バカルテット


ルカ・ブライト率いる白狼軍が本拠地に迫り、同盟軍は総力をかけての作戦を展開していた。ハルモニアのササライの軍とユーバーの軍を援軍に、終始優位に戦いを進めていた白狼軍だったが、同盟の魔術の使い手・ルック少年の風の魔法によって戦局は一気に同盟有利と傾いた。
しかし、血に飢えたルカの圧倒的な力はそんな同盟軍を一蹴した。大打撃を受けて形勢を逆転された同盟は、本拠地への撤退を余儀なくされた。
特にルカ本軍に近かったテレーズの部隊の被害は大きく、それでも何とか将である彼女と側近のシンが無事に退却できたのは、元マチルダ赤騎士団長カミューの力が大きかった。彼は手足のように動く赤騎士を使って、寄せ集めた兵士たちを守りながらの見事なしんがりを勤めた。
だが、やがて城に集結した兵の中に彼の姿はなかった。カミューは数人の部下と共に、ハイランドの陣に捕われたのである。

 

ルカの凄まじい強さになすすべなく打ちひしがれる同盟軍、その中枢の面々の顔は暗かった。シュウの策をもってして敗れた上に、敗走のさなかにカミューを失ったことで騎士団の動揺が激しい。
殊にマイクロトフの焦燥ぶりは著しく、放っておいたら一人でも王国軍の陣へ乗り込んでいきそうだ。シュウは偵察にチャコを出すことを決め、何とかマイクロトフを宥めようと努めた。
だが、ルカの凶行ぶりを知っているマイクロトフには、あまり慰めにはならない。下手に動けば同盟軍そのものの存続に関わることだと必死に説得するビクトールらによって、かろうじて自分を抑えているマイクロトフである。
(カミュー……必ず助け出してやるからな! ルカ・ブライトなどに殺させたりはしない、おれの剣と誇りにかけて!!!)
だが、愛しい恋人の身に、死よりも始末の悪い手が伸びようとしていることを彼は知らなかった。

 

 

 

