3-7



武人が急な仕事が入ったようで、急遽学校を休んだ当日。
あれから海晴は少し早めに学校に来るようになっていた。
毎朝、遅刻の原因の一つでもある聖がいなくなったという理由もある。
ずっと、茶美に話すかどうかを迷っていた武人との出来事。
降って沸いたチャンスに決意する。
「あのね――茶美」
一番後ろの席で二人はひそひそと話をし始める。
「ウソォー!?」
海晴のクセが移り始めたのか、茶美も突然の話に叫ぶ。
クラスの一部の人がその方向をチラリと見る。
思わず、口を塞いだ茶美。
「そっかぁ――……とうとう実行し始めたんだね、武人のヤツ」
「なんでいきなり――……」
「バカねぇ。そんなの決まってるでしょ」
「あと少しで海晴を捕まえられそうだったのに、いきなり横から出て来た彼に盗られたんだから。そりゃ、強引にもなるわよ」
彼という単語にすぐに聖の顔を思い出す。
しばらく見ていないその顔を今にでも忘れてしまいそうだ。
(会いたいよ……)
話し終えた二人は、互いに自分の考えにふけていた。
「とにかく、彼を絶ってまでやるんだから、テスト頑張りなよ?」
「うん。それは頑張るよ」

テスト週間が間近に迫った残り少ない時間、夜更かしをしながらも勉強に明け暮れた。
聖から電話やメールが来て、危うく気がそれそうになったが、どうにか誤魔化しつつ対応した。
そんな彼も最初の頃に比べると、気を利かせたのか連絡の回数が減ってきた。
その状況に少し寂しく思ってしまうが、自分がそう仕向けたんだからと納得させるしかない。
親も夜食などを作ってくれる。
友達たちもいろいろ手伝ってくれる。
また――昔と同じ生活が始まっていた。
付き合う前に考えていた通りになってわかること。
『このまま別れてもいいのかもしれない』
――よからぬことも考えた。
そう思ってしまうのは、心のどこかで武人のことが引っかかっているからだ。
忘れようとした『恋心』が蘇ってしまう。
だけど、唯一それを繋ぎとめている右手の指輪。
聖と離れてからもそれはちゃんと身に付けている。
指が寂しがるから――。

「今日でテストも最終日だ。みんなの成績表たのしみにしてるからな」
担任の朝からの脅迫にみんな愛想笑いをする。
ここまできたら後は今まで頑張ってきた成果を出すのみだ。
周りの席の人と話す武人の姿が目に入り、ドキリとしてカバンにしまうはずの教科書を落としてしまう。
「落ちたよ」
「あ――うん」
テスト期間なので、いつもと違う席に座っている海晴は隣にいた人にそう教えられた。
その日のテストが終わるたびに、みんなと答え合わせも今日で終わりだ。
「すごいすごい! 海晴、ほとんど答え合ってるよ! これならきっと大丈夫」
問題用紙に書き込んだ回答を眺める。
「じゃあ、今日はパーァっと遊びに行こう!」
学生の憂鬱なイベントも終わったので一緒に騒ぎたい。
しかし、海晴にはまだ問題は残っている。
しかも――答えが見つからない。
今日、聖のところに戻ると連絡しているのであの家に行くのだ。
遊ぶことに気乗りできなかった彼女は、夕方にはみんなと別れた。

