2-7



「茶美、コレ」
海晴は借りていたノートを申し訳なさげに返す。
「ほいほい」
「――もう一度貸してね」
「昨日で終わりそうって言ってなかったっけ?」
今からある授業の教科書を引き出しの中から探しながら、茶美はそれを受け取る。
「その予定だったんだけどネ……予定は未定っていうじゃない?」
視線だけをあらぬ方向を見上げ、その理由をうやむやに濁す。
そんな様子を見ている茶美はニヤリと笑う。
「ほぅー、そうかそうか」
「な、何……?」
「べぇつにー」
(バ、バレた……?)
仕上げられなかった理由を聞かずに自己完結されているほうがよっぽど怖い。
ノートを手にしたまま不気味に微笑みは続く。
「――あれ? 今日は指輪してないの?」
最近感じていた指の違和感に言われて始めて気付く。
(そういえば――)
自分の胸ポケットを探ると、やはりそれらしきものが入っていたので取り出す。
「なんだ、あるじゃん」
(やっぱり。キスじゃなくて、これを忘れ物って言ってたのか)
指に嵌めるとその感触を確かめる。
「おぉ!? 彼氏できたんか?」
自分の席に戻ってきた岩崎 涼(いわさき りょう)は武人の友人でもあり、今は海晴の席の正面になっている。
さわやかな笑顔が人気で、涼くんファンクラブがあるともっぱらのうわさだ。
「そう。いつの間にってカンジでしょ?」
海晴じゃなく、何故か茶美が代わりに答えている。
「武人じゃないのが、残念だけどな。指輪見せてみ? ――そうじゃないって」
指輪の感触を手を動かして確かめていた海晴はそのままわざとグーパンチでそれを見せようとする。
が、すぐさま突っ込みを入れられてしまう。
本人の許可を得た涼は、彼女の手を取り指輪を眺める。
「見たことない指輪だな。そこらへんのブランド品じゃないよな、デザインも凝ってる感じだし。どこの?」
お礼を言って添えていた手を離す。
ブランド品にそれほど詳しくない海晴は、そう聞かれて悩んでしまう。
(というか、何も知らされてないような)
「先生、十分くらい遅くなるってー」
この時間の教科担当がクラスメートが喜ぶ報告を入れると、すぐさま歓喜の声と共に教室はまた賑やかになる。
普段ならこういう時彩たちが顔を覗かせに来るのだが、今は個々につもる話があるようだ。
その確認をすると、涼が思い出したかのようにまた振り返ってきたその両目は見開かれている。
「てか――絶対プラチナだぞ、それ!」
「ええぇー!?」
「プラチナっていうと……高いわよね?」
「それに幅があるデザインの上、小さいけどなんかの宝石も入ってるし……。たぶん、数十万のクラスだぜ」
その言葉に海晴は青ざめ、茶美は軽く悲鳴を上げる。
「っていうか、それ適当に言ってんじゃないわよね?」
「俺のねーちゃん、結婚式場で指輪売ってんだぞ。こんだけピカピカしてんだ、シルバーなんかじゃない」
「――じゃ、海晴の彼氏って、社会人ということか」
「――そうなるな」
指輪一つで恋人のステータスが一つ判明すると、二人は深く頷き合っている。
「ホラっ、でも確かなことじゃないし、深く考えなーい……」
それを聞いてから、自分の右手が重く感じたことは他の二人にも明白だった。
「まま、なんかあったら相談しろよ? いつでも待ち構えてるからさ」
「あー、無駄無駄。今、ラブラブですから、このコ」
「もし、別れて独り身が寂しいなら、いつでもみーやんならウェルカムだぞ!」
興奮した涼は思わず両手を上げて、ウェルカムポーズを取っている。
そんな彼を二人はポカンと見つめてしまう。
「そういう身振りを恥ずかしげにもなく出来るなら、演劇部に入ったら?」
「……っていうか、涼クン……、彼女いるんじゃなかったの?」
今日一番の涼のおとぼけは、ウケことなく白い目で見られて空振りに終わる。

放課後になると、瞬く間に教室にクラスメートたちがいなくなる。
「今日はみんな時間あるし、たっぷりと話しましょうかねぇ?」
今をときめく人物に三人の目が注目する。
