2-9



「お疲れ様でしたー」
みんなが一斉にグラスを合わせ乾杯をする。
もちろん、海晴が手にしているのはジュースだ。
あとは、適当にみんなは目の前のご馳走に箸を取る。
「やっぱ奢りだと思うと、食が進む」
「そうそう。三上サマサマだな」
「ホラ、そこの二人。もっと褒めなさい。そしたら、何か出るかもよ」
「マジ!?」
魁と正人は次々と三上を褒め称えている。
海晴の隣に座って食べていた悠美は彼女の手に注目する。
「あら――……ちゃんとしてくれてるのね。それってね――」
「悠美ちゃん」
海晴の正面に座っている聖が制する。
「まだ内緒なの? 教えて欲しいと思うんだけどなぁ……」
「指輪――ですか?」
「そうそう。でも、聖のヤツがしゃべらせてくれないから、残念」
あーあと大きなため息をつきながら、テーブルの端で一人のびのびと食べている朔馬のほうに移動していく。
その反対側ではまだ三上を褒めている二人。
「いつもこんなカンジ?」
「んー、今日はまだ静かなほう」

時間が経つにつれ、どんどん酔っ払いが増えてきた。
悠美が時折高笑いしながら朔馬を叩くと、その反動で手にしていたグラスからお酒がこぼれる。
布巾を取ろうと手を伸ばすと、手元に置いていた空のグラスが氷と共にテーブルに流れ出た。
自分の失敗が余計に面白おかしいのか今度は氷で遊び始める。
「明日になって泣くのは自分だよ」
まだ理性の残っている朔馬は悠美が手にしているものを全て取り上げる。
大惨事になった仕事場でもあるテーブルを片付け始めた。
「ハルっち、飲んでるかい?」
聖が席を立っていて、一人でデザートをつまんでいるところに正人が歩み寄ってきた。
手にしたグラスの一つを差し出され、改めて乾杯をとる。
「あたし、未成年なんですけど」
「あは、そうだよね。でも、今日は許す!」
「大丈夫。ほとんどジュースみたいなもんだよ」
「そうですかぁ?」
疑いつつも氷がたっぷりと入ったグラスを受け取り、軽く嗅いでみるがアルコールの匂いがしない。
確かにお酒の割合は少ないが、透明のグラスから見える白い気泡。
「正人さん、コレ――」
「ん? 酒とソーダ水を二:八で割ったんだよ。さぁ、飲んだ飲んだ」
半ば無理矢理勧められた海晴は恐る恐る一口を口に含む。
思いのほか飲みやすかったためにその後も飲み続けてしまう。
(こうなったら――)
ほとんど休む間もなくそれを飲み干すと、激しく音を立ててグラスを置く。
それに驚いたみんなは音がしたほうを注目する。
「んー? 何事?」
「正にぃーなんかしたんだろー?」
「いくら今、聖がいないからって、ねぇ?」
「そろそろ、戻ってくるんじゃ?」
その場面だけ見た外野がやんやとはやし立てる。
すると、いいタイミングでトイレから戻ってきた聖はみんなから期待の視線を向けられ後ずさってしまう。
「――なんですか?」
「あんたがいない隙に彼女襲われたわよぉ」
「だーかーら! 俺は何もしてないって!」
素面である正人が一生懸命に弁明しているが、酔っ払いの意見も無視できないと本人に直接聞こうとするが――。
グラスを握りしめ俯いたままの海晴だったが、聖の気配に反応をする。
「ひじりらー」
人の目が在るのにも関わらず、聖の腕に絡んできた。
そんなことをされた聖は驚くが、彼女が手にしていたものを手にしてお酒かどうかをにおいをかいで確認する。
「これ、お酒じゃないですよね?」
「ほとんど入ってないぜ。ソーダ水で割ったんだ」
「ソーダ水……」
その言葉に思わず納得する。
人前で触れ合うことを恥ずかしがるのに、自分にしがみついているこの状況をしめしめと思ってしまう。
「このコ、炭酸で酔っちゃうんですよ」
「――……」
ワンテンポ遅れて、部屋中に大爆笑が起こる。
「でも、炭酸で酔うなら、お酒になるとどうなるんだろうねぇ?」
「それはまだムリっしょ」
「炭酸で酔えるなら安上がりでいいわねぇ」
「ゴメン! 俺、そんなこと知らなかったから」
「いいですよ。それと気付いて全部飲んだんだろうし……」
酒飲みばかりでつまらないだろうと思い、少しでも楽しんでもらおうと作った結果がこうなるなんて予想だにしない結末だ。
反省の色を見せながら、この場は聖に譲ろうと立ち去っていく。
「ハル?」
「うーーー」
正人がいなくなってから繋がられた手で遊びながら、海晴は小さく呟く。
「――疲れた」
「うん。お疲れ様。よく頑張ったよ」
ここにきて緊張の糸が切れたのか隣にいる聖に寄りかかる。
そんな海晴に腕を回しながら、頭を撫でた。
「正人さんって、大人ーってカンジ」
恋人である聖がそこにいるのに、他人の男を褒める彼女の一言にその動きも止まる。
「魁がぷんすか怒ってたのあたしのせいなの。あたしが先にもらっちゃったから、もう一回買いに行くハメになって。ちゃんと証拠消してくれたし」
「……そうだったのか。二人で目で会話してたけどそういう意味だったのか――ホレた?」
かいつまんだ話だが、きちんと聖には伝わっているようだ。
テーブルの隅に邪魔者扱いのように置かれていたウーロン茶が目に入る。
「ホレタ!」
「ったく……これ飲みな」
それをさっきのグラスにつぎ、テンションの上がった海晴に差し出す。
「やだ。フツーにイチャついてるんですけどぉー」
「酔っ払うと、絡むみたいね。あのコ」
その二人の雰囲気に、酔っ払いたちはあきれた視線を送っていたのは――言うまでもない。

