5-8



マンションに辿り着いて、エントランスのセキュリティのところで立ち止まった。
身体を預けている海晴はボーっとしている。
「コラ。セキュリティを解いてくれないと中に入れないでしょうが」
軽く海晴の身体を揺さぶりながらそう訴える。
「かぎ――鍵……」
そこにあるはずはないのに、自分の服のポケットを探っている。
「うーーーん……」
「こっちじゃないの?」
持っていた海晴のカバンを目の前に差し出すと、頷きながらもそれを受け取った。
中を開けることもなく、じーっとカバンを見つめている。
やっとわかったのか、サイドポケットから顔を覗かせていたマスコットを手にする。
そこについていた家の鍵らしきものが現れてきた。
それを受信器にかざすと解除になり、閉ざされていたドアが自動的に開いた。
「いくらそのキーホルダーが可愛かろうと、そんな場所に入れてたらいつか落とすわよ? ちゃんとチャック閉めてるからって安心できないわ」
きっと今言っても無駄なんだろうと思いながらも、言わないと気が済まない三上は注意してしまう。
エレベーターの前でも鍵をかざすと、ボタンを押さなくてもエレベーターが自動的に降りてくる。
そして、エレベーター内に入りまた同じ操作をして、行き先の階ボタンを押した。
三上はその一連の動作を黙々と観察をしていた。
いつもの動作なので、考えなくても無意識に身体が動くらしい。
玄関の鍵を開けて、家の中へと辿り着いた。
「最近のマンションもハイテクになってきたのねぇ……」
一軒家に住んでいるので、マンションの仕組みをあまり知らない三上は感心してしまう。
「ベットどこ?」
リビングのドアを開けると、海晴が指差したのはいつもとは違うゲスト用の部屋のほうだった。
その指示通りにそちらへ向かい、それらしい部屋のドアを開けると、海晴が以前使っていたベットがそこにあった。
彼女の一通りの道具もここに置いてある。
ジロジロと部屋を観察しながら、海晴をベットに落ち着かせた。
「おなか空いたでしょ?」
「――うん」
「薬飲むにしろ、なにか食べなきゃいけないし……。キッチン借りるわよ?」
コクコクっと頷いたのを確認すると、部屋を後にする。
「えらく部屋が片付いてたわね……。ん?」
キッチンへと向かう際に聖が使っているだろう寝室が目に入った。
他人が入ることを想定していないのか、そこのドアは開いたままになっている。
見る気はなかったのだが、目に入ったものは仕方がないと苦笑しながら目的地へと移動した。
「二人の愛の巣を好奇心の眼で見たら可哀想ネ」
軽く舌を出しながら、海晴のためにおかゆを作り始めた。

「あたしはいつから年頃の娘を持ったのかしら?」
三上の子供たちは既に独り立ちをしているので、今は一緒には暮らしていない。
薬を飲んで多少は意識がはっきりしてきたのか、海晴はばつの悪い顔をする。
相手が三上だったいうことに身体を緊張させた。
「すみませ……ん」
「あ、いいのよ? 気にしなくて。いつものあたしの悪いクセ。そして、今しているのはただのおせっかいだから。手間のかかる子供たちがいなくなって世話をする相手もいなくなったからね」
「そうなんですか……?」
「でも、今は孫の顔を見るのが楽しみよ。カワイイんだから」
「孫?」
「そうよ。今、幼稚園にいってるお年頃」
「へぇーー……」
なんか三上に孫がいるのがとても不思議な感じがした。
いつもバリバリと仕事をこなしているので、つい既婚者ということを忘れてしまう。
しかも、孫までいるのが想像できない。
「子供たちが早くに結婚したから、若いうちにおばあちゃんになったわ――……って、この話は後でいくらでもしてあげるから、今は身体を休めなさい」
ついつい孫の話題になったので盛り上がってしまった三上だが、海晴の状態を思い出してそこで打ち切りする。

付き添っていた三上も仕事の疲れからか、ウトウトしていた。
いきなり、携帯の着信音が鳴り始めて三上ははっとして目が覚めてしまう。
海晴もその音に目が覚めたのか、うっすらと目を開けている。
すぐに着信を取り、部屋の外に出る。
少しして、海晴のところへ戻ってきた。
「ゴメンね、起こしちゃって……。なんか、仕事でトラぶったみだいだから、戻らなきゃならないんだけど――大丈夫??」
「――はい。寝てたら平気ですから」
「あいつが帰ってくるまではって思っていたんだけど、無理だったわね……そろそろ終わる頃だと思うから、もう少し辛抱してね」
コクッと頷いた彼女のおでこに手をやると、熱さまシートを深夜に向けて新しく取り替えてやった。
「玄関の鍵、どうしようか」
「あたし、行きます……」
「ごめんなさいね」
三上が玄関を出て通路に出ると人の気配がしたので、そちらに顔を向けた。
海晴も気になってドアから顔を覗かせた。
「あら、ちょうどよかったじゃない」
「みたいですね。お仕事ですか?」
「そう。悪いとは思ったけど、助かったわ」
「ぶっ飛ばしてもらいましたよ、マネージャーに」
「どういう理由で?」
「飼っている猫が病気なんですって」
「うまい言い訳だこと」
話しながら二人はバトンタッチをするかのようにすれ違った。
「聖」
「はい?」
「風邪をうつされるようなコトしないでよ?」
「そんなハメはしませんよ?」
互いに背を向けたまま会話をして、三上はエレベーターホールへと向かった。
「さぁ、中に入った入った」
海晴を中へ押しやり、寝室を伺った。
「こっちで寝てなかったのか?」
「風邪うつしちゃうじゃない」
「建前上、向こうの部屋にしたかもしれないけど、今からこっち」
掴んでいた両肩の方向転換をすると、大きなベットへと導いた。
が、ふと聖は立ち止まった。
「っと、その前に着替えないとな」
そのままの格好で寝ていた海晴に気付いた。
「なんだったら、ボクが着替えさせてもらってもいいけどなぁー」
「……結構です」
熱があるというのに冷たくあしらうと、ラフな格好をするために着替えにいった。
「身体は熱あるってのに、言葉は冷たーい……」
くすんとしながら、自分も着替えをすることにする。
見慣れた格好になって現れた海晴は、キッチンに行って水分を補給していた。
リビングに戻ってくると、聖が自分のトレーナーを差し出す。
「コレ、着な」
「でも……」
「いいの! 汗かいて熱下げなきゃ。――なんなら、別のコトして汗かかせてあげてもいいけど?」
その別のことの意味がすぐにわかったらしい海晴は差し出されたトレーナーを素直に受け取った。
「こういう時は素直なんだ?」
「病人相手に何考えてんのよ?」
「ん? あんなコトやこんなコト」
「――……」
踵を返して、さっきの部屋へと戻ろうとした。
「冗談だってば。こんな状態の海晴にはウザイだけだよな。何もしないから、一緒に寝よ?」
聖の本心を探るためにじーっと見つめた。
そんな時に軽くフラついた海晴に聖はすぐに駆けつけた。
「もう悩まなくていいから、寝よう」
そのまま海晴を抱きかかえると寝室へと運んだ。
ふかふかの布団に包まれた海晴は唸りをあげた。
「うーーー」
「もう諦めなって。今夜もここで寝るの!」
布団をしっかりとかけてやると、聖は海晴の横に座り込んだ。