7-7



「――どうする?」
「そりゃ――……」
「どうせ俺のことなんだろうけど」
パカッとそれを開いていつでも出れる状況にする。
なんて答えたらいいのかわからなくて、言葉に詰まってしまう。
手にしていたものを海晴に返し、手身近にあったシャツを羽織り背伸びをする。
しばらくそれを眺めていると、パッと画面が切り替わって不在着信になった。
「ねぇ。聖の携帯は?」
キッチンにいるらしい彼に向かって叫ぶ。
返事がないので聞こえなかったのかなと思い、しばらく待つことにした。
「俺のは今使い物にならないよ」
「……充電切れてるってこと?」
「ご名答」
ひょっこりと寝室に現れた聖が回答をする。
寝起きの水分補給のために聖がグラスに注いできてくれたものをお礼を言って受け取った。
「あたしと同じなんだから充電すればいいのに」
「イロイロと問題アリでね」
「……あ……、そっか……」
「海晴は何も悪くないよ」
「……でも……」
言わんとすることがなんとなくわかった海晴は納得する。
聖が今ここにいるのは向こうじゃきっと『大問題』なんだ、と。
軽く音を軋ませて聖が海晴の隣に腰を降ろす。
シーツに包まっているその隙間から、聖が残した跡が艶かしく目に留まる。
グラスを受け取ってサイドテーブルに置くと、少し大人しくなった海晴を抱きしめた。
その勢いでシーツがはだけそうになって、慌ててかき集める。
「さっきまでたっぷり見てたし、コレとかコレとかボクが残した気がするけど?」
わざと耳元で囁き、昨夜の跡を辿って海晴を赤面させる。
「違っ……そういうんじゃ……ない」
「……じゃ、何?」
耳たぶを甘噛みされながら、甘い声で煽ってくる。
だけど、海晴はそんな聖を突き放す。
「こうやってソノ気になっちゃうから困るのっ!」
「なかなか言ってくれるじゃん?」
不敵に笑うと言われたとおりにベットに押し倒す。
「ようやく自分の小悪魔っぷりに気づいた?」
「小悪魔って、そんな言い方……」
「チラ見せするくせに近づくとイヤだと拒む。イヤよイヤよも好きのうちだろ?」
「な……っ」
反論する前に勢い良くキスをされて口を塞がれる。
両手は聖の片手で押さえられて身動きが取れない。
顔を背けても、もう片方の手が捕らえて逃がすことを許さなかった。
「……っ、……も」
「……いっぱい俺を感じな」
これからのことを案じて海晴にたっぷりと愛を注ぐ。
両手がやっと解放されると、その言葉に操られたかのように聖に絡ませた。
残りの時間が惜しくて、一分一秒も逃さない。
刻々と時間を告げる時計の音の合間に漏れる甘い吐息。
二人だけの時間は確実に短くなっていく。
その最中にまた先ほどと同じ曲が流れ出す。
枕元に置いてあった携帯を盗み見るとまた魁からの催促だ。
そろそろ頃合かと、唇を離して海晴を抱きしめる。
「今だったら、魁もイチコロかもな?」
「……バカっ」
手を伸ばして携帯電話を取って、持ち主に渡す。
改めて海晴の顔を見ると、少し目が潤みしどけなく開いた唇が艶っぽい。
「俺はイチコロだけど?」
「もぅ……」
目元にキスをしてから、海晴から離れる。
「素直に言っていいよ」
「――……」
躊躇いながら、少し咳払いをして通話ボタンを押す。
「も……もしもし」
「あ! やっと出たなっ!?」
「気づかなかったんだよ……ゴメン」
「……俺が何で電話したのかわかるよな?」
「うん……」
まずは、聖のことの確認と戻りの時間の連絡。
あと、この連絡先の『交換事件』の真相はまた後日ということ。
魁が持ちかけてきたのはたったそれだけ。
あまりにもあっさりしすぎて、相槌を打つことしか出来なかった。
そのまま、電話を切られそうになり、海晴は慌ててそれを制止する。
他に二言三言話した後、魁は頷いた。
「わかった。……じゃあな」
「はぃ……」
(……てっきり怒られると思ったのにな)
適当に服を着替えてからリビングに向かう。
短い時間の間に身支度を整え、聖はHIJIRIになっていた。
「――……っ」
「何て言ってた?」
その姿を目にした海晴の様子が違うことを、背を向けていた聖はわからないまま話しかけた。
――さっきまでは自分だけの人だった。
いつもなら平気で見送っていたはずが、今日はそうするのが気が重い。
(あぁ……そっか。またここからいなくなるからだ)
聖の家なのに、主じゃなく自分が居残ることがおかしくて笑いそうになる。
「十三時までには戻ってこないと恐ろしいことになるって……」
