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「な……なんであたしが!?」
「おや、やっと起きたかい? スリーピングビューティーめ」
「す、スリーピング……」
今日の最後の時間は、学園祭に向けての話し合い。
関係ないやと寝たのが間違いだった。
机の上にあるしわになったプリントを震える手で掴んでいる。
そんな様子を担任は苦笑しながら見ていた。
「天咲が眠り姫のごとく眠りについているから、あれよあれよという間にな。呼んでも起きないから、こりゃ王子様のお目覚めのキスでもしようかなぁって。なぁ、平山?」
「ヒューヒュー!」
「まぁまぁ。俺が言い出したんだけど、天咲には悪いことしちゃったかな?」
「え、あ……」
黒板に書かれている、特別実行委員四名の中に海晴と武人の名前がある。
「そうなると思ったから、あたしもなっておいたよ」
少し離れた席から絶交中の茶美が言ってきた。
そう言われてようやく視野が広がり、あとの一人は隣にいる涼だ。
「おーい。天咲、どうすんだ? イヤなら断ってもいいんだぞー?」
前のほうから担任が心配そうにしてくる。
「あー。いいですよ、やります。喜んでやらせて頂きます」
「おう、そうか? じゃ、実行委員、進行ヨロシク」
特別実行委員の他に実行委員の二名の名前が挙がっていた。
こちらはクラスを指揮する役員で、特別実行委員は生徒会の手伝いらしい。
出し物を何にするかを決めている最中に担任が海晴の元にやってくる。
「――本当にやるんだな?」
「え? 言ったからにはしますよ」
「なんか、場のノリで言ったカンジがしてな」
(……当たってるかも)
「あーあ、一哉ってホント、海晴には優しーーっ!」
「高原ー。下の名前で呼ぶなって言ってるだろ? 坂口先生と最後にハートをつけて呼びなさい」
少し離れた席から身を乗り出して茶美ははやし立てる。
「何言ってんだか。下の名前は彼女だけですか」
「そーだ」
「熱い熱い」
「ラブラブですから」
「彼女はそうじゃないかもしれないですよ」
「見てきたかのようなコトを言うんじゃない」
「話、それてますよ」
うまく乗せられてしまった担任はその一言で本来の話を思い出した。
「そうだった。――とにかく、天咲は前科があるからなぁ。ちゃんとフォローしとかないと、また登校拒否されても困るしな」
「もうしませんって」
「そうか? 何はともあれ、こういう役員していると進級査定でプラスされるんだぞ」
「本当ですか!?」
その言葉に思わず目を輝かせてしまう。
担任は現金なヤツだなぁと心の中でクスリと笑う。
「じゃ、頑張って職務を堪能してこいよ。話に聞くと、忙しいということだ」
「そういうことは早く言ってください!」
そう言いながら教室を散策し出した担任に、茶美と二人で突っ込んだ。
「高原も進んで名乗り上げたってことは――仲直りしたのか?」
珍しく騒ぎに便乗してこなかった涼はどうやらそんなことを考えていたらしい。
ふと、海晴も茶美のことを考えた。
聖の一件で口喧嘩をしてしまった二人は一緒にいても話さなくなっていた。
意固地にそうされて、逆に彩と葵が困らされていたのだ。
「まー、あの雰囲気からすると、高原のほうは許したみたいだし、あとはみーやん次第かな」
「そう――だね」
「武人も学園祭終わるまでは毎日来れるって言ってたし、一致団結だな」
「へぇー毎日……」
頭を悩ませるコトがまた増えた。

