじゃないか? 客もウケてるし」
ビクトールの言葉通り、観客は狂喜して拍手している。この芝居でこんなにウケてしまう同盟軍に、シュウは微かな不安を覚えながら、頷いた。
「……まあ、親睦は深まったようだ」
「シュウ、あんたは敵を大勢つくったぜ……」
フリックが小さく一人ごちた。
「シュウ軍師、大変ですっ! リーダーが笑い過ぎて卒倒なさいました!!」
「何ぃっ、誰か、『母なる海』をかけろっっ!」
「カミュー、カミュー、どうした、目を開けてくれ! カミュー〜〜〜!」
舞台袖で二ナが溜め息混じりに口を開いた。
「エミリアさん……脚本の最後、どうなってましたっけ?」
「……求婚を受け入れたカミューさんと王子の熱烈なキスシーンで幕……、だったんだけどね……」
「まあ……、あれも似たようなものじゃない?」
「人工呼吸ねえ……溺れたわけじゃないと思うんだけど。だけど、マイクロトフさんだからねえ……」
「あんなものかな」
「あんなものよね」
笑い過ぎにより昏倒した指導者と、後頭部打撃の赤騎士団長。騎士団を敵に回した軍師と、同人誌印刷代を手に入れた邪ユニット。同盟軍の演劇鑑賞会は、こうして華やかな幕を閉じたのである。

 

                                            おしまい


 

いかれたメルヘンモード発動の品。
元ネタは、小田えみさんとFAXしてて、
「カミュー様が貧乏だったという設定」 
なんてことになって、
「でも、貧乏でけなげなカミューのもとに、ある日王子様が現れて……」
なんてことを考えたのがまずかった(笑)
これはもう、バカップルというより、バカ同盟軍といった方が良さそうですね。
でも、書いてて楽しかったです。

 

 

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