「そっか」
「全然……怒らなかった……」
いつもなら、なんだかんだと怒るに違いない。
怒られて当然のことをしたのだから、逆にそうして欲しかった。
そうされることで自分のしたことの大きさに気づかされるから。
あんなあっさりと引き下がれると余計に罪悪感が膨らむ。
「そりゃそうだろ。海晴が来たんじゃなくて、俺が来たんだよ?」
「でも……! そのきっかけを作ったのはあたしなのに……っ」
「――もしそうじゃなくても、きっと俺は勝手にここに帰ってきてたさ」
「……」
「俺がそうしたいと思って行動したんだ。だから、俺が責められるべきことだ」
「そんな……」
立ち尽くしている海晴の手をとり、気を落ち着かせる。
絡んだ両手に互いの指輪が光り、海晴はただ意味もなくそれを見つめる。
「他の誰かに何を言われても、自分を責めないでくれ」
「違うっ! あたしが悪いのっ!! 会いたいなんて言うべきじゃなかった……!」
「なんでそんなに自分を責める?」
その手を振り解かれて、側を離れる。
そんなに自分が頼りないのだろうかと胸が痛む。
身を委ねて欲しいのに、頑なにそれを拒む。
自分を押し殺してただ耐えている姿なんかさせたくないのに。
「……自分の立場、一番わかってるでしょ……? そんな人が簡単にこんなコトしちゃダメだよ」
「時間だってちゃんと計算してる。ただ、どうしても海晴に会いたかったんだ! ……海晴もそうだろ?」
「……聖と再会した瞬間、このまま時が止まればいいって思った」
「なら――」
「だけどね。……もう少し我慢すればよかった話でしょ? ……本当にごめんなさい」
立っているのが耐え切れなくて、海晴はしゃがみ込んでしまう。
なんでこんな馬鹿なことをしたんだろう。
自分を責める言葉しか出てこなくて、どうしようもない。
「なんでそんなに強がる? あの時の涙は本物だっただろ?」
「聖が目の前にいたのがすごく嬉しかった」
「それでいいじゃないか」
「……あたしたちは普通のカップルじゃないんだよ? 会いたいときに簡単に会える、そんな環境じゃないことくらい十分承知してる」
「じゃあ……俺がこの仕事を辞めればいい話だ」
「違う、違う! そういう意味じゃない!」
聖にどう言えばわかってもらえるんだろう。
この気持ちを伝えたらきっと――……。
「……別れたいのか?」
低いトーンで言うその言葉に海晴の胸がドクンと凍りつく。
(そうじゃない……あたしが言いたいのは――)
「前から聞きたくて聞けなかったコト――やっぱり悠美ちゃんが言っていたとおり、重いんだな……」
「そんなコト……」
覚悟を決めて顔を上げると、そこには傷ついた表情をした聖。
次に出てくる言葉が見つからない。
(あたしが傷つけてしまった……)
自分の考えのない言葉に彼を追い詰めてしまった。
そんなことを言わせたいわけじゃない。
(なんでこんなにも不器用なんだろう)
互いの目を見つめて、どちらも口を開こうとしない。
海晴がその答えを言うまで、時間が過ぎてもこのまま待ち続けるんだろう。
刻々と近づいてくるタイムリミットに追い詰められ――。
「怖かった。このまま聖と会えなくなったら、一人じゃいられないって」
「……」
「聖がココへ帰ってきてくれたことは本当にすごく嬉しかった。……でも……でもね」
「……わかってる。本当はずっと前からわかってた」
海晴の話を遮って、聖は語り始める。
「え……」
「海晴のことになると後先考えずに身体が勝手に行動するんだ。海晴が泣いてると思ったらどうしようもないんだ……」
「……聖」
「子供みたいな独占欲なんてわかってるさ。……ただ、それを認めたくなかった」
「なんで海晴はこんなに強くなってるのに、俺はこんなにもちっぽけな人間なんだろうって」
「あたし……そんなに強くないよ?」
「いいや。俺の目から見ても強くなってる。自分が情けないよ」
「あたしがこうしていられるのも、みんな聖のおかげだよ? 『居場所』を作ってくれてすごく感謝してる」
座り込んだ聖の頭を抱きしめる。
「聖にはHIJIRIとしてこれからも頑張って欲しい」
「海晴……」
昨日まではあんなに恋しかったのに、今はそれが後悔に変わってしまった。
矛盾だらけの気持ちにどうしたらいいんだろう。
「こうなることを願ってたのにどうしてだろ……」
「それ以上考えなくていい」
「でも……っ」
「一体、何をすれば笑顔でいてくれるんだ……?」
声も出さずに泣き出していた海晴をそっと抱きしめた。