6-5



「はぁー……疲れた。今日はいっぱい買い物しちゃったから、しばらく控えないとね」
「ごめんなさい」
「葛葉の分は気にしなくていいのよ、気にしなくて」
「なら……いいけど……」
帰宅してからすぐに例の場所に寝転んで一息を入れているリコちゃんに思わず謝ってしまう。
荷物の全てを洸とリコちゃんが運んでくれ、ソファーに色とりどりの袋が並べられる。
自分の荷物を探し出しておこうと手を伸ばそうとした。
だけど、そのまま会話が止まってしまったので、大人しくリビングのテーブルに座ることにする。
しばらくすると、いきなり起き上がったリコちゃんは自分の鞄に手を伸ばし始めた。
「タバコ吸ってくるわぁ」
喫煙者なのに車の中は禁煙らしく、耐えていたタバコセットを持ってそそくさと吸いに行く。
タバコって思い立ったかのように吸うもの……?
もちろん、私の周囲には喫煙者はいないため、誰にも確認は取れないし、その疑問はうやむやにするしかない。
洸も帰ってすぐにシャワーを浴びてくると消えていったので、リビングに一人取り残された。
今になってじんわりと汗をかきだしたのは、閉め切っていた家のせいだろう。
よく母が開けていた窓を開け放つけど、今日は風通しが悪い……。
期待とは裏腹に微量の風しか入ってこなく、無意味に等しかった。
これは無理だとすぐに諦めて、リモコンを手に取り電子音を響かせる。
エアコンの真ん前の特等席に座りながら、少しでも涼もうと団扇を扇ぐこと数分後――ようやく冷えた空気が流れ込んできた。
「おー、涼しい」
スッキリした顔で現れた洸は止まったままだった扇風機のスイッチを入れて、空気の循環を促してくれる。
そのおかげもあって、部屋全体に冷たい風が届き始めた。
すると、今度は家着に変わったリコちゃんが戻ってくる。
「予想外に涼しいじゃんー」
「ちょっと! 二人ともズルイじゃん!」
「いいじゃないのー。若者は耐えなさい」
「こういう時だけ子供扱いっ」
「おほほ。早く大人になることね」
二人のやり取りに肩をすくめながら洸はキッチンへと姿を消す。
部屋が冷えるまでにと置いていた冷たいジュースをリコちゃんは手に取り、私の目の前で一気飲み。
思わぬ横取りに開いた口が塞がらないまま、御礼を言われてしまう。
自分のために用意したのにー!
たまたまジュースを出したままだったため、今度こそと自分のためにとグラスに注ぐ。
「何作るの?」
「今日はそんな時間ないし、そうめんかな?」
「うわっ、手抜き料理ぃ」
「そんなこと言うなら梨津子が作ればいいだろ」
「だからここに来たんじゃない。エプロンは?」
少し離れた場所でそんなやりとりが聞こえてくる。
――なんだかな。

ズルズルと音を立てながら、二人の力作のそうめんを平らげていく。
「そういえば、玄関先に置いてあった袋って何?」
「あれ? 花火だよ」
「マジで? 最近してないー。じゃ、コレ食べたら花火」
先日、購入した花火は予想通り量が多くて、三分の一くらい残ってしまっていた。
また後日と目の付く場所に置いていたのが気になってたようだった。
「そういえば――アイツ、今どうしてんの?」
「んー、家にいるんじゃないかな? わかんないけど」
「花火するから来なさいって連絡しな」
名前を言わなくても、こういう時はつうかあな仲の私たち。
手元にあった携帯を手に取り、早速メールで連絡をしてみる。
――そういえば、この間は顔を出してこなかったなぁ。
ああいう時って大概ひょっこりと現れてくるのに……。
すると、数分もしないうちに返信がきた。
『今日はリコちゃんいんの? だったら行くよ』
集合時間を教えると、とりあえず任務は終了。
「一真来るって」
「そう。いつぶりだっけなぁ……」
そう呟きながら、さっき食べ終えたばかりのテーブルを片付け始める。
なんかリコちゃんがいると、私の出る幕がないんだけど。
キッチンに三人も立ったら逆に邪魔になってしまう。
よっぽどリコちゃんのほうが彼女らしい。
他にすることといえば――。
私も立ち上がり、これからのための準備を始めることにした。

「お、かずまん、久しぶりっ」
「その呼ばれ方久しぶりだ」
「でしょー? こんな呼び方私くらいでしょ」
