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藤波学園の九月のメインイベント『体育祭』も終了して、中間テスト目前になる。
いつものように遅刻ギリギリに学校に着くと、二年E組の前で茶美が待ち構えていた。
「おっそーい! 電話したのに出なかったでしょ」
朝から怒り気味の彼女にそう言われ、海晴はカバンのサイドポケットから携帯を取り出す。
五分おきくらいに茶美から不在着信があった。
そのころは必死に走っていて、携帯の着信には気づかない状況だった。
「何かあった?」
今、こうして顔を合わせるのにも関わらず、電話をしてくるのはかなりの理由に違いない。
「見たらわかるよ」
教室のドアを開けてもらい、一歩踏み入れる。
――その理由はすぐに判明した。
いつもと違う状況、ある一箇所に人だかりが出来ていたのだ。
何だろうと人の合間から盗み見ると、あの武人をみんなが囲んで騒いでいる。
「今日から――だったっけ?」
「みたいだよ。知らなかったの?」
(――なるべく、考えないようにしてたからな)
立ち話をしていた海晴の存在に気付くと、武人は軽く手を上げて挨拶をしてきた。
海晴もそれを見習ってお返しをする。
「おはよう。みなさん」
「お……おはよう」
にこりと微笑みながらいつもと違う海晴の挨拶に葵と彩は引きつってしまう。
自分の席に座りながら三人を見やり真顔に戻る。
「みんなで仕組んでたんだって?」
「!」
三人で顔を見合わせ、何のことかすぐわかったらしい。
「茶美、教えたの!?」
「言ってないわよ」
「本人から直接聞きました」
カバンから荷物を取り出しながら、その中の一つである携帯を持ち上げる。
どういう風に解明されたのかは謎だが、二人のやり取りを勝手に妄想して納得をした。
「学校に来なくても仲いいじゃんか」
「心配しなくてもよかったね、あたしたち」
「余計なおせっかいってヤツ!?」
「もうちょっと青春っぽくなると思ったのにー」
「恋ってうまくいかないもんなんだね」
「ここの時点で付き合い始める予定だったのにねー」
前に座っている葵と彩は勝手に盛り上がる。
彼女たちの想像としては、いなくなってしまった武人を海晴が追いかけて、めでたくカップルになる予定だったようだ。
人の恋路のルートを作り上げたかったようだ。
「そこどきな」
涼が軽くため息をつきながら、自分の席に座っている葵に言う。
あたりの騒ぎも落ち着きを見せたのは、チャイムが鳴っていたようだった。
「わかってるわよ!」
「そんな顔、朔弥に見せたことないだろ」
「当たり前じゃない!!」
頬を膨らましながら、涼の席を明け渡す。
ようやく自分の席に座り込むと、周囲にいる顔を確かめる。
「――ちょうど揃ってるな。みんなで放課後テスト勉強しようって話でてんだけど、どう?」
「いいねぇ。学年トップ十位圏内の方々に教えていただけるなんて」
茶美がちょっと皮肉まじりな言い方をする。
「――朔弥は?」
「一時間くらいならって」
「じゃ、あたし賛成ー」
自分の彼氏の行動を確認すると、一番乗りに葵はこの場を去っていく。
「あたしは一人でやるほうが――」
あんまり乗り気じゃないと海晴は小声で訴えてみる。
涼はそんな彼女を見てニヤニヤと笑う。
「いいのかぁ? そんなこと言ってても。今回のテスト、平均の二十点以上取らなきゃマズイんだろ? 全教科って大変ー」
それを言われて青ざめる彼女を見て、周りが逆に驚いた。
「忘れてたの!? それ言われた時、半泣きだったじゃない」
茶美にまで突き刺さる言葉を言われて、ふて寝しようと机に伏せる。
(最近、聖一色だったからなぁ……)
泣いている振りをしているものの、顔だけは綻んでしまう。
そんなことを全く知らない彼らたちは同情の眼差しを送っている。
「時の人は来るのかな?」
「おー、あいつか? もちろんだぞ」
「じゃ……あたしもおもしろそうだから、参加しよーっと」
参加者の確認をすると、彩も参加の意思を伝えて自分の席へ戻っていく。
「よく考えれば、赤ザブ組はみーやんと葵だけだよな……」
「それ言わないでよぉー……」
必死になって勉強をしなければならないのは七人中――二人。
海晴の成績は決して悪いほうではないのだが、欠席日数の補填をするために点数を稼がなければならない。
担任が来たらしく、周りがあわてて席に座る音が聞こると同時に号令をかける。
