6-1



年も明けると、あっという間に時間は過ぎる。
相変わらずの週末だけのバイトも半年近くなり、だいぶノウハウもわかり始めた。
最初は人見知りをしていた海晴もだんだんと慣れてきて、少しずつ自分からも話しかけるようになっていた。
年が明けてから人事異動があったようで、新しい人が入ってくるとの話を耳にする。
出入りの激しいこの業界には別に驚くこともないことだ。
しかし、今回は身近な部署でのことで、それなりに情報が走ってきた。
その人は仕事をやらせればピカイチだし、それなりに周囲のウケもいいらしい。
海晴は自分には直接関係ないと気にもしてなかったのが――……。
「最近、バイトのグチを言わなくなってきたね? 慣れてきた?」
恋人たちの甘い時間。
ベットの中で海晴は後ろから聖に抱きしめられていた。
久しぶりにお互いの時間が合い、海晴はご満悦の様子に嬉しそうにしている。
「長いものには巻かれろって言うじゃない?」
「難しい言葉知ってるね」
「バカじゃないも」
「この間は自分でそう言ってたクセして」
「気を遣ってそう言っただけだし!」
くるっと振り返り、怒った顔を見せる。
それを見越して瞬時にキスを掠め取られた。
たったそれだけで、彼女のご機嫌斜めは治まってしまう。
少しくらいのご立腹を手なずけるのは、聖にかかれば簡単。
「最近、事務所にいることが少ないけど、何かあったら俺を呼べよ? すぐに飛んで現れるから」
「三上さんたちがいるから平気だよ?」
「一番頼って欲しいのは俺なの」
今度は聖がふてくされる。
「子供みたい」
「子供だもー」
ぽそっとつぶやくと、その言葉に便乗してまた海晴を押し倒した。
「んんっ……」
いきなり深くキスをされる。
少し前までの熱が冷めてなくて、すぐに胸の奥に灯がともる。
そして、二人だけの甘い時間が穏やかに過ぎていった。

「あぁ……寝過ごしてしまった」
次の朝――というか、昼に近い時間に目が覚めた海晴はぼやいてしまう。
隣には珍しく聖もそろって寝ていた。
(今日は昼過ぎからって言ってたっけ…)
身体を起こし体育座りをして、膝元に顔をうずめながらそんなコトを思う。
(――……茶美と遊ぶ約束してたっけ! ヤバッ!)
すっかりその事を忘れていた。
月に何回かは土日のバイトも休みを入れてくれるので、そういう日は茶美と遊んだりしていた。
いつの間にか、その約束の日になっていたのだ。
お昼を一緒に食べようと約束をしていたが、果たしてその時間に間に合うのだろうか……。
「ひゃん……!」
考え事をしていた上、まさか聖が起きていたとは気付いていなかった海晴は変な声を上げてしまう。
「俺としたことが、背中がガラ空きだった」
「やだっ、ちょっと……!」
聖の言うがら空きというのは、隙だらけという意味ではなく。
「そんなところにやめてよっ」
「誰もこんなトコ見ないって」
身体を起き上がらせていた海晴の背中が聖には丸見えだった。
そこに点々と赤い刻印を残していく。
「茶美と遊ぶ約束あるのにーーー!」
「じゃあ、それまでボクと遊ぶのだー」
聖はそんなことはお構い無しに海晴にじゃれつく。
この人のせいで絶対に約束の時間には間に合わないだろうと諦めたのは、言うまでも…ない。

