建築講義 動物病院のつくりかた

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第1回  動物病院はどこに建ててもいいのか

第2回  動物病院は見え過ぎてはいけないか

第3回  動物病院が特殊な建築物である理由
第4回  ペットと飼主の目線でつくる動物病院
第5回  動物病院の建築コストを考える()
第6回  動物病院の建築コストを考える()
第7回 
 動物病院の看板にメッセージを込める
第8回  レントゲン室のX線漏れを防護する
第9回  ガード下並みの犬の吠え声をどう抑えるか
第10回
 苦情の多い臭い対策に決め手はあるか

第12回 テナントか、建築か、それが問題だ
第13回 プランニングは単にスペースをレイアウトすることではない
第14回 動物病院が建てられる地域、建てられない地域のまとめ
第15回 営業できる地域、営業できない地域のまとめ
第16回 病院にドッグランをつくろう
第17回 飼主の気持でトイレと処置室と待合室を考える

第18回 犬と猫とウサギの目線で病院を考える

第38回 建築までにどんな問題をクリアしなければならないか

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建築講義 動物病院のつくりかた                  

                             2004.02.25

 第1回 動物病院はどこに建ててもいいのか

 

動物病院も人が居室する建物ですから、一般の住宅や店舗などの建物と同

様、建築に当たっては、都市計画法や建築基準法といった法律の規制を受け

ます。一般の住宅と同じように、原則、市街化調整区域には建てられません。

さて、一戸建てを建築しようというときに、用途地域という言葉が出てく

るかと思います。第1種低層住居専用地域とか、第1種中高層住居専用地域

とか、商業地域とかいうアレです。その用途地域によって建物の建蔽率や容

積率が変わってくるのはご存知だと思います。用途地域は12種類あり、住居

系7種類、商業系2種類、工業系3種類の内訳になっています。一般の住宅

は工業専用地域にだけは建てられません。で、他の様々な建築物は、どの用

途地域には建てられるが、どの用途地域には建てられない、などの規制があ

ります。例えばカラオケボックスは、第2種住居地域と準住居地域の住居系

用途地域と、商業系用途地域、工業系用途地域には建てられるわけです。

そして病院や診療所なのですが、病院は第1種低層住居専用地域と第2種

低層住居専用地域、工業地域と工業専用地域はダメで、それ以外は建てられ

ます。診療所は、その公共性必要性に基づくのでしょう、すべての用途地域

で建築OKです。

ただし、ここが大問題です。動物病院は、この法令上の病院あるいは診療

所には該当しないのです。病院あるいは診療所は、あくまで人間相手の病院

であり診療所とされています。では、動物病院はというと、動物病院という

名称での例示はなく、サービス業を営む店舗と見なされています。従って、

具体的にいえば、第1種低層住居専用地域と第2種低層住居専用地域、第1

種中高層住居専用地域には建てられません。細かく言えば、工業専用地域も

ダメなのですが、工業専用地域に動物病院を建てようという発想はあまり無

いと思いますので、話の中では除外します。

 ということで、新築で動物病院を建てようとするときは、この用途地域に

要注意です。「ここらへんは住宅が多いからいい立地だな」と思っても、建

てられないことがありますので、土地を購入するあるいは借りるという際に

は、最低限チェックすることのひとつです。

 不動産業者が仲介している場合は用途地域をつかんでいるはずですが、個

人で調べたいときは、その地域の役所・役場の都市計画課などで教えてくれ

ます。細かい話をするとキリがないのですが、敷地が2以上の用途地域にま

たがっているときもあります。ちなみにこの場合は、敷地の過半の属する用

途地域の制限を受けます。

 それから例外事例として、現在の用途地域の制限がかからないときからす

でに動物病院を建てて営業していて、その同じ土地に建替えたいという場合

があります。この場合は、建築基準法第48条の、用途地域の建築の例外事項

として申請する「48条申請」をして、許可が得られれば建てられるようです。

 では新規参入の動物病院建築が絶対に認められないかということですが、

実際に特定行政庁に打診したことがあります。ある院長から「第1種中高層

住居専用地域なのだが、いい立地で広さも申し分ない土地が見つかった。何

とか建てられないだろうか」とご相談があったのです。

用途地域の建築制限について謳っている第48条を読んでみると「ただし、

特定行政庁が――良好な住居の環境を害するおそれがないと認め、又は公益

上やむを得ないと認めて許可した場合においては、この限りではない。」と

あります。そこで動物病院は『良好な住居の環境を害するおそれがない』し、

昨今の動物病院の果たしている役割を考えれば『公益上』の意義もあるとい

う解釈は成り立つのではないか、との論理で「48条申請の土俵に上げられ

ませんか」と、聞いてみたのです。担当の方は「一応、まず課内で検討しま

すが」ということだったのですが、結論から言いますと、ダメでした。「動

物病院には公益性はないと判断せざるを得ません」との回答でした。これは

どの地域の行政庁でも結論は同じと考えられます。確かに、手続きを踏めば、

用途地域の制限の例外を認めるというのでは、制限が制限でなくなってしま

いますからね。



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第3回  動物病院が特殊な建築物である理由

 

業務用の建物・スペースですから、住宅とはいろいろな点で違うだろうなと

いうのは想像にかたくないと思います。さらに業務用といっても、いわゆる事

務所系か店舗系かと言えば、店舗系です。店舗系ではありますが、とにかく設

備や機器、取り扱うものが特殊です。

病院ですから、たとえばレントゲンの器械があります。家庭用電器の電圧で

ないことはお分かりですね。レントゲンを撮れば現像機が、現像する暗室が必

要になります。レントゲン室にはX線漏れを防ぐ施工をしなくてはなりません。

具体的に言うと壁に鉛の板を張って防護します。

病院ですから手術室があります。無影灯を設置するには天井高を確保する必

要があります。支える天井には補強を施さなければなりません。レーザーメス

をはじめ各種の医療機器、手術の設備が使える部屋でなければなりません。

住宅ではコンセントは一部屋に2つというのが標準ですが、処置室、手術室

には各種の医療機器、検査機器があり、コンセントの口数も相当必要です。電

気系統の設計が住宅や事務所とは次元が違うというのがお分かりいただけると

思います。

動物病院には、酸素の供給設備があります。臭いの問題がある入院施設には

空調ダクトを配備します。動物の糞尿の排水、シャンプー台の給排水の配管も

あります。目に見えない天井裏、壁裏、床下の各種の配管は計算された設計に

基づいて施工されなければ大変なことになります。

犬の鳴き声はときに苦情の原因になりますので、入院室には防音工事が必要

なこともあります。しかしそれは外部や上階に対する配慮であって、獣医の先

生には、異変が分かる程度に鳴き声が聞こえる必要があります。

入院室はできれば犬と猫、他の小動物、小鳥は別室にした方がいいですし、

爬虫類を扱う病院では温室の設備も必要でしょう。院内感染を防ぐための隔離

施設も必要になります。

同じ診察室でも、眼底の検査や小鳥を診るには外光を遮蔽できる診察室が、

もう一つあった方がいいです。

 このように規模はたとえ小さくても、総合病院ですから、さまざまな、しか

も特殊な機器があり、設備があり、施設があるわけです。思いつくままに挙げ

るだけでもこれだけ特殊な状況が浮かび上がってきます。

 特徴として言えるのは、部屋数が多いこと、部屋ごとに機能が違うこと、動

物が出入りすること、不特定多数の人が出入りする空間であることです。

 この中で一番特殊なのは、動物が出入りすることです。このために部屋のし

くみをしつらえ、特殊な機能を持たせた部屋ができてくるのです。

待合室には動物同士の心理学があります。犬と猫、大型と小型の住み分けを

考えながら待合室を計画します。診察室に入りたがる動物ばかりではありませ

ん。それを入りやすいように計画する。入院室ではお互い見えないようにして

あげれば、ストレスも軽減されます。入院動物の散歩も必要です。散歩に連れ

出す動線にも配慮します。こういった動物の目線で考えることもこと動物病院

の設計では重要なのではないでしょうか。

 動物ですから、鳴いたり、逃げたり、オシッコしてしまったり、さまざまな

トラブルが想定されます。そのために、犬が鳴いても外部には迷惑を及ぼさな

い防音工事が必要になり、外に簡単に逃げられないようなレイアウトや、間仕

切りが必要になり、たび重なるオシッコにも耐えられる床材、壁材で仕上げな

ければならないのです。

 動物病院の設計で重要なのは、獣医の先生の使い勝手だけではないのです。

飼主さんとペットの気持を考えに入れて、動物のことも、というか、動物のこ

とを中心に考えなくてはならないのが、動物病院の設計の特殊なところといえ

るでしょう。      

 


