5-2



七月の晴天が続く週末。
先日までのじめじめとした空気を一新するためにも休日に騒ぎ出したのだ。
まだパジャマ姿の洸くんをとっ捕まえておねだりをする。
「どっか行きたいーーー」
「そうだなぁ……」
寝起きはローテンションな彼は寝癖がついたままの頭をくしゃっとしている。
そのままキッチンへ行き、コップ一杯の野菜ジュースを飲み干す。
それは毎朝の習慣になっているんだとか。
それまでは敬遠していた飲み物だったけど、一口くらい飲んでみれば?と薦められて覚悟を決めて飲んだ。
以外にすんなりと飲み干せたジュースは藍本家から欠かせないものとなってしまう。
洸くんのお気に入りはオリジナル、私のお気に入りは黄の野菜。
その二本はいつも仲良く隣に並んでいる。
さすがに寝起きからという気分にはなれなくて、何かの合間にと飲んでいるけど、よく忘れていることが多い。
――こういうことは習慣が大事。
しばらくすると、顔を洗ってすっきりしている洸がリビングへと現れてきた。
「何だったっけ?」
「どっか行こうよ? せっかくこーんなに天気もいいんだし!」
閉めたままのカーテンを勢いよく開け放つ。
夏の日差しがリビングに突き刺さり、洸くんは眩しそうに目を細める。
窓の側に立っている私の隣に立つと、空を見上げる。
「ほー。雲一つない快晴だなぁー……」
「でしょ!? だから、家に引きこもってるのはもったいないじゃない?」
「うーーーん……」
珍しく私じゃなくて洸くんが駄々をこねている。
――何かあるのかな?
「あ……。もしかして、もう予定入ってたとか?」
「――いや」
彼の視線は庭先から見える自分の車。
ちゃんとバックで駐車してあるのもあり鼻先が覗いている。
……?
「――よし。せっかくだし、行くか!」
「やった!」
何かを決意するようなゴーサインが出た。

今回の目的地は癒しの場所。
それがどこかなのかは知らされずに車を走らせている。
一時間くらい経った頃、ぽつりと洸くんが話し出した。
「この車、そろそろ寿命なんだよな……」
「え?」
車の寿命……?
そんなことを考えたこともない私には事の重大さが伝わらない。
今朝からの雰囲気からすると、かなり深刻なのかな。
私が知る限りではかなり車を大事にしてるみたいだし、時間があれば磨き上げたりしていていつも綺麗だった。
結構前から乗っているって話しだし、そんな状態をしている車を見る人が見れば、大事にしてるんだなぁって気づくんだろう。
「コイツ、何度か修理に出してるんだけど、次故障したら直せないって断言されたんだ」
「そう……なんだ」
まだ数ヶ月しか付き合いがないスカイラインとやらにもようやく愛着が沸いてきたのにな。
だから、せつなそうな目をして車を見ていたんだね。
「だから、仕方なく買い換えようかなと思っててさ」
「えー、この車ともお別れ?」
「まだしばらくは大丈夫だとは思うけど、近いうちにそんな日がくるってこと」
「そっかぁーーー」
「遠出ドライブもこれで最後かもしれないな」
その言葉になんだかしんみりとしてしまう。
愛着のあるものを手放さないといけないのは本当に寂しい思いでいっぱいなんだと思う。
私が大事にしているものといえば、携帯くらいかなぁ。
落とさないようにだとか、濡らさないようにだとか、異様に気を遣っている。
そのおかげかまだほとんど目立った傷は出来ていない。
まだ二年目の付き合いだけど、きっとそのうち新機種に変えるぞー!なんて新しいものに走ってしまうんだろうな。
車にしたらちっぽけな存在かな。
すると、カバンの中で携帯が着信があるぞと震えだす。
そっと取り出してみると、一真からのメールだった。
『今日は二人揃ってお出かけか?』
文末に絵文字でわらいがくっついている。
隣の家の様子なんて筒抜けだ。
誰がいる、誰が帰ってきた、お客さんが来ているだとか、隠しようのないことはいっぱいある。
洸くんのことはご近所さんには遠い親戚の人だと言っている。
転勤の都合でこっちにやってきただとか、あるようでないようないい言い訳を作っていた。
それを真に受けてくれたおかげで、すんなりと同居生活は始まることができた。
メールの返信画面を開いて、すぐに返信を打つ。
『よく見てるわねー! ただ今、遠乗りドライブ中』
嫌味に見えるような絵文字と最後にドライブの絵文字をつけて送信をする。
ちょうど見上げると、赤信号で車は止まっていた。
視線を感じてふと横を見ると、洸くんと思いっきり視線が合ってしまう。
「ものすごい速さだな、メール打つの」
「一応、早打ち選手権でトップを飾ったんだよ」
「なんだそれ」
「うちのクラスで――あっ」
「何?」
口を塞いだ手を取ることが出来なくて、固まることしか出来ない。
青信号になり車が少しずつ動き出して、前を見ている洸くんは口元でクスッと笑っている。
自ら墓穴を掘ってしまった……!
携帯・クラスで――この単語から導き出される言葉は『校則違反』!
誘導尋問で自白したも同然だった。
「いいって。オフレコデーだろ?」
つまり、プライベートな時間だってことなんだろう。
つい、そのことを忘れて、ボロボロと先生には話してはいけないことを口にしている。
洸くんには『先生』だという感覚がなくなっているのかも?
「いつだったか、急遽自習になったときに、自由参加で早打ち大会しようってなって、委員長が考えた小難しい文章をいかに正確に早く出来るかを競ったんだ」
「そりゃ両手打ちだと早いよな」
「でしょー」
「だけど……」
照れていると、手に持っていた携帯を取り上げられた。
そのまま電源ボタンを長押しして、電源を切られて後部座席へと投げられた。
「今日のテーマは癒しだから、電磁波なんか出している携帯は没収ー」
「ぅーーー……」
「そのうち忘れるって」
振り返ると自分の携帯がぽつんと座席に置いてあるけど、この車には不釣合いで異様な光景だった。
じとーっとそれを見つめたままの私を運転中の片手で頭をポムポムとしてきた。