4-9



聖が手にした物を投げ捨てる直前に海晴が抱きついてきた。
「ゴメンなさい! ゴメンなさい……っ!!」
海晴は声を上げてずっと堪えていた涙を流し始めた。
聖は彼女の頭を撫でながら落ち着かせる。
しばらく泣き続けていた海晴は気持ちの整理がつくと、美由紀にされたことを話し出した。
「『あの時』、妙な感じがしたけどいつもと様子が違うし気のせいだろうって思ってたんだ。なんで一人でなんとかしようなんて考えたんだ」
「だって……こんなことがバレた日には、三上さんとかにシバかれると思って……」
「素直になれって意味は、海晴が俺のことを好きなら、俺が全力を持って守るぞっていうこと。わかった?」
「……うん」
「あーあ、こんなにウサギさんの目になって……」
聖は彼女のつたう涙を拭う。
しかし、また涙はあふれる。
「もう一つ、謝らなきゃ……」
「平山君のコトだろ。時々顔を合わせた時、幸せそうで」
「聖がたけに言ったんだよね?」
「そう。でも、それでよくわかっただろ?」
「うん……。でも、でも――キス……してしまいました」
怒られるのを覚悟で正直に報告をする。
今、ここで伝えておかないと、この先ずっと胸に引っかかりそうだった。
「――それはした? された?」
「され……た?」
「どーして、そこは疑問系さ?」
「いや……それは、そのぅー……。あたしに隙があったというか、その気にさせてしまったというか……」
尻すぼみになりながら言葉を濁してしまう。
そこについては聖に対して後ろめたい気持ちがありすぎる。
「――そういうことか」
そんな彼女の様子に聖は何かを確信しながら、軽くため息をついた。
隣で体育座りでいた海晴を体勢を崩すように抱き寄せる。
「あの歌、聴いてくれたよな?」
「――うん」
「伝わったよね?」
「うん。――……『最愛の人』」
海晴は腕を回して抱き返して返事をする。
しばらく抱擁をして、聖から離れようとした瞬間――。
「――コレ!」
聖の首にしがみついていると、ネックレスが目に入り引っ張り出す。
ジャラジャラとついている中から見つけ出す。
「……やっぱりあった」
「よく見つけたね。外せっていうから生の時くらいは外しておこうと、とりあえずこうしてみた。結果オーライだったな」
「見間違いと思ってた、この指輪」
「ちゃんと見てたんだ」
「でも……、そのままだったんだね」
「違うよ。あえて、今日という日にまた外したんだ」
「――……」
「再会の日にしてなかったのは――『お返し』」
海晴が一方的に別れを告げたことに対してという意味だろう。
何らかの理由があるからだと気づいていたものの、少なからずとも落ち込んでいた。
どうして自分に何も話してくれないのだろうと。
どうやってチャンスを作ろうかと必死に考え抜いたのが学園祭だった。
返す言葉がなくて、俯いてしまった海晴を愛おしく思う。
今、手に届く距離にいるんだと実感できる。
「返すよ」
ずっと握ったままだった海晴の指輪を彼女の手に返す。
返ってくるとは思わなかった指輪を両手で包み込んだ。
そして、時間を確かめるとそろそろゲームの時間が終了に近づいていた。
「二人きりの時間、終わりだね」
「これからたくさんあるだろ」
海晴の腕を引っ張って立ち上がる。
「ちょっとまだ目が赤い」
「どうしよ……」
「俺に連れ去られて、感動して泣いたとでも言っておきなさい」
「何ソレ……」
軽くキスをしてから、教室を出て行く。
人気のない廊下を歩きながら、聖が囁いてきた。
「愛してるよ」
いきなりの告白に聖を見上げる。
「覚えてる? 海晴になにかあったらこうするよって言った約束」
(――あの時の)
武人にいきなりキスをされて、どうしようもなかったあの日。
仕事中の聖に電話をした時の約束を思い出す。
「『抱きしめて』がない」
意地悪っぽく聖を見上げると、優しく抱きしめてきた。
海晴も嬉しそうに腕を伸ばして抱きしめ返す。
「ねぇ。こんなところでこうやって制服着て、こんなことするのもコレで最後だと思わない?」