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第4回  ペットと飼主の目線でつくる動物病院


 前回、動物病院の設計で重要なのは、獣医の先生の使い勝手だけでなく、ペッ

トと飼主さんの気持を考えに入れることだというお話をしました。このへんのお

話をもう少し進めたいと思います。

動物病院の設計上の大きな特徴は、各部屋が小さく仕切られ、その部屋数が多

いということです。これはいくつかの機能の違う部屋が必要なためですが、一方

で動物が逃げ出しにくく、捕まえやすいレイアウトにするという意味もあります。

 機能の異なる多数の部屋があるわけですが、それらの部屋と部屋のつながりが

重要です。つまり、動線の問題です。各部屋がよく出来上がったとしても、それ

をつなぐ線、これを動線と言いますが、この計画がうまくいかないと今度は病院

として機能しなくなります。個々の使い勝手の良さも、動線がスムーズであって

こその話です。

単に「動線を重要視する」と言ってしまうと、それはどんな建物であろうと当

たり前のことだと言われそうですが、動物病院では、この動線がまた特殊なので

す。病院の中を動き回るのは、獣医や飼主といった人間だけでなく、動物が動き

回る、時に走り回る(飛び回るのもいますね)ということなのです。人も動物も、

診察室から手術室へ、処置室から入院室へとスムーズに移動できなければならな

いのです。

病院を計画するとき、とかく獣医師の先生からのみの計画に陥りがちですが、

病院を訪れる人、動物すべての動線を考慮して動線計画を決める必要があります。

飼主の方、患者である動物、獣医師、スタッフ、業者の人などがお互いぶつかる

ことなく、スムーズに動けるような計画をすること、天気の良い日でも悪い日で

も安全に動ける計画をすること、こういった動線計画が、動物病院の設計で一番

重要なことだと考えます。病院というのはちょっとユーウツなところであるだけ

に、みんなが使いやすく、余計な不快感を与えない配慮のある病院をつくるべき

だと思うのです。そういった配慮、サービスの心がある病院が選ばれていくので

はないでしょうか。

たとえば雨の日に病院を訪れるペットと飼主さんの立場になって考えてみます。

飼主さんが傘を差し、ペットを抱え、雨をよけながら走り込んできます。アプロ

ーチやステップ、待合室の床を滑りにくい仕上げにしておくことは当然ですね。

ドアは、手をふさがれた状態でもスムーズに入れるもので、しかも安全であるこ

と。風除室があるのが理想ですが、スペースが取れなければ、ドアの上にテント

を設置して、雨よけの空間を広げておく工夫もいいでしょう。受付カウンターに

は、リード留めが絶対に必要なことが分かります。

犬と対峙した猫は「固まって」しまいますし、猫はハムスターや小鳥がいると

本能的に捕まえようとします。広くない待合室でも、ちょっとした住み分けの配

慮があるのとないのとでは大違いです。

 獣医の先生の使い勝手はもちろんですが、飼主さんとペットの気持を考えに入

れて、特殊な機能を持つ空間を計画すること、それが私たちの目指す動物病院の

設計なのです。


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第5回  動物病院の建築コストを考える()

 およそ建築の見積書というものを見るのは初めて、という人は、まず圧倒され

ると思います。何十ページにもわたる、項目、数量、単価、金額の繰り返し。お

そらく、見る気さえ失せてしまうのではないでしょうか。仮に圧倒されないとし

ても、どう読み込んだらいいのか分からないと思います。

 大項目として建築工事、電気設備工事、給排水衛生設備工事、空調換気設備工

事、酸素設備工事、ガス設備工事、外構工事、その他として建築設計、許認可関

連などが出てきます。ここからさらに、たとえば電気設備工事では、幹線設備工

事、盤工事、照明設備工事、コンセント設備工事、接地工事、諸経費などと項目

が細かくなります。

便宜的に大きく建築工事と設備工事に分けて考えます。この場合の建築工事は、

設備を除いた本体部分の見積りです。建築工事は、仮設工事、土工事、鉄筋工事、

コンクリート工事、型枠工事、木工事、金属工事、外壁工事、屋根工事、防水工

事、内装工事、左官工事、金属建具工事、木製建具工事、ガラス工事、雑工事、

諸経費とに分かれています。ただし、こうした項目は必ずしも同じではなく、業

者によりバラバラです。ですから、どの項目に何が入っているのか、あるいは抜

けているのかを見極めていかなければなりません。

 見積書を判断する方法として、ここでは2つ挙げておきます。

ひとつは専門家に見てもらうことです。この方法ですと、適正価格であるか、

数量の間違いはないか等のチェックができるようになります。当然、専門家に報

酬を払うことになるので、その分予算が膨らみますが、もっとも堅実な方法です。

もうひとつは、複数社での見積りを取る方法です。比較するために通常は3か

ら4社程度の入札という形をとります。この方法で注意しなければならないのは、

見積りを依頼する時に競争入札であることを話し、落札の基準を説明しておくと

いうことです。そこをきちんとしておかないと、後で収集がつかなくなる恐れが

あります。単に、価格が一番安い業者を落札するというというのでは、工事の質

が確保されないことがあります。そこが通常、役所で行われている入札とは違う

面で、たいへんなところです。また見積書を作るということは、作る側にとって

は図面がしっかり整っていること、質問に答えてくれる人がいることが大前提で

すから、発注者も安易に入札を実施するわけにもいきません。設計者を決めて、

設計者にも協力してもらうことが必要でしょう。

実際には、にわか勉強で専門業者と見積りについて交渉するのもたいへんだと

思います。とにかく値段を叩こうというのも不毛な気がします。業者の人にも納

得してもらい、気持よく、質の高い工事をしてもらうことが大前提です。そのた

めに、施工業者であれ、設計士であれ、関わる人をある程度、信頼して話をして

いくということが、大切なのではないかと思います。ちょっと、業者の立場にな

って考えてください。業者にしても、発注者を信頼しなければ工事はできないの

ですから、情報はオープンにしてもらった方がやりやいのです。たとえば、すべ

ての工事金額はいくらでやりたいなどというのは重要なことです。腹を探るよう

な話ばかりでは、業者としても非常にやりにくくなります。

腹を探るのではなく、腹を割った交渉をした方が、うまくいくと思います。こ

れは動物病院だけでなく、建築全般についても言えることだと思いますが。



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第6回  動物病院の建築コストを考える()

 