部下の赤騎士から引き離され、カミューは厳重に縛り上げられた上で、一人外れた陣幕に放置されていた。
勝敗は時の運である。敗れた以上、こうして捕虜に捕われるのも覚悟の上だった。それを承知でしんがりを勤めたのだから後悔はない。
自分一人が捕われることで仲間が一部隊逃げられるなら、迷わずそうしてきた。ただ、最後まで自分を守って共に捕われた赤騎士たちのことを思うと、何とか彼らを逃がすことはできないかと思案に暮れるカミューだった。
マイクロトフの顔が思い浮かぶ。今頃は火を吹いて怒っているだろう。突っ走るのは彼の専売特許だと思っていたが、同盟に身を投じてから、やや彼の資質に似てきたな、と微かに苦笑する。確かに、同盟にはそれだけの価値があるのだ。
麻縄がきつく腕に食い込み、すでに感覚を失っている。けれどどういう気紛れか、彼のユーライアは陣の隅に転がったままだ。その容姿によほど侮ったのか。ならば縄から自由にさえなれれば、幾らでも活路は見出せる、それが彼の目算だった。
ふと、陣幕の外に重い足音が響いた。勢い良く入ってきたのは鋼のような体躯を持った、どこか剣呑とした雰囲気を漂わせる男であった。
実際に顔を合わせるのは初めてだが、それがルカ・ブライトであることは容易に察せられた。何よりも、その狂気に彩られた鋭い目、口元に浮かぶ冷たい笑いが、デュナンを飲み込み荒れ狂っている嵐そのものだったからだ。
カミューはやや身体を強張らせ、ゆっくりと半身を起こした。ルカはどこか値踏みするような目で彼を見ている。これまで幾千もの人々の血を吸ってきたであろう剣が、男の息遣いで微かに揺れていた。
「……貴様がマチルダの反逆騎士か」
低い声が問う。勝者たるものが放つ絶対の優位、力と自信に漲る強者の奢り。マイクロトフが絶対に許せないと常々口にしている男を前に、何もできない無力な己を罵りつつ、カミューは優美に肩を竦めた。
「────元赤騎士団長、カミュー。以後、お見知りおきを、ハイランド皇王殿」
飄々と答えたカミューに、ルカは微かに目を細める。やがて彼は押し殺した声で笑い出した。
「ふん……同盟のブタを捕えたと聞いて見に来たが……なかなかどうして、見られるブタだな」
(ブタ?)
二十七年間生きてきて、彼をブタと称した命知らずな無礼者はいなかった。愁眉を寄せて『太ったか?』などと考えるカミューは、次のルカの言葉に瞬いた。
「さあ、脱げ! このところずっとガキの相手をしていたからな、そうそう思い切り犯れなくて苛々してたところだ。貴様なら、そこそこ使い込んでいるようだし、壊れることもなかろう。まあ、壊れても全然構わんがな、ふはははははははは!」
唐突に言われた内容よりも、その大きな笑い声に呆気に取られ、カミューはぽかんとルカを見つめた。理屈っぽい性格のせいか、わからないことは確認しないと気がすまない。
「ガキの……相手?」
「ふん、俺の義弟だ! いけるぞ、これは! 最初は痛がって泣いてたくせに、この頃はすっかり腰の使い方も覚えた! ことに好きなのは騎乗位で、恥ずかしがりながら三度は達くぞ、ふははははは!」
(いや、別にそういうことを聞いている訳では……)
「思い切り……やれない……というのは……」
「ガキだからな、つまらんことで煩く泣く。次の日に歩けないだの、腰が抜けただの、飲むのは不味いだの、我慢できないだの、早く達かせろだの……まあ、やむを得ん。子ブタはキィキィ鳴くものだ、ふははははははははははは!」
(わたしが太ったわけではなく、彼にとっては誰でもブタなのか……。しかし、何故いちいち笑うのだろう。しかも、こんな苦しそうな笑い方で……)
妙なところで感心してから、やっとルカの目的を理解したカミューは、途端に青ざめた。
「ち、ちょっと待て、まさかわたしを……?」
「腰付きを見ればすぐわかる! 貴様、男を咥えこんでいるはずだ! これから俺が貴様を散々鳴かせてやるから、有り難く悦べ!」
「な、何を言う!」
さっと紅潮しながらも、何故わかったのだろうと密かに舌を巻いてしまうカミューである。思わず己の腰のあたりを見てしまい、それからキッとルカを睨んだ。
「誰が貴様のようなケダモノになぞ! わたしには生涯を誓った恋人がいる! 無器用で無鉄砲で馬鹿な男だが、わたしにとっては唯一の恋人、彼を裏切る真似など決して……」
ルカはニヤリと笑った。
「ふん、その強がり、いつまで持つことだろうな?」
躙り寄ってカミューの髪を掴む。
「その大事な恋人とやらより、俺は貴様をよがらせる自信があるぞ」
「当たり前だ!」
カミューは真っ直ぐにルカを凝視した。
「普通の男なら、まず十中八九はマイクロトフより上手いに決まっている! キスすれば舌が抜けそうになるし、服を脱がすのに十五分もかかるし、触られても、少しも気持ち良くないのだぞ! 口でされても痛いだけだし、前戯している間にさっさと一人で達くし、慣らしている間にも達くし、挿れたら挿れたで三分以内、現在五分を目標に頑張っている男なのだぞ! 終わった後でべらべらしゃべるし、気付けば勝手に寝ているし。そんな奴に勝って嬉しいか、ルカ・ブライト!」
「う…………」
さすが同盟一の華麗な話術を誇る赤騎士団長の言葉に、ルカは詰まった。それから少し考えて、やや同情めいた眼差しでカミューを見た。
「貴様……哀れだな。そんな男の何処がいい?」
「すべてだ!」
臆面もなく言い放つカミューに、再度ルカは圧倒される。
「わからないのか? それが純愛というものだ。相手のすべてを受け入れ、なおかつ許し、愛おしむ……貴君にはそういう相手がいないのか?」