「天咲! そのまま立っておく!」
みんなが座る最中に担任に指名され、驚きながらそのまま一人で立ち尽くす。
「――はい?」
「今月の目標は?」
教室のメインで使っている黒板の横に小さなサブの黒板がある。
主に週間行事や目標などが書き込まれているのだが、それを担任は指差す。
「えっと――『遅刻をしない』」
「そう。よくわかっているじゃないか」
「あたし、遅刻したことないですよ?」
「記録的にはな。遅刻ギリギリに来ているのは、前から知っているぞ。以外に職員室から下駄箱が丸見えなんでね」
「げげげ……っ!」
「先生ー。そういえば、天咲はちょっと前、完璧に遅刻してたよ。チャイム鳴り終わって入ってきたし。先生まだ来てなかったから、セーフだったけどさぁ」
(つるのヤツ!!ちょっと前と言えば――)
学校があるというのに、聖とたくさんしてしまった日のことだ。
最後まで走れば間に合っていたものを身体が言うことを利かなかった。
「なんかすんごいしんどそうだったけど?」
意味ありげに視線を送りつけるカメ。
(――みなまで言うな)
あの日のことを思い出し、顔面蒼白になる。
いかに『アレ』を隠すことが出来るのか四苦八苦していたら、早起きした時間の余裕もなくなってしまったのだ。
しばらくの間、挙動不審だったに違いない。
「――とまぁ、こういう風にチクられたくなかったら、余裕を持って登校しなさい。今回のは許してやるけど、次からは知らないぞ」
「先生、ズルーい」
猫なで声の女生徒をさらっとかわし、笑いながら教室を出て行った。
固まって立ちっ放しの海晴を茶美が横から揺さぶる。
「海晴? 先生行っちゃったよ?」
涼も気になったのか振り返り、彼女の顔の前で手を振る。
「ダメだ。イっちゃってる」

「さーて、やるか」
放課後になって、ガタガタと机を一箇所に集め海晴たちは勉強をする。
葵とその彼氏はマンツーマンでするつもりなのか、少し離れたところで勉強するようだ。
「あの二人は放っておこうね。ちゃんと、学年総代の朔弥が見てくれるでしょ」
教科書を机の上に広げ、みんなで見下ろす。
「なにからやるか?」
「やっぱ海晴の苦手なのからじゃない?」
「いきなり!?」
「そう。みんながいる時に、ビシバシと扱くのよ」
「当然じゃない」
彩がいかにも楽しそうに笑いながら海晴に鞭をふるう。
――茶美もその気になったらしい。
「ったく、コイツらは……」
友達ではないのかと少々呆れ気味の涼と武人だった。

一時間が経過する頃――
「じゃ、あたしたち部活あるから、お先に失礼しまーす。バーイ」
「今回は頑張ろっかな?」
「たまにはな」
腕を組みながら、葵と朔弥は自分たちの部活のために切り上げて教室を出て行く。
急に中断されたことに緊張の糸が切れてしまう。
「あいつら、勉強してたか?」
「さぁ?」
「――……!」
息のいい彩と涼がキラリと目を光らせる。
「――ついでに俺らも帰るか」
「えぇ!?」
懸命にノートに張り付いていた海晴の顔が上がる。
「俺たちに扱かれるよりも武人に『優しく』教えてもらったほうがいいだろ? さぁ、帰るべー」
「そろそろ、飴も欲しいだろうしねぇー」
勝手に元の位置に机を直している二人を唖然として見つめる。
唯一、茶美は反対しているのだが、無理矢理立たせて机を修正する。
「あたしは、まだ――っ!」
「お邪魔ムシなあたしたちは退散しまーす」
まぁまぁと宥めながら茶美を押して出て行く。
廊下側の窓の隙間から、涼が別れの挨拶をして教室は静かになった。
(――……二人きり)
「――続きやるか」
その状況に身構えた海晴だが、武人はひじをついたままいつもと変わらない。
教室の時計の音がいつも以上に響く。
気になりだすと、何故だか落ち着かなくなる。
気を落ち着かせようと、流れ行く外の景色を眺めた。
「こら、ちゃんとしろよ。誰のためにやってんだ」
「イテ。だってー……」
気がそれた海晴に対して軽く頭を叩かれる。
それから、黙々と問題を解いていると、陽が暮れる時間になっていた。
「そろそろ終わりにするか?」
「うん! そうしよう! こんな時間だしね」
待ってましたと言わんばかりに、目を輝かせる海晴にため息をつく。
「あからさまに嬉しそうだな」
(だってー……落ち着かないし)
そわそわしている彼女をじっと見つめ、机の上にある片手を握る。
(え――?)
その行動にドキッとする。
そして、そのまま武人に――キスをされてしまう。