敗走!!青(アホ)騎士団
人気の絶えた深夜の船着場。
ひっそり静まり返った薄暗がりに、微かな水音が揺れている。
デュナン湖を渡る優しい風に吹かれる真紅のマントが艶やかに月明りに浮かび上がった。
やがて漆黒の湖の向こうから、密やかな木々の擦れる音と共に数人の気配が近づいてくる。
彼はしどけない溜め息を一つ吐いた。端正な表情には特に目立った感情は表れていないが、強いて挙げるならそれは困惑に近かったかもしれない。
よもや人がいると予想していないのだろう、一艘の小船からひそひそと声がする。
「はー……、何か物凄い勢いでどやされそうな気がする……」
「 『おまえら、こんなことをしている暇があるなら、剣の腕でも磨いたらどうなんだ!!!』 」
「あ、似てる似てる」
「お会いしたいのは山々だが、怖いなー。おれたち、何だってあの方のこと好きなんだろうなー」上陸前からすっかり疲れているような四人組。身に纏う衣服はマチルダの騎士服、色は青。
先日友人に持ち掛けられた厄介な問題は、かくして現実のものとなった。
優美に立ち尽くしている青年に気づかず、四人の青騎士は小船を船着場に横付けすると、流れ作業で四つの箱を船から引き上げた。そしてまた、溜め息だ。「団長……これを読んだらまた、火を吹いて怒りそうだな……」「だいたい誰だよ、言い出した奴は? こういうのは赤騎士団のノリの良さならともかく、青騎士団のガラじゃないんだよな」
「……だが、その割には集まったな、書状……」
「そりゃあなー、マイクロトフ様になら言いたいことは幾らだってあるからな」
わたしもあるぞ、カミューは心で呟いた。
五日前、かつての部下たちから大箱四つの書状が届いた。
それは無謀にもというか、勇敢にもというか、わざわざこの同盟軍本拠地に乗り込んでまで置いていかれたもので、それを受け取ったのはマイクロトフだった。
真夜中にぜーぜー言いながらカミューの部屋を訪れ、戸口で蹴躓いて中身を部屋中にばら撒いたマイクロトフは、半ば泣きそうな顔でその夜の出来事を報告した。部下たちが、二人の関係を知っている。
マイクロトフが真っ赤な顔で訴えたのを、しかしカミューはあまり深刻に受け止めなかった。というより、寝入り端を叩き起こされて朦朧としていたのだ。
明け方近くまで狼狽しまくる男の相手をしてやって、渋々ながらも書状の束を捲り出しても、やはり彼は動揺などしなかった。
まったく、今更という気がする。
部下には威厳ある態度を守り、団長としての責務を果たしているマイクロトフだが、ひとたび自分の横に来れば、すっかりにやけた『恋する男』を地でいっている。それを始終見ている部下たちが気づかぬ方がどうかしているくらいだ。
危険を冒して書状を届けてきたかつての部下を、可愛い奴らだと最初は思った。
ロックアックスに残った事情は多々あるだろうと想像していたが、マイクロトフの報告によれば大半は馬鹿らしい理由である。『これでロックアックス攻略はやりやすくなるな』 などと考えながら幾つかの書状をあらためて、次には目眩を起こした。内容が内容だったのである。
「えーと……兵舎の二階、奥から二番目の部屋だな」
「……ご、ご、ご一緒だったらどうしようか?」
「一応伝言しておいた、と赤騎士たちが言っていた。いくらなんでも、それはないと思うが……」
「だが、油断は出来んぞ。何たってマイクロトフ団長だからな……」
「ううむ、否定出来ないところがつらいな。団長、後先考えないからなあ……」
「…………始めちゃったら止まらんだろうしなあ……」(←……)
「はー。しかし苦労してここまで来たんだし、出来たらカミュー様にお会いしたいなあ……」
「そうだな……確かに団長にはお会いしたいが、華がないからなー……」
「潤いがないよな」
「何かさ、問答無用!で深夜訓練とかされそうだよな」
思わずカミューは吹き出した。その涼やかな笑いにぎくりとして、四人は一斉に振り向いた。
「カ、カカカカカミュー様!!」
「わあっ、お久しぶりであります!!!」
「お、お元気そうで何よりですっ」
「相変わらずお美しくて……うわあっ、おれたち何てラッキーなんだっっっ!」
