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あの衝撃的な出来事から季節はめぐり、春がやってきた。
どんなに頑張って両親を説得しても、考え直す気がないようで。
年頃の男と女が一つ屋根の下で暮らすなんて、なにかあってからじゃ遅いんですけど!?
な……なにかって、別に期待してるわけじゃないけど。
ホラ、誰かが言ってたじゃない?男はみんな狼なんだって。
一人娘の事を普通は心配するよね?
――この時点で、普通じゃないのかも。
ついつい、一真にだけにこの話をしたけど、他人事だと思ってからかうだろうし。
私の意見はどうなってるのよー!?

入学式の前日、生徒会一同は打ち合わせのために、生徒会室に集合する。
さすがにこの人数になると、全員が座ることができないため、学年総代以外は立って書類を読んでいる。
こういう時は、総代でよかったと優越感に浸れるけど、それなりにこっちも忙しいのだから、お互い様。
「今日、来るのよ」
「へ? 何が?」
「何がって、響ー……」
室内がざわついている中、隣に座っている一真に響崎先生が今日引越しをしてくるということを大声で言いそうになる。
「あぁ! そっかそっか。そりゃ、たのしみだな」
ニヤニヤしながら、書類に目を通している一真、そして私も怒りながらもささっと目を通す。
最近は、これくらいの芸当はできるようになった、というかならざるを得なかったというか。
「よくもまぁ、お前みたいなわがままぷーと暮らそうという気になるもんだ」
「なによ、その言い方。一人娘の特権じゃない」
「しかし、すごいよな。一回しか会ってないんだろ?」
「そうなのよ。初めて会ったはずなのに、すぐに意気投合しちゃって」
両親が発つ前に、会長と響崎さんは家を訪れた。
えらく響崎さんを気に入った父は彼を笑いながらバシバシと叩き、『娘を頼むぞ』って言っていた。
娘を頼むぞ?、……未成年だからか。
「家事全般向こうがするって自体、もうおかしな話だよ。女のプライドはどこだ??」
一通り目を通したのか書類を机の上に置き、あたりを見渡す一真。
「大学時代に一人暮らししてたらしいしぃー」
「だからってなー、料理くらいしろよ、料理くらい。したって損することはないだろ」
「家賃ダタ! 徒歩十五分! これだけで十分恵まれてると思うんだけど!?」
私も読み終え、ふと部屋を見渡すとなぜか注目されている。
一真は当の昔に気づいてたらしく、馬鹿っとつぶやきそっぽを向く。
「とうとう、同棲でもするのか?」
「はぁ!? 誰と誰が?」
「皆まで言わなくてもいいぞ、な」
周りにいる人がうんうんと頷くが、何の話を言っているのかがよくわからない。
「はいはい。将来設計は後にしてね。みんな、書類を読んだわよね? 明日の集合時間は――」
千夏がさらっと受け流し、入学式の仕事の話をし始める。
「なに!? 誰が誰と!?」
もしかして、もうバレたのかと一人でパニック状態になる。
「葛葉、落ち着けって。バレたわけじゃないから」
一真が千夏先輩の話をメモを取りながら、私にそう言う。
「え……そうなの? それなら、よかったけど。――じゃ、誰の話?」
思いっきりわざとらしくため息をつかれた。

家に帰って、昼ごはんを食べて一息ついた頃。
携帯に着信が入ったので、慌てて通話ボタンを押す。
「もしもし」
「もしもし、俺だけど……」
「俺!?」
「――……」
私の反応に、相手が押し黙る。
そういえば、誰だか確認しないまま電話を取ったな……と思い出す。
「もしかして、響崎さんですか?」
「そうだけど。――確か、携帯に登録したよね?」
「てっきり、家の方に電話が来ると思いましたよ」
「家より携帯の方が確実かなーと、今時のコは」
「――……そうですね」
嫌味なのかそうでないのか、六歳差を実感させられる。
「今からそっちに行こうかと思うんだけど、大丈夫かな?」
ピンポーン。
家のチャイムが鳴ったのでドアホンで確認すると、ども!っと頭を下げる人たちが。
「……荷物、届きましたよ」
「はぁ!? 今すぐそっちに行く」
本人も予想していなかったのか、ブツっと電話を切る。
私は軽くため息をつきながら、玄関先にいる引越し屋さんを招き入れることになる。

