1-8



「なんか飲む??」
その帰り道に自販機が見えてきたので、車は横付けで止まった。
さっと降りると、先生は自分の財布をポケットから出す。
「どれにする?」
ちょうど、助手席の窓を開けると自販機に何があるかがわかる。
「えーーっと、あれ。そう。その隣にあるやつ」
私が指差した先を追いながら、希望しているジュースのボタンを押す。
そして、そのお釣りで自分の飲むものも買って、車に戻ってくる。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
待ちに待ったジュースを開けながら、際どいことを聞いてみる。
「先生、ここにこうやって座ったのって、私で何人目ですか??」
――ぶっ!!
飲んでいたものを吹きかけてあわてて口を拭う。
後ろにおいてあったティッシュペーパーを取り出して、手を拭く。
「あのなぁ……。そういうことは聞かないこと」
少し照れながら、使い終わったティッシュをゴミ箱に捨てる。
その一連の動作を見ながら、私はまだまだ諦めない。
「だって、気になるじゃないですか」
「仕方ないなぁ――……。彼女の一人や二人や三人や四人……」
「とにかく、数え切れないほどいたってことですね。聞いた私がバカだった」
「ホント、そんなにいないって。現に一年以上もいなかったんだし」
「そうかもしれないですけどぉ」
「今は、デート中だから、そんなことは考えなーい」
また、エンジンをかけるとドライブが始まった。

太陽が沈み始める頃、私たちは海岸へと辿り着き、駐車場に車を止める。
その車の中で、他愛のないことを話している。
正面では、今にも水平線の向こうに沈みかけている太陽。
「わー、先生。あと少しで沈みそうだよ」
それを見届けようと、身を乗り出す。
「なぁ、葛葉」
「はい?」
「今日はなんで、いつにもまして『先生』を連呼するんだ?」
「え、そう呼んでました??」
言われなかったら、気付いてなかった……。
無意識の中で、そう呼んでたのか。
やっぱ心の奥底にはそれが突っかかってるんだろうなぁ。
「だって、やっぱり、『先生と生徒』じゃないですか」
「俺は、一個人としてと言ったつもりだけど??」
「――……」
目をそらし、また太陽のほうに向き直る。
だって、――……ズルイ。
「先生だって、自分でそう言ってたじゃないですか」
「あれは、葛葉に合わせようとしただけ」
いくら私だって、ここまで言われればなんとなくわかる。
でも、そこに飛び込む勇気がない。
悲しいのか情けないのかわからなくなってきて、自然に涙があふれてきた。
太陽がにじむ。
涙をこぼしたくなくて、上を向くけど止まるわけもなく。
「くーずは。こっちおいで」
「先生、ズルイ、ズルすぎ」
そう言いながら、先生の腕の中に飛び込む。
「もう、『先生』はなしだろ?」
コクコクと頷きながら、ちょっとだけ涙を流した。
洸くんの片手が私の背中を軽く叩いて、落ち着かせようとする。
「ホラ、葛葉……」
見上げると、洸くんは違う方向を見ていたのでそっちを見ると、ちょうど夕陽が完全に沈む瞬間だった。
すると、洸くんがキスをしてきた。
触れるだけの優しいキス。
今度は、私も目を瞑った……。
「ファーストキスの仕切りなおし。今のを最初のにしとこ」
「もう、いいです。今となってはいい思い出になりましたっ」
懇願してくる彼を私は一蹴り。
「今の絶対いいシュチュエーションだったと思うのになぁー」
なんて、ぶつぶつ言ってる洸くんを尻目に、やっと助手席に座り直す。

「はーい。到着ー」
ギッとサイドブレーキを上げ、駐車完了したスカイラインは今日のお勤めが終わりを告げる。
「はい。お疲れ様でしたー」
私は、後ろに置いてある荷物を取ろうと身を乗り出す。
そんな中、横腹にチョップを入れられる。
「あいたっ」
「もう一個注文。敬語と君をとること」
「えぇ!?」
「じゃなきゃ、今日の夕食はありませーん」
買ってきた食材を彼はそそくさと持って行き、玄関に向かう。
「えー? いきなり、敬語取れなんて無理ですよ」
洸くんが玄関の前で立ち止まる。
「鍵」
「あ、ごめんなさい」
両手で荷物を抱えているので、鍵が開けられないということだったのか。
カバンの中から家の鍵を取り出して、ガチャリと開ける。
「今日から先生は葛葉の『彼氏』なんだから、敬語使うのおかしいだろ??」
「洸くん、今自分で先生って……」
「――はっ!!」
結局、互いに前の関係が抜け切れてないということか……。
「――二人で気をつけような」

週が明け、いつものように職員室に携帯を取りに行く途中、誰かにどつかれた。
「だ、誰よ!?」
「おっす。麗しの一真君でーす」
「もうちょっと、マシな引き止め方あるでしょうが」
「何言ってんだよ。ラブラブな葛葉をシャキッとさせようとしてるんじゃないか」
「な――……っ!?」
すぐに、誰とのコトかがわかったので、思わず赤面してしまう。
わざわざ、これを言うために同じタイミングで来たのだろう……。
「休みの日にドライブデートしちゃってうらやましいこと」
「そ……それは」
「本当にデートだったんだ。鎌掛けただけなのに」
隣の家の一真には私たちの行動がモロバレで。
一真もどっかに遊びに行ってたら、知られてなかったのにーーー。
職員室に着くと、一真の方が先に入っていく。
「もー! いつからそんなヤツになったのよ!?」
一真の背中をバシバシ叩いていると、またはやし立てられる。
「おいおい、朝っぱらから痴話ゲンカか?」
「そうなんですよ。彼女すぐ怒っちゃうから大変で……」
「藍本はわがままだからなぁー」
「私は、わがままなんかじゃ――……」
ふと、ここには彼がいることを思い出して、何気なく盗み見る。
当然のごとく、こちらを見ていて苦笑していた。
後、坂口先生も。
そして、何かを話しかける渡辺先生。
バッと自分の携帯を奪い取ると、ドアの手前まで来て振り返る。
「失礼しましたっ!」
フン!っとわざと大きい音を立てて、ドアを閉める。
「あぁいうところがわがままヒメだよなぁ? 笹木」
「あはは」
まだ、会話が聞き取れた距離にいた私はズンズンと先に進んでいると、一真が追いかけてきた。
「そこまで過剰反応しなくてもいいだろ? いつも冗談で話してたじゃないか」
「だってあそこには――」
「そりゃそうだけど、いきなり態度変えんのもおかしいだろ? 第一、先生も大人なんだからそこんとこわかってくれてるって」
「違う。渡辺先生と親しげに話してるの。お似合いすぎて、私――」
「あれだけ、気に入ってたくせに」
「だってー……」
「だから言ったろ?」
『綺麗な薔薇にはトゲがある』
こんなことになるなんて、予想だにしていなかったことでもあり。
まさか、渡辺先生がライバル!?
絶対に負ける……。
「そいえば、デートはどこに行ったのか?」
携帯をブンブン回しながら、話題を変えてくる。
もしかして、気を遣ってる??
「やっぱ春といえば、桜。桜を見に行ったの」
「所詮、一真ごときには桜のよさがわからないのよ」
ちょっと前のデートを思い出し、るんるんで教室に入っていく。
後ろで一真が、微笑んでいたのも知らずに。