こけつまろびつ駆け寄ってくる青騎士たちに、カミューは苦笑を浮かべたまま優雅に会釈した。
「おまえたちも元気そうで何よりだ。ご苦労なことだな、やはりアミダ大会か?」
「いっ、いいえ! 我らは賭けトランプです。でっ、でも、別にマイクロトフ団長がいらっしゃらなくなったからと、早速賭け事に興じている訳ではなく、この任のためにやむを得ず……」
「ああ、いいさ。わたしはあいつほど厳格な人間ではない。つとめさえ果たしているのなら、アミダだろうがトランプだろうが、何でも好きにやってくれ」
さらりとカミューが口を挟むと、四人は即座に感動に打ち震えた。
「さ、さすがカミュー様……柔軟でおいでだ……」
「あの、カミュー様」
代表格であるらしい騎士が我に返り、周囲をキョロキョロと眺め回した。
「マイクロトフ団長はご一緒ではないのですか……? 本日我らが訪問することは連絡がついているはずなのですが」
「それなんだが」 カミューは軽く肩を竦めた。 「何と言うか……よほど楽しみにしていたのだろうな、今朝から熱を出してしまって、医師から絶対安静を命じられてしまった」
四人は落胆とも安堵ともつかぬ表情で互いを見つめ合い、それからうっとりとカミューを見た。
「そ、それでカミュー様が……?」
「おまえたちにはすまないことだが、代理として迎えるために待っていた」
「す、すまないなどと、そんな! 感激です! マイクロトフ団長の仏頂面よりずっと……あわわわわ」
「お手を煩わせてしまって、申し訳なく思っております、カミュー様」
「へへー、赤騎士の連中、悔しがるだろうな〜」
カミューはいとも優美な笑みを浮かべた。嘘は言っていない、嘘は。少し脚色しただけである。
確かにマイクロトフは今夜を待っていた。
ただし、喜んで待ちわびていた訳ではなく、苦悩しながらだ。
彼の誇りからいって、部下たちに二人の関係を知られたのは痛恨の痛手であったらしい。何とか誤魔化せないものか、うまいことを言って否定する手段はないものか、そう真剣に考え続けていたのである。
その結果、今朝から熱を出した。
カミューの見たところでは、あまり考えるのが得意でない男の知恵熱といったところなのだが、ベッドでうんぬんうなされているマイクロトフを見るのはそれなりにつらかった。
まあ、事の発端は自団の騎士たちの暴走なのだし、責任を取らぬわけにはいかないだろう。
自分が迎えに出なければ、はるばるロックアックスからやって来た青騎士たちが本拠地内をうろつくことになる。それも何やらぞっとしない。
そういう訳で、彼は進んで出迎えの任に就いたのである。
「では、あの、これが青騎士団からのマイクロトフ団長への書状であります。あっ、そのっ、我らが部屋までお持ちいたしますので、どうぞご安心下さい!」
彼らは赤騎士団の連中ほどではないにしろ、美貌の赤騎士団長に淡い妄想を抱いたりしている。
剣を取るのさえ不似合いなほどほっそりたおやかな青年には、バラの花束よりも重いものを持たせてはならない。そんな暗黙の了解というものが出来上がっているようだ。
けれどカミューはにっこり自分の足元を指差した。そこには台車が置かれている。マイクロトフよりよほど要領の良い彼らしく、準備には怠りがない。
四人の騎士は、またも感動したように息を洩らしながら首を振った。
「さすがに……マイクロトフ様とは一味違うなあ……」
「それよりも、おまえたちに頼みがあるんだが……」
「な、何でしょう?! 我らに出来ることなら、何なりとお申し付けください!」
「おれたち、カミュー様のためなら、たとえ火の中、水の中……」
「……そういうことはマイクロトフに言ってやれ」
「あ、無論マイクロトフ団長のためでも、火の中、水の中………………」
やや声が小さくなっている。
人間誰しもごつくて怖い大男よりも、優雅で上品な美人の方が好ましいらしい。
「実は、これをロックアックスに届けてもらいたいのだ」
差し出したのは一包みの紙袋だった。怪訝そうに受け取りながら、リーダー格の男が小声で訊く。
「あのう……これは??」
