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毎朝、職員室にはいやでも顔を出さなければならない。
何故かというと、専用の携帯を取りに行かなければならないから。
授業中は仕事には関係ないのだけど、先生たちがなにかと電話をしてくる。
あれはどこにいったのかとか、これはどうしたらいいと思うか。
私たち、一生徒なんですけど?
特に、梶島先輩なんて歴代に入るくらいのやり手らしい。
なので、先生方の信頼も厚く頼りにされている。
充電器の上に並べられた携帯で、誰が登校してきたのがわかる。
「あれ――……?」
確か一真来てたのに、携帯が置きっぱなし。
――しゃーない、持って行ってやるか。
「藍本は優しいなぁ。笹木にだけでなく、先生にも優しくしてくれよぅ」
通りすがりの先生が、私の行動に気が付いて茶化す。
「何言ってるんですか!? これはあくまでついでですよ! つ・い・で!!」
「そういう事にしておこうかねぇ」
「あはは……」
職員室が盛り上がる中、ふと一年生担任の机の固まりを見てしまう。
場の雰囲気に乗っかって、洸くんも愛想笑いをしている。
これで、周囲が一真との関係をどう思っているのかがバレバレになる。
その先生はおかわりのコーヒーを入れた後、自分の席に戻った。
席を伺うとどうやらないようなので、コーヒーを入れて持って行く。
「おはようございます、響崎先生。これ、自由に飲んでくださいね」
なんて挨拶してるけど、実は二回目だったり。
そりゃ、なんたっていっしょに暮らしてるしさ。
出来立てのコーヒーを手渡す時に一瞬だけ手が触れる。
なるべく動揺を見せないようにはするけど、少しだけ固まってしまった。
「おはよう。そして、ありがとう」
朝がちょっと苦手らしい彼は、私が声をかけてないとそのままTVを見たままになってたハズ。
「これ飲んで、目を覚ましてくださいね。あと、マイカップも持ってきてくださいね」
「マイカップかぁ……」
「藍本ぉー、新任には入れて俺には入れてくれないのかぁー」
遠くの方からコーヒーカップを持ち上げながら、教頭の持田先生がからかってくる。
「そんなことないですよぉーー」
「やっぱ、若くて色男の方がいいよなぁ??」
「そうに決まってるじゃないですか」
またしてもその受け答えに笑いが起き、持田先生は固まる。
「もう、冗談に決まってるじゃないですか。そんな真に受けないで下さいよ」
「とうとう俺の藍本を巡って、バトルが始まりそうな予感だ……」
持田先生のマイカップを受け取りに行くと、冗談なのか本気なのかわからないセリフを言う。
――冗談ですよね?先生??
持田先生は、お父さんみたいな人で生徒から慕われている。
例えば、密室に二人きりになっても安心して一緒にいれるくらいの人なので、ここは冗談と受け止めておこう。
「持田先生と話してたら、時間なくなるんで教室に戻ります」
「冷たいなぁ」
たっぷりと入れたカップをどんと机の上に置き、職員室を離れる。
その際にもう一度見ると、隣の席の渡辺先生と話していた。
――……気になる!!
てか、こんなに時間かかったのに一真のヤツは現れる気配がなかった。

教室に戻り、自分の席にドンと座る。
「いやいや、ごくろう――」
机の上に放り投げた携帯を隣の席の一真が取ろうとするが、その手を叩く。
「なーんか、立場わかってないようねぇ」
「ありがとうございます、藍本様」
「よろしい」
そそくさと携帯を受け取ると、電源を入れてなにやらチェックをしている。
この携帯で何をするというんだろう。
「なんで、取りに来なかったわけ?」
「行こうとしたら、葛葉が教室出たから持ってきてくれるかなと」
「悪いと思って、自分で取りに行こうとは思わない?」
「だってよ、一緒に顔出してみ? あれやこれやと言われるに決まってるじゃないか。たまに、俺だって持ってきてやってるんだから、お互い様だろ。それに・・・」
「それに? ――あ、おはよう」
「おは」
私の友達の新山 亜衣が登校して来たらしく、前の席に座る。
「あのイケメン先生にも会えただろ?」
微妙に何かを含みながら、先生の事を言われる。
「イケメン先生!? 響崎先生でしょー?? 坂口先生に勝るとも劣らないかっこよさだよね」
話が聞こえてたらしく、前の席の亜衣も話に参加してくる。
彼女の特技でもある情報収集をしてきたらしくいろいろと教えてくれるけど、ほとんどは事前に知っていることが多かった。
そうじゃなかったら、私の立場はなんなんだって思うけど。
知っているけど、初めて聞く素振りをするというのもなかなか難しい。
「でも、さすがに彼女のことまでは聞き込めなかったんだよねぇ」
「へぇーーー」
本人曰く、いないらしいけど。
「あいもは興味ないの??」
「朝からちょっくら話してきたよ」
「……え!? あー、そうか。職員室行くの日課だもんね。いいなぁ」
「じゃ、総代変わる??」
「先生と話せてうらやましいけど、あたしになんかムリだよ。それに、選挙で選ばれた二人に申し訳ないしーー、ね? 笹木君」
一真は、えぇ!?という顔で亜衣を見る。
ご丁寧に亜衣までもが一真との仲を取り持っているのだ。
こうまで公認になると弁解のしようがなく、二人とも訂正するのを諦めようかなとも感じている。
自分の友達が登校してきたので、一真はその友達と話し始めた。
薄々感づいてはいるんだけど、もしかして亜衣のことが苦手なんじゃ?と思う。
なにかと理由つけてどっかに行ったりするし。
このきゃぴるんについていけないのかしら?
