爆走!!赤(バカ)騎士団


ふと、胸騒ぎに眠れない夜もある。
青騎士団長マイクロトフは与えられた部屋を出て、隣の部屋を見遣った。扉の向こうがひっそり静まり返っているのを確かめて、小さくひとつ息を吐く。
愛しい恋人は夢の中、起こせば明日は不機嫌になることだろう。
しっかり目が覚めてしまった彼は、足音を潜めて歩き出した。レストランにでも行って、水でも飲んでこよう。そう考えた彼だったが、足を進めるうちに何やら不穏な予感に捕われた。
マイクロトフの闘争本能は、その発生源を忠実に察知した。すぐさま地下の船着場へと向かう。懸念通り、そこにはこの時間にはないはずの人の気配が満ちていた。
物陰に身を潜めて窺えば、一艘の小船が湖を渡る風に揺れている。そこから数人の影が上陸を果たしたところだった。マイクロトフは息を詰め、直ちに戦闘態勢に入ろうとして、愕然とした。
船着場に降り立った影は四つ。そのいずれもが、見紛うはずもない揃いの制服を着込んでいる。
僅かな明かりにその色彩を認め、彼は深い悲哀を覚えた。
密やかに声を落としている男たち、その衣服は赤い騎士服。カミューの部下だった、今は敵となってしまったマチルダの赤騎士なのだ。だが、そんな感傷も聞こえてきた会話に吹き飛んだ。
「……兵舎の二階、一番奥の個室だぞ。間違うなよ」
「わかっている。この時間なら、眠っておられるな」
頷き合う男たち。では、彼らはカミューを狙ってやって来たのか。誇り高きマチルダ騎士が、夜陰に紛れる暗殺者を演じるなんて。
マイクロトフは目の前が暗くなるほどの怒りを押さえられなかった。
たとえ複数の敵を前にしても、カミューが切り抜けられないとは思わない。だが、かつての部下に向けられる剣は彼をどれほど苦しめ、傷つけることだろう。
常に冷静沈着で飄々と笑っているが、その実カミューが部下にかける細やかな情を知るだけに、いっそう彼は憤激した。
確かにマチルダに残った騎士を責めることは出来ない。彼らは彼らなりに誇りと忠誠を貫こうとしたのであり、結果として自分らと道を違えたのだ。だが、敵味方に分かれた以上は堂々と剣を交え、騎士の名に恥じない戦いをしたいと願っていた。
なのに、彼らは卑劣な暗殺という手段で最愛の男を葬ろうとしている。
マイクロトフはダンスニーを抜いた。さすがに抜刀していない相手に斬り掛かるのは躊躇われ、ゆっくりと物陰から物陰へと身を移し、少しずつ敵との距離を詰めていった。
再び声が聞こえてくる。
「……もし、ご一緒だったらどうする?」
「可能性は十分ある。だが……そうなったらなったで、やむを得ない」
「……しかし……」
「ひるむな! 忘れたか、おれたちには仲間の期待が掛かっているんだぞ」
リーダー格の男が叱咤するように声に力を込めた。
マイクロトフは眉を寄せた。ならば暗殺は残った騎士の総意なのかと、ますます胸を裂かれる。
一緒、というのはおそらく自分のことを指しているのだろう。二人の元・騎士団長を、纏めて始末してしまおうというわけだ。