動物病院の建築コストについて考えるとき、おおまかに分かっていたほうが良

いこととして、2つ挙げておきます。

1つは、だいたいの坪単価です。もう一つは工事金額を無理なく下げるための

設計的判断、つまりコストはコントロールできるという考え方です。

 まずだいたいの坪単価ですが、工事内容と構造によって大きく変わるのでその

辺から述べます。獣医師の先生が開業を考える場合、最初はテナントの一部を借

りて開業するケースが多いのではないでしょうか。テナントの場合、建物の躯体

はできているので、間仕切り壁をつくる内装工事ということになります。まあ、

一部出入り口の面にサッシを入れたりで外部が入る場合もありますが、単価とし

ては坪当たり35〜40万円程度でしょう。床面積が小さくなると相対的に坪単

価は高くなります。これは一戸建ての住宅と同じです。平屋の方が2階建てより

も坪単価は高くなりますね。

次に戸建ての病院ですが、こちらは鉄筋コンクリートが一番高く、鉄骨、木造

の順に安くなります。坪単価は鉄筋コンクリートが100〜130万円、鉄骨造

りで90〜120万円、木造で75〜95万円です。一般の住宅と比べると約3

割程度高くなります。これは住宅建築にはない給排水設備、電気設備、家具(什

器)関係、酸素、特殊工事などが入るためです。もちろん、建築というのは条件

や事情がまちまちですから、一概にいえないところもありますが、この辺のコス

トがおおよその目安となります。

設計的な判断で、工事金額を無理なく下げる方法を具体的に挙げます。

防音工事を例に考えてみましょう。入院室などの防音工事は、部屋をなるべく

小さくすること、防音の目標レベルを低く設定すること、位置を考えること、1

階に配置することで合理化することができます。

 部屋を小さくすれば防音工事が安く済むというのは当たり前の理屈ですが、た

だ施設を矮小化するだけでは意味がありませんね。そこで、たとえば犬と、猫と

で入院室を分けます。こうすれば、犬舎は防音をするが、猫舎は大掛かりな防音

は要らないということになるはずです。

 それから壁の面積をなるべく少なくするような部屋形状にします。同じ床面積

でも細長いのと、正方形では壁の面積に差が出ます。

 位置を考えるというのは、入院室を外周部に配置しないということです。これ

は外部には音を漏らさないが、内部には多少漏れても良い、防音のレベルを下げ

ても良いという考えが前提にあります。入院室の壁面を直接外周部に配置すると、

どうしてもその部分の防音が重装備になりますから、コストがかかります。で、

外周部に他の部屋を配置し、つまり緩衝地帯を設けることで防音を軽くするとい

う方法です。ただし建物内に音が漏れるおそれがありますが、鳴き声の異変を聞

き取るためにも、内部は良しとするという考え方です。

 また設備面でも給排水設備などは典型的で、水や湯が出る箇所を少なくすれば、

当然ですが、安くなります。しかし使い勝手が悪くなります。これを設計の段階

で解決する方法があります。たとえば診察室には、シンクがあったほうがいいの

ですが、処置室を診察室のすぐ後ろに配置した設計にすれば、処置室のシンクで

診察室のシンクを兼ねる、あるいは2診察室方式であれば、お互い診察室を出た

ところにシンクを配置するといったように、設計の段階で給排水工事を合理化で

きるわけです。

 トイレにしても、お客様用、スタッフ用と分けたいところですが、お客様とス

タッフの動線を考えて、最適な位置に1つのトイレを配置することも検討します。

コストについて考えるとき、設計の段階からコストとの戦いは始まっているの

です。



建築講義 動物病院のつくりかた

第7回 動物病院の看板にメッセージを込める

 

評判のいい動物病院なのに、一見してすぐに動物病院と分からない病院があ

ります。もったいないですよね。「いい医療をしていれば患者は集まってくる

んだ」「看板や宣伝に金をかけるのはねえ」というお気持は、分からないでも

ないのですが、病院は病院である以上、すでに社会的な存在なのですから、サ

インは明確であった方がいいと思います。

表札をちょっと大きくしたくらいの看板ではなく、一見して動物病院と分か

るくらいの看板は最低限、必要です。こちらからもあちらの角度からも分かる

ともっといいですし、暗くなったら電気がついて見えるようにしてほしいです

ね。奥まったところにあるのであれば、誘導看板もあった方がいいです。

できれば名前だけの文字看板ではなく、ロゴマークやイラストが入ると親し

みやすくなります。犬・猫・ウサギ・鳥が描かれていれば「小鳥も診られる病

院なんだな」と分かります。

入口ドアや案内板に表示される診療時間や休診日も当然、明瞭であった方が

いいです。シャッターにも表示があると、CLOSEの時でも宣伝していることに

なります。「救急受付」の表示は、実際そういう事態に遭うかどうかは分から

なくても、飼主にとっては安心情報になります。

つまり、開かれた施設としての病院が、外部に対して明瞭に発信するメッセ

ージが看板に込められている必要があると思うのです。

 さらに言えば、その表現は自分の趣味やセンスの実現ではなくて、人に親切

な情報としての表現でなければならないと思うのです。よく「センスのいいの

をつくりたい」という言葉を耳にします。もちろんセンスがよいに越したこと

はないのですが、芸術作品をつくるわけではないのですから、個人の趣味、嗜

好にこだわり過ぎると、看板の持つ意味を履き違えることになると思います。

整理すると、1.よく見えること、2.動物病院と分かること、3.親しみやすい

こと、それに4.診療動物が分かるなどの情報が表現されていれば、ベターだと

思います。そのカラーリングやデザインがセンスのいいものであればベストで

すよね。

ペットの飼主は、そういった看板の発信する明瞭さや親切心や情報や雰囲気

やセンスを総体で判断して、行ってみようかなと思うものなのです。

 動物病院の社会的意義がますます高まっている今こそ、看板一つにも、「個

人商店でいい」という発想から、積極的な「地域のコミュニティ」への意識変

革が求められているのではないでしょうか。

 これは余談になるかもしれませんが、社会性の自覚という意味で、かねがね

気になっていることを一つお話しておきます。

 安易なキャラクターの盗用が見受けられることです。ディズニーキャラクタ

ーが使えないことは一般にも浸透してきましたが、有名キャラクターの盗用は

今だ目に付くところです。「ばれなきゃいい」という問題ではなくて、その病

院らしさのにじみ出てくるオリジナルをつくってほしいと思います。

使ってはいけないものに、赤十字もあります。どうもまだ日本では、赤十字

イコール、病院のマークという既成概念があるようで、一般の病院、動物病院

でも安易に使っているところが少なくありません。「一般にその既成概念が浸

透しているのだから、分かりやすいのだからいいじゃないか」という反論が聞

こえるようです。しかしこれは、法的にも国際法規にも違反することです。が、

それ以上に強調しておきたいのは、赤十字には商標といったレベルを超えた重

たい意味があるということです。これは日本赤十字社のホームページに分かり

やすく、詳しく載っていますので、参照されることをお勧めします。つまり、

安易に日常的に赤十字が使われることによって、戦争や紛争時に「保護」のマ

ークとして使用する事態になっても、赤十字の意味が理解されず、適切に「保

護」することができなくなる、ということなのです。

その意義を考えれば、「違う色で赤十字を縁取りすればいいだろう」とか

「赤十字を加工したデザインならいいだろう」とか、ましてや「摘発されなけ

ればいい」という判断はいかがなものかと、思う次第です。



建築講義 動物病院のつくりかた

第8回 レントゲン室のX線漏れを防護する

 

 動物病院が特殊な建物である理由の一つに、X線室があることが挙げられま

す。病院によっては、スペースの問題や術後のX線撮影をスムーズに行うため

に、手術・X線室というように部屋を兼用している病院もあります。この部屋

が「管理区域」となります。

レントゲンの器械はX線管装置・制御盤・トランスに分かれた大型のものか

ら、一体型で容易に移動ができるものなど各種ありますが、およそ動物病院で

X線装置の入っていないところはほとんどないでしょう。最近ではCTを導入

している病院も増えてきました。

そこでこのX線室もしくは手術・X線室には、放射線対策の施工が必要とい

うことになります。どうするかというと、防護ドアと呼ばれる出入口ドア、部

屋の天井と四周壁面に鉛の板を配して施工します。ただし建物がコンクリート

造りで、X線室の周囲もコンクリートの壁であれば鉛板の施工は不要です。現

在、効果的な遮蔽物として、鉛板、これに準じてコンクリートが良いとされて

います。最近では鉛入りのガラス製品も普及していて、中の様子が見える窓を

取り付けることも可能になっています。

テナント工事で、壁そのものの加工ができない場合は、壁の室内側に鉛板入

りのボードを貼り込んでいく形で施工します。(その分、部屋体積は割りを食

いますが)  鉛板の施工は、技術的には、X線は光と同様に直進する(磁力な

どがあったとしても曲がって進むことはありません)という性質をふまえ、構

造的にしっかりと遮蔽します。

もともと発生線量が微量な上に、X線の線量率は距離の二乗に反比例して衰

弱します。ですから近くに人間の診療所を含めて、病院があるというだけでは、

そのことによる放射線障害はまず考えにくいと思われます。とはいえ、自然界

に存する以上の放射線を意図的に繰り返し発生させるわけですから、管理区域

の防護措置は確実に願いたいものです。とくに、テナントの病院で上階がある

場合は、天井の遮蔽には念を入れるべきでしょう。

ちなみに法的には、診療施設にX線装置を備えたときは、10日以内に「エ

ックス線装置設置届け」を提出することが義務付けられています。届け出用紙

に、診療施設の名称・所在地、メーカー・型式・台数、定格出力、X線診療に

従事する獣医師名などのほか、放射線障害の防止に関する構造設備および予防

措置の概要等々を記載し、報告する決まりになっています。

もちろん報告するだけでなく、管理者には防護措置の維持管理を行う責任が

あります。動物病院全体のモラル向上のためにも、建物が老朽化した場合や自

然災害でほころびが懸念されるときだけでなく、1年に1回は定期的に業者に

放射線の測定をしてもらうなど、きちんとしたメンテナンスをお願いしたいも

のです。

余談ですが、手術後や、入院室から動かせない重篤状態のペットに対し、

移動式または携帯型のX線装置を運んできて投影する様子を目にされることが

あるかと思います。こうしたやむを得ない事情のある場合は、「防護措置に十

分配慮し」というただし書き付きで、X線室以外での使用も認められているよ

うです。        


建築講義 動物病院のつくりかた

第9回  ガード下並みの犬の吠え声をどう抑えるか

 