暗闇の中、懐中電灯を手にした一真が藍本家へとやってきた。
さり気なく、手土産も持っている。
コンビ二にわざわざ買出しに行ってくれたようだった。
「こんばんわ」
先生だからなのか、洸に対してはキチンと挨拶をしている。
「こんばんわ。夏休みなのに気が抜けてないなぁ」
「そりゃ、その顔見たら、気が引き締まりますって」
「まるで見たくないような表現だな」
「先生の顔、休み中に見たいなんてヤツ――女子くらいか?」
「えー、やっぱり洸ってモテるわけ?」
花火選びに没頭していたリコちゃんがここぞとばかりに反応している。
「リコちゃんのタイプには入らないのか?」
「次は年上かしら」
「……? 洸さんって、今年二十七ですよね?」
「そうだけど?」
「――嘘っ!?」
蝋燭に火をつけようと試行錯誤している洸は、顔を動かさずに返事をする。
それを待たずにマイライターで火を着けていたリコちゃんの驚きの声が上がった。
「そうそう、あたしも後から気づいたんだよねー」
「葛葉ぁーーー!!」
即座に手持ち花火に着火させると、火を噴出しながらリコちゃんが追いかけてくる。
「花火は人に向けてしてはいけないって注意書きあるでしょー!?」
「こんな時のための手持ちに決まってんじゃないぃーーー」
私は悲鳴を上げながら、ご近所を逃げ回る羽目になった。
花火というのははかないもので、逃走劇もすぐに終わってしまう。
「ちょっと! ちゃんとそういうことは教えなさいよ。一番気をつけてることなんだから」
「ゴメンなさーい」
「完璧にこき使ったのに、合わせる顔がないじゃない」
深々とため息をつきながら、玄関先へとぼとぼと戻ってきた。
燃え尽きた花火をバケツの中に放り込むとジュッと小さく音が上がる。
「そういうの気にしてないから平気だけど?」
さっきの会話はひそひそと行われたためにここまで聞こえていないはず。
だけど、雰囲気で悟ったらしくフォローを入れてくれたおかげで、リコちゃんの気持ちは少し晴れたようだった。
「まぁ……生徒たちがタメ口使う場合は一喝だけど」
リコちゃんは座り込んだ私と一真をここに張本人がいると指差してアピールしてくる。
確かに、家の中では敬語らしい敬語を使ってない。
それは言葉を気にする彼女の耳にすぐ止まったんだろう。
「この二人は特別かな。――状況が状況だし」
「――そうよねぇ。洸も大変なことに巻き込まれたもんよね。この状況下でかずまんにバレないようにするってのが難・題」
「俺も最初聞いたときは、はぁ?って感じだったけど」
「今は納得したわけ?」
「……せざるを得ないっていうか」
「男だな、かーずまん!」
リコちゃんは一真の背中を一発叩くと新しく追加された花火の山をチェックしに行く。
「痛ぇ……」
小さく呟きが聞こえる。
いい音を立てた背中はしばらく痛みそうだった。

居候の身だからと初日以来、遠慮して一番最後だったお風呂の時間。
まだ元気余ってるとポロリと漏らすと、年齢差を見せつけられたリコちゃんに少しだけ暴れられた。
――今夜は年功序列でということで落ち着く。
歌番組をのんびりと見ていると、洸が頭を拭きながら戻ってきた。
「お風呂入れてくれてありがとう」
「――まぁ……うん」
「最近、テキパキ動く人が増えたから、ちょっと楽させてもらってるもんな。やっぱり、女性は手際良さが違うな」
確かにリコちゃんの働きぶりは、付け焼刃で出来る行動ではなかった。
他のことに気を取られていると、しようと思っていたことをリコちゃんが率先して動いている。
その差で私の居場所がなくなっていくわけで、のんびりとせざるを得ないというか……。
『居候だから』と幾度となく口にしているのは、やはり立場を気にしているんだろうなと思う。
それを言われると、無下にそれを奪い取るのも悪いかなと思う矛盾が出てくる。
「まぁ、彼女のおかげで葛葉が動いてくれたから、よかったかな? 花火の準備してくれてたし?」
「つい、『いつものクセ』が」
「……生徒会ね。俺と二人きりの時はそんなことないクセに?」
「それは――……」
「まぁ、いいさ。学生の間は俺が甘やかしてあげる」
私の台詞を遮るように洸が話し出した。
『学生の間は』――なんて、まるで”その先”があるみたいだよ?