お開きになり各自解散となるが、海晴たちは正人に車で送ってもらうことになった。
「ちょっと、トイレ……」
聖に声を掛けて、小走りで向かう。
用を済ませた後、手を洗いながら鏡に写る少し火照ったままの自分の顔を見て無表情になる。
(こんなところで何――してんだろ)
楽しいと思ってしまっていた自分を我に返そうとする。
重いため息をつくと、人を待たせていることを思い出し、慌てて来た道を歩き出す。
夜も遅いのに、ちらほらスタッフがせわしなく働いている。
すれ違う人と一瞬目が合い、反射的に振り返ると向こうも同じことをしていた。
「海晴! ――だよな?」
「――……たけ!?」
疑いながら声を掛けてきたは、海晴の昔の想い人――平山 武人がそこにいた。
(――思い出した! たけの事務所がT-Gだったんだぁ……!)
一気に酔いが覚めた海晴は今度は冷や汗をかいてしまう。
「どうしてこんな所に? それに、すごいイメチェン」
バッサリと髪を切っている海晴がとても印象深いが、それ以上に気になるのは、何故ここにいるか――。
不登校になった原因は自分と同じ理由だったのかと勝手に想像し始めている。
「えっとね――……」
(うわぁー……どうしよう)
彼が考えているような理由ではないが、次の言葉が出てこない。
すると、海晴の視線の先に正人が車のキーを指をはめて回しながら歩いているのに気付いた。
「――正人さんっ!」
いつになく大きな声で呼び止められた正人はきょとんとこちらを向く。
「おー、ハルっち。車回したから――あれ? 君は平山君じゃないか」
「お疲れ様です」
「あ、あたし、ここでバイトしてるんですよね? 正人さん」
丁寧に挨拶をする武人を尻目に一生懸命に正人に視線で合図を送ると、どうやら伝わったらしい。
「ああ、そうだよ。いきなりどうしたんだ?」
「海晴がこんな所にいたのに驚いて。あ、俺たちクラスメートなんです」
「へぇー、それはすごい偶然だな」
「おーい! 平山君!」
「今、行きます!」
向こうから、武人の関係者らしきスタッフが呼びつけている。
時間がないとわかると、軽く礼をして後ろ髪を引かれるようにゆっくりと移動し始めるが、一度立ち止まった。
「海晴! 俺の番号前のままだから、時間ができたら連絡くれよ! じゃあ……また」
完全にその姿が消えると、正人は口元だけでニヤリと笑った。
「『また』だってよ、ハルっち」
そんな正人の言葉は耳を素通りし、いろんな考えが頭をよぎる。
呆然とするその様子に正人は不思議そうに眺めいた。
「――もしかして、好きだったとか?」
「!?」
「平山君の態度からすると、両想い?」
「でも、付き合ってた訳じゃないですから……。今の内緒にしといて下さいね?」
「ういうい。俺とハルっちの秘密だぃ」

「お嬢は?」
「お色直し中」
一緒に正人の車で帰る朔馬と魁が聖のところへやってきた。
「あいつ、いい加減に覚めたよな? 俺にまで絡んでくるからたまったもんじゃねーよ」
「珍しく魁があたふたしてたよなー」
「うんうん」
「そうなる前に止めろよ!」
「だって、おもしろかったんだもーん」
エレベーターの前で待っていると、海晴と正人が一緒にやってきた。
「お待たせ。さ、行こうか」
正人がエレベーターのボタンを押す。
「なんかあったのか?」
「――なにもないよ」
さっきまで軽く酔っていた海晴が素面に戻っていることにで聖はすぐに気づいてしまった。
――武人と再会したなんて言える訳がない。