 動物病院を建てるときに近隣に対して配慮しなければならないポイントは、

「防音」「防臭」「防護」の3つです。「防護」とはX線からの防護の意味で、

前回述べました。今回は「防音」についてお話します。

 動物病院の騒音となる音源は、犬の吠え声です。盛りのついた猫の鳴き声と

いうのも耳障りですが、対策が必要になるのは犬の吠え声であるというのは、

異論のないところだと思います。

外飼いの犬が、夜中にワォンワォンと執拗に鳴き続けたり、遠吠えしたりで

寝つけなかったという経験をお持ちの方は、少なくないのではないでしょうか。

大型犬のズゥ〜ンとくる重低音もさることながら、甲高い小型犬のキャンキャ

ンも耳につきますね。

そこで動物病院の防音対策ですが、犬が長く居る入院室の防音に集中的に力

を入れます。入院室の犬がいちばん、「飼主が恋しい」「ここから出してくれ」

と声を張り上げるからです。犬と猫は防音という観点からも入院室は分けた方

がいいでしょう。余地があれば犬もさらに、大型と中・小型に部屋が分けられ

ればベストです。

犬入院室の防音の技術的なポイントは、天井・壁の防音構造、犬入院室のレ

イアウト、ダクトの消音装置、出入り口ドアの構造・材質ということになりま

す。

防音構造は、吸音材か、遮音材か、その組み合わせかになります。隣の部屋

への音漏れは、遮音は吸音よりも少ないですが部屋内部に反響します。

すべての天井、壁を高いレベルの防音構造にしようとすると、それだけコス

トもかさみます。そこで、犬の吠える方向の壁に力を入れるとか、犬入院室を

外周に面しないところにレイアウトするなどの工夫をします。つまり、他の部

屋がクッションとなって外部には減音される造りにします。また室内周囲を防

音しても、換気ダクトになんらかの消音装置がないと、吠え声は排気口から、

文字通り「筒抜け」状態になります。これも確実に押えなければなりません。

防音ドアは、コストと数十キログラムに及ぶ重量の問題がいつも悩ましいとこ

ろです。防音効果が高く、軽くて安いドアの開発が待たれます。

大型犬の吠え声は、クラス90デシベル、ガード下の騒音と同じくらい、と言

われています。それがこれら様々な防音対策によって、外部にはクラス60デシ

ベル、人が話をしているオフィスくらいに減音できます。このくらいですと、

隣家の内部にまで騒音として伝わることはほとんどないですが、ただし、マン

ションのテナントで、上階、あるいは隣の部屋が住居となっている場合は、十

二分の対策が必要でしょう。

押えておきたいのは、防音の主眼は病院の外部、近隣に対してであって、内

部にはそこそこ聞こえてもいいということです。鳴き声の異変に気づく程度は

聞こえていないと、逆に病院としてはまずいわけです。

ちょっと宣伝になりますが、これら動物病院の防音対策については、当事務

所は実践に裏打ちされた効果的なノウハウを蓄積してきたと自負しています。



建築講義 動物病院のつくりかた

 第10回 苦情の多い臭い対策に決め手はあるか

 

 動物病院の近隣対策3つのポイントは「防音・防臭・防護」です。この中で、

一番やっかいな問題だったのが臭いです。実際に苦情が出るのは臭いが一番多

いです。

マンションの1階に病院があり、換気口から出る臭いが2階の住民に不快感

を与える、といったケースがあります。排出口の位置取りで軽減できる場合は

そのように設計するでしょうが、どこに付けたとしても2階のベランダや窓を

回ってしまう場合は、外部に排出する前にどう臭いを低減させるかという問題

になるかと思います。

動物病院から出る迷惑な臭いというのは、動物の糞尿の臭いと、いわゆる獣

(けもの)くささ、あと肛門腺を手術したときの臭いでしょうか。薬品の臭い

というのはまずないでしょう。一番は、糞尿の臭いですね。

臭い対策は、臭いの元をすみやかに取り除くという、言葉にすると当たり前

のことが基本になります。糞尿を放置すればそれだけくさい臭いが充満してい

くわけで、これを、なる早で始末することです。糞尿は拭き取りか、水洗いか、

獣医の先生によって好みがあるようですが、いずれにせよ、取り除く。塩素水

で拭き取るといいようですし、オゾン水で洗うのも効果的と聞きます。猫砂に

は消臭効果のある商品が出ています。発生してしまった臭いに対しては、スプ

レータイプ、ミストタイプの飼育環境用消臭剤もいろいろ出ています。

重要なのは、換気扇で、あるいは空気清浄機で、空気を入れ替える、空気を

動かして臭いを薄めた状態で排出するということでしょう。外部に排出する直

前、排気ダクトに活性炭等の消臭機能を付ける手はありますが、これは「だめ

押し」というか「仕上げ」のノウハウで、やはり臭いの元をすみやかに断つこ

とに重点をおくべきですね。

 それから最近、がぜん注目され話題になっているものに「光触媒」がありま

す。これが糞尿もさることながら、入院室などの獣くささに効果があります。

待合室に施工すれば入った瞬間の獣くささが低減されます。

 光触媒について情報は数多く出ていますので、興味のある方は詳しくお調べ

いただくといいかと思います。光触媒は、金属の「酸化チタン」が紫外線や熱

エネルギーを受け取って起こす反応によってもたらされる、空気浄化・脱臭・

抗菌・防汚作用を利用したものです。家の有害物質やたばこの臭いも分解する

ので、一般の住宅への活用も始まっているということです。施工は、専門業者

に酸化チタンを壁に塗ってもらうだけなので、新築でなくてもその効果にあず

かることができます。当事務所でも、臭い対策に力を入れたい病院には光触媒

をお勧めしています。施工した病院では「確かに違う」との声があがっていま

す。

臭いの問題は、個人の感じ方もあるでしょうし、数値でこれだけ違いますと

表現しにくい難しさがあります。しかし臭いはしようがないと半ばあきらめて

いた時代もあったわけで、それから考えると、防臭のノウハウも決め手は出揃っ

てきた観があります。冒頭で「やっかいな問題だった」と過去形で表現しまし

たのは、これでパーフェクトという方策はいまだないものの、ご紹介しました

対策の組み合わせによって、苦情が出ない程度に抑えることはできるとの確信

を持っているからです。

 あと付け加えて述べるならば、苦情というのは、多分に心理的な問題もある

ということです。吠え声にしても臭いにしても、明らかに迷惑な情況というの

はいけませんが、「ときどきうるさい、ときたまくさい」程度であれば、その

近隣の方とうまくお付き合いしていくことで苦情を防ぐことができます。根本

的に「動物嫌い」という人も中にはいますが、近隣の方と親しくなるとか、

「犬の鳴き声はうるさくないですか」と声をかけるだけで、人は病院に対する

見方、気持ちが変わってくるものです。また病院を経営するということは、そ

うした気遣い、近隣との関係づくりが求められるということでもあると思いま

す。


建築講義  動物病院のつくりかた                 
                             
11回  開業の節はくれぐれも、用途地域にご注意のほど

 