「――そう思うと、離したくない」
「今度、制服着てデートする?」
クスクスと笑い合いながら、最後であろうこの瞬間を味わう。
ゲームの時間はとうに過ぎており、帰還しろと催促の放送が入ってきた。
こんなことしてたらいつまでたっても戻れない。
「さて――『決着』つけに行くか」
そう言った聖は何かを企んでいる表情であった。

「よく捕まらなかったなぁ」
「女子高生パワーを舐めたらダメだっていうことだな」
体育館に戻ってきた二人は、魁と朔馬に迎えられる。
「俺って足速いし」
すごいだろという風にわざとらしいポーズを取る。
「俺は五人組だぜ? ありゃ反則だよなぁ……」
朔馬は、五人の女の子たちに挟み撃ちをされて捕獲された。
作戦勝ちといったところだろうか。
魁というと――。
そこら辺に隠れていた茶美をとっ捕まえて、自分を捕まえたことにしろと半ば脅迫気味に捕まった。
彼女は、自分は実行委員だからと断りを入れる。
ならばとこの場を仕切っている副生徒会長を引き入れ、二人に捕まったことにした。
彼女が自分たちのファンだということは、なんとなく感じ取れていたらしい。
実行委員がそれはなしだろうと批判をされるが、そんなものは彼女にかかれば朝飯前だ。
反論できないように丸め込まれた外野は、諦めざるを得なかった。
「でも、聖の場合はどうなんのか? デートなしか?」
えぇーと周りからブーイングの嵐が起こる。
「せっかくの学園祭だしねぇー」
周囲を見渡すと、女子高生たちは静かになる。
だけど、予想だにしない言葉が待っていた。
「このコがねー、一生懸命に案内してくれたから、このコとデートする」
このコ=海晴。
聖のとんでもない台詞に生徒たちに一斉に睨まれてしまい、彼女は顔が引きつる。
「そんなのナシじゃーん!!」
「せこーーい」
聖ファンは当然のように立腹してしまう。
「だけど、俺を捕まえられてたら、君たちにもチャンスがあったんだよ? でも、俺がゲームに『たまたま』勝っちゃったし、かといって、俺だけデートしないってのも変だから――」
とはいえ、捕まえられる場所にいればの話だった。
二人がどんな場所にいたかはまだ誰も知らない。
「あたし、そういうつもりじゃないんで―――」
辞退すると申し出ようとすると、急に割り込みの一言が入る。
「みなさん、先輩のわがまま許してもらえませんか?」
マイクを使って話し出したのは、武人だった。
聖と武人の関係をほとんどの人が知っているようで、どよめきが起こる。
「聖さんも言っている通り、みなさんが彼を捕まえられていたらデートする権利は与えられていたんですから、そのコにあたるのは筋違いだと思いますよ」
「平山君がそういうなら……仕方ないわね」
「やっぱあたしたちには平山君よね!」
同じ学校にいるというステータスのおかげで、この学校内では武人のほうがランクが上のようだった。
これ以上の騒ぎは起こさせられないと、メインイベントの終了を告げられるとこの場は解散となった。

ここをしばらく借りると聖が申し出た数分後、静けさが戻りT-G関係者と海晴が残っている。
「海晴を守るために言ったものの、十分に貸しになりますよね? 聖センパイ?」
武人が含みを込めて先輩と呼びかけた。
「なるぞ、なるぞぉーー」
朔馬たち外野がはやし立てる。
「さすが、ホームグラウンドということかな。平山様サマです」
「た――……」
聖の隣にいた海晴が口を開こうとすると、武人は制した。
「いいよ。なんとなくわかってるから。ここに残っているってことは、仲直りしたんだろ?」
その言葉に、悠美と正人が顔を合わせる。
朔馬たちにコソコソと話を伺うことにしたようだ。
「いつになるかわからないだろうけど、一日だけでも堂々とデートできるんだ、よかったじゃないか」
「たけ……」
そう言った武人の表情はいつもと違った。
「もう! あんたたち! いい加減、周りを巻き込むのは止めなさい」