こんなキャラだけど、根はいいコなのよ、根は。
「明日は、実力テストだね。勉強する?」
「やだなー、するわけないじゃん」
「だよねー、家に帰っても勉強のしようがないしね」
「あはは」
二人して笑いあう。
……明日のことは、忘れておこう。

――と思ったのに、しまったぁ!
私の家には、先生と名のつく人がいるんだった
そろそろ、洸くんが買い物袋を手にして帰ってくる時間になって思い出す。
別に担任じゃあるまいし、何も言わないよね??
今日は、何のTVを見ようかなと新聞を見ていると玄関が開いて、洸くんがリビングに現れる。
「ただいま」
「おかえりなさい。ねね、今日の晩御飯は??」
テーブルの上に買い物してきた材料を並べる。
今日は、魚料理?嫌いなんだけどなー。
「はいそこー、嫌いですって顔しないこと。葛葉の両親に好き嫌いを直してくれって頼まれてるんだから」
「えー、あの両親そんなこと頼んでるの!?」
「他にもあるぞ」
余計な事頼むなってーの……恥ずかしいなぁ。
他にもって一体何を頼んだんだ、父と母よ!!
「まぁ、俺に任せときなさい」
スーツの上着を脱ぎ、ネクタイを緩める。
「なんか、それっていいよね」
「ん?」
「ネクタイを緩める仕草の事。結構、人気あるハズだよ」
車でバックする時に、助手席に手をやるのと同じくらいに。
私は彼氏にやってもらったことがないし、想像でしか言えないけど、それをやるクセのある父に母がときめいていた。
「なんなら、やってみる? 襟付きのシャツ着てることだし……」
いきなり、洸くんは私の首に今外したばかりのネクタイを結ぶ。
なんか立場が逆と思うんですけど……?
夫婦だったら、奥さんが旦那さんにネクタイずれてるわよって言いながら、新婚生活ラブラブです!みたいな。
「うんうん、なんかかっこいい」
そうかな?と自分の胸元を確かめる。
「ちょっとだけ、してていい?? ネクタイなんてすることないし」
「構わないよ。じゃ、着替えてくる」
びろーーん。
鏡に映った自分を見ながら、ネクタイを手に取る。
首周りって結構しまるもんなんだ……、これを一日中してるとそりゃ緩めたくもなるよねぇ。
「男の気持ちわかった?」
私服に着替えた洸くんが、先生から響崎 洸に戻る瞬間は、私だけの特権。
スーツも好きだけど、私服もなかなかのおしゃれ。
こんな人には、弱点というものはないのだろうか。
「なんか、こうして見ていると、葛葉が俺に縛られてる感じだな」
「えぇ!?」
「冗談だよ、ジョーダン」
そんなことを言われ動揺している私のネクタイをシュッと外して、邪魔にならないところに置いた。
全然、意図が読めないんですけど!?
そのまま、洸くんはキッチンに向かい料理の準備をする。
なんだかよくわからない私は、向こうに追いやられたネクタイをじーっと見つめる。
その後、ボーっとTVを見ていると次々と料理が並べ始めていたので、私はあわててお茶の準備をすることにした。
「そういえば、今朝は葛葉がコーヒーいれてくれたよな」
「あれ? なんとなく気になっちゃって。……まだ勝手がわからないだろうし」
「さすが先輩、気が利きますなぁ」
「先輩だなんて――」
「いやいや、本当。俺、全然わからないし。学校でかすぎで迷子になるかも」
「私も最初の頃は、わかんなかったよ。でも、走り回ってたらいい加減覚えちゃった」
「あー、そうだよな。ここの生徒会役員はかなり働かされて大変そうだ。前の学校なんてお飾りみたいなもんだったよ」
「そんな組織の担当になるんですよ。逃げないで下さいね」
「逃げないよ」
まっすぐ見つめる彼の目を私は受け止める。
――が、まともに見れなかったので目をそらしてしまった。
「あ、逃げた」
「だって――……」
「?」
そんな瞳で見つめられると、こっちが恥ずかしいじゃない。
「いいのいいの。ご飯食べよ。いただきまーす」
洸くんが作ってくれた料理を口にする。
「あ、おいし」
「だろ??」
「これなら食べれるかも……」
「それはよかった」
学校の話をしながら、夕食を平らげていく。
一息ついた頃に、食器を洗おうと立ち上がると、洸くんに制される。
「今夜はいいよ。明日、テストな学生にそんなことさせられないよ」
「家では、先生と生徒はなしって言ってたのに」
「こういうのは特別。――じゃ、保護者としての言葉」
「……はーい」
なんかつまらない気分になったので、部屋に戻ることにした。
でも、勉強したくてもする道具がここにはないんだけど。
生徒の大半が学校に教科書類を置いて帰ってるのは、黙認されている――たまに、チェックが入るときあるけど。
部屋に閉じこもってればバレないだろうし、漫画でも読もうっと。
――数十分後。
なんか気配を感じたので、ドアの方を向くと予感通りそこにはいた。
「なにしてるのかな? 藍本さん」
「いや、あの……これは」
「俺の言い方が悪かったかなと思って、せっかくデザートを持ってきたというのに……先生に言った言葉は嘘だったんだね」
そのまま、ドアを閉めようとする洸くんを呼び止める。
「先生、ごめんなさい! 勉強しろといわれても全部学校なんです! だけど、デザート食べたいです!」
閉じかけたドアがもう一度開き、目の前にデザートが置かれる。
「そうだと思った。正直に告白したから今回は許すけど、順位下がってたらどうなるか、たのしみにしといてね」