第1回で法的に動物病院の建てられる地域、建てられない地域というお話を

しました。市街化区域は大きく住居系、商業系、工業系の12の用途地域に分

けられていて、住居系の第1種低層住居専用地域、第2種低層住居専用地域、

第1種中高層住居専用地域には動物病院は建てられないが、それ以外の住居系、

商業系、工業系の用途地域には建てられる(工業専用地域は除く)というお話

をしました。

建築基準法が示す表に、建てられる用途、建てられない用途が挙げられてい

るのですが、第1種低層住居専用地域、第2種低層住居専用地域、第1種中高

層住居専用地域については「建てられる用途」が、第2種中高層住居専用地域

以降については「建てられない用途」が挙げられています。第1回でお話しま

したように、動物病院はあくまで人を対象とする病院や診療所には該当せず、

第1種中高層住居専用地域までの「建てられる用途」にも、第2種中高層住居

専用地域以降の「建てられない用途」にも出てきませんので、第2種中高層住

居専用地域以降には建てられるという解釈になります。単体のペットサロン・

ホテルも同じです。概念としては物品販売業を含む店舗・飲食店の扱いとなり

ます。

 住宅兼用であれ、病院機能だけであれ、建物を建てる場合には建築確認を取

る必要がありますから、用途違反があれば確認は下りず、建物は建てられない

ことが明白です。ところが、テナントで入る場合の病院づくりは、内装工事と

いうことになります。構造躯体に改修を加えない内装工事は、建築確認を取る

必要はありません。そこでオーナーも用途違反になることを知ってか知らずか、

賃貸契約を結んで、工事して、開業してしまうということがありえるとは思い

ます。そこで「テナントであれば用途規制は受けない」などというデマが出る

ことになるのですが、当然、テナントであっても用途違反として規制の対象と

なります。これは考えてみれば当たり前の話で、テナントであれば何でも許さ

れるということになるはずもありません。住宅の一部でやるというのも同じで

す。

第1回で、用途地域が決められる前から営業している病院の建替えについて

は、「48条許可」を取れば建てられない用途地域でも建てられるというお話

をしました。当事務所でも最近、建替えでも状況が少し特殊なケースの「48

条許可」を経験しました。申請の結果、第1種中高層住居専用地域に建てるこ

とが許可されました。詳しくはまた改めてお話したいと思いますが、事前審査

やら、公聴会やら、建築審査会やら、審査資料の作成もたいへんなら、手続き

や審査もシビアで、ハードルの高い許可申請でした。それでも建替え等の理由

に妥当性があったので許可を得ることができましたが、やはり、新規参入で

「48条許可」を得るのはまず不可能だろうというのを実感しました。

 ただ、この許可申請を通じて、行政の中にも、第1種中高層住居専用地域の

主旨に鑑みて、動物病院をダメとする理由は見出せないのではないか、と考え

ている人もいることが分かりました。時代とともに業種業態というのは大きく

変化していきます。動物病院も、ここ10年でその存在意義、世の中のニーズ

が質・量ともに変化しました。ペットをアニマルコンパニオンとして、家族の

ように考えている人が増えている中、身近な住居地域に動物病院があっても、

地域の役に立ちこそすれ、公益を害するものではないでしょう。さらに言うな

らば、獣医師が地域の公衆衛生に貢献する社会的役割も、大きいと思われます。

行政の方々には、ぜひ見直しをお願いしたいと思う次第です。

 ちなみに動物病院が不可となっている第1種中高層住居専用地域は、「良好

な住居の環境を有する中高層住宅地の形成を図る地域」とされていて、「中高

層住宅地に必要な日用品を総合的に供給する店舗等が認められるが、集客性の

高い店舗等は制限される(平5住指発225)」。で、床面積500平方メー

トル以下、かつ2階以下の一定の物販店・飲食店・居酒屋・銀行の支店等は、

建築可となっています。しかし、動物病院は不可なのです。

 さて、読者の皆さまの判定はいかが?



建築講義  動物病院のつくりかた                  
                            
第12回  テナントか、建築か、それが問題だ

 

