4-2



「別れよっか」
「やけに朝の準備が早いと思ったら、そんな冗談を言うためだったのか?」
制服姿の海晴の突然の告白に聖は動揺を見せないまま、コーヒーを飲んでいる。
「あたしもう、疲れちゃった。向こうの家にいるのがラクだし――」
「……」
「やっぱりたけが好き」
ただならぬ海晴の雰囲気に聖が珍しく押し黙る。
「コレ――返すね。別れるんだから、聖もちゃんと外して――ね」
もらった指輪を彼に彼に返しながら、そのまましばらく俯いていた。
「海晴」
顔を上げた彼女は満面の笑みだった。
「これで終わり! じゃ、行くね」
手に取っていた彼の手を軽く叩いて、目の前からいなくなった。
閉まるドアの音を聞いて、聖は追いかけようとするができない。
身体は追いかけたいのに、気持ちがそうさせない。
「何か考えあってのことだろ? 今は、キミの思うように――」
そう呟き、返された指輪をきつく握り締めた。
海晴は家を出て、エレベーターに乗り込む。
一人きりの空間に今まで堪えていた涙があふれてきた。
「今のウソ。全部ウソだよぉ……」

学校には行かなくてはならない。
みんなと約束をしたから。
(そう――聖とも)
毎日、授業を受けながらいつも考えてしまう。
なんであんなこと言ってしまったのだろう。
『やっぱりたけが好き』
そんなこと言うつもりはなかったのに、踏ん切りをつけるために言ってしまった。
もう、あなたのことが好きじゃないの、と。
本当は、毎日あなたのことを考えている。
簡単に忘れられる恋だったらよかった。
出逢った瞬間に何かを感じた。
単なる思い違いなのだろうか。
最初から叶わぬ恋だったのかもしれない。
そう思えば、忘れられる――。

「海晴ちゃん、おかえりなさい」
また突然に戻ってきた彼女を暖かく迎えてくれた叔母。
心の中は何があったのかを知りたいはずなのに普段通りに接している。
(こっちに帰ってくる理由なんて、バレバレか……)
夕食を終えて自分の部屋にいると、叔父が訪ねてきた。
「率直に聞くぞ。彼と別れたのか?」
その言葉に胸が痛む。
好きで別れたんじゃない。
「そんな簡単に終わる恋愛だったのか? 彼はそう思っていないはずだよ。何があったのかは聞かない。だけど今、海晴ができる最善のコトをしなさい。後悔しないためにも……」
そう言い残すと叔父は去っていった。
最後に聖に触れた温もりを思い出すかのように両手で顔を覆う。
「あたしができる最善のこと」
それは――……。

「なんか最近、前とは打って変わって元気だね」
「でも、いいんじゃない? よくなった傾向っしょ」
「カラ元気なのは、丸見えなんだけどね」
「だよね……」
席替えがあり、海晴は茶美とは離れてしまったが、今度は涼が隣の席に居合わせた。
涼と楽しそうに話しているのを茶美たちは少し離れた席でこそこそと話していた。
帰りのHRが終わって、クラスメートたちがまばらになってきた頃。
「茶美、今日どうす――」
「別れたんでしょ?」
茶美はもう耐え切れずに聞いてしまう。
「何を、急に……」
「なんで、いきなり……」
「――……クセに」
「――え?」
「何も知らないクセに、口出しするのヤメてよ!! あの人を守るためにはこうするしかなかったんだから……っ!」
「わからないよ! 海晴、何も言ってくれないんだから!! みんな心配してるんだよ!? 友達が悩んでいるの、放っておけるワケないでしょ!? もっと、みんなを頼りなよ。一人で考えるのはツライよ……」 
言葉に詰まる海晴を傷ついたような顔で見る茶美は、先に帰ると言い残し教室を出て行った。

「最近、聖さん元気ないよねー」
「そうそう。彼女と別れちゃったとか!?」
「元気ないってことは、フラレた!?」
「聖さんが? フラレた? あり得なーい」
例の噂好きの女性スタッフが囁きあっているのが、武人の耳に入る。
聖と武人は接点があるワケでもないので、なかなか仕事で顔を合わすことがない。
それに、最近は学校も休んだりしているので、海晴にも会っていない。
「――まさかなぁ」
あくまで噂なので、本気に受け止めていない武人にチャンスが巡ってきた。
自販機の前に聖がいたのだ。
喉も渇いてもいないのに、喜んで飲み物を買いに行く。
「お疲れ様です」
「おつかれー……って、平山君じゃないか。元気してるか?」
いつもと変わらないような会話をする彼の手には指輪がしてある。
それをすぐさま発見すると、武人はため息をつく。
「そういう聖さんの方が、元気ないって聞きますけど? ――彼女と別れたんですか?」
結局、噂は噂だったのかと冗談交じりで言う。
「……お前には言っておかないとな」
「え?」
「海晴とは別れたよ。というか、フラレたんだけど」
「フラレた? なにか嫌われるようなことしたんじゃないですか?」
「――そういえば、お前のことが好きって言ってたぞ」
「それは一段と学校に行きたくなるセリフですね」
「まぁ、頑張りな」
聖はそのまま仕事に戻っていった。
「頑張ります!!」
後ろからそんな声を聞きながら、うっすらと微笑んでいる。
「心が『そこ』にあればの話だけどな」
自分のしているリングに軽くキスをした。

夢を見た。
(聖との夢……)
寝ている場所は、音楽室。
授業を受けながら窓際の太陽の暖かさにいつの間にか寝てしまっていた。
みんなはもういない。
喧嘩中の茶美も先に帰ってしまったようだ。
(キスもなんの因果かあの写真が最後……)
余計に落ち込んできた海晴は、教室に戻らなければいけないのに日向ぼっこを堪能している。
(夢の中なら許されるよね……?)
夢の中はとても幸せそうで、すごく切なくなった。
こんなもどかしい思いをするくらいなら、出逢わなければよかった。
「海晴?」
「……たけ」
武人がいつの間にか教室に入ってきていた。
「泣いて……たのか?」
「あくびしたからだよ、はは」
あふれそうになっていた涙を拭き取ると、教室に戻ろうと席を立ち上がる。
いきなり、武人に抱きしめられて、手にしていたものが床に落ちる。
「聖さんと別れたんだろ? この間、会った時にそう言ってたよ。フラレたって。俺に頑張れって」
「――……」
「俺のこと好きって言ってくれたんだろ? どうせなら海晴の口から聞きたかったけど?」
(やっぱりあたしが言ったこと信じたんだ。当たり前だよね……)
自業自得だけど、やっぱり涙が出てしまう。
海晴の想いがわかると、ついキスをしてしまった。
また拒まれると身構えていた武人だが、抵抗してこない海晴をさらに抱きしめる。
すると、海晴も武人の背中に手を回した。
「ん……」
「海晴……」
夢中でキスをしている二人に終止符のチャイムが鳴り始め、唇が離れる。
「ごめんなさい……っ」
そう言って、床に落ちた自分のモノを拾いあげ走っていった。
「すっげ……」
武人は片手で口を覆いながら、赤面していた。
海晴は、走りながらさっきのことを思い出す。
(あたし、あんなヒドイこと……)
武人に申し訳ないことをしてしまった。
この胸の内を本人に知られたら、どんなに傷つけてしまうだろう。