何としてもカミューに気づかれることなく、敵を排除せねばならない。欠片でも彼を悲しませるのは耐えられない。マイクロトフはダンスニーを握り直すと、そろそろとこちらに近づいてきた男たちの前に身を躍らせた。
「……ここから先は通さない、我が騎士の誇りにかけて」
低く宣言したマイクロトフだったが、相手の驚愕は彼の予想を遥かに上回った。
「うぎゃっ、マママイクロトフ様!」
「あわわわ、マイクロトフ団長、どうしてここに!!」
「ひえええっ、勘弁してください! 我ら、決して邪なことなど考えてませーん!!」
「で、出来たら寝姿くらい見れたらいいなーと思ったくらいです!! 別に、不届きな真似をしようなど、これっぽっちも思ってませんから〜!!」
一瞬の空白の後、マイクロトフは相手が剣を抜くどころか、ハエのように手を擦り合わせているのに呆気に取られた。その必死の様は、到底仲間の期待を受けて暗殺を担った刺客には見えず、夜這いの途中で相手の父親に首根っこを捕まえられた哀れな間抜け男、といった風情である。
あるいはそれが自分の覇気を殺ぐ策かとも思ったのだが、冷や汗たらたらで今にも這いつくばりそうな姿を見ていると、そんなことに頭が回りそうな気配も感じられなかった。
「……おまえたち、いったい何をしに来た……?」
カミューならば幾倍も上手く対処出来そうな事態だ、そう思いつつもマイクロトフは低く詰問した。
よくよく観察すると、彼らの足元には両手で抱えられるくらいの箱が四つ落ちている。マイクロトフに出会った途端に取り落としたのだろう、なるほど剣を抜けないわけだ。
問われて四人は顔を見合わせ、やがて代表する形でリーダー格が口を開いた。
「……おれたち、単なる配達人なんです」
マイクロトフはますます眉を寄せた。彼らがどうにもダンスニーを気にしているのに気づいて、やむを得ず剣を納めた。何をどう考えても、彼らが刺客でないことだけは確かなようだったからだ。
「おまえたち、カミューの部屋に忍び込もうと企んでいただろう。聞こえたのだからな、誤魔化しても無駄だ」
「そ、それはその」 リーダーの赤騎士は大慌てで両手をぶんぶんと振り回した。
「不埒な考えがあったわけではなく……つ、つまりですね。この荷物はカミュー様宛てのものなんです。しかしマチルダからお届けしたりすれば、当然同盟軍の検閲を受けるでしょうし、それでこうして非常手段に訴えたわけで……」
「……荷は何だ?」
再び彼は口調もきつく尋ねた。
「よもやカミューに危害を加えるような代物ならば、この場で命はないと思え」
「と、と、とんでもありません!! 何故我らがカミュー様に危険なものなど……!!」
「ならば、言え。これは何なのだ」
あくまで厳しいマイクロトフの態度に、四人はまたも顔を見合わせ、やや後退りながら小さく答えた。
「いわゆる……その、『想いのたけを綴った書状』というものです」
「想いの……たけ??」
リーダーは覚悟を決めたように胸を張った。

