4-10



「お疲れ様でしたー!!」
打ち上げと称してカラオケに来た実行委員一同。
学校からのカンパ金をもらったために、各自の負担が軽くなったために更にテンションが上がっている。
大人数で食べられるメニューが所狭しとテーブルに並べてある。
それを一番に食べる者、マイクを一番に取る者、人それぞれメインにすることが違っていた。
「一番、歌いまーす!」
「いえーいっ!」
カラオケを好きな女の子がすぐに曲を流しだし、周りも次第に盛り上がっていく。
海晴はカラオケ本をパラパラとめくっている。
「――あ。指輪……」
すぐにその手に光るペアリングを目ざとく見つけた。
「学校終わったからいいかなって。――茶美、いろいろとゴメンね」
「本当にホントだったんだね」
「ホント、ビックリしちゃうよね」
改めて彼の立場をひしひしと感じると、自分も思わず納得してしまう。
そういえば――。
「たけと――きちんと話すこと出来たから。あたし、ちゃんと初恋にけじめつけれてなかったみたい。だから――」
「そっか、そっかぁ……!」
武人への忘れかけていた恋心に揺れてしまった――。
そう伝えようとしたが、茶美は話を中断するように納得し、海晴が見ていたカラオケ本を手に取って曲を探し始める。
この話をしようと思ったのも、あの後に聖からメールが来ていたのがきっかけだ。
いろいろ迷惑をかけたんだから、きちんと伝えておくこと、と。
「どうも。これ、一緒に食べましょ」
突然、話を割って副生徒会長がフライドポテトを差し出してきた。
茶美との話が終わりを迎えられないのは気になるが、それよりも彼女の立場のほうが恐ろしい。
「あ……はい、いただきます」
「どーも」
海晴の後に差し出された茶美は軽くお礼を言いながらそれを一本受け取っている。
その後もまたさっきと同じ行動を取っている様子を見限り、海晴は気まずくなってしまう。
「いいわねー、天咲さん。あのHIJIRIと公認デーートよ!」
部屋中にボリュームのある音楽が流れ始め、隣にいる人でも話しづらくなった。
櫻井が大きな声で一日デートの話をしてくる。
そのことについては触れて欲しくないために、話をそらそうと努力してみる。
「そういう先輩だってデートじゃないですかぁー」
「それにしても、女二人ってコトは奪い合いかしら? ねぇ、高原さん?」
「どうなんでしょうねぇ?」
「あんな間近で見れただけでも幸せなのに、デートなんかしたら学校しばらく休みそう……」
元からテンションが高い彼女であったが、今はそれ以上に何故か浮かれているようだ。
(何なんだろ……)
海晴は不思議そうにその様子を見ていた。
「天咲さんなんて、更に平山君にかばわれちゃうし。クラスメートの特権っていいわよねぇ」
近くにいた違うクラスの生徒が話に割り込んできて、痛いところを突かれてしまう。
そんな武人は、前のほうでみんなと盛り上がっていた。
――自分ですら驚いていた。
まさかあそこで武人が助け舟を出すとは思ってもみなかった。
あの後のことを考えれば、あの時点で彼も気持ちのけじめがついていたのかもしれない。
(あれは”最後の”たけの優しさ……)

約二ヶ月ぶりくらいになる聖の家でマンションを見上げ立ち止まる。
エントランスは鍵をかざしてスルーしたものの、ここから飛び出してきた人間にとっては勝手に最後の鍵開けて入るのも気が引けた。
一番重要な家の鍵を返し忘れていた海晴は、それを握ったままインターホンを押した。
(たぶん、いないんだろうけど……)
そう思ったのもつかの間、カチャっとロックが外れる音がしたので、恐る恐る玄関のドアを開ける。
玄関先にはいないだろうと思っていた聖が出迎えていた。
「――……ただいま」
「おかえり」
とりあえず、帰宅の挨拶を交わす。
「――いないと思った」
「そうだったら、もっと遅かったのかな? 『この不良娘! そんなコに育てた覚えはない!』」
仁王立ちして海晴が家に入るのを留まらせる。
「育てられた記憶ないんだけどー……。こんな格好だし、そんな遅くまでは」
「『門限は夜八時って言ったでしょ』」
「聞いた覚えもないんですけど……」
「今、決めた」
「というか、いつからあたしのおかーさんになったの?」
とうせんぼをされている海晴はまだ靴を履いたまま足止めを食らっている。
そう突っ込まれまれた聖はようやくそれを解除した。
「年頃の娘を持つ親ってこんなカンジなのかなぁーと浸ってみた」
「いつからそんな子持ちに……」
「子持ちじゃないも。ハニー持ち」
海晴のしゃべり方を真似をして先を歩く海晴を後ろから抱きしめる。
「鍵持ってるなら入ってくればよかったのに」
手にしていたキーホルダーに気付いた聖。
海晴はそれを指から垂れ下げる。
「本当だったら、コレを一番に返さなきゃいけなかったし」
「ホントはね」
「だって指輪でいっぱいいっぱいだったんだもん」
首に回されている腕に海晴は手を重ねた。
その指には今日返してもらった指輪が存在感あるようにきらりと光る。
ここに帰ってきたんだという感動に浸っていると、心なしか身体の密着度が高まった気がした。
歩きながらも甘え続けられていることが決して嫌なことではなく――。
「あたし、お風呂に入るの! 一日中動いてたから……」
するりと聖の手から離れ、パウダールームに逃げ込んだ。
制服を脱いで下着姿になった頃――鏡越しに聖の姿が現れる。
「……」
鍵を閉め忘れたなと後悔する。
鏡で自分の髪型をチェックしながら、明らかにここには用事がない様子だ。
(仕事終わったんだから関係ないでしょーが……っ)
海晴の思っていることが伝わったかのように、鏡越しで目が合ってしまう
「あれ、脱がないの?」
そのままの彼女に当然のように不思議がる。
「ここにはナニしにきたのかなぁ……?」
「え? 一緒にお風呂に入るため」

