3-2



「藍本せんぱーい! 調子どうです?」
また別の日に、リョータ・ミーナが顔を覗かしにやってきた。
後輩は後輩で、無邪気な笑顔が胸に突き刺さって痛い……。
こんなおバカな先輩でごめんなさい。
頭がいいのは本質からなのか、それとも、努力の果てなのかはわからないけど。
まぁ、何に対しても素質がある人って羨ましいと思う。
私にも一つくらいあるのかなぁ……?
――学力に関しては自慢するまでには至らないのは明朗解決だね……情けない。
「コレ、先輩に差し入れです」
私へのプレゼントのはずなのに、なぜかミーナはそれを冷蔵庫の中に入れてしまう。
近くのコンビニの袋を透視するかのごとくじとーと見つめ、デザート類なんだろうと推測。
「会長から藍本先輩がコレが好きなんだよって教えてもらったんで、買ってきましたっ」
「やっぱりそうなんだ! ――……でも、なんで冷蔵庫なのよ?」
「だって――……っ!」
軽く睨まれたリョータは少しビビリ、私の問いに答えようとしていたのに、はっとして口をつぐむ。
「先輩に渡したら、今すぐにでも食べそうだし、先生のタイミングで出してもらおうかなって」
「……そうだな」
まるで長い付き合いかのように、先生は納得して頷いた。
いつも誰かが差し入れを持ってくると、ここ一番に食べだしてテンションが上がる。
なんて簡単に操られる私なんだろう……。
だけど、今まで一緒に『生活』をしていた中での行動も総合しての納得振りなんだと思う。
「――……ということは、先輩の入れ知恵だね?」
「は……はぃ」
さっきの歯切れの悪いのに続いて、尻すぼみになるリョータはますます私に怖気づいてきている。
人間関係は最初が肝心だから、それなりの威厳を保っておかないとね。
ただでさえ、中間管理職(高二)で上から下からつつかれる立場なんだから、上がいないときくらいのびのびとしたいし。
「カワイイ兄をいじめないでくださいよー」
ミーナが軽くリョータを抱きながら弁護をする。
そうされていることに慣れているのか、人前にも関わらず抵抗を見せない。
カワイイ容姿の二人にそんなことされると、ちょっと怪しい関係に見えるんだけどっ。
「梶島先輩たちに報告してもいいんですか?」
「うっ……」
何故、今その台詞を言うかな、ミーナめっ!
「お疲れ様でーすっ」
私が押し黙った隙をついて、ここぞとばかりに二人は逃げるようにここを去っていく。
「ありゃ、完全に上下関係を把握しての台詞だな、うん。これで、晴れて『弱み』を握られているってことが判明したってことか」
「うー……」
勝手に休憩を取ろうと手にしていたものを放り投げ、椅子に全てを託す。
こんな煩わしいことに関わっていると、テンションの浮き沈みが激しい。
高校ともなると、委員、部活活動などに関わりがなければ、先輩・後輩との交流はめっきり減ってくる。
その例が亜衣で、部活すら幽霊部員な彼女は、同学年との交流しか持っていない。
かといって、全く不便にしていないみたいだし。
普通に情報を仕入れてくるあたり、彼女なりの長所なのかな?
そりゃ、良いこと・楽しいことがあることもたくさんあるし、イヤなら当に辞めてるんだけど。
こうなんでみんなからいじられるのかなぁ……?
「”愛”だな、愛」
クスクスと笑いながら、そんな単語をさらっと言ってのける。
「こういう愛はいらないんですけど?」
「彼らなりの愛情表現だよ。『飴と鞭』」
「じゃあ、『先生』のは?」
ちょっと気になったので聞いてみた。
先生ってのを強調だよ?
「『海老で鯛を釣る』かな。無駄なく教えていい結果を出してもらいたいって思う。走り続けるのは大変だからたまには休憩も入れるけど」
「じゃ、”今”は休憩ってことか」
「走っている本人の判断でね」
「だってー……。――『洸くん』のは?」
ちょうどきりが良かったのもあって、勝手に筆記用具を手放していた。
それに、こっちの方が大事でもあるし。
「釣った魚に――……」
「餌を与えない?」
「と、世間一般的にいうとそうなるけど、俺は”与える”予定だけど?」
「くれるんだ?」
「いらない?」
「いるいるっ!! 絶対いるよ」
「――だろ? なら、この小テスト解いたらさっきのご褒美タイム」
「えー。小テストぉ?」
そんなの聞いてない。
いつのまにか先生の手作りらしいプリントが机に置かれる。
当然、教師としての仕事は山のようにあるのだろうし、忙しい中作ってくれたんだ。
手作りといってもパソコンなんだけど、それでもありがたみを感じてしまう。
本来ならやらなくてもいいことなんだから。
「だったら、アレは一晩ここでお眠りになるな。賞味期限大丈夫かなぁ」
「ダメダメ。そんなことはさせられない。アレは今日私に食べられるためにここにやってきたんだからっ」
「じゃ、開始」
「むーーー」
「拗ねない」
緊張の糸が解けて、普段どおりの話し方をしてしまう。
そこは突っ込んでこないから、たぶん、オフモードになっているようだった……。

なんとかご褒美タイムを与えてもらうことが出来た。
いそいそと冷蔵庫に向かう私を少し呆れながら眺められる。
「こ……これは。あたしがずっと目につけていたデザートっ!!」
机の上に置いて、パカッと蓋を開ける。
てんこ盛りの生クリームの下にプリンが顔を覗かせている。
そのプリンは甘すぎず、濃厚な味が美味しい。
カラメルソースはちょっとほろ苦で、生クリームとぷるんぷるんのプリンが絶妙な味!
でも、ちょっとお高めなので、私の周りではセレブプリンと呼ばれてたりする。
「んーーー、おいしぃーーー」
「女のコは本当、甘いもの好きだな」
「嫌いなの?」
「――そうでもないけど」
「じゃ、食べる?」
食べていた手を止めて、洸くんに差し出した。
だけど、受け取る気配がなかった。
「ん、食べさせてくれないの?」
ニヤニヤとしながら、そんな催促をしてきた。
少し躊躇った後、渋々彼のためにスプーンに掬い上げる。
「クリームは少しでいいよ」
「はいはい。……あーん」
口元に運んでいくと、パクッと食い付いた。
……ちょっと、おもしろいかも?
もう一口と催促されたから、もう一度同じようにあげた。
「なかなかの味だな。たまには食べてみるもんだ。……もう一口」
「もーーーっ! そんなにあげたら、あたしの分がなくなっちゃうじゃない」
「カロリー高そうだから、手助けしてあげてるのに」
「いいもん、このくらい」
「その一口が、太る第一歩ー」
女の子の永遠のテーマを掲げられて、プリンを食べる手が止まってしまう。
いや、別にまだ気にしてるわけじゃないんだけど。
洸くん、太ってるコは嫌いなのかな……?
「そういうの気にしてるわけじゃないから、ゆっくり食べていいよ」
チラ見した私にフォローを入れる。
「変なコト言うんじゃなかったな……」
そう呟きながら、辺りに散らかった教科書類を片付け始めたのだった。