カミューは小さく首を傾げて答えた。
「五日前、赤騎士たちから貰った書状なのだが……その中に、幾つか耐え難い内容のものがあってな。送り主に戻して欲しいんだ」
「た、耐え難い……?」
恐々と四人は顔を見合わせた。
赤騎士団のカミューへの心酔は、まさに恋慕と紙一重ではなかろうかと青騎士団では噂されていた。
ロックアックスに残った赤騎士たちが、顔を突き合わせてはカミューの噂に興じている様は、どこか狂信者のミサのようである。
常にものに動じず、涼しい顔で世を渡っているカミューが 『耐え難い』 というからには、相当の代物であるに違いない。トチ狂った連中が 『お願いですから一発犯らせて下さい』だのとほざいてしまったのかと思い、彼らは即座に顔を赤らめた。
「……何を考えている」
その気配を敏感に察したカミューはにっこり笑って付け加えた。
「私を気遣ってあれこれ書いてきてくれたことには感謝している。しかし、これらはひどすぎる。『恋』 が 『変』 になっていたり、『美』 が 『羨』 になっていたり……。『慕』 が 『墓』 になっているに至っては、本当にわたしの無事を祈っているのか疑わしい。添削しておいたから、しっかり復習して二度と同じ過ちを起こさぬように。それから、武芸にばかり秀でるのが騎士ではない、少しは知性も磨けと伝えて欲しい」
一気に言われて青騎士たちは息を飲んだ。顔は笑っているものの、カミューがいたくご立腹であることが察せられたのだ。彼らは直ちにぶんぶん頷いて、小声で囁き合った。
「お、おれたちの書状……、よもやカミュー様の検閲にかからないだろうな……」
「まずい。まずいぞ、あんな内容がカミュー様の目に触れたら……」
「ロックアックス攻略の折に『烈火の紋章』で黒焦げにされるかも……」
「誰か、マイクロトフ団長に四十八手の図解入りマニュアル書いた奴がいたよな…………」
コソコソ相談する青騎士に、カミューは畳み掛ける攻撃を仕掛けた。
「ああ、マイクロトフはまだ当分ベッドから出られないだろうから、おまえたちの書状はわたしが読んで聞かせてやろうと思っている」
「!!!!!!!!!!」
四人は所属の名の通り、真っ青になった。目の前で優しげに微笑んでいる青年が、どんなモンスターよりも恐ろしく見えた一瞬である。彼らは一歩、二歩と後退った。
「どうかしたか? 何か問題でも……?」
相変わらずにっこり綺麗な、けれど何処か含んだものを感じさせる笑顔のカミューに、四人は慌てて首を振る。
「いっ、いえ! あの、おれたちそろそろ……」
「お、お会いできて光栄でしたっ。どうか、つつがなくお元気で」
「ロックアックス攻防の際には……、なっ、何卒手加減してください〜〜」
「すみません、すみません、すみません」
バッタのように飛び退りながら走って小船に乗り移る。そんな彼らにカミューは朗らかに言った。
「まあ、おまえたちがわたしたちを案じてくれる気持ちは嬉しい。それは確かだ。他の者にもよろしく伝えてくれ」
邪気のない口調だが、青騎士たちは引き攣った顔で笑い返している。
何やら物凄い勢いで小船が逃げ去っていくのを見送った後で、カミューは物憂げに溜め息をついた。
「……まったく。他人宛ての書状を読んだりするか。ま、あの反応でどんな内容なのかわかったような気がするが……。放っておいてくれ、わたしたちは上手くやっているんだから…………」
あれだけ脅かしておけば、もう、そうそうつまらない詮索をしてくることもないだろう。
部屋でうんうん唸っている恋人に寄せられた激励の数々を台車に乗せると、カミューは鼻歌混じりに船着場を後にした。大量の部下(それも男ばかり)からの恋文じみた書状にもびくともせず、微笑みながら青騎士を脅し、恋人の前では花のように鮮やかに微笑む。
確かに赤騎士団長カミューは最強のマドンナであった。
プッ。青騎士とカミュー様では、てんで相手にならんですねえ。
どうもトップの影響か、青騎士は真面目っぽいので
赤騎士団ほどイカレないようです。
む? すると赤騎士団がバカなのは、カミュー様の影響??
そういや、白騎士団はどうしてるんでしょうねえ……。