7-4



会えない日が続くことは、最初からわかりきっていたことだ。
会いたいのに会えない――それがどんなにつらいこととは知らなかった。
いつでも手が届く距離にいたことが、どんなに恵まれていたことだなんて。
(これが普通のことなのかな……)
学生の身で同棲してるなんて、そうそうないものだ。
たった少しだけ顔を合わすだけなのは寂しいと思っていたのに、今となってはそれでも十分だった。
(アレだけでもあたしは助けられてたんだ……)
何をしている時でも、ふとした瞬間に聖のことを考えてしまう。
思い悩みながらのいつもの昼休み時間。
ちらほらと教室に残ってお弁当を食べている生徒たち。
そんな中、クラスメートの話が耳に入ってきた。
「最近、彼とはどう?」
そう言われた彼女のお弁当をつつく箸が止まる。
それを見てマズイと思い、顔を引きつかせた。
「なんかさー……、前までちょくちょくデートしてたのに、最近向こうが忙しくてすれ違いになるんだよねぇ」
「何で忙しいの??」
「部活は試合前になったからって夜遅くまであるし、塾も行ってるしさぁ」
「そっか……寂しいね」
どうやらずっと話したかった様子に話を振った本人はほっと一安心。
「ほっとかれてると、付き合ってる意味あるのかなって思ってきて」
「試合見に行けばいいんじゃない! 俺の彼女ーって紹介されるかもよっ」
「……恥ずかしいよ」
「えー、紹介されると嬉しくない?」
「んーーー……そうかも?」
「行こうよ行こうよ! 一人じゃダメならあたしもついて行ってあげるし」
「……本当? それなら行ってみようかなぁ……」
落ち込んでいた彼女も友達に励まされて、少し元気になる。
その会話が耳に入ってきた海晴は自分と比較してしまう。
『公言』なんて絶対に出来ない行為。
だけど、彼の身の回りの人たちには紹介されてて、しかも、迎え入れてくれている。
――ただそれが何よりも嬉しかった。
これ以上表立って言い回らなくても、彼らたちに認められているだけで構わない。
ここにいていいんだと、ゆっくりと足を踏み入れて心地よい場所を作っていこうと思う。
(……行ってみようかなぁっていう距離じゃない場合はどうしろってんだ!)
地方に飛んでいた聖たちは徐々にこちらへと戻ってきているものの、まだ簡単に行ける距離でもない。
ずっと躊躇っていたことが、彼女たちの話を聞いてしまったおかげで振り切ることが出来た。
せめて、電話で声だけでもと思い連絡を取ってしまったのが全ての始まり。
教室のベランダに出て聖の番号を表示する。
少し躊躇った後に、通話ボタンを押す。
きっと、出ないだろうという諦めがあったからだった。
十秒ほどコールをするが、出る気配がなく呼び出しを切る。
「はぁ……」
今日はいつもよりも肌寒く、自分の吐く息を白く染める。
(――場所は違ってもきっと同じ空を見てるよね?)
澄み切った青空は高く遠く、海晴を包み込んだ。
しばらく、校門の外の流れ行く景色を眺めていたものの、身体が冷えてきたので教室へと戻る。
「電話繋がった?」
席につくと、茶美が一人ポツンと残って海晴を迎えた。
どうやら、彩たちは買出しに行ったらしい。
気を遣ってくれたんだろうと海晴は心の中で感謝する。
「……いや」
「そっか……」
先ほど恋愛話をしていた女の子たちはもう違う話題になったのか、楽しそうに笑いながら話をしている。
その光景を目にしてますます落ち込んでしまう。
「あたしもあぁやって笑いたいよ」
「ホラ、よく言うじゃん。会えない時間が長いほど、再会した時の感動が大きいって」
「よく言うっけ?」
「そ、そうだよ」
「意味はわからなくもないけど……。今会ったら、泣いて喜ぶかも」
「恋、しちゃってますなぁー」
「――……そういう茶美はどうなの?」
今がチャンスと思い切って切り込んでみた。
「何が?」
とぼけているのか本当にわからないのか真顔で聞き返され、海晴は戸惑ってしまう。
(茶美の恋はどうなってる?)
