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「――で、なんでさっきからお前は先生の顔を見ようとしないんだ?」
二人でやっとベットの上まで運んで、先生は気持ちよさそうに寝始めた。
一真を見送るために、夜中のベランダ。
それを聞くまで帰らないぞと言わんばかりに、ベランダの柵によりかかり腕を組む。
「え!? そんなわけないじゃん」
「先生の顔を見るたびにすぐ、視線そらしてただろうが。白状するまで俺は帰らないぞ。ただでさえこんな時間に呼び出されたんだからな」
せっかく、いいところまで行ってたのに……とブツブツ言ってるので、どうやらゲームかなにかをしていたみたい。
「べ、別に、何もされてないよ」
「ふーん……」
ジロジロと私を見るけど、自分だってまだ気持ちの整理がついてないんだから!
「何かされたんだな、うん。よし、これで帰ろう!」
自己完結をすると、一真はそそくさとベランダを渡る。
「ちょっと待ってよ。勝手に何かされたなんて決めないでよ!」
自分のベランダに辿り着くと、くるっとこちらを向く。
「あのなー、顔に書いてあんの! お前にもそんなところが残ってたんだな」
あっはっはっと笑いながら、自分の部屋に戻って行った。
ベランダに用がなくなった私も自分の部屋に戻り、窓を閉めカーテンを閉める。
「もう!!」
言われなくてもわかってる。
先生に対して明らかに以前と態度が違っていたのは、一真からにしては一目瞭然。
ちょっと前に、あんなことされたのに……。
思い出すと恥ずかしくなってきたので、さっさと寝ることにした。
次の朝、土曜日なのにいつも通りに起きてしまった。
携帯をチェックすると、一通メールがきていた。
「一真からだ……」
時間からすると、昨晩別れた直後だったけど、気づかずに寝てしまったのね。
『先生と葛葉はもぅ……』
わざとらしく、大きなハートの絵文字があった。
「そこまでしてないっつーの!!」
ムカついたので、携帯を布団に投げつける。
そこまで――って、私ったら何を。
あーもう! これも洸くんのおかげだわ!!
叩き起こしてやる!!
下に降りて準備をして、先生の部屋に行くため、また二階に昇る。
静かに部屋の中に入ると、案の定まだスヤスヤと寝ていた。
お酒が入っていたせいかぐっすりと眠っているため、私がすぐそこにいることに気づいていない。
「ふっふっふ。そのためにコレを持ってきたのよ」
一階の冷蔵庫から、昨夜と同じキンキンに冷えたペットボトルを頬に当てる。
「うわっ!!」
その冷たさに飛び上がって起き上がる彼を見て、思わず笑ってしまう。
「ビックリしたじゃないか――……今日は休みだろ??」
枕元においてある時計を見ると、まだ六時三十分。
「ビックリしたのは、こっちだよ。先生が私にしたこと覚えてる??」
「――……。あれは……」
「覚えてるんだ」
「当たり前だろ! 思わず――」
「思わず!? そんな思いつきでキスするんだ。あたしのファーストキスが、思わず」
「違うって!! あー……」
寝起きだわ、微妙に二日酔いだわで頭の中が整理できないらしい先生は頭を抱える。
「はい」
そんな彼に差し出したのは、さっきのペットボトルと二日酔いに効く薬。
「――ありがとう」
素直に受け取ると、それらを飲み干した。
「葛葉。昼過ぎたら、車でどこか遠出しようか」
「それっていわゆるデートの誘いでしょうか??」
「そう。俺じゃ役不足?」
「私たちは『先生と生徒』だと思うんですけど……」
「いーの。今は、一個人として。『響崎洸』が『藍本葛葉』を誘ってるんです」

どうしよう。
先生とデートするなんて、思ってもみなかったよ。
いや、ちょっとは期待してたのかもしれないけど――……。
クローゼットから自分の服を引っ張り出しながら、どれを着ていこうかと悩みに悩む。
一番気にしているのは、洸くんとの十歳の年齢差。
明らかに私が子供すぎるよなぁ……。
ちょっと大人っぽい格好にしようかな。
あれだけ早起きしたのに、もう残り時間が少なくなってきている。
「うわー……どうしよう」
コンコン!
