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「で? どうしてあんたがそこにいるの?」
夜になっていつの間にかあがりこんでいた一真は、引越しそばをすすっている。
「たぶん、コレがあるだろうなぁ……と思って」
一人で、次々とそばを平らげていく一真の隣の席で、洸くんは苦笑している。
「これ、お前が作ったのか?」
「そばくらい作れるわよ、失礼なっ」
「どうせ来るなら、もう少し早く来て手伝ってくれればよかったのに」
「やーだね。二人の世界を邪魔しちゃ悪いだろ」
「な……!?」
「お、図星かぁー??」
全部食べ終わった一真は食後にお茶を飲み、洸くんは相変わらず笑いながら食べている。
「しっかし、先生も変わってるよな。いくら会長の薦めなんだかしらないけどさ、こんな条件を飲むなんて」
「いい家だと思うよ。本当に。大切にされてたんだなぁってよくわかる。それに――」
「それに?」
一真と声が重なる。
こういう時は、息が合っているというか。
「お隣さんが、一真君の家というのも気に入ったよ。いざという時は、ヨロシクな」
洸くんが一真に意味ありげな視線を送る。
どうやら、言っている意味がわかったのか頷く。
「わかってますよ、先生」
「何がいざっていう時??」
二人とも、頷きあったまま話そうとしてくれない。
いざってなんなの!?

そして、入学式。
校内が新入生たちでごった返す中、私たちは案内役として走り回る。
連絡手段として、学校から支給されている携帯がフル活躍。
唯一、生徒内で堂々と使えるので携帯病な私にはぴったり。
「もしもしーー?? え!? 聞こえないんですけどーーー」
あまりのざわつきで、電話相手の声が聞こえないのからボリュームをあげると、なんとか聞こえ始めた。
「葛葉ちゃーーーん? あと、十五分で体育館に全員集めてくれよーーー」
梶島先輩が心配して電話をしてきた。
「えぇ!? もうそんな時間ですかぁ!?」
「そ。だから、追い込み頑張ってね」
一方的に電話が切れる。
先輩、この状況がわかってないから、そんな軽く言えるんですよね?
現場を任されているこっちの身にもなってくださいよ。
クラスが発表されている掲示板の前で、新入生は一喜一憂になってその場から動こうとしない。
これで高校三年間のエンジョイライフが決まるも当然だから。
三年間クラス替えも担任も変わらない代わりに(転勤があれば別)、クラスの全員と仲良くなれるのだけど。
あとみんなが気になることといえば――……。
「はーい。みなさん、聞いてください! 今年の新任にイケメンな先生と美人な先生がいます!もしかしたら、みんなの担任になるかも。体育館に行ったら会えますよーーー」
そのあたしの言葉を聞いた新入生たちはあきらかに動揺し始めた。
「マジで?? 早く、そのイケメン先生に会いたくない??」
「そうだね。ここにいたって仕方ないし」
そう思ってたなら、なんでさっさと移動しないかなぁ。
人が集まっているところには、また後から来た人が集まってくるものだから、どんどん増える一方。
半数くらいは、意味なくここにいたのだろうと思われる。
女の子たちの勢いある流れで男の子たちも流れるしかなかったようで、やっと人がはけてきた。
反対側にいた一真が時間を確認しながら、こっちにやってくる。
「イケメン先生はわかるとしてー、美人先生って――」
「そ。私も好きになれそうな感じの」
「以外に――……」
「え?」
時間がないので、慌てながら新入生を促す私の横で一真はのんびりとしている。
あんたもちゃんと仕事をしなさいよ!
「なんでもない」
そう言うと、一真は女の子たちに催促の声をかけに動き始めた。
ったく、女の子ウケがいいのわかってるもんだから、調子いいというかなんというか……。
五分もしないうちに校内の庭は静かになり、役員の数名が取り残される。
みんな一息ついているようだけど、まだまだ仕事が残ってる。
そりゃ、私だって休みたいところだけど、仕事をしないと怒られるよ。
誰にって?そりゃ、千夏先輩に。
梶島先輩が言った一言を、千夏先輩が何倍にもして私たちに雷を落とす。
ようやく、一年かけてわかった二人の関係。
やっぱり、付き合ってるのかなぁ……なんて思ってみたり。
そんなことを考えていると、体育館の所まで辿り着き、一番前にいた人がドアを開ける。
ずらーっと並べられた席には、ほとんどの生徒たちが座っていた。
なんとか間に合ったみたい。
「よう、お疲れさん。一時はどうなるかと思ったけど、さすがは葛葉ちゃん」
前の方に行くと、梶島先輩からねぎらいの言葉がかけられる。
任務成功でよかった……ほっと一息ついてると、先生と話していた千夏先輩が戻ってくる。
「ちょっと小耳に挟んだんだけど。イケメン先生って、孫??」
ここでその単語を使いますか!?
「新入生がきゃっきゃしながら、話してたから。おかしいわね、どっから流れたのかしら?」
千夏先輩は首をかしげながら、プログラムを確認している。
私が原因です、手っ取り早くあの場を収めるにはそれしか思い浮かばなかったし。
そんな重要な事でもないので、さして犯人の追求はなかった。
生徒会メンバーは、確認のため各自クラスの名簿を持って点呼を取りに行った。
「梶島先輩。あたしたち何しましょうか?」
「そうだね、――ギリギリになってから、新任の人たちを呼んできてくれるかな。騒ぎになっても困るし」
新入生たちはもちろん、上級生たちもまだ新任の顔は見ていない。
入学式なんて、全く関係ない上級生の楽しみといえば、どんな新任が来るか。
頃合を見て、私と一真は職員室へと向かう。
「失礼しまーす」
ドアを開けると、この春から新しく来た先生たちが心なしか緊張な面持ちで私たちを迎えた。
「おっ」
反応してくれたのが、お隣の学園から転勤になってやってきた先生のみ。
「そろそろ時間なんで、体育館の方にお願いします」
一真が率先して時間になったことを伝える。
先生たち四人は互いに声をかけながら、廊下に現れてくる。
当然のごとくその中には先生もいて、さり気なく笑うと私の目の前を通り過ぎて行く。
そして、その後ろには私が仲良くなりたい美人先生が。
彼女も私に軽く微笑んで、洸くんの後をついて行った。
「はぁ……やっぱり、美人だわ。ああいう人に憧れるなー」
最後に職員室の電気を消した一真は、スタスタと私を置いて体育館に行こうとしていた。
「無視しなくてもいいじゃない!」
「そのうちそんな事言ってられなくなるって」
なーんか、あの先生には突っかかるわね。
「あーゆー人、好みじゃないの??」
「綺麗な薔薇にはとげがあるっていうじゃないか」
「そうかなぁ」
何を警戒してそんなことを言っているのかわからず、私はただ好意を寄せていた。