「マイクロトフ団長もご存知でしょう。われら赤騎士団員は、カミュー様に心からの忠誠をお誓い申し上げると共に、そのお人柄、お美しさ、すべてに憧れ心酔しておりました。あのようなかたちで道を分かったとは言え、我らの想いは常にひとつ。カミュー様の安否を気遣い、つつがなくお過ごしあれと願い、あの御容姿に万一にも傷がつかぬようにと祈っているのです。その想いを個々に筆にしたため、何とかお手元に届けられないかと話し合い、今宵我らが栄光ある任を得たという訳なのであります! 以上、御理解いただけましたでしょうか?」
延々と演説する赤騎士の横、残った三人が感動のためか、嗚咽を洩らしている。言い終えた騎士もまた、両手の拳を震わせたまま空を睨んでいた。
マイクロトフは何やら一気に語られた言葉に目を白黒させていたのだが、美辞麗句を尽くした演説の半分くらいしか理解出来なかった。が、そこでようやく一つの事実を思い出した。
マチルダにいた頃から、赤騎士団はカミューの親衛隊に等しかったことを。
赤騎士たちは自団の美貌の団長を慕い、敬っていた。あるいは彼が可憐な乙女でもあるかのように、せっせと花を贈って団長執務室を飾ってみたり、遠くからうっとり眺めてみたり、寄って集まっては言葉を尽くして褒め称えてみたりしていたのだ。
あのとき、赤・青両騎士団のそれぞれ半数が二人の反逆に加担したが、マイクロトフは赤騎士が全員ついてこなかったのをいっそ不思議に思ったほどである。それほどまでに、赤騎士団は妙な団結が強かった。
「その、つまり……それはカミューへの書状の束、ということなのか……?」
「わかっていただけましたか!!」
心底嬉しそうに彼らは手を握り合う。マイクロトフは一気に酷くなる脱力によろめきそうだった。
「しかし、おまえたち……それほどカミューを慕っているなら、どうしてマチルダに残った? こうして忍び込むのは危険だと思わんのか」
「それに対しては我ら、お二方を少しばかりお恨み申し上げます!」
一人がきりりとマイクロトフを睨めつけた。意外な迫力に思わず息を飲んでしまう。
「う、恨む……だと?」
「どうしてあの日、突然マチルダをお捨てになられたのです! 前もって『反逆するぞ』と仰っていてくだされば、我らにだって準備というものが出来たのに。お二方は独身であられるから、家庭持ちの不自由さがお分かりにならないのです!!」
「おれなんか独身だけれど、病気の母がいるんです。あらかじめ『そろそろ反逆するから』って言って下されば、先にマチルダから逃がすことが出来たのに」
「うちなんか、ボケた爺さんなんです。カミュー様についてマチルダを出るから、って説明している間に行ってしまわれたんです!!」
「おれも荷物を纏めていたら、いつのまにか置いていかれたんですよね……」
一斉に四方から口々に言われ、言葉を挟むどころではない。次第に興奮したのか、詰め寄ってくる赤騎士たちの形相に、馴染みのない恐れを覚えてしまう。
「お、おまえら……騎士の誇りは……? い、一応ゴルドーに忠誠を立てたから残ったのではないのか……?」
やっとのことで吐き出した一言は、あっさりした嘲笑に切って捨てられた。
「冗談はおやめください、マイクロトフ団長。誰があんな白ブタになど」
「し、白ブタ……」
「おれたちが忠誠をお誓いしたのはカミュー様お一人です。まあ、忠誠の儀式にはアレもいたけど、あんなのはオマケですよ、オマケ」
「だいたい前から気に入らなかったんですよね。、あのブタ、カミュー様をいつもいやらしい目で眺め回して……我らは当番制で、万一にもカミュー様がゴルドーの魔の手に掛かることがないよう、見張っていたくらいですから」
「そうそう。あの野郎のスケベな目から逃れるだけでも、反逆大歓迎ですとも!! 一同感謝しております、マイクロトフ様」
「…………………………」
マイクロトフもゴルドーは大嫌いである。しかし、この言われようは物凄い。赤騎士団、恐るべしと天を仰いでしまう。
「それと……おれたちみたいに都合がつかずにお供出来なかった者が約半分、後の半分はマイクロトフ様の責任といったところですかねえ……」
「お、おれの?!」
もはや何を聞いても驚かないような気がしていたが、やはり聞き捨てならない意見だった。聞き返したマイクロトフに、四人の恨めしげな視線が突き刺さる。
「……それはまあ……、我らはカミュー様がお幸せであることが何よりですし、仕方ないと諦めもしますが……、やはりどうにも割り切れない連中もおりますからねえ……」
「ど、ど、ど、どういう意味だ?」
「ご一緒した赤騎士にもいると思いますよ、多分」
「だ、だからどういう意味なんだ!!」
「カミュー様がマイクロトフ団長と仲睦まじく過ごすお姿を間近に見るのがつらい、という……」
「!!!!!!」