「くずはー? 準備できた??」
ガチャっと開けようとしていたので、慌てて部屋のドアを閉めに行く。
「ダメダメー!!」
「着替え中だった??」
「そ、そうっ」
本当は、部屋の中があまりにもちらかったので見られたくなかった。
――片付けは後回しにしよう。
一通りのものをカバンに詰め込んで階段を降りていくと、玄関先にいた洸くんは車のエンジンかけてくると外に出て行った。
洗面所のほうで最終チェックをしていると、家の駐車場のから少し大きめなエンジン音が聞こえる。
洸くんが言うお金がない一つは車のせいじゃないかと思う。
まだ、外見しか見たことはないけど、ちょっといじってるっぽかった。
一度、エンジン音が変化したので催促の合図かなと思い、車の元に急ぐ。
「来た来た」
「お待たせいたしました」
「はい。どうぞ」
スカイラインの助手席のドアを開けてくれる洸くんに軽く頭を下げながら乗り込む。
洸くんが運転席に回るまでにシートベルトをして、手は両膝の上においてお行儀よく座っていた。
「何、そんな改まって」
「なんか、落ち着かなくって」
「初めて? こういう車」
「そうに決まってるじゃないですかっ!! 彼氏いない暦16年ですよ。どーせ、彼氏なんていませんよーだ」
自分で言って悲しくなってきた。
ゆっくりと駐車場から出て、大きい通りへと向かい始める。
「そんなに卑屈になりなさんな。そのうちできるって」
「えっ……」
洸くんは、カーステから流れる曲と一緒に鼻歌を歌いながら運転をしている。
「どこ行くんですか??」
「内ー緒」
そう言われ、口を塞ぐしかなかった私は話しかけるのをやめた。
BGMだけが流れ続けていた……。

途中から知らない道になり、ここがどこなのかわからなくなった頃。
「そろそろかな?」
「??」
入り組んだ道を抜けた先にあったもの――……。
それは『桜』だった。
時期が遅いため少しずつ散りかけてはいるものの、見るには十分の桜の木々がそこにはあった。
「今年は遅咲きだったから、間に合ったみたいだな」
車を止めて、二人は桜の木の下まで歩く。
「学生だった頃に見つけたんだよ。超・穴場だろ??」
「穴場も穴場ですよ!! 他に誰もいないじゃないですかぁー」
うわぁーと今年の最初で最後の桜を見るために小走りする。
他に誰もいないっていうのが最高!
「すごい、すごーい」
一人できゃっきゃとはしゃいでいると、突然強い風が通り抜け、おろしていた髪が風になびく。
辺りは、桜の花びらが舞い散る。
すると――。
私は何故か後ろから先生に抱きしめられていた。
「えっ――……」
少し、沈黙が流れる。
「あー、疲れたよ。先生は」
私の肩にあごを乗せながら、全然違うことを言う。
「そりゃ、小一時間も黙々と運転してたらそうなりますよ」
「お嬢が途中で機嫌損ねちゃったからな・・・」
「あれって私のせいですかぁ!?」
くるっと振り返り、そんなことはないはずと訴える。
見上げれば、いつもの笑顔。
あたしはこの笑顔に弱いんだなと、最近気付かされた。
「なーんて言ってみたり。こういうのは言ったらたのしみがないだろ? サプライズは内緒にしとかないと」
「もう。――……先生、一つ質問いいですか??」
「何でしょう?」
「どうして私は抱きしめられてるんでしょうか?」
「気付いたら、こうしてた」
桜の花びらが舞い散る中、私たちはもう少しだけ、こうしていた。