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美由紀から手渡された写真を見て、海晴は即座に青ざめる。
「――……っ!?」
「よく撮れてるでしょ? 我ながらホレボレしちゃうわ」
一枚の写真にはこの間のデートが写っていた。
デートならまだしも――。
「あなたと別れて、一人でブラブラしてたら、また偶然にもあなたたちを見かけちゃったの。最初と違って、ちゃんと手を繋いで」
海晴はその写真を見て言葉を失ってしまったままだ。
それをお構いなしに話は進んでいく。
「やっぱり、恋人同士だったんだーって思ったの。そこで、終わればよかったんだけど――わかっちゃったのよね、相手が誰なのかが」
「……」
「生の彼を見たことあるし、間違いないと思ったの。寒い中、待った甲斐があったわ。こんないい『キスシーン』撮れたもの」
公園で夜景を見ていたときにしてしまったキス。
海晴はフードをかぶっているので、顔がはっきりわからない。
でも、確実にHIJIRIだということはわかる。
「なんでこんなコト――っ!?」
「なんで? ……聞いてるこっちが呆れるわ。それは、一番あなたが知っているでしょ?」
「――知らないわ」
「ふん。あくまでシラを切るつもり? じゃあ、あたしが言うわ。彼は『HIJIRI』でしょ」
その言葉に身体が強張る。
彼女は本当のことに気付いているとわかっているものの、動揺は見せられない。
――まだ認められないのだ。
「違うわ」
まだ否定する様子に、美由紀はピクリと片眉を動かす。
「そんなに証拠が見たい? だったら、見せてあげるわよ!」
もう一枚の写真と切り抜きを突きつけられる。
「最近のデジカメはすごいわねぇ。結構離れてたのに――こんなにわかるのよ」
聖の左手のアップ写真と雑誌の切り抜き。
否が応にも目に入ってしまう。
『指輪』
「はっきりとはしないけど、同じものだと思うのよね。そして、あなたがしているモノも」
写真を持っている手をグイッとひっぱられ、切り抜きと見比べられる。
「そんな、世界に一つだけっていうワケでも――……っ!!」
『コレとコレしかないから気をつけろよ』
前に聖が言っていた台詞を思い出す。
この状況は、違う意味で気をつけろということになるが――。
既に遅い。
「気付いたかしら? あなたもご存知の通り、この指輪はコレしかないのよ」
それを見ているのが嫌になったのか、突き離すかのように手を払う。
「ペアリング。本当に付き合ってるのね。もう、言い逃れはできないでしょ?」
「――……どうしたいのよ」
こうなったら、仕方がない。
追い詰められたら、前に進むしかなくなる。
右手にある写真を握り締める。
「別れてよ」
「イヤ」
「あなた、平山君と付き合ってたんじゃないの? みんなそう思ってるわ」
「付き合ってたわけじゃない」
「は……っ、なによそれ。そして、今の彼氏はHIJIRI!? ふざけないでよ。どうして、彼が出てくるのよ!?」
「――それは」
感極まって、美由紀の方が涙を流し始める。
よほど、HIJIRIのことが好きなのだろう。
「信じられない……。あの人の彼女が女子高生だなんて。今までのコト考えると――……そうよ、あなた遊ばれてるんだわ!!」
俯いていた美由紀が勝ち誇った顔をして海晴と対峙する。
少しだけ止んでいた風がまた吹き始めて、二人の髪がなびき出した。
夕陽もだんだんと沈んでいき、暗くなり始めている。
「そんなコトない」
「どうしてそんなコト言えるの? あなたは本人じゃないでしょ」
「彼はそんなことしないわ」
彼の真剣な眼差しを知っている海晴はそう断言する。
大切にされていると感じてる。
「まぁ、いいわ。それよりわかってるでしょ? 別れなきゃ、バラすわよ? これ以上ないスキャンダル」
クスクスと笑い出す。
海晴は自分の爪が食い込むくらいに手を握り締める。
(そんなコトはさせない。いつも守ってくれている彼をあたしが……)
目を閉じて、最後の言葉を言う。
「――別れればいいのね」
「理解して頂けたかしら? 条件を出すわ。本当に別れた証拠に二人ともリングを外したら、上辺だけでも信じてあげるわ。そしたら、コレも消してあげる」
デジカメのメモリーカードをちらつかせながら、海晴の横を通り過ぎる。
「この際、平山君と付き合ったら? お似合いだと思うけど。じゃ、待ってるわよ」
音を立てて閉められたドアの音がひどく大きく聞こえた。
美由紀が去った後、立っていられなくなった海晴はその場にしゃがみこむ。
『本当にHIJIRI!?』
『彼氏紹介してね』
『うまくいってる?』
『別れてよ』
「うるさいうるさいうるさい!!!」
(どうしてそっとしておいてくれないの……)
急激な環境の変化に追いつくだけでも大変だったのに。
武人の告白、そして、この写真。
くしゃくしゃになった写真を伸ばす。
全てから逃げてきた自分を救ってくれた人。
(ずっとあの家に閉じ込めてくれてたらヨカッタノニ……)
そんなことは無理だなんてわかっていた。
一人で生きていくことなんて絶対に出来ない。
自分を変えてくれようとしてくれる彼。
そんな彼のために、変わろうと思った。
不器用だけど、少しずつ。
だけど――……。
(彼と付き合うっていうのは、こういうことになるっていうこと……)
頭では理解していたつもりだが、いざ現実を突きつけられると耐え難い。
今まで堪えていた涙が写真の上に落ち、それを押さえていた手が目に入る。
「こんなもの……っ!」
屋上の端まで走って行き、自分の指輪を取って投げようとする。
しかし――出来ない。
「聖……っ」
フェンスに縋りながら、泣き続けた。
手に入れた帰る場所を自らの手で断ち切らなければならない。

「うわ! ずぶ濡れじゃないか!?」
学校を出た辺りから、降り出した雨。
いないと思って帰ってきたのに、聖がそこにいた。
あわててタオルを持ってきて、海晴の頭を拭いている。
「傘持っていってなかったのか? ん?」
何も言わない海晴の様子に押し黙り、そのまま彼女を抱き寄せる。
「身体、暖めようか」
すぐにお風呂にお湯を張り、彼女を湯船につからせる。
「なにかあったのか?」
聖の暖かい手が海晴の顔に触れる。
海晴は両手でその手を取り握り締めた。
「聖……」