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平山 武人(ひらやま たけと)。
聖に出逢うまでの海晴の片想いだったクラスメート。
男子生徒の中では一番仲がよく、周りから付き合ってるのではとよく囁かれていた。
だが、互いに想いを打ち明けることなく、突如終わりを迎えてしまう。
前から俳優になると仲間内で公言していた武人は、海晴がいない間にその夢を実現しようとしていた。
聖と出逢ってしまった今としては、その存在が実に微妙になってしまう。
誰にも誤魔化しようのない初恋の人。
逆に、転校したという現実が有難く思ってしまう。
思いにふけていると、いつの間にか開始している授業に、教師が指示している教科書のページを開く。
(百ページ以上……)
前のクセのついていたところからざっと数えると、そのくらい進んでいた。
(さすがというか、なんというか)
この教科はペースも速く、黒板を写すのは膨大で書き留めるのも大変な公民の授業だった。
そんな時に、ひょこっと隣からノートが差し出された。
「今なら、見せといたげる」
「別に今じゃなくてもいいけど……」
どうせ、この時間で書ききれる量ではないことくらいわかっている。
「いいじゃないの」
半ば無理矢理、机の上に茶美のノートを置かれる。
(――なんかあるな)
そう感じて適当にパラパラとめくっていると、封筒ともう一つ手紙が現れた。
メモを見ると、内容は茶美からだった。
『平山から手紙預かってたんだ。今流行のラブレターかしら!?中身は見てないから安心してね』
藤波学園内では古風なラブレターが流行していた。
メールではなく直筆の告白が成功したとのことで、験担ぎで火がついたらしい。
きっちりと封をされたままの封筒を開ける。
『海晴へ 俺はとうとう夢を叶えることが出来た。だけど、それを応援してくれた君がいないココにいても意味がない。だから転校することに決めたんだ。こんな事になるなら、早く伝えておくべきだったよ。こんな形になってしまったけど――今でも、海晴が好きだ』
(たけ……)
最後の告白に思わずドキリとする。
嫌いになったわけではない、ただそれ以上に好きな人を見つけてしまったのだ。
手紙を読んでいる海晴を茶美はそれとなく見ている。
どんな内容なのか気になるらしい。
「よし! 以上だ」
チョークを置き黒板の前からやっといなくなった先生に、気兼ねなく生徒たちはノートに書き込み始めた。
「ゴメン、ノート返すの忘れてた」
「気にしなくていいよ」
いかにも借りていたかのような会話をする。
(たけ。あたしはもう――)

「あちぃーーー……」
まだ残暑が続いている中、仕事から帰ってきた聖は直行でシャワーを浴びに向かう。
改めてリビングに現れるとテーブルの上が大変なことになっていた。
「何、コレ。宿題?」
海晴が学校の類のものをリビングで散乱させている。
最近は、聖の帰りが遅かったためにこの状態を知らなかった。
「違う。今までのツケ」
プリントやらテストやら、一番大変なのがノートを写しかえること。
海晴のそんな様子を見て、学生だなぁと思わず昔の自分を思い出してしまう。
「ホント、大変だよ」
逆ギレをしながらも、ノートを写す手を止めない。
すると、タイミング悪く芯がなくなり、シャーペンを何度となくノックをする。
「あー! もうっ!」
余計に腹立たしくなった海晴は立ち上がり、音を立てながら廊下を歩き出した。
いつにない形相に聖は少し驚きながらもプリントを手に取り眺めている。
すぐに大きな筆箱を片手に戻ってきた海晴を聖は急に抱きとめた。
「なぁ……ハル。こっちも大変だよ」
「……何が?」
捕獲されてしまうと、とりあえず今は不要だろうと手にしていた筆箱をテーブルに手放した。
お風呂上りのほてった身体を押し付けられる。
――既に遅し。
「わかってるクセに」
耳元で囁かれてぞくりとするけども、どうにか聖から離れようともがいてみる。
「明日、学校だよ?」
「起こしてあげるって」
「することあるからダメだってば……」
段々と服を脱がされながらも、どうにか説得を試みる。
「俺が手伝ってあげるって」
「こういうのは手伝ったらダメなんだよ……んっ」
上着を脱がされ、キャミソール一枚にされてしまう。
海晴の敏感なところを探りながら攻めあげる。
「へー。こういうのは真面目なんだ?」
(う……、本当は手伝って欲しいんだけど、今言ったら逆効果じゃない……)