海晴のリクエスト通りにバスルームの明かりは暗めに落とされている。
大き目の窓からはそのおかげで夜景を楽しむことも出来た。
――が、今の二人にはそんなコトは関係なく、浴槽の中で対面して互いを見つめている。
「いい加減こっちきなって」
「うー……」
端っこで小さくなって唸る海晴。
「そっちにいったらナニするかわかってるも……」
「何言ってるんだ、初めてでもあるまいし――」
口に出してわかったのか、ようやく聖はピンときた。
じっと見つめて反応を見ると目をそらされる。
「――テレてる?」
「だ、だって、こんなに間空いたことなかったし……」
核心を突かれ、ますます恥ずかしくなった海晴の言葉は尻すぼみになる。
水の音がしたために海晴はあからさまに身体を震わせて驚く。
俯いているその顔に、聖の濡れた手が触れる。
「ゆっくりいこか」
その言葉と一緒に顔を上げられると、ごく触れるだけのキスが落ちてきた。
何回かそれが続き、海晴の身体の力が抜けたのがわかると、次第にキスが深くなっていった――。

「いつぶりだろー、このベッド」
ダブルサイズのベッドに海晴はうつ伏せになって倒れこむ。
「こっちもいつぶりだろー」
聖も真似をして、そんな海晴の上に倒れこんできた。
パジャマを着ているものの、お風呂上りの火照った身体が伝わってくる。
「海晴」
何ヶ月ぶりかに耳元で囁かれる自分を呼ぶ熱い声に胸が高鳴なる。
やっとこうして自分の好きな人と一緒にいれる。
――ただそれだけで幸せだ。
全てが片付いた安心感と今日の疲れからすぐにうとうとと瞼が重くなっていく。
「今夜はオールナイトするつもりなんだけど」
夢うつつの中で何かが聞こえてくる。
そんな台詞も海晴にとって、今夜は反応を見せない。
寝返って彼に腕を伸ばして抱きつくが、その瞼はほとんど開かなかった。
「明日は学祭の片付けだも……」
やっと何かを言ったかと思えば、明日の行事予定だ。
気持ちはあるが、身体が疲労を回復させようと睡眠へ誘っている。
そんな彼女の様子に仕方ないなという表情を見せて、きちんと寝かせようとその腕を離す。
布団の中で気持ち良さそうに寝ている海晴に、聖からの子守唄のプレゼント――。
「海晴、愛してるよ」

自分の携帯のアラームが遠くで鳴っている。
半分寝ている海晴にとって遠くに感じるアラームを止めようとその手を伸ばす。
思い切り振り下ろしたその先で、予想外の柔らかなものが当たる。
「海晴ちゃーん……。随分、荒々しい起こし方だねぇ」
顔を叩かれて、当然のごとく起きた聖はその手を掴む。
「へっ!? なんで聖が――」
目の前に聖がいることに驚いて起き上がる。
海晴は眠いながらも改めて昨日のことを思い出した。
「――夢の中かと思った」
「じゃ、海晴も起きたことだし、昨日の続き――」
「ダメだってば……」
寝起きのために抵抗する間もなく、捕まれていた手を引き寄せられてしまう。
そのままキスをされるが、触れるだけで音を立ててすぐ離れた。
「……なんてね。遅刻するよ?」
海晴の目の前にスヌーズ機能で鳴り続けている携帯を差し出す。
「もうこんな時間……っ!!」

制服姿になった海晴はどたばたと家を走り回っている。
そんな喧騒も聖には関係ないようで、コーヒーを優雅に飲んでいた。
「ハルがこうやって目の前にいることがとても幸せ」
「あたしも!」
おでかけ前のキスをするために、椅子に座っていた聖が顔を差し出す。
海晴はその姿を見て、にこりと微笑んでキスをした。
すると、いつもとは違いするりと柔らかい舌が絡んでくる。
口の中に苦手なコーヒーの味が広がって、そうしたことをやや後悔した。
「にがーい」
「いってらっしゃい」
「うぅ……いってくる」
半泣きになりながらも、見送られて学校へ向かう。
指に嵌められた指輪を空に翳しながら――微笑んだ。
”ずっとずっと、一緒だよ”