「え……っと――……」
もう一度言うことに躊躇っているうちに、彩と葵が手土産を持って戻ってきた。
「ホレ、身体冷えたっしょ?」
葵がホカホカの肉まんを差し出してくれる。
いい匂いが教室を漂ったのか、匂いの根源を探すためキョロキョロとして人がいる。
「ありがと。助かるー」
有難くそれを頂いて食べようとすると、机の上に置いていた海晴の携帯電話が振動を立てて動き出した。
「うわっ!? ビックリしたぁー」
「いつも思うけど、コレって心臓に悪いよねー」
「ゴメンゴメン。メール来るとは思わなくて」
時々、教室のあちこちから起きる着信のバイブレーションの音に近所の人たちはいつも驚かされる。
特に授業中なんかは、机の中に忍ばせていた本人すら驚く。
メールと思ってサブディスプレイを覗き込むと、電話の着信でしかもその相手は――。
肉まんを手放して慌ててベランダに出てしまう。
「忙しいコだねぇ……」
エアコンが効いた教室でぬくぬくと葵たちはほのぼのとしながら肉まんを楽しんだ。
「もしもしっ」
「今、昼休みだよな?」
「うん。大丈夫だよ。聖こそ、大丈夫?」
「あぁ。さっきゴメンな。携帯を手放してたから気づけなかった」
「ううん。こうしてくれただけで嬉しい」
「ん。声聞きたくなった?」
ズバリと言い当てられて、押し黙ってしまう。
「ち、違うも……」
「そっかー。俺はずっと聞きたかったよ」
「あたしだって……!」
聖にきっぱりと言い切られたので、思わず本音を漏らしてしまった。
「いつも言ってるだろ? そういうコトは素直に言いなさい」
「う……」
「会いたいと思うなら、言うんだよ?」
「言わない」
こんな自分でもそれを言ったらダメだということくらいわかっている。
簡単に口にしてはいけないことくらい、今までの経験上身に染みていた。
「また、飛んでいくから」
「ダメだよ……そんなコトしちゃ」
「海晴がいつも泣いてるから」
「なんでそう思うの?」
「――……俺がそうだから」
「――……ホント?」
「……教えない。ご想像にお任せ」
「いいも……」
「……」
少し沈黙が続くと、予鈴が学校中に鳴り響く。
「そろそろ時間だな。……じゃ、頑張れよ」
「……うん。聖もね」
お互い名残惜しいけどどうしようもなくて、電話を切ることにした。
中に入るとみんなからニヤニヤとしながら、出迎えられる。
「な……何?」
「別にぃーーー。じゃ」
彩と葵は手をひらひらさせて、各自の席へ戻っていった。
「肉まん、早く食べな」
茶美が持ってきていた水筒も一緒に差し出され、ゆっくりと味わう暇もなく平らげることになった。

あの日を皮切りに、メールだけでは物足りず電話もするようになった。
その度に幾度となく訪れる終わりの時間の途切れ途切れの会話に涙が出そうになる。
(遠距離恋愛なんて出来ないな……)
どうしても一人の時間が多くなると、もう過去には捕らわれたくないと思っているのにも関わらず昔のことを思い出してしまう。
一人で過ごした数々の夜を――。
「会いたいよ……あたしを一人にしないで」
最後に小さく呟いてしまう。
声だけでもと思ったのが間違いだった。
ちゃんと目と目を合わせて会話をしたい。
(いつものように抱きしめて耳元で囁いて。その髪に、その肌に触れたいよ)
余計に自分を苦しめるだけの行為に気づくのが遅かった。
どう誤魔化そうと思考を巡らせているのに、返事がないのに海晴は戸惑う。
「――聖?」
「――……うん?」
「なんでもない」
どうやら聞こえてなかったようで、海晴は一安心する。
「……そろそろ時間だから切るな。――……おやすみ」
「うん。おやすみ……」
電話越しの挨拶に切なさが募る。
あと少し、ほんの少し辛抱すればいいんだと自分に言い聞かせ携帯電話を閉じた。