伝染性恋愛症候群

 


名を呼べば、いつも万面の笑顔で振り向いた。
話し掛ければ、頬を染めて見つめてきた。
彼は本当に分かりやすい男だった。
向き合うとき、その目は一瞬もわたしから逸らされることはなく、口調に嬉しげな気配が宿り、声が弾んだ。
だからわたしは知っていた。ずっとずっと知っていた。
彼の想い、彼の望み、彼の求めるものが何なのか。
優しく傍らに居る男、彼がわたしに好意を持っているのだと。
けれど受け入れられるわけもないと、長く想いを秘め続けていたことも。
彼は今でもあの頃のままだ。わたしを見つめる目は常に熱くて真っ直ぐで。
だが、その幸福そうな眼差しには、かつてはなかった穏やかな自信が生まれている。
知らなかっただろう、マイクロトフ?
わたしはずっと待っていた。
おまえが想いを告げてくれる日を、多分おまえと同じくらいに焦れながら待っていた。
おまえの不器用さ、生真面目さを恨みながら、同時に愛しくてならなかった。
わたしはもう、おまえのもの。けれどそれ以上に、おまえはわたしのものなのだ。
おまえの笑顔が曇らぬよう、その眼差しが揺らがぬよう、わたしは傍に居続ける。
それが、わたしの答えだから。

 

 

「そ……うだったのか?」
胸にもたれるカミューの湿った髪を撫で上げながら、マイクロトフは真っ赤になった。
「実に分かり易い奴だったよ。そろそろアプローチしてくるかと思えば、相変わらず横で悶々と悩んでいるし……焦れったいったらなかったな」
「す、すまん」
ここで謝るべきなのかと思いつつ、マイクロトフは即座に詫びていた。
カミューは喉の奥で笑い、男の頬をそっと撫でた。
「ま、そこがおまえなんだけれどな……」
「カミュー……一つ聞いてもいいか?」
「なんだい?」
「どうして……わかった? そ、その……、おれがおまえに好意を持っている、と……」
カミューは少し考え、それから淡く微笑んだ。
「わかるさ。いつも真っ赤な顔をしているし、声のトーンまで微妙に変わるし、優しい目をしているし……」
そして男の厚い胸に頬を寄せ、そっと口づける。
「おまえは気づかなかったみたいだけれど、多分わたしも同じ目でおまえを見返していたはずだよ」
「そ、そうなのか?」
驚くマイクロトフに、カミューは強く腕を回した。
「知らなかったかい、マイクロトフ。好意というものは伝染するのさ。わたしも……ずっと、好きだったんだよ」

 

 


 

この設定は奥江のものとは違いますねえ。

はい、これは小田えみさんの設定その1です。夏の新刊の

没ネタをいただきました。うちのカミューは絶対こんなに素直に

「好きだよ」なんて言わないので、何やら自分ながらに新鮮です。

 

 

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