入学式が始まり、長い長い校長のお話があってやっとクラス担当の紹介になる。
「えー、静かに。それでは――……」
待ってました!と言わんばかりに、ざわつく生徒たち。
進行役の先生も、それらを押しのけて発表し始める。
一年担当の先生たちがステージの上に並び、一人一人紹介が入る。
「ねぇ、あの先生かっこよくない??」
「え?」
「もしかしたら――……キャー。あたしたちの担任!?」
たぶん、先生が受け持つクラスの女生徒が浮かれる。
コラ、そこ、こっちに丸聞こえだよ。
そろそろ終了の時間なので、準備をしていると小耳に挟む。
いいなぁ、どうせなら私も……って、ダメダメ何を考えているんだか。
考えを打ち消すために、軽く頭を揺さぶる。
「葛葉も先生が担任だったら……とか考えてただろ?」
後ろからいきなり一真がズバリの回答を言ってくる。
そんな事を言っているヤツの顔はきっとニヤっとしてる、と思う。
「口はいいから、手を動かしてよ」
「はいはい」
紹介が終わり、ステージから降りてきた先生方に名簿などを手渡す。
このまま、自分の生徒たちを教室に案内するからだ。
「はい、渡辺先生の分です」
「ありがとう」
渡辺 春華(わたなべ はるか)先生は、それを受け取ると名簿を開く。
「段取りいいわね。もしかしてこういうの慣れてる??」
「ま、一応……」
小学時代から、こういうお仕事をやらされ続けてますから、否が応でも覚えてしまいますよ……。
ああしたら、ことがキレイに運ぶんだとか、いろいろ諸先輩方の技を盗んで自分のものにしたさ!
「頼りにさせてもらうわ。これからヨロシクね」
憧れの人の背中を見送りながら、次は先生が降りてくる。
「はい。響崎先生の分です」
「お、ありがとう」
「これから頑張ってください」
他の先生方にも言ったように、同じ事を言う。
本当はまだ知らない者同士だから、今は素っ気無い態度を取るしかない。
先生がどのように考えてるのかはわからないけど。
とりあえずは、教科の担当も当たってるし、それに――なぜか、生徒会担当。
前の先生は、生徒会の忙しさに根を上げたとか。
新任なんかに任せていいのかという声もあったらしいけど、今の生徒会メンバーは十分任せられるという声もあったよう。
学園の事を知る一番いい場所でもあり、そんな所を担当させられるからには期待をかけられているということかな。
だったら、もう一人の丸谷先生でもいいような気はするけど。
教師十年目だし、熱血先生っぽいしなぁ……やっぱカンベン。
ただでさえ、千夏先輩にしごかれてるのにその上そんな担当が来た日には、私の学生生活はいずこ!?
そう考えると、先生でよかったのかも。
教師五年目の二十六歳、満を持して祖父の経営する学園に招かれ、ゆくゆくはここを受け継ぐ人になるのかな?
ん?そういえば、渡辺先生も二十六歳らしいから同級生か……。
「おい、始めるぞ」
一真がお前もしろよ!と催促をしてくる。
始めるといっても、片付けをだけど。
参加していた生徒たちも、自分の椅子や、まわりに置きっぱなしの椅子を片付け始めている。
そして、私たちはそれを受け取り元あった場所へと運ぶ役。
みなさん、新任の話題はいいから、さくさくっと片付けて帰りましょうねーーー。
たくさん持ってありがたいけど、持ち比べなんかしてると遅くなるでしょうが!?
「あいもっちゃんのクラスって、あの先生が教科担任になるんだよね??」
「あの先生?」
「ほら、新任のイケメンな先生」
「あー、そうみたいだねーー」
そう羨ましがられながら、椅子を渡され去っていく。
こんな立場からか、話したことのないような人でも、気軽に話しかけてくる。
誰彼構わず、『あいもっちゃん』という愛称で呼びかけてくるが、いつの間に定着したんだろう。
いつの頃からかそう言われ気にもとめてなかったけど――ふと思った。

そして、新学期が始まる。