まず前回の動物病院の建てられる地域、建てられない地域について、補足し

ておきます。「住宅の一部でやるなら第1種中高層住居専用地域でもいいので

は」とお考えの方がいるようですので、念のため。

住宅の一部であっても、テナントであっても、動物病院は第1種低層住居専

用地域、第2種低層住居専用地域、第1種中高層住居専用地域の用途地域では

営業できません。ペットサロン(犬猫の美容室)も動物病院と同じ、というお

話をしました。ただし、ペットサロンは少し事情が違ってきます。ペットサロ

ンを単体で建築する場合は、動物病院と同じ扱いになりますが、住居併用で、

ペットサロン部分が建物の2分の1以下、かつ床面積50平方メートル以下の

ときは、第1種中高層住居専用地域にて営業することができるのです。おそら

く、こういったケースとの混同で、2分の1以下なら動物病院もいけるのでは

ないかという憶測が生まれたのではないかと思います。ですが、動物病院はN

Gなのです。ペットホテルもダメです。

同じような動物取り扱い業であるのに、どこで線が引かれているのか、お分

かりでしょうか。こういうことです。夜間もペットを預かる業態かどうかとい

う点に、分かれ目があります。ですからペットホテルとペットサロンの両方を

営業する場合は、(住居併用建物の2分の1以下であっても)第1種中高層住

居専用地域では営業できない、ということになります。

 さて、今回は病院をテナントで始めるか、建築するか、というお話をします。

この決断には資金面が大きく左右するのでしょうが、あえて立地や利便性、職・

住の分離という観点からテナントを選ばれる方も多いと思います。「無理すれ

ば建築もできなくはないが」という場合、当事務所では「堅く、テナントから

始めましょう」とお話しています。開業に当たって獣医の先生には、きっと勤

務先の病院で感じたいいところ、やりづらいところ、自分ならこうするという

アイデアをお持ちのことでしょう。それを院長の立場で一度実践してみて、さ

らに改善を加え、理想に近づけていく。そのプロセスを考えると、テナントと

いうステップを踏んだ方がいいと思うからです。テナントであればリフォーム

も、場所替えも比較的容易です。

そこで、テナントでの病院づくりについて留意点を挙げておこうと思います。

テナントのチェックポイントは、一般に、市場性、立地、築年、外観、間口

の広さ、面積、採光、賃料といったことでしょう。テナント病院の立地は、一

言で言うなら、生活道路に面した店舗・住居系ビルの1階ということです。交

通量の激しい幹線道路沿いは、目立つけれども出入りがしにくいです。またビ

ルの2階にある動物病院は、率直に言って、病気の犬を連れては入りにくいで

す。雨、風の日も来なければならない患者さんのことを考えれば、やはり1階

でしょう。

それからテナントを決める場合、家賃の高い安いは一番気になるところでしょ

うが、店が繁盛する立地は家賃もそれなりと心したほうがいいです。店がいろ

いろと変わるけれども、どれも長続きしないという場所が、よくあります。そ

ういうところは、「家賃が安い−安易に出店する−ぽしゃる」の悪循環を繰り

返しているのかもしれません。家賃が思ったより安い場合には、その理由を確

かめた方がいいです。

あと入居条件として、外回りにどの程度手を入れていいのか契約前に確認し

てください。ドアの付け替えなど、出入り口に手を加えられるかどうか、外壁

に色を塗ることは可能か、看板のつけ方に決まりがあるか、など。とくに商業

系のテナントですと、ビルとしての統一観を維持するために、かってな色使い、

外装が許されない場合があります。

施工面で言うと、テナント工事は建物の構造躯体に手を加えないで行う内装

工事ということになります。次回で、とくに設計士という立場からテナントの

病院づくりについてお話していきたいと思います。



建築講義  動物病院のつくりかた         
                           
 第13回 プランニングは単にスペースをレイアウトすることではない      

 「テナントのスペース図面を預けますので、とりあえずプランニングしてみ
てください、それを見てお願いするかどうか決めます」と開業予定の獣医の先
生がおっしゃいます。
 業者さんでも「スペース図面からの初回プランニング無料!」と謳われてい
るところがありますね。
 しかし、設計士の立場からするとそれは「ちょっと待ってください!」なの
です。当事務所でも、「契約してからでないとプランは出しません」とは言い
ませんが、「とりあえずのプラン」というのは、あまり意味がないと考えてい
るのです。たとえば基本的に「動物病院の機能や業務が分かっているか」とい
うようなところを見るにはいいかもしれませんが、スペース図面だけを見て、
とりあえずつくったプランというのは、他の設計パターンを持ち込むか、スペ
ースのレイアウトに終始するか、いずれにせよ実際に実現するものとは遠いと
ころから作業を始めていると思うのです。
 現場も見ていない、先生がどんな病院をつくりたいのかも知らずに、「とり
あえずプランニングする」というのは、力の入れようが、アイデアの出しよう
がないのです。それでとりあえずつくるプランというのは無難なレイアウトで
しかないので、それを「期待したほどじゃないなあ」と言われて「はいサヨナ
ラ」では、これほど心外なこともありません。
 設計士にはどんな病院をつくりたいのか、それはまとまった表現でなくても
かまいません、細かいことでも、順序だてされてなくてもかまいません、とも
かくありったけの思いを伝えるのがうまくいくコツです。その際、「斬新なデ
ザインで」と言うよりも「ドカーンとした待合室」みたいに言われたほうが、
アイデアが浮かびます。初回プランであっても依頼をするなら、要望出しと現
場見せは、したほうが話は進みます。当事務所では、初回の大まかなプランと
いう意味では、こうした先生の要望を聞きながら、その場でラフを描いていく
ことが多いです。
 「とりあえずのレイアウト」に意味がない理由には、ソフトとハードの両面
があります。ソフト面が、先生のつくりたい病院を反映していないことだとす
れば、ハード面での理由は、現場の立地、制約、状況を把握しないでプランを
立てても、結局は、やり直しになるということです。
 テナントビルはたいてい鉄筋または鉄骨造りですので、一辺50センチくら
いの柱や大梁の出っ張りが、予想以上に邪魔します。平面図に柱の位置はおと
されていても、この大梁の出っ張りぐあいや天井高というのは現場を見てみな
いと分からないことが多いものです。
 ビルの1階でもともとガレージとして設計したところを、店として貸す場合
があります。そういうところは天井が低いのですね。手術室の無影灯は、アー
ムの曲げ、伸ばしがきちんと機能するのに有効な天井高は、最低2メートル50
センチ必要です。さらに言えば高さが条件を満たしていても、天井に補強がで
きる構造かどうかを確認しておかないと、「無影灯が付けられませんでした。
手術室の配置を変えます。プラン全体も変わってきます」という話になってし
まいます。
 天井裏や壁裏あるいは床下に、電気系統の配線をはじめ空調のドレーン、酸
素などのガス管、上下水の配管が複雑に走るのは想像にかたくないと思います。
テナント工事は内装工事といいつつ、この最終的に隠れてしまう部分の設計・
工事が、実は手間もお金もかかる部分です。とくに排水工事がやっかいです。
動物病院は理想的にはあちこちで水を使いたいのですが、使い勝手だけで設計
するととんでもないコストがかかってしまいます。ここをどう合理的に設計す
るか、追加の排水工事をいかに少なくするか、ここらへんが実は、腕の見せど
ころでもあります。そのためにも現状の排水管がどうなっているかをつかんで
おきたいのです。

 病院の動線、機能を考えるのはもちろん、こうした工事の合理性をクリアし
つつプランニングするのが、プロの設計士の仕事だと思います。
 それからためになる余談をひとつ。大きい商業施設でよくあるケースです。
エアコンが集中制御システムで、極端な話、テナント内がONかOFFかしか、
選択の余地がない場合があります。これでは小部屋を多く設け、24時間空調
管理の必要な入院室のある動物病院にとっては、非常に不合理で不経済です。
各テナントで追加の空調工事がどの程度できるのか、これも契約前に確認され
たほうがいいでしょう。



建築講義  動物病院のつくりかた
                            

第14回 動物病院が建てられる地域、建てられない地域のまとめ

 

 お役所の都市計画課や建築指導課(担当課)に行って「第一種中高層住居専
用地域に動物病院は建てられますか」と聞いて、「建てられません」と即答を
もらえることはほとんどありません。それは動物病院の問い合わせ頻度が低い
こともありますが、建築基準法等の法文に動物病院の建てられる地域、建てら
れない地域が明記されていないために、担当の人が調べたり、話し合ったり、
上司に確認したりで、時間をとられるからです。とはいっても結論はひとつで、
全国共通です。

前にもお話しましたように、建物が建築できるかどうかについては、用途地域
の規制がかかります。市街化区域は住宅系、商業系、工業系の用途地域に分けら
れ、住居系はさらに7つの用途地域が定められています。

紛らわしい用途名が並びますが、それぞれ動物病院が可か不可かを示しますと、
こうなります。

第一種低層住居専用地域―― 不可

第二種低層住居専用地域―― 不可

第一種中高層住居専用地域――不可

第二種中高層住居専用地域――

第一種住居地域     ――

第二種住居地域     ――

準住居地域       ――

 ちなみに商業系地域、工業系地域は工業専用地域のような例外を除いて建てら
れます。

さて、この第一種中高層住居専用地域までがダメで、第二種中高層住居専用
地域からOKになる根拠というのは、建築基準法の別表の第2にあります。こ
の表には、第一種低層住居専用地域、第二種低層住居専用地域、第一種中高層
住居専用地域について「建てられる建築物」が挙げられています。そして第二
種中高層住居専用地域以降、商業系、工業系に至るまでは「建てられない建築
物」が挙げられています。

 表の「建てられる建築物」の中の「店舗、飲食店その他これらに類する用途」
という表現が微妙ではありますが、動物病院は「サービス業を営む店舗」とさ
れ、第一種中高層住居専用地域の「建てられる建築物」には該当しないという
見解があります。従って、第一種中高層住居専用地域までの「建てられる建築
物」に挙げられておらず、第二種中高層住居専用地域以降の「建てられない建
築物」にも挙げられていないということで、第二種中高層住居専用地域以降に
は建てられるという結論になります。明記されていないことが根拠であるとは、
こういうことです。

 当事務所のこれまでの経験で、こと動物病院についての用途地域の判断は、
行政庁や自治体によって違うということはありませんでした。市場、立地がい
いなあと思われる建築計画が、第一種中高層住居専用地域であるがゆえに涙を
呑んだこともありました。もし第一種中高層住居専用地域で建ててもよいとい
う自治体がありましたら、ぜひお知らせください。これまでの前提が覆るよう
な影響の大きい話ですので、取材してご報告したいと思います。

 建築予定地の用途地域は、役所・役場の都市計画課(担当課)で教えてくれ
ますし、物件探しはこれからというときは、用途地域が色別に示されている都
市計画図を購入しておくといいでしょう。価格は役所によってまちまちですが、
だいたい1000円くらいです。

 次回で、例外的に建てられない地域に建てられる場合の話、用途地域がまた
がっている場合の判断や、ペットサロン、ペットホテル、ペットショップはどう
なのか、併設している場合はどうなのかについて言及してみたいと思います。
             


建築講義  動物病院のつくりかた             
                            

第15回 営業できる地域、営業できない地域のまとめ

 

繰り返しになりますが、動物病院は住居系用途地域の中では、第一種低層住居
専用地域、第二種低層住居専用地域、第一種中高層住居専用地域には建てられま
せん。営業できません。第二種中高層住居専用地域、第一種住居地域、第二種
住居地域、準住居地域には建てられます。営業ができます。商業系地域、工業系
地域は工業専用地域以外には建てられます。

 新規で建てる、新規で営業を開始する場合には、この用途地域規制は厳密に適
用されます。新規ではまず例外が認められることはありません。新規でない場合
は認められることがあります。たとえばその地の用途地域が決定される以前から
動物病院を営んでいて、現在は第一種中高層住居専用地域になっているその場所
で、建て替えたいというような場合。この場合、48条許可を取るか、不適格調書
を確認申請に添付するか、ケースや行政庁によって方法は違うようですが、一定
の手続きを踏めば、建て替えて引き続き営業することができます。ただし建て替
えを契機にペットサロンも始めたいというような、用途が変化、変質してしまう
ものは認められません。

 夜間も動物を預かる動物病院やペットホテル、ペットサロンは、第一種低層住
居専用地域、第二種低層住居専用地域、第一種中高層住居専用地域では営業でき
ません。夜間預かりをしないペットサロンは、たとえば住居併用の建物に、建物
の2分の1以下、床面積50u以下であれば第一種中高層住居専用地域で営業す
ることができます。ですからペットホテルも営業しているペットサロンという場
合には、この適用はありません。