ソファーが揺れたために、振り返ると洸の顔がすぐそこにある。
その素早さにビックリしながらも、これからのことを考えてゆっくりと目を閉じた。
それを了承と受け取ったらしく、唇の感触が降りてくる。
触れるだけのキスにふと最近の家の事情を思い出してしまい、どうしようと身動きすることを忘れてしまう。
クスクスと笑い声が聞こえ、洸の胸の中に抱き寄せられてしまった。
「初めてのキスみたいに固まってますけど?」
「――だって、リコちゃんがいつ来るかもわからないのにと思うと」
掛け時計を見上げてしばらく考えているあたり、逆算をしている様子。
年功序列の順番だったけど、この番組を見るために洸と順番を逆にしてもらったのだ。
なので、リコちゃんがいつ頃部屋に戻ったのかは知らない。
「あれから小一時間経って姿見せないし……大丈夫じゃないかな。これぐらいなら誰かさんは起きないよ」
「あの会話で探り入れてた!?」
「じゃないと、ゆっくりこういうことできないだろ――」
耳元でそう囁かれ、頭を抱き寄せてさっきのとは比べ物にならないくらいの深いキスが始まる。
この距離感でのシャンプーの香りって久しぶりかも……と心の中で呟く。
行き場を失っていた両手を洸の身体に伸ばそうとした瞬間――。
「では、本日のゲスト『earl』の皆さんですー!」
「――っ!」
TVから聞こえてきた台詞は、伸ばしかけていた両手を押しのける行動に切り替えさせる。
思わぬ行動に小さく呻き声が聞こえた気もするけど、私は改めてソファーにきちんと座り直おしてTVと向き合うことにする。
じとーっとした視線を感じ、横目でチラリと盗み見ると押しのけられたままソファーに横たわって私を見上げている。
だってさ、いつも見てるの知ってるでしょ?
歌番組とかCMとか出ていると一人でキャーキャー騒いだりしている。
メインゲストのため長々とトークが続き、目を輝かせてTVに釘付けになってしまう。
わざわざ録画して永久保存!までするほど、大ファンではないから、余計にでもリアルタイムを逃したくない。
しばらくするとCMに入ったため、集中力が途切れた私はようやく隣の温もりを思い出した。
ようやくそちらに顔を向けると、無言で見つめられてしまう。
えー……っと……。
何を口にしようかと迷っていると、まるでこの瞬間を狙っていたかのように腕を引き寄せられる。
「CM終わるまで」
さっきの二の舞を受けないようにか、いつも添えられるだけの洸の左手はいつになく力が込められている。
これ以上逃げることを許されない状況に少しドキドキしてる気がする。
「……ふ……っ……」
何度も角度を変えながら続くキスに甘い吐息が漏れてしまう。
そして、時折聞こえる洸のくぐもった声に心が傾いてしまい、もっと聞きたいと思ってしまう。
最後のCMが終わったのか、またさっきの続きからの会話が耳に入ってきた。
番組が始まったことがわかると、重なっていた唇は音を立てて離れる。
意外にあっさりとした行動に私は驚きの表情を見せてしまう。
少しだけTVよりも洸に気持ちが動きかけていたのを悟られまいと、慌ててその視線から逃れた。
今回のearlの新曲は、夏ソングでノリノリに仕上がっている。
そのリズムに乗りながら、さっきまで高まっていた気持ちはゆっくりと静かに消えていった。