口調を沈めたカミューに、ルカはしばし考えた。もともと顔立ちは整っている方だ。そうして真摯に考え込む彼は、皇王に相応しい威厳を持っている。
しかし、ルカはルカだった。
「いないこともないが……今は取り敢えず目前の獲物が先だ! ふはははははははははははははは!」
説得むなしく、カミューは引き倒された。厳重に身体を縛っている縄に、ルカは忌ま忌ましそうに呟く。
「ちッ……誰だ、こんなにしっかり縛るとは……面倒だ、下だけでいい!」
鼻息も荒くカミューの下衣を剥がし始める。
「やっ、やめ……!」
「鳴け、叫べ! 己が無力を思い知れ、ふははは!」
もはや絶好調でカミューの下衣を剥ぎ取ったルカは、現れた見事な脚線美ににんまりした。
「うちの義弟もいい脚してるが……貴様も悪くない。年を重ねただけの色香はあるな」
「ひっ、人を年寄り呼ばわりするな! ああ……触るな、わたしの脚はマイクロトフのものだっ!」
「ふん、ならばこのあたりはどうだ……?」
上着の裾から手を入れられて、カミューは不覚にも喘いでしまった。
(くっ……くそ、この男、巧い……!)
恋人のたいそう下手な愛撫しか知らない彼にとって、数も経験も大量にこなしているルカの技巧は、まさしく抗う術のない魔力のようだった。
「やっ……やめろ、離せ……!」
「ふははははは! ガキの喘ぎとはまた違った趣だな、悪くないぞ、赤いブタ!」
(なっ、何て失礼な奴なんだ!)
身を捩って抗いながら、あちこちに怒りを沸き上がらせているカミューだった。
「どうだ……ここはもっと、と言っているぞ?」
(そんなところがしゃべるか!)
「別の男など忘れるくらいに可愛がってやる」
(あの下手さを忘れるはずがなかろう!)
心中で激しく吐き捨てながらも、ルカの鍛え抜かれた技に、まさに絶体絶命だった。そんなカミューを救ったのは、背後から掛かった少年の鋭い声だった。
「ル〜カ〜様〜〜〜〜、あなたという人はあああ〜」
「うおっ、貴様、どうしてここに!!」
驚愕したように自分の上から飛び退いたルカに、汗を滲ませながらカミューが身を起こす。そこには線の細い聡明そうな少年が、わなわなと震えながら立っていた。何処かで見たことがある、そう思ってはたと気づく。かつてミューズで、同盟の指導者と肩を並べて立っていたあの少年だ。
服装が変わったせいか、あるいは身に纏っているオーラのせいか、あの頃とはまったく違った印象の彼が、口元だけでうっすらと笑った。
「ぼくの目を誤魔化せると思ってるんですかっ! もう、ちょっと見てくれのいい人見ると、ほいほいほいほい手を出すんだから! ルカ様の精力はサルですかっ! そんな暇があるなら、ぼくのところに来ればいいじゃありませんかっっっっっ!」
「う、こ、これはだな、つまり……」
少年の勢いに押され気味のルカが、ふと思いついたように両手を腰に当てて高笑う。
「ふははははは! 捕虜に自分の立場を思い知らせ、無力に打ちのめされる姿を笑おうという、俺の高尚な楽しみなのだ! おまえも感じるだろう、おれの肌のすみずみ、身体の中に流れる憎悪を……」
「すみずみまで流れる邪さは感じます。もう、今日と言う今日は許しませんからねっ、毎度毎度ぼくが泣き寝入りしてると思ったら、大間違いですーーーーっ」
叫ぶなり、少年は魔法を放った。
(ああ、これが我らのリーダーと分け合ったという紋章の力……)
すでに蚊帳の外に出していただいたカミューは、巨大な剣がルカを貫くのを感心しながら見物した。
「うおおおっ、何をする、貴様!」
「あ、これでも足りないんだ。じゃあ、もう一度!」
「やめろ、やめんか! ええい、わかった! 貴様だけだから! もうしないから!」
「これで何度目ですか、その台詞〜〜〜」
よろめきながら幕を掻き分け、外に逃げ出るルカを、少年は走って追い掛けていく。幕外に轟くルカの悲鳴が、やがて遠くなっていった。
取り残されたカミューは呆然としていたが、どうやら助かったようだと力を抜いた。そこへ、忍び込んでいたチャコが陣幕を払って顔を出した。
「……あ、見つけた。何か騒がしいから見に来たんだけど……今の、何なんだよ?」
仲間の顔にほっとして、カミューは溜め息を吐いた。
「────ハイランドの夫婦喧嘩みたいだね。命懸けの……だけれど」
「はー、王国もいろいろあるんだなあ……。ま、いっか。他の連中も縄解いて待たせてるから、さっさと逃げようぜ? あんたのダンナも卒倒寸前だからさ」
「………………………………」
さりげないチャコの一言に、カミューはがっくりした。どうやら自分とマイクロトフがそういう間柄なのは同盟内では周知の事実であるらしい。ということは、自分とマイクロトフが争えば、さっきのルカと少年のように端からは見えるわけだ。

もう金輪際、人前ではマイクロトフと争うまい。捕虜になった赤騎士団長の学んだ僅かな教訓であった。

 


最近よくご質問をいただくので(笑)
これが愛人の本に書いた
ルカジョ青赤バカルテット第一弾。

『ネットに上げていい?』と愛人に聞いたら
『青赤の方がルカジョに親しんでくれると嬉しいv』と
愛らしいことを言っていたが……
この阿呆話でルカジョに親しむのは
間違っていると思うぞ、愛人……。

さて、一番のバカ大賞は────

です。

何故なら出遅れて何もしてないから〜。

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