6-4



「せっかく自由な時間とお金があるんだから、思う存分楽しまないとねー」
「いわゆる退職金ってやつね」
リコちゃんの車の助手席に座っている洸が振り返って解説をしてくれる。
本来ならば、そこには私が座るべきだと思うのよね。
現にそうしようとして、助手席のドアに手をかけた途端にストップコールがかかった。
「ちょっと待ちなさい! そこにすわるのは葛葉じゃなく――」
彼女の指差す先は――きょとんとしている洸。
自然の流れというか、洸も自発的に後部座席に乗ろうとしていたのを止められてしまう。
「やっぱ隣に座るのは男じゃなきゃ、雰囲気でないわよねー」
雰囲気――?
なんとなーく言いたいことはわかるけど、その疑問はそのままにして私たちは抵抗することなく従うことになった。
そんなこんなで始まったぷらりお買い物ドライブ。
しばらく世話になるからと、私の欲しいものを買ってくれるらしい。
女二人かと思えば――そうでもなかった。
「当然、一緒に来るわよね、洸?」
関係がはっきりした以上、すっかりと呼び捨てになっていた。
ようやくそれが出来るようになった、私の立場って一体……。
半ば脅しのように連れてこられた洸は、以外にもリコちゃんと楽しそうにしている。
そのほとんどは車についてみたいで、好きなもの同士で話が盛り上がっているようだった。
――つまんない。
そんな時の必須アイテム、携帯電話!
遠出だし、時間あるときに溜まっていたメールを怒涛に返信しておくか。
前の二人を尻目に私はカチカチとメールを打ち出した。
そういえば、洸がいる空間でこういうことあまりしてないような気がする。
亜衣たちといるときはガシガシ携帯チェックとかしているけど、洸の目の前でそれをするにはなんか申し訳ないというか……。
私たちほど携帯の価値観が違うのか、それほど携帯を手にしているのを目撃しない。
ジェネレーションギャップ?
最初の頃は、どうしても気になって見たりとかメール返信とかしていた。
だけど、洸のそんな様子に気が引けて、なるべく気にしないように心がけている。
この間のデートなんかモロに忘れていたし……。
「ちょっとー、いつまで携帯触ってるつもりよ」
運転しながらでもわかったのか、リコちゃんが直球で批判してくれる。
「隣の席じゃないのに、どうやってわかったの?」
「バックミラー越しに葛葉の真剣な顔を見たらすぐにわかるわよ」
そう言われて、ミラーを見ると間接的にリコちゃんと目が合う。
運転手って前を見てるだけじゃないのかー……。
一通りのメールも返したことだし、しばらく握っていた携帯をカバンに戻した。
「最近、そんなことなくなったよなぁ?」
洸が知ってか知らずか振り返って私に話しかけてくる。
「う……ん。とりあえず、人といる時くらいは触らないようにしようかなーと」
「今だって人といるじゃない」
「二人だけで盛り上がってたじゃん」
それを言い切った後に、ふいとそっぽを向いて外を眺める。
視界の隅でリコちゃんが肩をすくめる姿が入ってきた。
空気の重い状態がしばらく続くと、ようやく目的地のショッピングモールが見えてきたのだった。

「さっさと買い物済むと思うから、私が一番でもいい?」
お昼が済んだ後、今からの行動をリコちゃんが先手を取る。
自分の買い物はわりと早めだからと理由も添えて。
運転もしてもらって、今日は何かを買ってもらう予定だし――異存はない。
通りを歩いていると、すれ違う女の人たちが洸をチラ見しているのがわかる。
当の本人とリコちゃんは全く気づいてない様子だった。
リコちゃんのマイペースに振り回されてそれどころじゃなかったのかも。
一歩引いてみると、それなりにカップルに見えるんだよなー……。
明らかに姉さん女房――……あれ、そういえば。
