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「――海晴?」
なかなか答えない彼女に武人が催促する。
やっと我に返ったのか、口を開き出す。
「――そうなんだ。あたしが学校休んでいる間に、たけは夢を叶えることができたんだよね」
「ちゃんと学校に行き始めたんだってね」
「――うん」
「涼から聞いてさ」
「あ、涼クンね……」
顔を引きつらせながらも、話しかけてくる武人に答える。
こんな場面で平然と身内の話が出来るそんな心臓が欲しい。
「俺、手紙にはあんなコト書いてたけど、実は――」
『たけ』
『手紙』
『あんなコト』
急に蚊帳の外に置かれた聖は、手にしていたままのリボンを勢いよく抜き取った。
「キレたぞ」
「新人クン、すごーい」
聖の性格をよく知っている周囲は心の中でほくそ笑んでしまう。
幾度となく恋人とのいざこざを見てきたのだ。
普段は温厚な彼だが、恋愛方面となると我慢強くない。
「クラスメートの仲だって? そんな甘っちょろい関係じゃないぞ、俺たちは」
二人が話している途中に小さく呟きながら海晴を抱き寄せる。
「え」
今聞こえたことがいまいち把握できなくて武人は聞き返した。
自分の聞き間違いだろうと。
「俺たちは――恋人同士だから」
腕の中に捕まってしまった海晴は、どうにでもなれと抵抗することもやめてしまう。
「恋人――? また、そんなご冗談を……年下ですよ?」
聖の恋愛の遍歴を知っているらしい武人は、その言葉に目が点になる。
「あーん、あたしもああやって公言してもらいたーい」
「悠美ちゃんはその前に、男作らないと」
「うるさい!」
隣で痛い突込みをされた正人を叩く。
「このペアリングが証拠だな」
ちょうど二人の手が同じところにあり、武人の目にすぐ入ってくる。
「えぇ!? これってペアリング!?」
それよりも驚いた張本人がすぐ目の前にあった左手を掴み取る。
値段がどうこうよりもそのほうがとても重要だった。
「なんだ、気付かなかったのか?」
「最近、いつもしてるなぁとは思ってたけど――ホントだ、同じデザイン」
「オーダーメイドだぞ」
「そうなの!?」
「だから、コレとコレしかないから気をつけろよ」
「うん、そだね」
「ったく、堂々とイチャつきおって……」
三上はずり下がっていた眼鏡を押し上げる。
思わぬ発見にいつも通りの会話をしたおかげで、我に返った海晴は絡みついていた腕を剥ぎ取った。
「なに、もう終わり?」
聖的には武人へのあてつけにそのままでもよかったらしい様子だ。
「あの――たけ?」
「――……」
場が静まリ返って、居心地が悪い。
「仕方ないですよね、俺の方が『今は』下ですから。今日から、あなたと俺はライバルですね。仕事でも『プライベート』でも」
武人も挑戦的なセリフで、聖に手を差し出す。
「そうだな」
「お手柔らかに」
がっちりと二人は握手を交わした。
「みなさん、お騒がせしました。これで失礼します」
異様な空気に包まれ、みんなは互いに顔を見合わせる。
「――聖?」
聖は最後の武人のセリフを反芻していた。
「初対面の先輩に対していい度胸してるじゃないか」
ニッと笑う聖は怒っている様子ではなかった。
(……喜んでる?)
「二人の俳優が互いに刺激し合って成長する――いいことだわ」
「ここまで考えてたんですか?」
「当たり前じゃない」
「本当かなぁ……」
三上は納得しながら、自分の役目を果たすと自席へと足を運ぶ。
それを皮切りにみんなも各々の行動を取り出し、あの二人は放置することを選んだ。
「み・は・る」
「は……ハイ!」
声色が違う聖に逃げたいがその場を動けない。
「平山君がココにいるの、知ってたな?」
「えーーーっと……」
ほんの一瞬チラリと見ると、今までにないさわやかな笑顔がある。
いかにも怒っていないよという風にしているが、海晴にとってはそれが地獄だ。
「まぁ――ハイ」
「ふーーーん……」
手元にあるリボンで遊びだした聖はそれ以上は口を開かなくなった。
まだ、あの笑みは続いたままだ。
(つまり――あたしから話せと……)
海晴が冷や汗をかいていると、携帯と手帳を片手にearlのマネージャーが飛び込んできた。
「みんな、そろそろ時間だから移動するよ」
「了ー解……」
朔馬たちはすぐに立ち上がりマネージャーの指示に従う。
そっちのけでまだ対面している聖はお構いなしに海晴を問い詰めていた。
「ちょっと! これ以上遅れたら遅刻するでしょーが!」
痺れを切らした悠美が聖の腕を掴んで連れて行こうとする。
しばらくそれに抵抗していた聖だが、まだ視界に残っている海晴を指差す。
「――今夜、寝かさないからな」
みんなの前でそんな宣言をされて、瞬時に赤面してしまう。
今からの仕事は悠美も関係あるのか、一緒に消えてしまった。
ようやく一段落終わった海晴は応接椅子にへなへなと座り込んだ。