 

ぱくぱくと陸に上がった金魚のように焦りまくるマイクロトフに、なおも攻撃の手は緩まなかった。
「ロックアックスに残っていても、カミュー様がマイクロトフ団長に壊されやしないか、もう心配で心配で。マイクロトフ団長、あの方はあの通りたおやかなお身体なんですから、毎日はなりませんよ、毎日は」
「色白な方ですから、間違っても首筋に跡など残さないで下さい。あれはいけません、周囲を不用意に刺激してしまいますから」
「戦でもなければ朝が弱くておいでですから、優しくそっとお起こしして差し上げてください。まかり間違っても早朝訓練時の青騎士のように、叩き起こす真似などなさいませんように」
「ムードを楽しむ御方ですから、ときには花を贈ったり、香り高いお茶など入れて差し上げることなども重要かと思われます」
囲まれて、続けざまにカミューの取り扱い説明を受け、マイクロトフは倒れそうになった。
彼らは知っているのだ、自分と赤騎士団長の関係を。
ならば現在同じ釜の飯を食っている連中も同様だということではないか。
ほとんど呆然自失のまま、彼は思わず口走る。
「き……気遣い、感謝する……」
「いいえ! カミュー様がお幸せならば、我らも幸せですから。今は運命の悪戯でこうして離れてしまっていますが、遠くロックアックスの空の下、いつだってあの御方の笑顔を思い描き、ご無事を祈っています…………」
自らの台詞に感極まって涙するリーダー。それに倣って次々に騎士服で顔を擦り出す赤騎士たち。
ひとしきり感動の場面が続き、やがて彼らは気を取り直した。
「湖の対岸に仲間を待たせているのです。そろそろ行かなければ……。せめて一目、カミュー様にお会いしたかったけれど……これ以上は時間が許しません。マイクロトフ団長、どうかくれぐれもカミュー様によしなに。我らの想い、カミュー様にお渡しください」
「えっ、お会いせずに帰るのか?! 何のために徹夜のアミダ大会を催したんだ」
「仕方あるまい。カミュー様のお休みの邪魔をしてはならん。それに仲間もやきもきして待っているはずだ。わかるだろう、時間を守るのも騎士のつとめ。カミュー様ならばきっとそう仰る」
「そ、そうだな……我らはカミュー様に恥じる振舞いをしてはならぬ。それが我らの騎士の誇り!!」
「涙を飲んで、遠くからカミュー様の安眠をお祈りしよう……」
またも涙に咽んで、赤騎士たちはマイクロトフに深々と頭を垂れる。もうマイクロトフは何かを考える気力もなく、右へ倣えで会釈を返した。
「では、マイクロトフ団長。失礼致します。ああそう、五日後に、今度は青騎士団の代表がマイクロトフ団長を励ます書状を携えて訪問する予定ですので」
「ご心配なく。こちらは純粋に『団長、頑張れ』といった書状のようです。ただ、何を『頑張れ』なのか、我らとしては少々不本意なのですが……」
「………………………………」
「それから、同盟がマチルダに侵攻する日も来るかもしれませんが、ご安心下さい。適当に手を抜いて、陰ながらお二方に協力致しますから」
「戦場でのカミュー様、お美しいだろうなー」
「颯爽としておいでながら、優美で上品で……。まさしく白馬の姫君、って感じだろうなーー」
「早いところロックアックスに攻めて来て下さい!」
「では、くれぐれもカミュー様をよろしくお願い致します。失礼致します、マイクロトフ団長」
最後に四人は騎士団の風雅な敬礼を残して、踵を返した。小船に乗り移り、名残惜しそうに城を振り返りながら漆黒の闇に溶けていく。
残されたマイクロトフは、嵐が通り抜けていったような感覚に襲われながら、ただ呆然とするばかりだ。
夢でなかった唯一の証拠に、足元には四つの馬鹿でかい箱が置いてある。
赤騎士たちが最後に見せたマチルダの礼が、何故かひどく物悲しい。

 

確かに、(カミューには)忠節に厚く、(カミューには)礼儀正しく、(カミューのためなら)敵地に乗り込んでくるくらいには勇猛なマチルダ騎士。だが、その本質が何処か間違っているような気がするのは、気のせいだろうか。
「おれに……これを一人で運べというのか……」
独りごちて、情けなさと困惑に涙ぐみそうになる。まして、その内容が何となく想像できるだけに腹も立つのだが、敢えて危険を覚悟で乗り込んできた彼らの必死の心情を理解出来るために湖に蹴り落とせないのがつらい。こんなときにまで『騎士』である自分が、心底悲しかった。
少しずつ思考を取り戻した彼は、五日後に今度は自分の部下が来る、という事実に座り込みたくなった。赤騎士たちの口ぶりからして、カミューとの仲を激励するか、恨み言を綴るかした書状が積まれるのかと思うと、いっそカミューを連れて逃げたい気分である。
長いこと葛藤を続けていたが、やはり問題は手に余る。本意ではないが、愛する恋人に相談するしかないだろう。悩みながらも箱の一つを両手で抱え上げ、その重さにくらくらしながら、マイクロトフは改めて思った。

 

あの連中を統率してきた赤騎士団長カミュー。
最愛の恋人は、まさに最強のマドンナであったのだと。
いつかロックアックスに戻る日が来ても、そこに居つくのはやめようと、魂から決意する青騎士団長・26歳であった。

 

 


 

情けないことに、お気に入りの一つだったりする(笑)

バカだねえ、赤騎士団……どいつもこいつも。

こいつらにかかったら、マイクロトフがバカでなくなるんですね。

だから、分類不能。ただそれだけ。

ちなみに、青騎士団編もあります(大笑い)

予想通り、今度は青騎士vsカミュー様。

    

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