よく考えてみれば、洸は今から誕生日を迎えるんだから――……。
これが明らかになったら、態度変わるのかなぁー。
「葛葉ぁー。ちゃっちゃと歩きなさいー」
数m先からリコちゃんの注意が飛んでくる。
小走りで追いつくと、どうやら目的の店に来ていたようだった。
洸はどうするのかと思っていると――。
「別に下着屋さんじゃあるまいし、恥ずかしいなんて言わないわよね?」
「――まぁね、はい」
慣れているようなやりとりを目の当たりにしてしまう。
やっぱこういうのをしたことないなんてないよねー……。
こうして、よく見かける彼女が彼氏を引き連れてのショッピングが開始された。
私たち学生からすると、近づきがたい店――つまり、値段が張るものばかりの洋服ばかり。
見るのはタダだと眺めていると、目に留まる服があって速攻で値段のチェックをしてしまう。
普段のものが二枚買えてしまうような価格。
でも、かわいいなー……。
思いとどまっていると、リコちゃんが顔を覗かせてきた。
その後ろには既に洋服を一着持たされている洸の姿が見える。
「それ、気になるの?」
「うん……まぁ……」
手にしていた服をリコちゃんが私の身体に合わせてチェックをしている。
いつにない真剣な顔にちょっとビビッてしまう。
「――いいけど、他のものは買えなくなるけどいいの?」
てっきり、あんたにはまだ早いわよー!なんて高笑いされるかと思ったんだけど……。
高校生がこういうお店をうろついているのも、なんかそわそわして落ち着かない。
確かにまだ早すぎる気もするけど。
「このコに似合うボトム持ってきてくれる?」
いつの間のか店員を捕まえていたリコちゃんが即座にリクエストを出していた。
「こういうのはいかがでしょうか?」
数分後には選び抜いてきたらしいスカートを私に当てながらリコちゃんにお伺いを立てている。
「なかなかいいんじゃない? ねぇ?」
「いいと思うよ」
洸のお得意スマイルが出てきた。
今のは愛想なのか、そうでないのかは難しい。
「では、ご試着どうぞー」
店員の思うがままに試着室へと案内されて、仕方なく服を着替えることにする。
実際に身につけたらイメージが違う場合もあるし、その時はすっぱり諦めるかぁ……。
一人でモゾモゾとしていると、外から会話が聞こえてきた。
「妹さんですか?」
「いや、従姉妹」
「そうなんですか! てっきり、お姉さんのデートに一緒に来てるのかなぁなんて勝手に想像してました」
「ついでにこの人も彼氏じゃないんで」
「――えっ……。いろいろと複雑みたいですね、失礼しました」
「確かに複雑ね」
場を繋ぐために話を振ったのに、予想外の組み合わせに店員の人は冷や汗かいてるんだろうな……。
そっかー、そんな風に見られてたのか。
一通りの会話が終わったようなので、頃合いを見て閉じてあったカーテンを開いた。
対面した三人が驚いた表情を見せる。
やっぱり変かなぁー……。
「身長がある方なので、見栄えが違いますねー。お似合いだと思います」
「それ着てたら、女子高生だとは思えないわよ」
わざとらしくそこを強調してくるリコちゃん。
「えぇ!? 高校生なんですか!?」
「高二です」
「え、え、なんか今日はビックリしてばっかりですよ」
「で、葛葉。どーすんの? それにする?」
店員が私の歳に目を回しているのを尻目にリコちゃんはサクサクと話を進めていく。
どうやら、店員を弄んで楽しんでいるらしい。
「上下合わしたら、結構な金額なんだけど……」
「いいわよ、気にしなくて。今日の私は太っ腹だから」
「……じゃあ、お願いします」
「はぁい。もう少し、自分の見てくるから適当に過ごしてて」
リコちゃんはさっきの店員を引き連れて、店内をまたうろつき始める。
取り残された私は、隣にいた洸をチラリと見上げる。
「高校生に見えないってことは、フケ顔ってこと?」