ちょっと奇妙に感じるのが、規模制限はあるものの、ペットショップは第一種
中高層住居専用地域で営業できるということです。当然、夜間だって動物がいる
のにと思いますが、ショップの動物は商品として扱われるということで、お客様
の動物を預かる業態とは分けて考えられています。すなわち、ペットショップは
「物品販売業を営む店舗」で、動物病院、ペットホテル、ペットサロンは「サー
ビス業を営む店舗」ということになっています。動物が迷惑をかけるかどうかは、
「商品」の管理上の問題ということになるのでしょう。

ここでお話しましたことは行政庁に確認した事柄であり、とくに動物病院の用
途地域については全国的に共通の判断であるのですが、サロン等の営業で微妙な
ケースは、各行政庁でも事例を積み重ねて判断しているというのが実情ですので、
実際の計画実行に当たっては、個別に所轄の行政庁に十分ご確認されるようにお
願いしておきます。動物病院やペット関連ショップは、ここ10年で著しくニー
ズと存在意義が変化していて、法規制を含め今日的な状況への行政の対応が整っ
ていないというのが実情のようです。行政庁内にも、これまでの消去法的な判断
基準を見直そうという気運が出始めています。

もうひとつ、用途地域がまたがっている場合についてお話しておきます。第一
種中高層住居専用地域と第二種中高層住居専用地域に敷地がまたがっている場合
です。この場合は敷地の過半を占める用途地域の規制を受けます。ですから、敷
地の過半が第二種中高層住居専用地域であれば、建物自体は第一種中高層住居専
用地域に建っているとしても、可となります。第二種中高層住居専用地域の方の
敷地が病院の駐車場になっている、というようなケースです。もちろん敷地はあ
くまで動物病院としての敷地でなくてはなりません。たとえ地続きの自分の土地
があっても、病院とは違う用途に使っている土地を病院の敷地にカウントするこ
とはできません。
              


建築講義  動物病院のつくりかた
                            

第16回 病院にドッグランをつくろう

 

 プランの打合せをする中で、入院中の動物たち、預かりの犬や猫をケージから
出して「ちょっとのびのびさせられるスペースがあれば」という要望は、しばし
ば出てくるところです。「ラン」というほどの広さではないにしろ、お話の中で
は、このスペースを病院の「ドッグラン」と言うことにします。

「ドッグラン」の設計上のポイントは、そこから逃げられない構造であること、
他の部屋から様子が見えること、「腰壁」というふうに言いますが、床から
ートル位までの壁材は、引っ掻きキズにもオシッコにも強い材料で仕上げること
です。床材も当然オシッコに強く、拭き取りしやすいものを使います。

 余談になりますが、動物病院にふさわしい床材として、これ!というのは、現
状ではないのですね。一長一短ある床材をやりくりしながら施工しているのが実
情で、価格を含めて要求を満たすものとなると、これからのメーカーの開発に期
待するところ大です。というのも、再三お話しているように、動物病院の場合、
単なる耐水性ではなく、引っ掻きにもオシッコにも強くなくてはならないのです
が、その特性のある床材は動物たちの安全という面から見ると、問題があります。
厚いコーティング層のあるものは爪が入ることなく、水分にも強いのですが、反
面、堅くて滑りやすいということになります。ツルツルの床に走り込んでズルッ!、
そのとたん、バーニーズマウンテン・クラスの大型犬になると脱臼してしまうこ
とがあるのです。

そうした床材の選定が一番むずかしいのが、ドッグランということになります。
耐久性、耐水性、滑りにくさ、掃除のしやすさの点では、タイルがベターかなと
考えていますが、タイルの弱点は目地の部分です。目地のモルタルにも撥水性の
ものを使いますが、どうしてもオシッコが入り込みやすいのです。それでもトー
タルで見ると、他の床材よりは安心かなと思います。ただ、コスト的には高くな
ります。

スペースを捻出するのがむずかしいケースもあるでしょうが、やはり病院のあ
るべき機能、施設を考えるとドッグランはあったほうがいいと思います。飼主に
は「ケージに押し込めているだけではない」という安心感を与えられます。屋外
できちんと囲みがつくれ、安全性が確保でき、近隣の苦情の出ない場所が設けら
れればそれが一番ですが。

テナントではむずかしいと思いますが、建物からつくれる場合、中庭のような
ドッグランをご提案することがあります。つまり、「屋内の屋外」をつくるアイ
デアです。これは四方を中庭のように他の部屋で囲み、ドッグランの上部が吹き
抜けの青天井となるように設計するものです。雨水や水洗いの排水が流せるよう
床面にゆるやかな傾斜をつけ、排水口を設けます。青天井ですから湿気も臭いも
こもらないことになります。配置は入院室に隣接して出入りができ、診察室や処
置室から様子がうかがえる設計にします。

このドッグランですが、ただケージから解放して気分転換させてやる、リハビ
リに使うといった機能だけでなく、病院の中の間(ま)というべき空間として多
様な使い方ができます。たとえば、入院中の動物と飼主、子供たちが面会し、ふ
れあう場として。入院室のケージでご対面というのとは、気分が違います。それ
から病状が予断を許さず、十分なインフォームド・コンセントが必要なとき、診
察室では重くなりがちな話も、中庭のような場所でなら冷静に聞けるという効果
があります。この「中庭式ドッグラン」は、これまで2例実現していますが、た
いへん好評です。

あえて「中庭式ドッグラン」の難点といえば、ここで遠吠えでもされると満天
に響き渡るということでしょうか。ただ、いつまでも出しっぱなしにするとか、
夜に連れ出すなどルーズな使い方をしなければクレームにはならないと聞いてい
ます。

              

建築講義 動物病院のつくりかた
                            
第17回 飼主の気持でトイレと処置室と待合室を考える

 

 いつも使うわけではないけれど、あると安心というものに飼主さん用のトイレ
があります。病院はちょっと緊張するところであるし、待ち時間が長くなること
もあり、あると安心です。汚れた手を洗えるところもあると気持が落ち着きます。

スタッフ用とは別に、待合室からすぐ場所が分かるところにあり、しかもあか
らさまに出入りが他の人の目に付かないところにトイレがあるのが理想です。住
宅の設計でも、玄関から見えるところにトイレのドアをもってこないという原則
がありますが、同じように、衝立てがあるとか、回り込んで入るようになってい
るなどの配慮があるといいと思います。手洗いもあるといいです。こういうとス
ペースに余裕がないとつくれなくなりますが、顧客サービスの点でいうと、やは
りあったほうがいいと思います。リード留めも備えてあると万全ですね。

 手洗いではないのですが、待合室に「ご自由にお使いください」のタオルが備
えてある病院があって、これもいつも使うことはないだろうけれども、雨の日は
ありがたいものですし、病院の心遣いを感じることができるひと工夫だろうと思
います。

獣医である先生方の使い勝手や要望というのは、日常のワークをたどることで
すぐに出てきますし、判断もつきやすい事柄だと思います。しかし「立場換われ
ば」ではないですが、飼主や動物たちの目線や心理からも病院の設計を考えるこ
とは大切なことであると思います。獣医師から見て効率的でない(と思われる)
事柄が、飼主にとってはうれしいことであり、それが病院の評価につながること
があるからです。

 ペットがなんかおかしい、大怪我をした、というときに病院に連れてくる飼主
の気持になってみます。「すぐに処置室へ!」と通されますが、ペットを抱え、
物が置いてある通路を迂回しながら奥の処置室にたどり着くというのでは、その
間に不安も増幅されてしまいそうです。診察室も通らず、ストレートに処置室へ
行けるレイアウトをお勧めするのは、このような飼主の動線や目線を考えてのこ
とです。そして獣医師、スタッフにとっても、どこからでも処置室に行けるレイ
アウトというのは、きわめて機能的な設計の病院であることが分かります。当事
務所の「まず処置室ありき」の設計スタイルは、ここから発想しています。