「それにしても――茶美、なんで?」
「んー、海晴一人じゃ心配だなって思ってさ」
「え……でも」
「もー、この間のことは気にしないで。でも、アレが本音だから」
「――うん。ごめん、ありがとう」
帰り道に茶美と話をすることができた。
気まずい思いをしたまま、つらい日々を互いに過ごしていたようだった。
ようやく仲直りすることが出来て、学校の一日が終わった。
そのことに一安心して自宅に戻ってから、ベッドの上で携帯を眺める。
特に何をするわけでもないのに、こうするのが日課になってしまった。
(電話が来るわけないのに……)
あの日から、あの着信が鳴らなくなった。
いつの間にか、設定されていた指定着信音。
最初はなんてものを勝手に設定してるんだと思っていたのが今では懐かしい。
データはこの中にあるからいつでも聞けるが、そんなことをしても虚しくなるだけだ。
明日は――とうとう運命の日。
『earl』が生放送の歌番組に出るのだ。
美由紀が丁寧に教えに来てくれた。
嬉しそうにメモリーカードをチラつかせながら話していた。
『明日がたのしみね』
本当は見たくない。
あの指輪をしていない姿なんて見たくない。
でも、それで彼を守ることができるのなら――。

生放送当日。
「あ、三上さん」
呼び止められた三上が振り返ると、聖が追いかけてきた。
「今日は何の用かしら?」
「言うのが遅くなったんですけど。海晴のバイトの件なんですが――しばらく学校が忙しいみたいで一ヶ月くらい休ませてもらえたらな、と」
「あら、そう。いいわよ」
「そんな、あっさり」
「それは私が決めることじゃないわ。社長でしょ?」
「それはそうですけど――」
いろいろと言い訳を考えてきた聖にとって、その反応に肩透かしを食らう。
「必死に売り込みに行ってたものねぇ? 彼女のこと。その本人は全く知らないだろうけど」
「……」
「ただ――、一ヶ月だけでいいのかしら?」
「ええ。それで取り戻しますよ」
「自信あるのね。平山のほうはいいことあったみたいで、るんるんだったわよ」
事務所の廊下で立ち話をしている二人を、すれ違うスタッフたちが何事もないように通り過ぎる。
三上に呼び止められると、何が起きるかわからないからだ。
なるべく、危険なことには関わらないのが平和主義者のモットーだ。
「俺がはっぱをかけましたからね」
「どうして?」
「それは内緒です」
「あーヤダヤダ。大事にしないでよ? 後処理が大変なんだから」
仕事をしなさいというように手のひらで聖をあしらった。
「生放送、とちらないでよー」
「わかってますよー」
遠くから叱咤の声が飛んでくる。
「今日のは――特にね」

「本番十分前でーす」
番組のアシスタントがスタンバイしている出演者に告げる。
「アレ? お前……」
魁がいつもと違う聖に話しかけてしまう。
聖は内緒と自分の口に指を当てる。
「別にいいけどさ」
そのくらいのことは誰にも害がないために、深く追求することを止めた。
数分前になり、スタジオが賑やかになる。
「とちんなよ」
「はは。三上さんと同じこと言うね」
「お前が、言わせてるんだよ」
「はいはい。精一杯努めさせてもらいますよ」
番組が始まって、オープニング曲が流れる。
まず、司会者が登場してそれから出演者の紹介になる。
アーティストが登場するたびに、観客の黄色い声援が飛び交う。

earlがあの番組に登場している。
しかし、全身ショットでまだ確認できない。
出演者の全アーティストが揃い、順番に軽い挨拶をしている。
『今夜は新曲を初披露していただく、earlの皆さんです』
『よろしくお願いします』
リーダーの朔馬が答え、あとの二人は頭を下げる。
「せっかく、アップなのに見えないわ!」
美由紀は家族そっちのけで、TVにかじりついている。
「ねーちゃん、見えないって」
「うるさい!」
「今日はいつになくすげぇ……」

『次はearlのみなさんです』
TVと美由紀の歓声が上がり、弟は迷惑そうに一緒に見ている。
司会者の質問に、三人がそれぞれ答える。
それには当然、マイクを使うということでもある。
そこにあるべきものは――。
「これでおしまいね」
勝手にTVの電源を切り、笑いながらリビングを出て行った。
「何なんだよ、勝手に。アレ? 今日は最後まで見ないのか?」
弟は姉の身勝手な行動にぶつぶつと文句を言いながら、また電源をつけた。

一方、海晴も家族と一緒にTVを見ている。
今まで見ていなかった番組を、彼女はただ静かに見届ける。
「あなた……」
「――……」
後ろで叔母が心配そうに言うが、ただ頷くだけだった。