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ここは本当に癒しの場所だった。
車を止めてしばらく歩いていると、流れる水の音が聞こえてきた。
あんなに太陽がギラギラと輝いているのに、水辺のせいかひんやりとした空気に覆われている。
人がちらほらいるあたり、ちょっとした観光スポットらしい。
一体、何があるんだろう……?
どんどんと音が近づくにつれ、私は少し小走りになってしまう。
木々に覆われたこの道の先には、ちょっとした滝があった。
「わー、スゴイ! マイナスイオンたっぷりーーー」
「な、癒しスポットだろ?」
「うん!」
その場所で眺めているだけでも満喫出来そうだけど、洸くんの指す場所は少し小高くなっている所。
そこまで行くには点々としている岩場をよじ登って行かないといけない。
「これがあるからスニーカーで来いってことだったんだ」
「そう」
出かけるときに動きやすい服装でってリクエストされて、デニムの短パン・スニーカーにしていた。
他のカップルみたいにヒールのおかげで危ない場面も少なそうだ。
でも、そのおかげで彼氏に手を繋がれてリードされながら渡り歩いているのが目に留まってしまう。
ちょっと羨ましく思えたりするんだけど。
滝の近くにいた先客たちが満足したのか次々とその場を離れだした。
顔を合わせて頷き合うと、今度は私たちがそこをよじ登る番だ。
子供の頃からやんちゃだった私にとってこんなことは朝飯前。
初めて登る場所に鼻息荒くしながら一歩を踏み出した。
あっという間にリーチの違う洸くんに先を越され、負けじ魂を発揮しようとした瞬間――。
すっと差し出された彼の右手。
さっきの光景がフラッシュバックする。
――同じことしてくれるんだ。
自力で登りたい思いもあったけど、こうして女の子扱いしてくれる洸のその手を取った。
「よいしょ……と」
一番上まで登るとそこには透き通った水面が広がっていた。
座りやすそうな岩に座り込むと間近に感じる水飛沫に今が夏だってことを忘れさせてくれる。
他の人もしていたので、スニーカーを脱いで足先を水の中に入れる。
思っていた以上に冷たい水が刺激的だった。
「気持ちいいー」
「日頃の喧騒も忘れてしまいそうだろ?」
「そうだね……」
――それって一真のこと言ってるの?
瞬時にくだらないことを思い出してしまう。
せっかく、こうして一緒に二人でいるのに……。
こんなに情けない奴だったっけ?
「――きゃっ」
いきなり冷たい水をかけられて、悲鳴を上げてしまう。
もちろん、その犯人は洸くんで。
してやったりという顔で私の顔を見ている。
「お返しっ!!」
さっきとは比にならないくらいに水をかけた。
思いのほか顔面にヒットして、髪が少し濡れてしまった。
「やったな?」
「ゴメンー。思わず開戦のゴングが鳴り響いて」
濡れた髪を掻き上げる姿に見惚れてしまう。
油断していると、第二波が訪れていた。

休日の昼下がりに服を水浸しにした二人。
ずぶ濡れというほどではなかったので、乗車許可が下りて出発する。
「服を乾燥させるって名目で、しばらくエコ運転」
「はーい」
夏の炎天下の車の中は蒸し暑くなっていて、服を乾かすにはちょうどよかった。
けど――。
「暑いーーー」
外の空気を取り込もうと窓全開にすると当然、勢いのある風が私たちの髪と服をなびかせた。
しばらく、その状態で国道を走り続ける。
「――どうする?」
「えっ?」
それまで会話のなかった車内で、洸くんが何かを口にしたけど風の音で聞き取れなった。
慌てて、窓を全て閉めてもう一度問いただした。
「夕食どうするかって話。こんな話をするにはちょっと早いけど……」
「そうだね、どうしようかー」
「この際だし、どっかよろうか」
「そうしよう! ゴーゴー!」
夕方六時台に早めの夕食をとった私たちは、そのまま直帰することなくまた寄り道をしてしまう。
夜景スポットで有名らしい場所へとやってきていた。
ドアのサイドポケットにたまたま?置いてあった地方雑誌を目にして、ここへ行きたいと私が言ったのだ。
デートをするにはまだ早い時間で数台しか車が止まっていない。
地元から離れているからか、洸くんは降りてみるかと言う。
生暖かい夜風が頬をすり抜けていく。
これから蒸し暑い夜が続くと思うと憂鬱。
でも、今日という一日でストレスもリセットされたし、しばらくは頑張れそうだなぁー。
だけど――……。
「洸……くん?」
いつの間にか腕を回されていて、さっきよりも彼との距離が近くなっている。
それと同時に感じてしまう彼の体温。
――というか、近すぎで緊張してしまう。
一つ一つのことにどぎまぎしていることを気づいているの?
口にする言葉が思い浮かばなくて、鯉のように口をパクパクさせていた。
「何か大事なモノ、忘れてない?」
「――ん?」
なんだろ?
別に落し物とかした覚えもないし……。
「そっかー。じゃ、あれは俺がもらっておくことにするよ。ちょっと違和感あるけど」
「えぇぇー!?」
「だってすぐに思い出さないんだし、要らないってことだよなー」
そんな会話をしていると、洸くんのシャツの胸ポケットが光っている。
あ、何か着信してるんだ――……あぁぁー!!
「あたしとしたことがぁー!!」
「やっと思い出した? なんだかんだ言って、携帯も重要ってことでもないってことか」
「そりゃそうだよ! だって……こうして――一緒にいるんだし……」
「あの葛葉でも、そういうこと言ってくれるんだ?」
人といるときは――というか、特にデートなんかしてる日にはなるべく携帯は手に取らないようにはしている。
せっかくの二人きりのプライベートを邪魔されたくないし……。
顔を伏せた私を覗き込んでくる。
少し照れてしまったから、しばらくはまともに顔も見るのも恥ずかしくて顔をそらしてしまう。
「磁石みたいに逃げられると、できないんだけど?」
「何が……っ」
不意をつかれてされるキス。
周囲に誰もいないといったら嘘になるけど、その隙を狙ったようだった。
――そういう所は抜かりない人だから。