3-9



放課後、海晴は一人残って日直の仕事をしている。
茶美は部活に少し顔を出してくると行っってしまった。
他の二人も各々の用事があるらしく、謝りながら帰宅していった。
黙々と黒板を掃除していると誰かが教室に戻ってくる。
「茶美? コレが済んだら、もう終わり――……」
入口を見ると、そこにいたのは茶美ではなく――武人だった。
「高原役しようか?」
苦笑しながら、冗談を言う。
「まだ――いたんだ」
「先生と話があってさ」
「そう……」
「聖さんとはうまくいってる?」
「う、うん」
黒板消しを手にしているその指輪が目に入り、聞きたくなくても聞いてしまう。
もし、その指輪をしていない時、二人はどうなっているんだろう。
あれだけ堂々と見せつけられた武人にとって、指輪は邪魔な存在の一つでもある。

『アナタサエデテコナカッタラ、オレノモノダッタノニ』

心の内を密かに燃やしてしまう。
武人は海晴に一番近い前の机に軽く腰をかける。
(な、なんだろ……)
帰る気配もない武人の存在に緊張してしまう。
大きな音を立てながら、クリーナーが黒板消しを綺麗にしていく。
「――俺、そう言えばちゃんと言ってなかったな」
「何?」
話しかけてきたようだったのでスイッチを切ると、あたりは急に静かになる。
「海晴が好きだ」
武人の思わぬ告白に驚いてしまう。
「あたしは――」
「海晴が誰を好きであっても、俺が想う気持ちは変わらない。いつか振り向かせてみせる」
まっすぐと海晴を見つめられるが、すぐに視線をそらし、クリーナーのスイッチを入れる。
全ての黒板消しを綺麗にすると、日直の仕事が完了した海晴は武人に向き直ろうとした。
「たけ。あたしね――」
背後に来ていた武人にいきなり抱き寄せられていた。
「好きだ! 聖さんなんかよりずっと前から好きだったんだ!」
「――……」
「初めて逢った時からずっと海晴だけを見てきたのに」
海晴を抱いている腕に力を込める。
「こうなるんだったら、早く打ち明けてたらよかった」
そう言い終えると、海晴を黒板に押し付けてキスをした。
「――っ!」
押さえつけられている両手を振りほどこうとするが、武人の力に抵抗できない。
「やめ……て……っ」
その告白が聖に出逢う前だったら素直に受け入れていた。
そうなってたら、きっと聖と出会う道はなくなっていただろう。
海晴の唇を堪能すると、その身体をようやく離した。
「俺、謝らないからな」
そう言い残して、海晴の目の前からいなくなった。
「あら? 今の……」
また、足音が聞こえてくる。
今度こそ、茶美だろうか――。
まだ朦朧としている海晴はその声の持ち主の判別が出来ない。
「やっと――会えたわね」
「河崎さん?」
「今の平山君だったわね。お邪魔だったかしら?」
「別に……」
後ろめたい海晴は、そっぽを向いてしまう。
美由紀は教室には入らないまま、開けっ放しだった入口に立って腕を組んでいる。
「こんな所までなんか用事?」
「そうね、普段だったらこんな所まで来る必要ないんだけど……」
普通科と商業科は校舎が離れているため、ほとんど交流がない。
互いの校舎に関わるとすれば、たまにある移動教室くらいだ。
「だったら、何しに――」
「あなたに用があって来たのよ」
前と雰囲気が違う美由紀に困惑してしまう。
「あたしに?」
「話があるの」
ふと、自分の机に置いてあった物が目に入る。
「あ、ゴメン。あたし、日直だから日誌持って行かなきゃならないんだよね」
「そう。だったら、それが終わったらうちの校舎の屋上に来て」
「――うん」
冷たい視線を送り、踵を返して遠ざかっていく足音に疑問符を浮かべる。
「なんかしたっけ?」
自分の席に戻り、日誌を書き上げていく海晴だった。
少しすると、茶美が戻ってきた。
「日直、終わったー?」
茶美は整理していたカバンをさっと持つと変える準備は万端だ。
「終わったんだけどさー……」
「何?」
「先、帰ってていいよ。用事が出来ちゃって」
「――彼氏?」
「ううん。ちょっとね……」
「そっかー。わかったよ。じゃ、先に帰るね、バイバイ」
茶美はひらひらと手を振りながら帰っていった。
一人残され、突然不安に襲われる。
「なんでだろ――すごく嫌な予感がする」
美由紀の態度からして、まず楽しい話でないことは明らかである。
だが、何のことかが全く予想がつかない。
やっとという言葉から、美由紀が海晴のことをずいぶん前から探していたようだ。
今日は、日直だったのであちこちで仕事をさせられて、ほとんど教室にいなかったから、すれ違いになったのだろう。
そこまでして、話す内容とは――。

全ての用事を終わらせると、屋上までの階段が非常に長く感じた。
そして、一番上にあるドアを見つけるが、開けるのに躊躇う。
(このまま帰ればいいのに――)
何度となく帰ろうと引き返したが、何かがそれを許さなかった。
覚悟を決めて、豪快にドアを開けた先に美由紀は待ち構えていた。
「来ないかと思ったわ」
「――……」
「あなたにとっては、その方がよかったのかもね」
「どういうこと?」
「この間のデート、たのしかった?」
「はぃ?」
いきなりの不躾な質問に変な声で返事をしてしまう。
そんな彼女に対して、美由紀の目が細くなる。
「偶然、街で会ったじゃない。もう、忘れたの?」
「あれ? 別にデートとかじゃ」
「あたしは、ぶっちゃけデートの予定なんてこれっぽっちもなかったんだけど」
だから、なんだというのだろう。
この人も恋話を聞かせてくれというのだろうか。
こんな寒いところで。
よく見れば、美由紀の顔は少し青ざめているようにも見える。
「だけど、そのおかけで楽しいものを見せてもらったわ」
「――……?」
「知りたい? じゃぁ、教えてあげる」
つかつかと海晴に近寄り、手にしていた何かを胸に押し付けられる。
「コレ――……」
言葉を失っている海晴を、見下すような目で見つめていた。