「ごめんね、二時って聞いてたんだけど」
響崎さんが家に着いた頃にはほとんど終わってて、私が差し出した冷たいお茶を飲んで小休憩を取っている。
「いやー、新婚さんですか?」
「え??」
一番年上であろう人が、とんでもないことを言い出す。
「それにしても、奥さんが若くてうらやましいですな」
「お、奥さん!?」
「気配り上手だし、将来安泰じゃないですか、旦那」
飲み干したグラスをアピールした後テーブルに置き、部下たちに行くぞと立ち上がる。
「予定より早く来て申し訳ございません。前の一件が早く片付いたもので……」
「……いえ」
玄関先で部下たちはトラックに乗り込みながら、最後の挨拶をする。
「最初、こんなお嬢さんで不安だったんですが、見た目とは違ってしっかりしてらっしゃったので助かりましたよ。それでは、まいどっ」
軽やかに助手席に乗り込み、引越し屋さんは去っていった。
「今度は新婚かよっ」
隣にいる響崎さんに聞こえないように、つぶやく。
「何か言った??」
「いいえ。どうするんですかー? 新婚ですよ、新婚ーーー」
さっきのおじさんの話にちょっと乗っかってみる、どうせカンベンしてくれとかいうんだろうけど。
「――……それもいいかもな」
今度は、こっちが聞きなおす。
聞き間違えじゃなかったら、それもいいかもなって言いませんでした!?
「彼女いるクセに、何言ってるんですかぁ」
それとなく、身辺調査をしてみたりして。
だって、あまりにも情報が少なすぎだし。
「いたら、こんなコトになってないと思うけど?」
そう言いながら、玄関へと戻る響崎さんの背中を見つめる。
「そう言われれば」
くだらない質問をしてしまったと恥じる。
家の中に入り、一つ余っていた部屋にダンボールが山積みにされている。
「独り身にしては多くありませんか??」
一つ一つに何が入っているかが走り書きがしてある。
「先生はいろいろと大変ですから」

「何か手伝いましょうか?」
「そう言ってくれると助かるよ。危ないから、割れ物を先に出してもらえるかな?」
「はーい」
割れ物注意のシールが張られたダンボールを開ける。
丁寧に一つずつ緩衝材で包まれた食器たち。
「これって響崎さんが全部?」
「ああ、そうだよ」
「A型っぽいですね」
「その通り」
「この走り書きといい、響崎さんの性格がうかがえますよ」
大雑把に書けばいいものを、こまごまと何が入っているかがわかる。
「誰が見てもわかるようにしとこうかなって」
「え?」
「ホラ、こうやって藍本さんが手伝ってくれてるだろ?」
「確かにコレだったら、誰がやってもわかりますねぇ」
「よし! 決めた!」
荷物を運んでいた手を止めて、私に向き直る響崎さん。
「家にいる時は、苗字で呼ぶのはやめにしないか? これから一緒に住むっていうのに、堅苦しい気がするし」
「そうですか? 私は別に――」
「な、葛葉」
いきなりそう呼ばれたので、ドキっとする。
「私はなんて呼んだら……」
「洸とでも、なんとでも」
「呼び捨てにはできないので、洸くんにしときます……」
「そ? じゃ、それで」
また、さっきの続きをする響崎さ……じゃなく、洸くん。
こんな呼び合い方してたら、本当に新婚さんみたい。
「食器を下に持って行きますね」
手で返事をする彼を確認し、一階に降りる。
両親がいなくなった分、寂しくなっていた食器棚が今日からまた増える。
なんかちょっと嬉しい。
今まで一人になんてなったことがなかったから。
いつも家に帰れば、母がいた。
あの人がこの家を守ってきたといっても過言ではない。
三年後、二人が帰ってきたときに失望させないためにも、私がこの家を守らねば。
「なーんて、かっこいいこと思ってみたり――って、えぇ!?」
いつの間にか降りてきいた洸くんが後ろに立っていた。
「ん? なにがかっこいいの?」
ニヤニヤしながら、私の持っていた食器の一部を上の方の棚に持って行く。
「いつからいたんですか!?」
「そうだねぇ……。手を握り締めたあたりから?」
「恥ずかし……」
「んで、なにがかっこいいの?」
「まだそれ、ひっぱりますか」
「気になるじゃないか。かわいいコが握りこぶし作ってんだよ?」
「……私がこの家を守らないといけないなぁ。なんて考えてました」
自分でそう言いながら、クサイセリフだなぁと思う。
「何言ってんだ?」
「そーですよね、こんな小娘が何言ってるんだってカンジですよねぇ! あはは……」
とりあえず、ここは笑ってごまかそう。
「今日からは俺の家にもなるんだから、二人で守るんだよ、この家を」
「二人で……?」
「そう、葛葉と俺」
「――そうですよね」
そう言われて、ちょっと負担が軽くなった気がする。
私一人で、支えなくてもいいんだって。
見上げる先には、洸くんの笑顔が。
確か、反対してたはずなのに――初日からオトされてない!?