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事務所で椅子の背もたれにもたれながら、張り出されているライブのスケジュールを見ている。
久しぶりのライブツアーは短く見積もっても、約三ヶ月あたりある。
追加公演でさらに長くなる場合もあって、聖は憂鬱になった。
予想通りの展開に自分が情けない気がしてくる。
全国各地のファンに会うことが出来るのは、嬉しい。
間接的ではなく直接みんなの声が聞けるほど、楽しいことはないからだ。
そう思うのに、ここ最近の聖の心の中にいるのは愛しの彼女。
どんなに忙しくてもふと考えてしまうのは、海晴のことばかり。
割り切って仕事をしているけど、時間ができると想ってしまう。
『お前ってそんなキャラだったっけ?』
そんな聖を見て、魁がふと漏らした一言。
自分でも本当に変わったなと思う。
追われる恋が追う恋になるとは考えもしなかった。
全てはあの日の出来事から始まって、今はこんなに愛しくてたまらない。
一時は別れようとした二人も、前以上に”心”で繋がっている。
そう感じているのに、一日でも顔が見れないと不安になってしまう。
相手が何をしているかがわからないからではなくて、自分がいてもたってもいられなくなる。
いつからこんなに弱くなったのかと、自嘲してしまう。
海晴の特権がいつの間にか聖にも移行し始めていた。
この前の事件もそうだった。
掴んだ手を彼女のほうから離してきた。
一番ツライはずなのに、笑顔を見せれるその強さが羨ましい。
その日の夜、いつもならすぐに寝てしまうのが自分が眠るまで起きてくれていた。
欠伸をしながらも、大丈夫だよと言い、たくさん話をしてくれる。
―――きっと、『あの時』の笑顔は忘れはしない。
「いつこっちに戻れるかとか計算してるワケ?」
「ぇえ?」
いきなり声をかけられて、聖は我に返った。
完璧に一人の世界に浸っていたので、声が裏返ってしまったことに話しかけてきた人物――悠美が笑う。
いつの間にか部屋に戻ってきていたらしく、聖はそのことに気づかなかったことに赤面してしまう。
「赤くなっちゃって。一人でイケナイコトでも考えてたのかしらぁー」
「ち……違いますよ!! 前者のほう、前者!!」
「慌てる素振りがますます怪しい」
「どのくらいこっちに帰れないか計算してたんです!!」
「はいはい。どっちにしても海晴ちゃんに繋がるんでしょー」
悠美は全てを悟っているかのように話す。
確かに彼女の言っているとおりのことなので、図星を指されて言い返せない。
そのまま他愛のない会話をしていると、悠美の台詞が痛いくらいに身に染みてしまう。
誰かに言われるまで気づかなかった。
もしかしたら、そうなのかもしれない―――、と。
「え!? ちょっと!! マジで受け止めるのはヤメてよ!!」
しばらくすると、部屋のドアが聖によって開け放たれて悠美が血相を変えて叫んでいる。
落ち込んでいるようで、頭をうなだれながら佇んでいた。
廊下を通りすがっているスタッフたちは様子を伺いながらも素通りしていく。
「あくまでもあたしの価値観なんだから、彼女がどう受け止めてるのかなんてわからないわよぉぉ!!」
聖の様子に慌ててフォローをしてみても、当の本人には聞こえていない。
そんな彼を見てどうしよう……とあせったが、仕事があったことを思い出してその場をそそくさと逃げ出したのだった。

「なぁ、ハル。俺って、お――……」
(お――?)
最近、俺から先の言葉に詰まる彼が不思議でたまらない。
その後はすぐ笑顔で誤魔化す。
ある日――。
いつものように夜遅く帰ってきた聖を出迎えてあげた。
そんな彼女を見て抱きしめる。
「いつも起きてくれててすごく嬉しいよ。だけど、これから先も毎日こんな時間になりそうだから、寝てていいよ?」
「寝不足になっても、聖におかえりなさいって言うの」
「海晴……」
「気にしないでいいのっ! あたしは学生なんだから、寝ようと思えばいつでも寝れるんだぞっ」
「なんか、聞き捨てならない言葉が」
「ジョーダンだってば」
「嘘には聞こえないなー」
「――ちょこっと嘘じゃないかも」
「コラ」
いざとなれば、授業中に睡眠を取るという彼女に注意をする。
自分のせいで負担をかけてはいけないと思うのに、そんなことをしてくれることが嬉しくてきちんと怒れない。
みんなが静まり返っている深夜に二人は語り合っていた。

バイトに行くと、先週とは違って大きな張り紙がしてあることに気がついた。
なんだろうと思い、海晴は近づいて内容を確認する。
月日と会場が書かれたearlのライブツアーの予定表だった。
サッと上から下まで見ると、北は北海道、南は福岡までの全国ツアーらしい。
(そんなこと一言も言ってなかったな……)
それを見上げながら、海晴はショックを受ける。
彼と知り合って、初めてのライブツアー。
(あんまり家に帰って来られなさそうだね、このスケジュール)
「何、海晴ちゃんももしかして同じこと考えてる? こっちに戻ってこれるのはいつかなって」
打ち合わせが終わって戻ってきた悠美が席についた。
「もってコトは、聖も?」
「同じようにそれを見上げてたわよ。仲がよろしいこと」
「大変そうですね、ツアーって」
「そうね。今からが忙しくなるわ。打ち合わせとか、リハーサルとか。この予定だと、地方からテレビ出演とかラジオ放送したりとか」
「そう――ですか」
「寂しくなるわね」
(そっか、それで仕事遅くなるって――……)
悠美の言葉を遠くに感じながら、これからのことを考えた。

今日のバイトが終わる頃、暇をもてあそばしていた海晴は椅子に座って例の張り紙を見上げていた。
(二週間――もしかしたら、三週間くらい会えないかも)
地方のライブの日程を見ると、わざわざこちらへ戻ってくるよりそこにいたほうが効率がよかった。
「あーーぁ……」
思わずついてしまったため息。
周りに聞こえたのではないかと思い、振り返って確認をする。
だけど、何事もなかったかのように仕事をしているので、海晴は安心した。
誰かが部屋に入ってくるが、それを気に留めることもなく一人で落ち込む。
すぐに悠美の声が聞こえるが、相手の声がはっきりと聞き取れなかった。
そして、少しするとドアの音がしたので、何気に振り返ると、なぜかそこには聖がいた。
さっき出て行ったのは、悠美のほうだったらしい。
「それ、嫌でも目に入るよな。――なかなか言い出せなくてゴメン」
「ずっと言いかけてた、俺の続き?」
「え!? いや――それとこれとは違う」
「そろそろ続きを教えてよ?」
「いいんだ。気にしないで。それより、このスケジュールが語ってるとおり、この三ヶ月間くらい忙しくなりそうなんだ」
「そうみたいだね――」
「家にも帰れない日が続くと思う」
「――……うん」
本当は寂しいけど、それを悟られないようにする。
そんな海晴の姿を複雑な気持ちで見つめる聖。
「もう、あがっていいよって悠美ちゃんが言ってたよ。また今夜な」
隙をついてキスされる。
わざわざ悠美に席を外してもらったのに、深い話ができないまま聖は海晴を残して去っていった。
「何か言いたそうだったのに――……」
海晴はそう呟いて、もう一度張り紙を見上げたのだった。