時々時間が合うときは、陽が暮れるまで教室に残って海晴たちは雑談をしていた。
本日は特に葵が意気込みが入っているようで目を輝かせている。
「ねー? 海晴」
「あ、はは……」
ガタガタと周りの椅子に座り込み、みんなの期待の眼差しにやりきれない思いに駆られてしまう。
何をどうしても、今の状況では何も語ることは出来ないのだ。
それを打ち明けるにもまだ時間が浅すぎる。
どうやってこの場を切り抜けるかを考えるしかない。
海晴に笑って誤魔化せるほどの器量は――ない。
「じゃ、めでたく彼氏が出来た海晴に質問ターイム! 彼の年齢は?」
「二十――二……?」
歳くらいはいいだろうと思い、最初の頃に教えてもらっていた記憶を手繰り寄せる。
「え……めっちゃ年上じゃん」
「ホント、ビックリー。てっきり同世代かと思ってたー。大人の世界だね、想像つかないー」
「葵も同じように年上と付き合えば落ち着くんじゃないー?」
彩は一人妄想して身悶えている横で、茶美はいつもの意地悪そうな笑みを彼女に向ける。
それを言われた本人はどうしようかなと本気なのかどうかわからない表情を見せた。
「で、で、どんな人?」
答えを考えていなかった海晴はつい昨日のふしだらな台詞を思い出してしまう。
(このバカ聖ぃーーー)
危うくその続きを思い出しかけて、頭を振って掻き消す。
「え、えっとね……」
早くも二つ目の質問で戸惑っていると、教室に着うたが鳴り響く。
「誰?」
残っているのは自分たちだけで、全員携帯を取ろうとしない。
「あたし、こんな着信入れてないし」
「今日、持ってくるの忘れたー」
茶美と彩がそう答えると、自然と最後の一人に視線が動く。
「あたしも、こんなの知らないよ?」
「じゃ――誰の?」
海晴も否定をするが、さらに鳴り続ける携帯電話。
誰かが、教室に忘れて帰ったのだろうか――。
「なんか、音近いよね?」
「うん」
「それに、歌とかじゃなく台詞、言ってるよね」
とりあえず、確認だけでもしておこうと海晴は自分のカバンを探った。
そこには何の知らせないはずの携帯電話が着信中で光っている。
こっそりと着信相手を確かめると思わず青ざめて、それを握ってベランダへ駆け出した。
「はーい、海晴。ずいぶん待たせてくれたね」
「聖!?」
教室の中から海晴の背中を見つめている三人。
「なんで、自分の着信知らないんだろ?」
「――さぁ?」
苦笑しながら、彼女たちは自分たちの着信はどんなのが入ってるかという話になっていた。
「えぇ!?」
聖の言葉に思わず手にした携帯を落としかける。
目の前に広がる学園前の大通りを通り越し、遠くを見つめる。
「げっ! ホントだ」
「ウソ言ってどうすんのさ」
帽子をかぶっているようなので、一応それなりの変装はしているようだった。
電話を切り教室に戻ると、自分のカバンを持ち平謝りを始める。
「ゴメン! 用事ができた」
「なーに? 今のお呼び出しの電話?」
「んーっと、その……」
口もごりながらも、後ずさりをしながら出口へと近づいている。
「え、なに、あたしたちとじゃ満足しないわけ?」
「そんなんじゃないよぉー……」
(気づかれる前に立ち去らないと……)
いくら下校時間のラッシュを過ぎたといえど、学生が賑わう通りで聖を待たせるわけにはいかない。
ラジオ公開の時みたいな騒動は真っ平ごめんだ。
「だったら、いいじゃない。あたしたち年齢しか聞いてないんだけどー」
「えーーーっと、……また、今度ね!」
捨て台詞を残して、廊下を走り出して雑談会を離脱する。
「ちぃ! また逃げられたぁ」
「海晴にとったら、いいタイミングだったかな」
彩の男らしい台詞に茶美は苦笑する。
しばらくして、校庭を走り抜けている海晴の姿を教室から見下ろしている三人。
「やっぱりあの急ぎようはダーリンからのお呼び出しじゃないー?」
「葵もあんな風にけな気にしてみなよ」
「ああいうのは劇の中だけよぉー」
演劇部所属の葵は舞台演技さながらに翻し、今日の雑段会は終わりを告げた。