つかつかとその場に歩み寄った悠美は年長者らしく振舞う。
思い思いの表情をしている三人を確認した。
「平山君。さっきの助け舟といい、今のその表情といい、もうすっきりしてるわよね?」
「――……」
「どんなに想ってても叶わない恋もあると思うの。綺麗な思い出のまま想いをしまっておくのも一つの手よ」
「そう……ですね」
過去にそういう経験をしたことがあるのか、その説得は重みがあった。
武人のその様子に納得した悠美は今度は聖たちに向き直る。
「あんたたちもねぇ、くっつくか離れるか、きちんとけじめつけなさい!」
「――そうだな」
聖はそう呟くと、そばにいた海晴の顎を捕らえてその場でキスをした。
悠美にうまく誘導された聖は、さっき考えていたことを実現させる。
――すべてにおいて、『決着』をつけること。
いきなりのその行為に悠美は指差しをしたまま、愕然として固まっている。
その相手をさせられている海晴も微動だにしていない。
誰もが言葉を失っていると、途端に崩れ落ちる海晴を聖が支えたことで公開キスシーンは幕を閉じた。
「えーっと、えーっと……」
話を振った悠美は馬鹿なことを言ってしまっただろうかと冷や汗をかく。
「これで満足ですか、みなサマ」
恥ずかしくて顔が上げられない海晴を抱きしめながら聖はにっこりと微笑んだ。
少し落ち着いたのか、海晴は少しだけ顔を上げてまだ沈黙している周りの様子を確かめる。
未だ直視されていることが居たたまれなくなると、聖を引き離し小走りをして体育館を出ようとした。
しかし、いくら前後に揺らしても開かない扉に怒りを露にしながら立ち尽くす。
持ち手の下にあった鍵のロックを思い切り外すと、みんながいる方向を振り返る。
「――……のバカァー!!」
最近、出したこともないような大きな声で叫んで行ってしまった。
「今のはどっちに対して言った言葉かな?」
正人がクスクスと笑いながら、捨て台詞の意味を予想する。
「そりゃ、こんな場面でちゅうされたコトだろー?」
「あの立ち去り方も相当恥ずかしいぞ」
朔馬と魁が彼女の立場を想像しながら、ニヤニヤとしながら話し合う。
そして、三人の視線がそれを仕掛けた張本人を見つめる。
「――どっちもかな。六:四くらいの割合で俺が勝ち」
嬉しそうに海晴を分析している聖を見て、武人は思いっきりため息をつく。
「――あなたには敵いませんね」
「ん?」
「俺にはきっと海晴を腰砕けになんかさせられませんから」
「――……」
一呼吸置いて大爆笑が起こる。
朔馬が武人に歩み寄ると、その肩に手を回す。
「今から鍛えりゃ大ー丈夫だって。そして――あいつを抜かせよ」
武人の正面にいる聖を見やり、その頭をぐしゃぐしゃと掻き回した。
「じゃ、もっと鍛えないといけないなー」
聖はわくわくしながら、今後の鍛錬をどうしようかを思いをめぐらせる。
話が一段落したために控え室に戻ろうとぞろぞろと移動し始めた。
「あんたたち……乙女心を何だと思ってんのよ……」
そんな男同士の会話に悲しくなりながら、悠美は逃げてしまった海晴に同情してしまう。
「そういえば、お前ら――どこでナニやってたんだよ?」
明らかにこのゲームの時間で何かがあったのは目に見えている。
魁がようやく聞きたかったことを追求できた。
「旧校舎」
「どこだ?」
「――立ち入り禁止区域ですね」
「はぁーーーっ!?」
武人の一言に聖は頷いていると、みんな目が点になってしまう。
「そりゃ、誰も捕まえられないわなぁ、聖よ」
「俺たちが必死で走っている最中、お前たちは……っ!」
その発言を聞いた魁はブチ切れをして聖に走り出してきた。
そのまま二人は体育館のドアを開け放つと、すぐそこに生徒会役員がいたことに気がつく。
「あ、もう、終わったから、ありがとう」
それを聖は伝えると、魁に追いつかれる前に控え室へと走り出した。
朔馬もそのあとにすぐ姿を現す。
「いやー、ゴメンね。平山君と久しぶりに話せてよかったよ」
笑顔でお礼を言いながら、案内役に導かれながら歩き出した。