「そういう意味じゃないと思うよ? 二十代向けのこの場所に十代がいたってことに驚いただけだと思うし」
「そうかなぁー……?」
辺りを見回しながら、洸がフォローを入れてくる。
確かにお姉さんばっかりだけどさ。
「ま、そういうことにしておこうよ。かわいい、かわいい」
「本当にそう思ってたら、二回も言わないらしいんだけど?」
「あ、バレた?」
「え、うそーーー」
「冗談だって。無理なく着こなせてるから。――女の子ってスゴイな」
ぽむっと頭を撫でられて、すぐに大人しくなってしまう。
カーテンをシャッと音を立てて洸が閉めてくれた後、ようやく元の服に着替え直した。
ここに来てから約三十分後、清算するためにレジへと向かう。
「はい、これ」
「どうもありがとうございます」
「まー、これからお世話になるってことで」
別々にしてもらった紙袋を受け取る。
人生初だ、こんな高い服を買ったのは――いや、買ってもらったのは、になるか。
リコちゃんはクレジットカードのサインをしている。
いやゆるキャッシュレス――大人って感じだ……。
「ありがとうございましたー」
店員に店の外まで見送ってもらいながら、しみじみと感動にふける。
「なんか一気に目的が終わった感じなんだけど」
「まぁまぁ。まだ時間はあるんだし、ゆっくりしよう」
「そうね、まだ予算は残ってるし――葛葉、こっから先は自腹だかんね」
「ほーい」
気に入った服が手に入っただけでも満足していた。
――……ハズだったのに。
「えー、コレもかわいいー! どっちにしようー……」
自分の財布との相談をしまくりで、諦めたものもあれば思い切って買ったものもあり。
そんな私の姿を見かねてか、リコちゃんがいない隙を狙って洸が耳打ちをしてきた。
「葛葉のご両親からもらっているお小遣いが残ってるから、買ってもいいよ」
言葉にはしないものの、指で金額を現す。
「え、そんなに!? だったら、アレとコレとー」
「だからって使い込んだら、後で知らないぞ? よく考えな」
洸が天使と悪魔に見えるーーー!!
後ろで洸の圧力を感じつつ、欲しいものを選び抜く。
少しずつ手荷物が増えていき、日が暮れ始める頃にはようやく買い物ツアーも終わりを迎えることになる。
自分たちの車に戻ってくると、私たちの荷物を持ってくれていた洸はトランクに積み込んでいた。
私は行きと同じ席に乗り込み、リコちゃんはエンジンをかけていた。
すると、何故か運転席のドアが開くと、洸が顔を覗かせてきた。
「運転変わろうか?」
「本当? ありがとー。こういう時、ベンチシートって楽よ、ねっと」
運転席にいたリコちゃんはベンチシートを活かして、そのまま助手席へと移り変わった。
それを確認してから、洸がさっきまでリコちゃんがいた場所へと乗り込んでくる。
「免許証の色、何色?」
「――青」
「……いろいろとやらかしたのね」
「そう、いろいろ」
その時を思い出したのか、遠い目をしているようだった。
リコちゃんはその様子を訝しげに見ている。
「この車は――きっと大丈夫よね?」
「安全第一で」
「いい返事」
「じゃ、出発ー」

「昨日の夜の雷すごかったな」
「そういえば! かなり光ってたよね」
「えっ、何の話よ」
運転席と後部座席のクロストークをしていると、ここぞとばかりに乱入してくる。
だけど、その様子だと――
「リコちゃん、もしかして気づかなかったの!? 結構大きな音だったよ?」
「――悪かったわね。一度寝たら、よほどのことがない限り目が覚めない性分って知ってるでしょ」
「じゃ、夜中に誰かがトイレに行ったりしても気付かないってことか」
「まぁ――そうね。地震があっても気付かなかったときもあるし……」
「熟睡できて健康体だな」
「褒められてんのか、そうでないのか……」