久しぶりの聖の家は、切なくもあり懐かしくもある。
そのままソファーに倒れこみ、テーブルに転がっているリモコンでTVをつける。
(このソファーでこうして過ごすの好きだったんだよね……)
そのまま、今までの疲れでそのまま寝てしまう。
夜になって聖が帰ってくると、温感センサーで照明が反応しているリビングの様子にホッとする。
スポット的に当たっているソファーを見下ろすと、予想通りに海晴がそこにいた。
制服のまま寝てしまったらしい。
TVに手をかざすと、すぐに反応して映し出される。
動かなくなった人の様子に機械が省エネモードでスタンバイに切り替えたようだ。
久しぶりの再会がこれかと少し苦笑してしまう。
「海晴……」
恋しくて仕方なかった彼女を見ると抱きしめたくなる。
しかし、気持ちよさそうに寝ているのを起こすのも悪いと思い、そのまま抱き上げてベットに連れて行く。
「ったく、このままで寝るかなぁ……」
着替えも済まさないとはよっぽど疲れていたのだろう。
二人分の重みでベッドの軋む音もいつぶりだろうか――。
「そのまま寝させたことも怒るだろうし、かといって着替えさせるのも怒るだろうしな……」
どうせ同じ結果なら、前者のほうがお徳かなどと都合のよい選択をチョイスする。
十月に入って衣替えがあったのか、冬服に変わってジャケットになっていた。
それをそっと脱がしてハンガーに掛けておく。
その下に着ていたシャツのボタンをいくつか外すと胸元が露になる。
「この前付けた跡もすっかり消えたな」
いつの日か付けたキスマークのあたりをそっと触る。
ベッドに腰掛けていた聖がふいに身を屈めた。
海晴との唇まであと数センチのところにきて――止まる。
「これ以上脱がすと口聞いてもらえなくなるかな」
唇ではなく、おでこにキスをして着せ替えタイムは終わった。
聖が離れた後に、海晴が少し赤面していたのを彼は知らない。

お風呂から上がってお酒を片手に飲みながら、聖はパソコンを使っている。
手を休めると、海晴が起きていてそこに立っていた。
「あたし――そのまま寝ちゃってた?」
「そ。だから、制服皺になっちゃうから脱がそうとしたんだけど」
「あ――うん。ありがと」
眠る前と違う様子になっている制服に彼女はすんなりとお礼をする。
その反応を見て、全て着替えさせなくてよかったと心の中でホッとする。
椅子に座っている聖を後ろから抱きしめる海晴。
「ゴメン……」
「なにが?」
さっきと変わらないまま、マウスをクリックしている。
久しぶりの聖の体温に安堵しながらしがみつく。
「あたしわがままでこんなこと――」
聖は回された海晴の手に手を重ね、こう伝えた。
「俺は、海晴を信じてるよ」

帰りのHR。
担任が手にしていた白い紙の束を見て、生徒たちはこそこそと話し出す。
「みんなの楽しみにしていた成績表を返すぞ。呼ばれたら取りに来るように」
「いらねーーー!」
教室中で大ブーイングの中、担任は名前を呼んで行く。
「早く取りに来ないとバラすぞー」
呼ばれた人があわてて教卓で差し出されている成績表を取りに走る。
(あー神様、仏様。今後の天咲の運命がかかってます……)
祈るようなポーズをして、自分の番になったので取りに行く。
「よく頑張ったな。これでなんとかなるぞ」
「本当ですか!?」
「ああ。これからちゃんと出席すればの話だけどな」
成績表を受け取った海晴は、自分の順位を確かめると過去最高なのにガッツポーズをとる。
「そのポーズだと、よかったみたいだね。これで彼氏とも解禁だね」
「――そうだね」
「嬉しくないの?」
「嬉しいよ」
やんわりと微笑みながら、自分の成績表を見つめた。

成績の結果がわかり、聖はそれを聞いて嬉しそうにしていた。
ようやく触れ合うことが解禁になるとわかると抱きしめられる。
ゆっくりと近づいてきたキスを拒むことなく受け入れた。
「ん……」
すごく久しぶりなキスは長く――そして甘い。
二人は唇を離すと、その先に進む気配もない。
すぐに俯いてしまった海晴の異変に気がついたのだ。
「したくない?」
「――……」
「まー、海晴をその気にさせるのもボクの役目だし――今度、デートしよか」
小さく頷いた後に、気を遣ってくれたのに謝罪する。
「ゴメンなさ――」
「ハイ。そこまで。今まで勉強頑張ったんだからゆっくりしなよ、俺のことはいいから――ね?」
海晴の頭をくしゃくしゃっとすると、聖は離れていった。