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今日はのバイトは違う場所で仕事があると言われ、別フロアへと集まった。
すでに数十名の人が集まっていて、海晴は顔見知りになった伊東由里(いとうゆり)の近くへとやってきた。
高校を卒業してからT−Gでバイトを始めている彼女とは、自分の歳と近いせいもあってか、すぐに意気投合ができた。
働く場所が違うが、たまにこうやって同じ仕事をするときは一緒にいる。
海晴に気づいたのか、手を振って手招きをしてきた。
「おはよ、海晴ちゃん」
「おはようー」
「今日から一ヶ月間くらいみっちり仕事あるらしいね」
「そうみたいだね。――さっき、中澤さんからチラッと話を聞いたよ」
「ここの総指揮はあの人」
人の隙間から見える、椅子に座っている人を彼女は指差しした。
海晴も少し身をずらしながら姿を確認する。
「なかなかの顔じゃない? 私、ちょっと好みかも」
確かにああいう顔が好みだという人も少なくないようで、女性陣も盗み見て観察をしていた。
好みのタイプに当たって、由里はほくそ笑む。
しかし、海晴には一緒に肯定は出来ずに、、曖昧な返事をして話を流した。
みんなが憧れている聖の顔を、毎日のように海晴は身近で見ている。
それに、朔馬や正人など長身でさわやか系とも知り合いで、学校でもいわばイケメンと囁かれてる人たちと友達だ。
(あたしって実は恵まれてる……?)
知らないうちに目が肥えているらしく、面食いになってきているらしい。
(でも、その前にかなり年上っぽいんですけど――)
「じゃあ、みなさん。今日からお世話になる坂東(ばんどう)です。よろしく」
「よろしくお願いします」
全員がそろったのを確認すると、椅子から立ち上がって彼は自己紹介をした。
「とりあえず、先にこれを見てもらいましょう」
近くにいた人に目配せをすると、その人たちが資料を配り始める。
前の人からホッチキスでまとめられた資料をもらう。
それには仕事内容と振り分けられた人数が載っていた。
「海晴ちゃん、この仕事しない? ちょうど二人だし」
「そう……だね」
海晴の確認を取ると、我先にと自分たちがしたい仕事をアピールしに前へと移動していった。
由里の根性の成果か、二人の希望通りの仕事をすることができた。
大量のコピーをとり、ホッチキスでまとめてとめていく作業だった。
事務所が抱えている衛星放送で、来月に二十四時間リレーの番組の下準備だった。
今年は、T−Gプロダクション三十周記念とのことで、総力を挙げている。
所属タレント全員が集結する滅多にない機会でもあった。
その全体の流れの予定表と、一つ一つのコーナーの細々とした内容がぎっしりと書かれてある。
数は膨大だが、適度に椅子にも座れて話もそこそこできる状況は女の子にはもってこいだった。
だだっ広い部屋の隅で二人はこそこそと話をしていると、誰かが近づいてきた。
「あ……」
「キミたちは――?」
「伊東由里です!」
「天咲です」
上の人が現れた反射で二人とも立ち上がって挨拶をする。
「伊東さんに、天咲さんだね――」
(んん――……?)
上の人、もとい坂東が二人の顔と名前を一致させようとしてか、まじまじと見つめてくる。
だが、海晴にはそれが耐えれずにすぐに目線をそらしてしまう。
「地味な作業かもしれないけど、コレがないと何も始まらないからね。ある意味一番重要な仕事かもしれないよ? じゃ、頑張って」
坂東は近くにいた由里の肩を叩いて、この場を去っていった。
「いきなり声かけられちゃったね!」
「いやぁー……」
なんとなく海晴はその後ろ姿を目で追っていると、彼はどうやら順番に各作業をしている人たちに声をかけているということがわかった。
その状況を背にしている彼女はそれに気付いていない。
それを言ってもいいのか悪いのか海晴は思い悩む。
「しかも、肩までさわられちゃったし!」
(それはどうかと……)
再び、彼を見やると由里にしたことと同じようなことをしていたので、彼のクセなんだなと判断した。
「なんか優しそうな人でよかったね」
海晴は率直なコメントをすると、由里も喜んで頷く。
「そうそう。来月で時間がないからさっさとしろ!とか脅されたらどうしようかと思ったよ」
「遅くなったのも、新年でバタついてたからかな?」
「かもねー」
このあとは、ただ淡々と同じ作業の繰り返しだった。

バイトの時間が終わり、海晴は悠美たちがいる部屋へと戻ってきた。
「どうだったー?  坂東は」
淹れたてらしく湯気の上がっているコーヒーを飲みながら、くつろいでいる悠美が聞いてくる。
今日はバイトに来た時点から、三上の姿が見当たらない。
例の番組で忙しいのだろうか?
