6-10



行きと違い三上は、一人で部屋に戻ってきた。
残っていた由美と翠にはそれが不思議に思えたが、あえて口にしない。
動揺しているのが伺えたからだ。
三上の悪い予感は悪い意味で見事に的中した。
このことを社長と話さなければならない。
――もちろん、聖と海晴にも。
自分の不甲斐なさを悔やみながらも、翠に向き直る。
「翠。先に車に戻ってなさい。聖はすぐに行かせるから。この件に関しては、私からキツク言っとくわ」
「それは、私がしなければならない――」
「いいから、行きなさい」
三上の一つの武器でもある、言葉の圧力に翠は押し黙るしかなかった。
「失礼します」
軽く会釈をし、部屋を出て行ったのを確認した由美はやっと口を開いた。
「聖になにかあったの?」
何の把握も出来ていない由美は、三上のただならぬ様子に恐る恐る聞いてみた。
三上は眼鏡をかけ直し、遠い目をする。
「よっぽど、聖本人に何かあった方がマシだったのかもね……」
その言葉に由美は、聖じゃなく別の――海晴に何かあったんだろうとそう気付いたのだった。

――コンコン。
社長室のドアがノックされ、許可を得た訪問者が入ってくる。
「――……」
出迎えた二人は訪問者たちに対して、心の中でため息をついた。
海晴は聖のダウンジャケットを羽織り、ファーのついたフードを目深にかぶっている。
そして、聖はそんな彼女の手をしっかりと握って、事務所内をここまで歩いてきていたのだ。
スタッフたちが盗み見していたのなんて、お構い無しだった。
「――何か?」
電話で呼び出された聖はとても不機嫌なのが伺える。
できることならこのまま家に帰って早く二人きりになりたいのに。
状況的にフードをかぶっているのが失礼だと思った海晴は、それを取り除く。
眼を伏せているが、誰が見ても泣いた後はあきらかだった。
「とりあえず、座りなさい」
「結構です」
社長の言葉にも関わらず、聖は退けた。
earlの育ての親でもある、社長もとい田中夫婦は顔を見合わせ難しい顔をする。
「まずは、私から謝るわ。まさかこんな事になるとは――」
「可能性はあると思ってたハズですよね? やっと思い出しましたよ。坂東ってヤツを」
海晴から名前を聞いた時に、早く思い出せればよかった。
ずっと繋いでいる手に力がこもる。
(――聖)
少しだけ顔を動かして、聖の表情を伺う。
日頃見たことのない、怒りを露にしていた。
「あなた、知ってたのね……」
「たまたま、耳にしたコトがあるんですよ。坂東って男が次々と女性スタッフとデキてるって。中には立場を利用されて、泣き寝入りしたって人もいることも」
「まったくその通りよ。だから、女性の少ないうちに――と思ったのが、間違いだったようね」
「そんなコトをするより、さっさとクビにすればいいじゃないですか!」
「そう簡単にすることじゃない」
「あーそうですか。大人の事情ってヤツですよね。そのおかげで、一体何人の涙が流れたと思ってるんです?」
「聖――!」
「いいんだ。由香」
三上が口の利き方に対して注意をしようとするが、社長に制された。
そのままタバコを口に咥え、火をつけて一服する。
社長室でしばらくの間、沈黙が訪れる。
「お前はどうしたいんだ?」
軽く煙を吐き出しながら、聖に問いかけた。
「もう、バイトなんてするコトはない」
きっぱりとこの先のことを断ると、聖は海晴を連れて踵を返そうとした。
「――待って!」
ずっと黙っていた海晴が聖を止める。
「あたし、まだ――ここでバイトしてたい」
「海晴? こんなコトになってまで――……」
自分に反することを言い出した海晴の肩を掴んで説得しようとする。
そんな彼に対して、海晴はニッコリと微笑んだ。
「大丈夫。今度から気をつけるから」
「気をつけたからって――」
「少しでも、聖の近くにいたいの。ただあそこで待ち続けてるより、ここにいたい」
「海晴……」
「それに――聖はすぐに仕事に戻らなきゃ。さっきから、三上さんが時間気にしてる」
次の仕事先までの移動時間がギリギリに差し迫っていた。
三上がバレないように腕時計を見ていたのを海晴は見逃していなかった。
「ね? また、後でいっぱい話そう」
肩を掴んでいた聖の両手を自分の身体から離す。
一番の被害者にそう言わせる自分がとても情けなくて、それ以上は何も言えなくなる。
そんな笑顔なんて見たくない。
何が彼女を強くさせるのだろう?
聖にはそれがわからない。
このまま二人きりの世界になりたいと思うのは自分だけなんだろうか?
ここでのわがままは互いにプラスにならないとわかってしまい、ただ頷くしかなかった。
「今日は私が送って行くわ」
「わかりました。――じゃ、海晴」
最後に手を絡ましそれを惜しみながら、聖はマネージャーの元へと急いだ。
「ありがとう」
「いいんです。さっき十分に一緒にいれましたから……」
三上の御礼に振り向かず、返しそびれた聖のジャケットを身体に引き寄せる。
そんな健気な彼女の後ろ姿を二人は見守ることしか出来なかった。