週末のショッピングモールのファーストフード店は、学生や家族連れが目立つ。
その中に海晴と茶美も混ざり、予定より少し遅くなった昼食を食べていた。
ハンバーガーを食べながら、ポテトもつまみ食いをしている茶美は愚痴をこぼす。
「なかなか待たせてくれるじゃないか、お嬢ちゃんよぉー」
「ホント、ごめんなさい」
海晴は申し訳なさそうに、ハンバーガーをちまちまと食べている。
店内には有線みたいに最近の曲が流れていて、いつの間にかearlの曲が始まりだした。
「……この人待ちー?」
手にしていたポテトを振り回しながら、突っ込みを入れる。
肯定も否定もしない彼女にYESなんだろうと勝手にそう判断をする。
「別にあたしはいつでも会えるんだからいいんだけど。ただ今、彼に嫉妬中」
自分の友達を捕られた感じがして、聖に対して焼きもちを妬いてしまう。
「そんな…。茶美はいつまでもあたしの友達だよ」
「じゃぁ。彼もいつまでも一緒になんだよね?」
「えぇ? そ……それは―――」
茶美の茶化す発言に赤面をする海晴はどぎまぎしてしまう。
「二人でいるときはそんな話してるクセにー」
「そ……それはぁ」
「ホラ。この間の公開デートもこんな店に来てたじゃん? あーんとかしてたっしょ。ほら、あーん」
学園祭のご褒美の公開デートではこんなファーストフード店に来たのだ。
もちろん、撮影中というのを告知してからの来店だが。
振り回していたポテトを海晴に差し出すと、少し躊躇いながらそれを口にした。
「あれは、その場のノリというか、なんというか…」
ゴニョゴニョと当時のことを思い出す。
「あれだけ堂々とデートできたのも、最初で最後じゃない? 結婚とかすれば別だろうけどさ」
「けっ――結婚? ……まだ早いって」
「だってさ。もう、結婚できる歳だよ? そんなに急いてすることでもないけど」
「そんなのまだ先の話だよ」
海晴はわざと音を立ててジュースを飲み干す。
「同棲しちゃってるとそんな願望も薄くなるもん?」
「そういうワケじゃ……。今だけでいっぱいいっぱいだし」
「今はラブラブだから、他のコトは考えられませーんってか」
「もー! 茶美ってば!!」
「ゴメンゴメン」
(本当は、武人とどうなってるのか聞きたいけど…。まだ、勇気が出ないや)
ずっと前から気になっていた、茶美と武人の関係。
実は魁から聞いてしまったのだ。
ポロッと口走った本人はしまった!という顔をしていたが。
そう言われると、そんな気もしてきた。
よく武人のことを聞いてきたからだ。
あの時は、相談に乗ってくれてるんだと思っていたが、実はそうでなかったのだろうと思い始めた。
海晴のことを心配しつつも、武人の行動を探っていたのだ。
時間が経ってからわかることなんていくらでもある。
その時を精一杯に生き抜くしかない。
あとで後悔をしないためにも。
「最近、ひじ――彼がね。すごい、過保護っていうか。なんというか…」
「前の風邪の時とか?」
「それもあるけど。――…すごい甘えてくる」
「あーー。なんかあたし、ここで砂吐いていいかしら? そんな甘々トークを聞かしたいがためにあたしを呼んだのね」
シクシクと嘘泣きをしながら、茶美はすべてを食べ終えた。
すると、海晴が弄ばせていたテザートに目を輝かせる。
仕方ない…という風に、茶美にそれを差し出した。
「相談だよ、相談ー…」
「あたしも岩崎を見習って恋愛相談室開こうかしら?もち、料金制ですけど」
「えー、お金かかるの?」
「もちろん! 海晴はー……今回は特別にタダで」
「『は』ってことは、次からはお金取るってことだねt」
「それは、あたしの気分次第」
「オイオイ……」
「んで、本題だけどね。男の人が甘えてくるのって、女の人に母親を求めてるからとかなんだとか?詳しくは知らないけど…」
いつもは自分から甘えてばっかりで、逆の立場なんて想像もしていなかった。
(甘えられるのってなんか。むずがゆい感じ)
長居をしている海晴たちの周りの席は、当時いた客はほとんどいなくなっていた。
だけど、どうしてもさっきから海晴は気になっていることがあった。
たぶん、それに茶美も気付いているようで、時折会話の途中でふと止まったりしていた。
海晴が不安げに茶美を見ると、視線で合図を返してくる。
「そろそろ行こうか」
「うん」
「やっぱ違うんじゃない?――」
もう少し話したい気持ちではあったが、事情が変わった二人は自然に店を立ち去ろうとする。
隣の席にいた自分たちと同年代の女の子たちの会話が少し聞こえた。
トレーを所定の位置に戻し、一時間近くいた店を後にする。
「茶美も気付いてたよね?」
「当たり前じゃない。真隣であれだけ何回もチラ見されてたら!」
「なんでだろうね?」
「知り合い?」
「んー…違うと思う」
「何、あたしたち顔汚れてる??」
互いに顔を見合すが、そんなこともなくキレイな状態だった。
もっとも、そうなってた場合自分たちが注意してるはずである。
二人は答えがわからず、黙々と通路を歩いている。
傍から見れば二人はケンカしているのかと思えるくらい難しい顔をしていた。
「―――まさか、アレじゃない?」
「アレって?」
「彼女たちの最後のセリフからすると――公開デート。アレを見てたんだよ、きっと」
「えぇ? でも、あれは見られる人限られてたし、第一、変装も偽名もしてたんだよ?」
海晴たちの後々の生活のため、番組に参加した人たちは変装と偽名を使って登場した。
中には、偽名はしなくてもいいという人もいたが。
「確かに、みんな雰囲気変わってたけど。でも、全てが隠されるわけじゃないしね。あたしとしたことが失敗した」
茶美はなるべく聖の名前を口にしないように気をつけている。
何かの拍子に大ごとになっても困るからだ。
今日はついうっかりして公開デートの話題をしてしまった。
普通にデートするなら、『公開』なんて付くはずがない。
それがきっかけにわかる人にはわかってしまう。
結果、別人だろうということで落ち着いたものの、あそこで騒ぎになってもらっても困る。
茶美だって一端の女子高生なのだ。
そうなった時の対処の仕方なんてわかりもしない。
「ゴメン。あたしのせいで…」
「何、謝ってんのよ。海晴は頑張って忍ばせ愛を実らせたらいいの」
「でも。茶美に迷惑かけてばっかりだし」
「何言ってんの! これも、いつか来る日のためのイベントだと思えば楽勝」
「イベント?」
「あなたたちがいつかゴールインしたときに、あたしが友人代表でコメントするのよー。TVデビュー」
「そんな先の話かぃ」
「ホントにね、応援してるよ。海晴がね、こんなにかわいくてキレイになったのは彼のおかげだと思うし」
急にそんな真面目な話をされて海晴は押し黙ってしまう。
そのまま洋服の店に入っていく。
「その分、気をつけないとね。変な人が寄ってきちゃうから。どう? この服?」
茶美は気になった服を自分と照らし合わせ、海晴にそう意見を求めてきた。