本心と裏腹なことを言っているために否定が出来ずに押し黙ってしまう。
「それに最近二人とも忙しくて、してなかっただろ?」
確かにこの一ヶ月近く、互いに忙しくて触れ合う時間がなかった。
そして、今夜は珍しくまだ九時――いつもと比べるとたっぷりと余裕はあることを海晴も考えてしまう。
「それとも、俺としたくない?」
「――……」
断りにくい質問をする聖に少し腹を立ててしまう。
「――したくないって言ったら?」
「そしたら、ボクはいじけてふて寝します」
「……じゃあ、ふて寝行きで」
「ウソだぁ。心にもないこと言っちゃダメだなぁ」
言葉とは裏腹に、身体のほうは聖に応え始めている。
与えられる快感を覚え始めている海晴は少しずつ甘い吐息を漏らしていた。
「ん……。やっぱり勉強しなきゃ……」
さっきまで座っていたソファーに押し倒され、聖にのしかかられる。
まだダメだと言う彼女の口を聖は塞ぐ。
「も、照れちゃって」
「――ん……っ」
久々の濃厚なキスは少し新鮮で思わず貪ってしまう。
舌を絡め取られ、時折甘い音を立てながら聴覚からもその気にさせようとする。
元から聖のキスには弱かった海晴は、いとも簡単に思いを覆させられた。
「……ぁ……ん」
抵抗していた言葉もいつの間にか誘うような甘い声に変化する。
二人の唇が離れた時、海晴のその瞳は少し潤みその答えは明らかだ。
「ベッドいこか」
ふわっと抱きかかえると、ダブルサイズのベッドに連れ去る。
視界がぐらりと変わる瞬間に散乱している教科書たちが目に入った。

「――海晴」
自分を呼ぶ声がする。
だけど、夢見心地な海晴はまだふわふわの状態だ。
「ん……」
寝返りを打つと、肌なじみの良い感触を感じたため無意識にすり寄りよる。
「コ、コラ」
声をかけていた相手は少し困惑しながら、その行動を制す声を上げる。
「学校だ! 遅刻するぞ!」
急に耳元で叫ばれた海晴は勢いよく起き上がる。
「が――学校!?」
「お嬢さん、コレ以上はボクの目に毒なんでカンベンしてね」
脱ぎ捨ててあった自分のシャツを羽織らせその身体を隠す。
「聖のバカぁーーー」
昨夜のことをやっと思い出した彼女は、半泣きでベッドを降りシャワーを浴びに行こうとリビングをすり抜けようとした。
その瞬間、あのときのままのテーブルの状態に思わず目をそらす。
「寝る前とのギャップがかわいいよなぁ」
自分が彼女にしたことに少しだけ反省した聖は、散らかっているテーブルを片付けようと起き上がった。
開かれたノートを閉じると、ふと表紙に書かれた名前が目に入る。
「高原茶美――この間言ってた友達かな?」
もう一度、閉じたノートをパラパラとめくるときちんと整理され、綺麗な字で書き込まれていた。
対して、海晴のノートはちまちまとした字でカラーペンなどで派手になっている。
他のノートを盗み見ても、どうやら彼女はデコレーションするのが好きみたいだった。
「結構、性格が出るもんだな」
なんとなくノートを提出された先生になった気分になってしまう。
整理した後に、今度はそれを眺めて唸り始める。
パウダールームから物音がし始めたので、聖はそっちのほうに歩み寄りドアを叩く。
「ハルー?」
「きゃぁー!」
見なくてもわかるような状況の悲鳴を上げられ苦笑する。
「今日は覗かないから大丈夫。今日の日課は?」
「――日課表がカバンの中に入ってると思うけど……」
「そ」
気配が遠くなったので海晴は一安心する。
「――今日はってことは、次は覗く気か!?」
慌ててバスタオルで前だけを隠した状態だった海晴は、この先お風呂に入るのが不安になった。
一気に制服に着替えて、支度を整えるとようやく一段落だ。
「うんうん、かわいい」
今日がようやく初めての制服姿のお披露目に上から下まで眺めてみる。
こうして見ると、やはり彼女は女子高生であり、自分との歳の差を感じてしまう。
「しかし、最近の制服はかわいくなるのはいいけど、スカートの丈がね――」
すっと後ろに回ると、さり気なくお尻を触る。
「もぅ! 朝っぱらから何してんのよ」
「ハイこれ。それと――」
日課を揃えたからと少し重ためなカバンを目の間に差し出されそれを受け取る。
彼なりの昨日の懺悔のようだった。
海晴の制服のベストをちょっとめくり、胸ポケットに何かを入れる。
「忘れ物」
ついでに、彼女の頬にキスをしながら送り出す。
のんびりしているところを考えると、今日は遅出のようだ。
なんだかよくわからないまま重い荷物を抱えながら学校に向かった。