 待合室の心理学については何度かふれていますが、飼主の気持になってみましょ
う。待合室の先客によって大なり小なりのジレンマが生じます。自分が先で、後
から人が入ってくるときも同じですね。飼主とペットどうし、おなじみで、ある
いは意気投合して、和やかな雰囲気をつくっているときはいいのですが、そうい
うときばかりではありません。ハムスターを連れているとき、猫がいる。猫を連
れているとき、犬がいる。小型犬を連れているとき、大型犬がいる。同じくらい
の犬、でも気性がわからない。大型犬と大型犬も心配だ。

犬が他の犬を牽制して、緊張が走ります。病気で弱っているペットがいるとい
う心労も追い打ちをかけます。非日常的な空間に複雑な心理が交錯するという情
況は、人によってはパニックになりそうですね。

動物病院では、さらに小鳥やウサギやフェレットやときにイグアナなども加わっ
て、複雑な相関図をつくることもあるわけで、動物がたくさん集まったときの病
院の対応の問題はひとまず置くとして、設計面でいえることは、心理的に住み分
けのできる待合室をつくりたいということです。そういう意味で、人の病院より
本当はゆとりが必要なのかもしれません。飼主にとっては待合室にゆとりのある
病院のほうがいいに決まっています。しかし待合室に理想的なスペースを割くこ
とがままならない場合も多いでしょう。そんなときには、たとえば入口横の外部
にベンチをひとつ置くだけでも違います。かかりつけのラブラドール、ラブくん
と飼主Aさんは、そこが番待ちの定席になるかもしれません。

               

建築講義 動物病院のつくりかた  


第18回 犬と猫とウサギの目線で病院を考える

 

 犬と猫とウサギが動物病院談義で盛り上がっています。

犬は心やさしいラブラドールのオス、推定4齢。

猫はおしゃまな三毛猫のメス、推定3齢。

グレーウサギは病院の環境問題に一家言あるメス、推定2齢。

猫「感じのいい病院てあるわよね。先生もテクニシャンの人もいつも笑顔で迎え

てくれるの」

ウ「ウサギの私たちは心がデリケートにできているから、でっかい犬や乱暴な猫

が待合にいるだけで気絶しそうよ。そんなとき、こちらでお待ちくださいっ

て、第2診察室に通してもらうとホッとするわよ」

猫「いろんな動物病院があるけど、私たちがいいと思う病院はボスたち家族にも

良く言われているよね。心遣いが形になっているっていうのかな」

犬「僕たちなんか体がでかいっていうだけで、あ、ヤなのが来たって顔されるか

らね。正面から向き合う待合じゃなくて、L字型とか奥に長いと居場所もあ

るんだけど」

猫「バスケット越しとはいっても、犬が好奇の目でハァハァ言いながら迫ってく

ると身の毛も立ってしまうわ」

犬「犬はハァハァ言うもんです。でも、確かに入院室にしても、猫と別だと僕ら

も落ち着くな」

ウ「とーぜん、です」

犬「エアコン完備の犬舎はいまや当たり前だけど、室内側に窓があるのっていい

よね。先生がときどきのぞいてくれると安心だし、ボスが来てくれたときは

すぐに尻尾をぐりんぐりんまわして、うれしいのを伝えられるんだ」

猫「なんで犬ってさ、うれしいとすぐ興奮してオシッコやウンチをするのよ。病

院の床はたいてい拭き取りやすい床になってるけど」

ウ「あのツルツルの床って、ウサギにとっては怖いのよ。私たちって脚力がある

割りに体が硬いでしょ、意外に。診察台から飛び降りた拍子に骨折したりす

るのよ」

犬「それは犬もそう。友だちのバーニーズなんか、はしゃいで走り回っていたら、

すべって脱臼したもんな」

ウ「病院ではしゃぐな、オラ!」

犬「広い待合でもないと、細かく仕切られているから走り回れないけどね。人間

の腰くらいの高さの仕切りドア、あれはうまくできてると思う。僕たちには

壁に見えるからそこで止まってしまうんだけど、実は押せば開くようになっ

ているやつ。外に逃げ出しにくい工夫がしてあるのは動物病院ならではだね。

衝動的に外に出てしまう気持は分かるけど、実際に出ちゃったら困るのは僕

たちだから。先生たちも猫が逃げると、捕まえるのがたいへんそうだもんな」

猫「でも、あれはまいったなあ。ドアの中央に縦に透明のガラスがはめ込んであ

るのがあるじゃない? あれ、かっこいいのか知らないけど、横幅が猫にお

あつらえ向きで、あ!出られる!って思って飛び込んだら、ガッツーン!。

透明じゃないガラスだったら飛び込まないのに」

犬「ケージに入れられっぱなしは、つらいよね。とくに体が元気なときは。散歩

はもちろん大歓迎だけど、ちょっと出してもらえて、のびのびできるところ

があるとすごくいい」

ウ「犬の毛、猫の毛が渦まいてるような病院は居心地がわるいね」

猫「綺麗なのは賛成。ちょっと引っ掻きたくなる気持はあるけど」

ウ「私たちの目から見て、気持になって、つくってくれるといいよね。また来て

もいいなあっていう病院は、そんな病院だよね」



建築講義 動物病院のつくりかた

                                

第38回 建築までにどんな問題をクリアしなければならないか

 新築で建物から建てようというときには、法的な手続きやら条件整備がいろいろ
とあってたいへんなんですよ、ということを実例に基づいてお話していきます。

まず、再三お話している用途地域制限。立地が良く、価格も予算内で、この土地
ならいいなと思っても、用途地域制限に反して「合法的に」新築することはできま
せん。

第一種中高層地域に合法的に新築した実績がありますが、前にも触れましたよう
に、いわゆる48条許可を得て建てた例外的なものです。建築基準法第48条の申
請というのは、許可のハードル自体が高く、時間も手間もお金もかかります。たい
へんだというだけなら「やるよ」という人もいるでしょうが、申請したケースも、
既存の病院位置が県の計画道路にすっぽり入っていたこと、そこから地続きの所有
の土地内で、移転新築したい病院敷地の一角だけが、第一種中高層地域に入ってい
たという条件があります。その上で、専門家による審査会や地域住民への説明会等
の手続きを経て、許可になったものです。このときの経験から、行政が検討に値す
ると見るよっぽどの理由がなければ、用途地域制限に反した建築はできないと痛感
しました。

土地の仲介に入る不動産会社が、建てられる土地かどうか、建てるための条件や
手続きは説明してくれるはずですが、土地を買うとなったら、自分でも役所に出向
いて調べる、確かめる気持が重要です。とくに動物病院の建築については不動産会
社の人も詳しくは知らないと思います。

地目、用途地域、建蔽率、容積率、高さ制限、日影規制に始まり、本下水か浄化
槽か、雨水は宅内処理か側溝放流か、都市ガスかプロパンか、電力会社との協議事
項はないか、埋蔵文化財の試掘調査の必要な地域ではないか、地区協定のある地域
かといったことは、住宅をはじめ建物を建てるときに押さえておくべき事柄で、建
築計画の初めに、建築士とともに確認しておく必要があります。適合証明とか、地
区協定の承認とか、排水承認とか、区画整理法の届けとか、建築確認を出す前に、
あるいは同時並行で手続きを進めなければならない事案がいくつか出てくるはずで
すし、その経費が別途かかるものもあります。

 動物病院の建築では、浄化槽地域であるときに、ちょっと問題が出ます。本下水
に動物の糞尿を流すのは問題ありませんが、浄化槽にはそのまま流せません。糞尿
はゴミとして処理するか、専用の処理槽をつくり、そこを通してから合流させると
いうことになります。当事務所で専用の処理槽をつくったことがあります。

 以前に建物があった土地ならば上水道、本下水あるいは排水の設備もそのまま援
用できるかと思いますが、本管が直近の道路にない、あるいは走っているけれども
引き込み管の工事が必要という場合があります。敷地のところまでは管轄の自治体
がやってくれることも多いので、確認します。まれに他の人の所有地を通って引い
ている場合などもあります。当然、権利・使用関係を所有者と確認しておかないと
トラブルのもとになります。

このほか、病院内部の間取りと基準法との関わり、また建築関連法規以外で動物
病院を開業していく上での法的な手続きがありますが、追々お話していくことにし
ます。

やっかいな話ばかりを挙げているようですが、それでも地域に根を張る動物病院
の建築は、臨床医にとって大きな夢の実現に違いありません。問題を見極め、ひと
つひとつクリアしながら夢を形にしていきましょう。