(えーっと……うーんと……)
今起きた出来事をとりあえず整理しようとする。
「ありゃ、今日の仕事はやっつけだな」
「ちょっと困るじゃない。ここまでの優柔不断だとは……、A型の中のA型かしら」
「さすがにそこまでは読めなかったですか?」
残っている三上と正人は好きなことを言いながら、飲み物をゆっくりと味わっている。
「そういうことで、私たちにきちんと説明しなさい」
他人の不幸は蜜の味――二人が悪魔のように見えたのだった。

「疲れた……」
明日からまた学校なので、バイトから早く開放された海晴はベッドに倒れこむ。
あれからあの二人に武人との経緯を話す羽目になった。
最初の再会とあの場面の武人の態度を見られては誤魔化しようもない。
これからやってくる長い夜のことを考えると――先に寝ておこうかと逃げ腰になってしまう。
「――はっ! そういえば、たけが言いかけてたことなんだる。『実は――』って気になる」
ベッドの上でじたばたと暴れるが、急に動きを止める。
『番号そのままだから』
前に武人が話したのを思い出したのだ。
ここまでして聞きだすことなんだろうか。
『あんなコト』が書かれている手紙をもう一度読もうと自分の部屋に隠しておいた場所から引っ張りだした。
もう一度読み返しながら廊下を往復する。
「どれがあんなコトになるんだろ……」
廊下の突き当たりで立ち止まると、ずっと手にしていた携帯を操作し始める。
海晴が動きが止まったために、廊下のセンサーが次々と消えていく。
残された真上にある照明だけがスポット的に照らし出していた。
メモリから表示させた武人の名前。
数ヶ月前なら、この名前を見るたびに嬉しく思っていたのがまさかこんな展開になってしまった。
思い切って通話ボタンを押すと、呼び出し中が表示される。
「もしもし、海晴? ――まさか本当に掛けてきてくれるなんて思わなかった」
少し眺めのコールの後に久しぶりに聞く電話越しの武人の声が聞こえだした。
一瞬、ドキッとしてしまう。
「ごめんね、こんな時間に……」
「いいって。きっとあんな風に途切れたから海晴のことだから気になって仕方がない!ってなると思ったし」
「えー、バレてた?」
「うまい具合に邪魔されてよかったかな」
話そうとしていたのを聖が打ち切りにさせたことをほのめかす。
あの時のことを思い出すと、愛想笑いしか出てこない。
「――聖さんとどうやって知り合ったんだ?」
「それは――……」
こちらから用件があって連絡を取ったのにも関わらず、武人が先に切り出してきた。
しかもそれは人に聞かれて一番答えにくい質問だ。
ただ一つのあの日の”偶然”が今こうして繋がったまま続いている。
何て言ったらいいのかがわからずに押し黙ってしまう。
「話しづらいなら仕方ない――か」
「……ゴメン」
「――……。あの続きが気になるんだっけ?」
数秒の重い沈黙を破ったのは武人からだった。
声色が変わったおかげで海晴も最初のテンションに戻る。
「そうそう、それ気になって今日は眠れないかと思った」
「そっか……。じゃ、言わないでおこうかな」
「なんで?」
「そうしたら、海晴がずっと俺のこと考えてるってコトだろ?」
そんなことを言われて頬を赤く染める。
(――なんで、あたし赤面してんのよ……)
自分の言うことを聞かない身体を恨めしく思ってしまう。
「あたしを不眠症にするつもり!?」
「あはは。仕方ないなぁ。実は――……転校したなんてウソなんだ」
「――ウソ!?」
「本当は、休学扱い」
「なんでそんなこと……」
「そこまでしたら、気にしてくれるかなーと思ってさ。あいつらにそう伝えてもらうように頼んだんだ」
「そりゃ、気になったけど――きゃ……っ!?」
「どうした?」
携帯で塞がっていないほうの耳元でいきなり手紙の台詞が囁かれた。
ここの家主がいつの間にか帰ってきたらしい。
電話に夢中になっていたために、忍び寄る背後の気配には気づかなかった。
すぐそこにある顔を見合わすが引きつった顔で出迎えてしまう。
踵を返してそばを離れたために、やっと通話状態の電話と向き合える。
「なんでもないよ」
「――そうか? かなりビックリしてた気がするけど?」
「なんか変なモノ踏んづけちゃっただけだよ」
「ふーん……。そういえば、こっちは一段落着きそうだから、また来月から学校に行けそうなんだ」
「来月といえば――……テストがあるんじゃ?」
「海晴――俺を誰だと思ってるんだ?」
「そうでした。万年主席の『平山武人』クンでした」
「そういうこと」
「――ゴメン! もう、充電切れそうだから、切るね!」
「悪い。じゃ、また」
「バイバイ」
電話が終わった武人はいつもと違ったような海晴を不思議に思ってしまう。
前なら充電切れそうでもコンセントから充電をしながらでも話していた仲だったからだ。
「……まぁ、いいか」
そうつぶやいて、武人も携帯を閉じた。