クレーンの支柱はテコ棒である
穴山 彊
(修正2024年3月21日、初稿2022年12月25日)
はじめに
クレーンの支柱がテコ棒であること認められていないようである。テコの三点が支点・力点・作用点であることは誰もが知っているが、クレーンの支柱には作用点が見当たらないためであろう。
モバイル・クレーンの支柱がテコ棒だと仮定すると、支点は支柱の根元か正確には台車の重心部であろ。人力で縄を用いてテコ棒を引き起こす場合はテコ棒の上端に吊り縄と曳き縄を掛けてテコ棒を引き起こすため、テコ棒の上端部が力点となる。
複合滑車やフックや吊り荷とそれらを繋ぐワイヤーは支柱の力点に下がっている。
複合滑車は吊り荷を垂直に吊り上げたり降ろしたりする時に巻き上げ機の省力に役立つが、それらの全荷重は力点に掛かっている。吊り荷の重量が100キロであれば力点にはそのまま100キロが省力されずに掛かるのである。
縄を併用するテコ棒の見えない作用点は力点からの鉛直線と支点からの水平線の交点であることは別の研究で判明している。予想される作用点の位置がテコ棒の傾斜角と連動していたからである。

縄テコのテコで省力された荷重の行方 まず第1図で考えて見る。テコで省力された荷重は消えたのではなく力点で支点側に配分されたのである。支点に配分された荷重は大地が支えていることになる。支点に配分されなかった荷重は曳き縄側に配分され、その分は曳き手が支えることになる。テコ棒が垂直状態にまで引き起こされた場合、力点で全荷重は支点側に配分され大地が支え、曳き手側に負荷はかからない。
逆に車の荷台の上で吊り上げた吊り荷を荷台の外の地面に下ろそうとして支柱を伏せた場合、支点側で支えていた荷重の大部分が力点に戻ってきて曳き手側に配分し直された場合、曳き手の牽引力の限度を超えるため引き倒されることも起こり得るのである。
力点は垂直からの支柱の傾斜角によって得られる省力された荷重を支点側に配分し、省力されなかった荷重は曳き縄側に配分するのである。テコで発生する荷重の動きは古代人のテコ棒でもクレーンの支柱でも同様である。したがってクレーンの支柱はテコ棒と言うことになるのである。
クレーンはテコ棒としての長所も短所も研究され尽くされないまま機械化・現代化されて現在に至っており、支柱を伏せる操作や先端を延伸する操作が転倒の重大な原因の一つになることが全く知られていないようである。

縄文人を含め古代人が省力のため先ず利用したのは、テコ棒単独の利用法であろう。次に利用したのは縄を併用するテコで、著者が仮称する偶然に見つけた縄テコ運搬法であろう。
テコ棒の頂端に縄の中間を結び、一方の縄を吊り縄として吊り荷を縛り、もう一方の縄を曳き縄として、テコ棒を引き起こす(或いは直接手で引き起こす)ことによって、吊り荷が軽く引きずれたり持ち上げられることを知って縄テコ運搬が始まったのであろう。
曳き縄や吊り縄を結んだ部位が力点で、テコ棒を立てた点が支点である。縄を併用するテコではテコ棒上に作用点は見えないが、テコ棒を垂直に近い小さな傾斜角から引き起こせば、吊り荷を軽く引きずることが出来たであろう。またテコ棒単独では力点に注力できる人数が限られるのに対し、縄を併用するテコでは無限に曳き手が増やせて重い石材も引きずれたであろうし、わずかならば吊り上げることも可能であったと思える。縄とテコ棒のセットを幾組みも用いれば、大げさな太さや長さの縄やテコ棒は不要だったかも知れない。また安定的な形の二股(二又)テコ棒を一対向かい合わせで吊り縄を共用すれば動滑車の原理も働き更に省力できたであろう。
  
  第1図(動画) 縄テコによる引きずりの様子
4センチ角2メートルの角材を二又に組んだテコ棒を引き起こす力でずっしりと重い青石を引きずっているところである。吊り縄は直径0.6センチの古い麻縄。青石にはタイヤ・チェーンが掛けてある。
  
  第2図(動画) 縄テコによる持ち上げの様子
重量約3.5キロの煉瓦の片側に吊り縄を掛け、相対する二対の二股テコ棒で吊りあげている動画である。古代人は動画のように縄を併用したテコ棒を起伏することで、吊り荷の省力引きずり運搬や、テコの原理以外に動滑車の原理も利用した省力上下移動も行なっていたのであろう。共に支点・力点は容易に認められるが、作用点の位置は推測できるだけである。

モバイル・クレーンの転倒事故防止のために
洋の東西を問わずモバイル・クレーンの転倒事故などの事故は後を絶たない。
原因は突風、旋回も含めたアウトリガー関連、過荷重吊り上げ警告無視。他には支柱ジブ折損、玉掛け未熟、果ては圧力ポンプの破裂まであったようである。
原因が解明される度にモバイルクレーンの新型の設計や使い方の改善がされているようで、転倒防止策としては最近は車台より遠くにアウト・リガーのカバー範囲を広げるためや本数も増やした設計のカニ・クレーンが開発されているようである。