向こうの部屋から男の声がするので、正人でもいるのだろうと思う。
海晴も最後の一杯と思って、自分用に淹れる。
いつも座っているところへ腰をかけ、熱々のお茶をすする。
「お知り合いですか?」
「同期なの。あいつはバリバリと仕事をやるらしいから、あたしらより一歩先にいるのよねぇ」
それが嫌味なのかどうかははっきりと伺えない海晴はノーコメント。
「今まで一緒に働いたことがないから、仕事っぷりが楽しみだわ」
(これって嫌味なのかな……?)
「三上さんの下に来たってコトはますます――?」
悠美なりの事情というものがあるのだろうが、そんなことを海晴には知るよしもなかった。
うーんと頭を悩ませる悠美を尻目に、暖かいものを飲んで一息ついた海晴であった。
「悠美ちゃーん。俺たち移動しなきゃいけなくなったから、ここの留守番頼むよ」
奥の部屋から正人が現れた。
他のスタッフたちは、そのまま次の場所へと移動するために部屋を出て行く。
海晴の存在に気が付くと、軽く声をかけながら悠美の元へと歩み寄る。
二、三言話すと用は済んだのか、海晴に向き直る。
「ハルっち、そろそろ帰ったほうがいいよ」
「え?」
「今日のあいつ待ってたら何時になるかわからないし、それにここにいたら悠美ちゃんにいろいろ仕事押し付けられる―――うっ!」
言っている途中で、脇腹に悠美からのパンチを喰らう。
「あら、海晴ちゃん。ここにいてもいいいのよ? その分、バイト代だって入るんだし、おねーさんと一緒におしゃべりしましょ」
悠美の側にいたら何をされるかわからないと思った正人は、反対側にいた海晴のところへとやってきた。
「あの言葉の中にはね、一人じゃ手が回らないからここにいてくれっていう意味だから、さぁ帰ろう」
「え、でも――」
空になっていた海晴のカップを受け取り、強制退場させようとする。
なんだか悠美に申し訳なくて、振り返ろうとするが正人に止められる。
「すぐに別の誰かを呼んでくるだろうから大丈夫だって」
「あたし、一人でやればいいんでしょ!」
そのセリフを聞いた正人は、ニヤリと笑った。
もちろん、背を向けているので悠美には当然見えなかったが。
「おぉ、そうか。ヘルプ呼んでやろうかと思ったけどいいんだな?」
「いらないってば」
「――というコトなんで、ハルっち」
「悠美さんに悪い気が……」
そのままの状態で帰らされようとしていた海晴は、自分の荷物をあわててそろえていた。
「暗くなる前に帰りな。聖と一緒なら構わないんだけど、一人じゃ――ね? 変な人とか襲われちゃうかもしれないし」
「あたしは襲われてもいいっていうのかしらーーっ!?」
もう半分やけくそになっている悠美。
「三十前のオバサンとピチピチな女子高生を一緒にすんなよ」
「ムカツクーーー! 変な人ってあんたでしょーがぁっ!」
最後の彼女の叫びは、ドアを閉ざしても聞こえてきた。
正人も下の階に用事があるのか、一緒にエレベーターに乗ってきた。
「ハルっち。知らない人とか、変な人についていったらダメだよ?」
エレベーター内で正人は小学生に向けるような注意をする。
周囲には何人かのスタッフが乗っていたので、そう言われた海晴は恥ずかしがる。
「正人さん……。あたし、そこまで子供じゃないんですけど?」
「あー、ゴメンゴメン。なんか、ハルっちにはそう言っておかないと、心配でさ」
「ひ――……、あの人もなんかあったら呼べとか言うし。みんなして子供扱いー」
顔を膨らませて怒ると、正人は苦笑しながら海晴を見下ろす。
「みんな、ハルっちにはそう言いたくなっちゃうんだよ。特に、オトコはね。じゃ、おつかれ」
なにか意味ありげにそう言い残して、正人が降りた階からは一階まで直通になってエレベーターは降りていく。