6-1



対面してご飯を食べ終わっている彼の手を見るとふと思い出してしまう。
あの手が私の身体に触れて……。
回想してしまうといたたまれない気持ちになって、急いでご飯を平らげる。
そんなことを考えているとは露知らず、不思議そうな顔をしていたのが目に入った。
キッチンに据え置きされている食器洗い乾燥機が洗浄しているのを見つめ、また違う世界へ意識は飛んでいく。
――ちょっと待って。
いくら覚悟が出来たとしても、もう一度そんな状況になるかどうかもわからないじゃない。
一緒に暮らし始めて数ヶ月、キス以上のことはなかったんだし……。
あの日はきっと夏の暑さに頭がやられただけよね!
「――きゃあっ!」
気配を感じて視線だけを動かすと、いつの間にかあったすぐそこにある洸の横顔。
イケナイことを考えていた私にとって、その不意打ちに悲鳴を上げるしかなかった。
「そこまで驚くかな」
「だって……」
慌ててリビングに戻りご丁寧に後ろをついてきた彼を尻目に時計を確認した。
「なんかいつもと違うよね?」
「べ、別に……」
「いいや、絶対違う」
「テレビ始まってる」
緊張をほぐすのと話をそらすために、いつも見ているバラエティ番組を映そうとTVのリモコンを取る。
チャンネルボタンを押していると、突然その手を捕まれた。
手にしていたリモコンを手放してしまい、音を立てて床に落ちる。
「それに、外出しないときには残ったままの寝癖が今日はない」
「寝癖つかないときだってあるでしょー」
「それだけじゃない。最近、俺のなすこと全てに動揺してる」
確かに今日は考えごとをしながらブローしていたため、いつもより綺麗な仕上がりになっていた。
ちゃんと細かなことに気づいてくれてるのは嬉しい。
だけど、それに連鎖して彼が近くに寄ってくるだけで、過剰反応してしまったのかもしれない。
TV越しに聞こえる笑い声が遠く聞こえる。
この部屋はそれ以上に二人の空気に飲み込まれている雰囲気になってしまっていた。
掴んだ手を引き寄せられて、耳元で囁かれる。
「もしかして――意識してる?」
「べ、別に……」
「ふーん……」
否定をしたのに何故かそのまま抱きしめられた。
夏場の薄着の下にある体温を感じて、それだけで胸が高鳴ってしまう。
身体に回された腕がいつもの抱きしめ方と違う気もする。
少し前の私なら、その意味なんて考えても見なかったけど――今ならわかる。
期待と不安で次第に鼓動が早くなっていく。
これだけ密着しているから、きっとバレているに違いない。
緊張に少し手を震わせながら、洸を抱き返す。
しばらく、その均衡状態が続いて戸惑いを隠せなくなった私は顔を見上げた。
その瞬間――まるでそれを狙っていたかのように不意を突かれた。
唇を割って侵入してくる舌にいつも翻弄されていたけど、今日はそれに応えようと頑張ってみる。
時折漏れる熱い吐息は、まるで魔法をかけられたように私の平常心を奪っていく。
軽く音を立てながら、ゆっくりと唇が離れる。
あの日のような熱い目に今の私はどう映ってるのだろう。
どうしても見つめ合っていることに耐えられなくなり、そのままもう一度洸に抱きついた。
言葉じゃなく行動で示した意図は通じるのかな……。
「大好きだよ」
耳元でさっきとは違う熱のこもった声の告白に胸を鷲づかみにされてしまう。
「あたしも……大好き」
小さな声でそう呟くと、突然身体が宙を浮いた。
俗に言うお姫様抱っこされてどこかに運ばれ始める。
い……いや、どこかなんてこの状況考えたらわかるんだけど、今からのことを思うとますます赤面してしまう。
思考がぐるぐると回っている最中、バスルームへ続くドアが視界に入る。
そのことでさっきまで赤面していたのが瞬時に青ざめてしまった。
「お風呂入ってない……!」
「でも、準備してない」
精一杯の懇願も一蹴りされそうになるけど、階段を昇る手前で踵を返された。
男の本音なら今すぐにでも――なんだろうけど、一応は女の気持ちを考える余裕あるみたい。
だって……初めてなんだし……。
「……仕方ない。一緒にシャワーを浴びようか」
「えぇ……っ!?」
「この手を離したら、葛葉の気が変わるかもしれないし?」
「そんなこと……ないっ!」
どうやら私の覚悟は伝わったのか、少しの攻防戦の後にゆっくりと下ろされた。
バスルームまで来ることは出来たものの、さっき『一緒に』って言ってたような……。
そんな、いきなりーーー!?
予想外の出来事に思わず洸から遠ざかり、これ以上逃げようのない壁に退路を塞がれてしまう。
「今夜は離さないよ」
クスリと笑いながら卒倒しそうな台詞を口にしている。
どうして私のことを好きになったんだろう……。
私なんかよりも女らしくて、可愛いコたくさんいるのに。
幾度となく繰り返されるキスをしながら、そんなことを頭の中で考えている私がいた。