クレーンの支柱がテコ棒であれば特徴的な事故原因として下記の3点がある。
 1. 吊り上げた位置より遠くへ荷下ろししようとして支柱を伏せたら転倒した
 2. 吊り上げ位置より遠くへ荷下ろししようとしてブームを延ばしたら転倒した
 3. 吊り上げてから旋回したら転倒した(車台全体の重心が支点となっているため、支点作用点間距離が伸びて、支点側に配分されていた荷重の一部が限度を超えて力点に戻ったため)
上記のそれぞれは支柱がテコ棒だから起こる原因である。
吊り縄にぶら下がる荷重の全ては力点にかかる。支柱の垂直からの傾斜角に合わせて力点はその荷重を支点側と曳き縄側に配分している。傾斜角が小さいほど支点側に配分される荷重が大きいため転倒の危険性は無い。

クレーンの機能が誤解されていると思われる点を挙げる。
1. 複合滑車は巻き上げ機による上げ下ろしの力を省力しているだけである
2. 力点はテコ棒の傾斜角と連動する比率で全荷重を支点側と曳き縄側に(支柱を支える油圧ポンプのロッド側に)配分している。
3. 支点側に配分される比率が最も高くなるのは支柱が垂直に立っている時であり、支点側に100%配分され、クレーンで言えば、頂端に配分された荷重は0%である。
4. 垂直から傾けると、支点への配分比率が減って頂端に荷重が戻って来る。減った分だけ曳き縄側(油圧ポンプのロッド側)に荷重が配分され直すためである。著者の仮説では、第4図のように力点からの鉛直線と支点からの水平線の交点に、見えない作用点が存在して機能している。実際の曳き縄の牽引方向(モーメント)はテコ棒と直角方向が望ましい。なお縄(なわ)と綱(つな)の違いは、一説には素材繊維をなったものを縄、縄をさらになったものを綱と呼ぶ。またテコに使う縄は、登山用のザイルとは異なり、伸縮性が小さい麻縄が良い。

  
第3図 見えない作用点の位置を示す
支柱を伏せたり延伸すると、支点作用点間距離が伸びて、支点側に配分されていた荷重の一部が曳き縄(油圧ポンプのロッド、支柱の上端部の力点)側に追加され直す。ロッドは支柱に取り付けられているので、支柱の上端の力点付近が支えなければならない荷重が増え、転倒の危険が増す。

省力された荷重の行方
 天井クレーン系の吊り荷持ち上げ時の省力の主役は複合滑車であり、吊り荷の荷重は水平移動する天井に移り、天井を支える建屋の壁に移り、最終的に建屋の基礎部分に移って大地に支えられる。吊り荷が目的の位置に降ろされると荷重は全て吊り荷に戻ってきて吊り荷が置かれた台に移る。
モバイルクレーンでは荷重や複合滑車やフックやワイヤーの全重量はまず力点に掛かる。支柱が垂直に立っている時力点に掛った吊り荷系の全荷重は支柱の支点側に配分され、大地に支えられている。地震の振動で垂直に立って居られなくなった柱が倒れるのも同じ理屈で起きるので、柱構造の古い家屋では柱が傾かないようにするため用いられて居る筋交い、頬杖、火打ちなどの補強材の緩みを閉めなおす必要がある。基本的な検査は柱の垂直度を調べれば解る。補強材は必ず'ほぞ'を掘ってはめ込むことが肝要であり、釘どめなどは役に立たないと思うべきであろう。

縄を併用する棒がテコ棒であることの証明
軽重に限らず柱を地面に立てて支えた経験が有る人ならばすぐに解るであろうが、柱が垂直から傾くに連れて支える力を強くしないと保てない。これは力点が柱の最上端にあり、柱が垂直を離れて傾き始めると、根元の支点に配分されていた荷重の幾分かが、柱を倒す力となって力点経由で支え手側に配分されつつあるのである。
クレーンの支柱がテコ棒であるという著者の仮説では、支柱の垂直からの傾斜角が増えるのを支え手が防ぐ力、言い換えれば曳き手が曳き縄で支柱と言う名のテコ棒を引いて支える力の計算値と実測値が一致すれば、仮説の証明が出来る筈である。計算値は見えない作用点の位置を力点からの鉛直線と支点からの水平線の交点と論じた仮説によって得られた支点作用点間距離を分母としてテコ棒の長さを割って得られた省力値のグラフと実測値のグラフを比較して照明の資料とした。
得られた結果のグラフの相同性から縄を使ってテコ棒を操作するときに得られる省力効果は、テコの原理によって得られることが証明されたと著者は考え、富山大学教育学部紀要 第1巻 第1号 p.105~110 (2022) で発表した。その中で計算値と実測値の傾向が一致する次のグラフは、縄を併用するテコもテコの原理に支配されていることを示す証拠とした。

  
第4図 計算上の作用点を用いた計算値と実測値のグラフ
このグラフはテコ棒(支柱)の傾斜角が増すにつれ、支柱を支えなければならない力(支柱に掛かる力)が増えることを示す。このグラフから傾斜角が増え過ぎると支柱上端の力点に予想を超える吊り荷の重量が戻って来るため支柱が転倒することになることが容易に想像できるのである。
くどいが、オペレーターには巻き上げ機で支柱の近くの重たい吊り荷を軽く吊り上げた後、遠くに下ろそうとすると、支点に配分されていた荷重が限度を超える荷重として力点に戻ってきて、支柱を引き倒す力になる事を知って欲しいのである。

動画は下記URLへ。ブラウザーによってはanayama pageで検索可能
http://www7b.biglobe.ne.jp/~anayama2tom/Cause_CraneTurnover.html

著者プロフィール:穴山 彊(Tsutomu ANAYAMA), 農学博士(九州大学), 富山大学名誉教授, 元技術教育担当. 射水市在住, 東京府生まれ(1937年)

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