5-9



次の朝、たっぷりと熟睡をしたせいか、いつもの時間に起きてしまう。
冬休みなのでもう少しゆっくりとしてもいいと思い、もう一度寝ようとするが視線を感じた。
「おはよ……」
「おはよう。まだ寝ていいよ? ……その前に、熱計ろうか」
ベットサイドに寝る前に持ってきていたのか、体温計を差し出す。
すぐにピピッと電子音がして結果が出た。
「まだ少しあるな……」
昨夜ほどではないが、平熱よりも多少なりとも高かった。
額に張っていたものをべりっとはがす。
「ちょっと待ってな」
そう言い残し、リビングへと出て行った。
一人残された海晴は聖が去っていった場所を見つめていた。
元から寂しがり屋ではあったが、病気のせいもあって余計に拍車がかかっていた。
聖が戻ってきたと同時に目線が合う。
「寂しかった?」
そんな気持ちなんてお見通しな彼はクスッと笑った。
「……うん」
「お。今朝は素直」
手にしていたものを手ごろなテーブルの上に置いた。
「あればっかりだと気持ち悪いだろ? ここは昔式ってコトで」
軽く額を拭いてやった後に、固く絞ったタオルをそこに乗せた。
「水分取らないとな。あと、何か食べれそう?」
「でも、時間……」
「今日は少しゆっくりできるよ」
「あ……」
聖が立ち去ろうとした瞬間に海晴が引き止める。
だけど、次の言葉が口に出来ない。
「もー、わがままだなぁ」
甘えるような目で見てきたので、言いたいことはわかったらしい。
「ついでに着替えておいで」
お許しが出たので、海晴はベットから飛び降りたのだった。
今朝は聖のぶかぶかなパーカーを羽織って着替えてくると、リビングの椅子に座り朝食を待っていた。
そこから聖の後ろ姿を目で追っていた。
「ハルゥ。そんな熱い目で見てると襲うぞ」
「そんなコトしないクセに」
動く度に視線を感じることに、何も言わずにはいられなくなった。
聖の口から出てくる言葉はでまかせとわかってるからこそ、海晴は見つめていたのだ。
「度を超えると、マジになるよ?」
用意が出来たので、テーブルに並べながら危険なことを教える。
「あー、おいしそう!」
「話しそらしたな、コイツ」
できたての熱を冷ましながら、二人は朝食をとることにした。

お昼前になった頃。
仕事の時間が近づいてきたのか、ぼちぼちと支度をしていた聖。
「一人で大丈夫か?」
「大丈夫だも……」
「本当はいて欲しいクセに……」
わざとらしく海晴の耳元でそう囁く。
「そんなコトない――」
海晴の返答を待たずに聖は誰かに電話をし始めた。
邪魔にならないようにと聖の側を離れる。
が、すぐに戻ってくることになる。
「あー、みなみさん? 今日なんですけどー……、休んでもいいですか??」
(えぇーーー!?)
心の中で思いっきり叫んだ海晴は、あわてて聖の目の前に立った。
「昨日言ってた『猫』がですね、まだ調子が悪いんですよ。え? 病院にでも連れて行けって? そこまでひどくはないんですけどね……」
海晴から背を向けるとどうにか休ませてくれとマネージャーに懇願する。
「そんなコトで休むなって? 俺にとってはそんなコトじゃないんですけど――……」
痺れを切らした海晴が聖をひっぱってこっちを向かせる。
頭を思いっきり横に振り、そんなことはしなくてもいいとアピールをする。
そんな海晴を見て、頭をクシャッとする。
「……わかりました。行きますよ。その代わり、少し遅れるかもしれませんが」
そうやって電話を切ると先に口を開いたのは海晴だった。
「こんなコトで仕事を休んじゃダメ」
「みんな、そんなコトとかこんなコトって……。俺にとったらそれどころじゃないの」
「ほら、このとおりほとんど元気になってるから」
前に比べればしゃきっとしている海晴だが、聖には放っておくことが出来ない。
だけど、必死になって訴える彼女の健気さに頷くしかなかった。
「それまで、……一緒にいよう」

夕方になって偶然、三上と顔を合わせた聖。
「ちゃんと仕事に来てたか」
「サボろうとしたら止められましたよ。本当はいて欲しいハズなのに」
「案外、一番あんたが子供なのかもね」
「え?」
三上が珍しく呟いたので、聞き取れなかった聖は聞き返した。
「翠(みなみ)には、話した?」
「どうしようかと。打ち明けた方がラクだとは思うんですけど、なんか踏み切れなくて」
「その感は当たってるかもよ。彼女、第二の三上だってうわさされてるらしいわね」
earlのマネージャーの河野翠(こうの みなみ)は、やり手のキャリアウーマン的な存在と言われている。
その力は彼らを任されてからというもの、どんどんと発揮されていた。
おかげ様であちこちのメディアで活躍することができた。
今年の後半のearlは誰もがよく頑張ったと賞賛するだろう。
聖のあと残り少ない今年のやり残したことといえば。
――マネージャーに彼女のことを教える。
これだけが最近の悩みになっていた。
前みたいにいきなり来られても、ごまかしきれるほどの人間でもない。
それならいっそ……と思ってしまうが。
言い出すチャンスも、それ以前に勇気もなくて。
ただ時間だけが過ぎていた。
「変にバレるよりあんたからちゃんと伝えたほうが、人って嬉しいものだと思うけど? 時と場所を考えて、だけど」
三上のアドバイスを心に受け止めた聖は、なんとか今年中には伝えようと試みることにした。
「なぁ。みなみさんにハルのコトを言おうかと思うんだけど、どう思う?」
「はぁ? ……ヤメといたほうが身のためだと思うが」
「俺もそれに賛成」
earlは楽屋でくつろいでいる最中に、聖の質問に批判をした。
「逆に仕事を増やされるのがオチだと思うね、俺は」
半年もたってくると、自分がこうすれば相手はこう返ってくるだろうと、だんだん把握できるように三人ともなってきていた。
魁の言うことも一理あった。
聖を多忙にして別れさせようとするのかもしれない。
それか直球で別れてくれと頼むのかもしれない。
「とにかく何度考えても、みなみさんは別れさす方向しか出てこないんだよな……」
「自分でわかってるなら世話ないじゃないか」
「来年はライブツアーよ! とか言いそう……」
「そんなコト言うのやめてくれよ、朔馬」
「だって時期的にそうじゃないか? アルバムも年明けに発売するし――あぁ、海晴ちゃんカワイそう」
わざと泣きまねをする朔馬を尻目に聖は頭を抱えた。
ツアーなんかした日には、すれ違いどころか家にも帰れなくなる。
確かに最近は大きいツアーもしていないので、もしかするとそうなりそうな予感もする。
ますます頭を悩ませる聖を見て、二人は笑いが止まらない。
「いやぁ。いいねぇ……お前がこんなに女の事で悩むトコなんて見たことないぜ」
「だよなぁ。いつもすましてる感じが逆に振り回されてる感じ」
ワハハ……と聖を弄んでいたら、スタッフからの知らせが入り、仕事の始まりになった。

他の二人は用事があるとかで、聖は一人マネージャーの車に乗り込む。
これはまたとないチャンスだと思い、口を開こうとするがそこから先が言葉に出来ないまま、車は進んで行く。
運がいいのか悪いのか、珍しく渋滞していた。
――仕方がない。
きっとこれが与えられたチャンスということなんだろう。
今年最後の大勝負。
「みなみさん。実は俺――」